白桃

 岡山・「最上稲荷奥之院」(日本三大稲荷の一つ)のお上人様から、岡山の白桃が贈られてきました。母の生前時代から、もう40年も送ってもらっています。今は亡き母は信仰に篤い人で、毎年盛夏になると、信者さんたちを連れて、この「奥之院」にお参りを欠かしませんでした。まだ私が小さい頃、一緒について行ったこともありますが、滝に打たれて修行する母の姿を、神々しく思ったりしたのを覚えています。以来、ずっとこの季節になると、岡山のみずみずしい白桃が送られてくるんです。生前の母を引き継いで、私もここに対する信仰心は強いものがあります。3年生を担任する時は、ここと太宰府天満宮にお参りするのが通例で、大きな御利益があったものです。昨年の3年生にもお札をもらってきましたが、思いもかけない御利益がありました。私もこの時期になると、お供えと「二十世紀梨」の配送の手配を終えるのが恒例となっています。おかげで、なんとか病院通いをしながらも、健康で生活させていただいているのは、神様や母のご加護のおかげと感謝する毎日です。今でもお上人様が、私と母のことを祈念してくださっているんです。

 私の母親は、今から17年前に亡くなりました。胃ガンでした。新しく転勤したばかりの大田高校の入学式の日に、家の前の道で倒れていた母親を、同僚の奥さんが見つけてくださって病院へ運んでくださいました。学校に緊急連絡があって飛んでいくと、医者から「あと1ヶ月の命です」と宣告されました。打ちのめされました。胃ガンが進行して末期になっていたのでした。毎日の病院食が冷めていて美味しくないとこぼすので、朝4時に起きてご飯を作り、5時過ぎの暗い病院に毎日運び続けました(看護師さんに見つかると、いい顔をされないので人気のないこの時間を狙って)。車の免許を持たない私に、病院へ行く途中にあるものすごく急な坂はこたえて、そのために電動自転車を購入しました。入院中は痛み止めのモルヒネを打つたびに、意識が朦朧として、窓から飛び出ようとしたり、息子の顔がわからずに「あなた誰?」と言われたときには涙が出たものです。母の言うことは何でも聞いてあげました。少し気分がいいというので家に連れて帰り、料亭の食事を一緒にしたのもいい思い出です。それでも入院してから3か月持ちこたえ、静かに息をひきとりました。最後の言葉は「ありがとう…」でした。葬儀をすませ、身辺整理を終え、ずっとお世話になった岡山・最上稲荷奥之院のお上人様に、泊まりがけでお礼に伺ったところ、私の知らない生前の母の思い出話をたくさんしていただきました。ご案内していただいた本堂には、私の名前で母が寄贈した幕や座布団・うちわ太鼓がいっぱいあり、生前何も聞かされていなかった私はとても驚いたものです。息子に内緒で、息子の健康・繁栄を祈ってくれていたのでした。親のありがたみをこれほど感じたことはありませんでした。苦労して育ててくれた母に親不孝ばかりしていた私のことを、これほど心配してくれていたことに感謝の言葉もありませんでした。今なら何でもしてあげることができるのに、母はもういません。生徒たちに、親が元気なうちに親孝行するように、といつも言っているのはこんな訳からなんです。母の命日(7月19日)と誕生日(8月16日)が近づくと、こんな母のことを思い出します。

 今日は、送られたみずみずしい白桃をギンギンに冷やしていただきながら、こんなことを思い出していました。❤❤❤

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