松井悦夫氏への最後の手紙

 まだ松江南高校に勤務していた若い頃、当時河合塾・広島校の校舎長だった故・松井悦夫先生の大ファンで、追っかけのようなことをしていました。先生が来られる河合塾の説明会には皆勤賞で参加しては、お話に感銘を受けていたものです。派手さはないけれども、知的で、理路整然と問題点を整理され、端的な形でわかりやすく示して下さるのが何よりも好きでした。本当に頭の切れる先生でした。先生からは本当にいろいろなことを学ばせていただきました。その後、私は大田高校の進路部長、津和野高校の総務部長、松江北高の総務部長を務めることになるのですが、大きな指針を数多くいただいたように思います。

 たとえば、保護者の役割について、松井先生は、子供のよき理解者、であり、②経済支援者、の二面を指摘されます。そして①に関しては、保護者三悪を戒められました。私もいろいろな場でお話させていただいた「保護者三悪」ですが、これは松井先生に教えてもらったことです。すなわち、保護者が気をつけなくてはいけないことが、(1)あたまごなし、(2)他人との比較、(3)過度の期待、の三つです。本人と本人のおかれた状況をよく理解する事が大切であり、受験を迎えた時期には、成績の上がらないあせりや、自分の弱さ・つたなさを露呈したり、結果に対する不安で揺れ動く時期なので、必要に応じて「良き理解者」としての役割を発揮するように、と締めくくられました。②の「経済支援者」としての立場に関しては、絶対に曖昧にすることなく毅然とした態度で子供に伝えるべきである、とおっしゃいました。このような松井先生のお話に触発されて、津和野高校時代に作ったのが、「保護者シラバス」(1年生~3年生です。これは保護者のみなさんにずいぶん喜んでもらいました。「チーム八ちゃん」の「ダウンロードサイト」に登録してありますから、ご参考にしていただきたく思います。大田高校時代に作った「進路シラバス」といい、この「保護者シラバス」といい、当時としては画期的なものだったんです。⇒ダウンロードサイト

 その後、名古屋・河合塾の本部長になられてからも、なにかにつけてご指導をいただきました。お忙しい中を、島根にも何度かご講演に足を運んでいただいたものです。津和野高校にご講演に来ていたいただいた時の、講演「保護者の心構え」の要旨を私がまとめた文書が公開されていますので、ぜひご覧ください。私がマイクロソフトの「パブリッシャー」を使って発行していた懐かしい学校通信です。裏面には元松江北高校長、当時東出雲町長の鞁嶋弘明先生の講演記録が載っていますよ。それにしても豪華な講演講師陣でした。⇒コチラです   

 そうそう、松江北高に戻ってきた年に、大学入試センター試験に「リスニング試験」が導入されることになり、模擬試験もICプレーヤーを使って演習を始めることになりました。ところが模試会社のリスニング機器が全国の学校で取り合いになり、全く在庫がないというピンチで、北高には手配することができない、と河合塾・広島校の担当者から連絡。途方にくれた進路部長が私の所に相談にみえました。「先生は、松井さんと知り合いだから、なんとか頼んでみてもらえませんか?」ということでした。早速、本部の松井さんにお電話して泣きつきました。するとなかったはずのものがその日のうちに本部から手配され、ICプレーヤー一式が生徒人数分送られてきました。やはり偉い人の力はすごいですね、と話したものです。懐かしい思い出です。

 私は北高に戻って2年目に、心筋梗塞で入院・手術を受けました。松井先生もちょうど同じ時期にガンで入院をされ、退院後は、病気こそ違えど、「病気と闘いましょう」と約束しあったものです。松井先生からは「病気が一進一退で、少しのんびりして温泉にでもつかりに来たい」とお手紙をいただきました。そのお手紙に対して、私が送ったお返事が最後になりました。松井先生が急逝されたのです。今日文書を整理していて(まもなく発表できる企画が進行中で、それをまとめている最中なんです。今日もデータを漁っています)、ちょうどそのときの手紙が出てきました。

拝復
 その後おかげんは如何でしょうか。お手紙を拝読し大変びっくりいたしました。一日も早いご回復をお祈りしております。
 私も一昨年、心筋梗塞で手術台に上がりました。生まれて初めての入院・手術で心配な毎日でした。手術当日は若い先生がなかなかうまくいかず、途中でベテランの先生に交替するという不安だらけの手術でした。局部麻酔で回りの様子が全てわかるので、思わず「神様助けて」と心の中で叫んでおりました。そのおかげで右手が1ヶ月内出血でつかいものになりませんでした。幸い詰まっていた血管は開通し、平穏無事な生活に戻ることができましたが、血液が行かなかった心臓の2箇所が壊死してしまっており、これはもう元には戻らないと言われています。一生薬を飲み続けなければなりません。毎日6種類の薬は結構おっくうなものです。最近は糖尿病の心配もあり、定期的に通院をしながら、学校務めをしております。北高の総務部長職も結構激務で、なかなか息が抜けません。先週はPTA役員会、PTA総会を無事に終えました。その準備で早くお手紙をしたいと思いながらも、校務に追われて、このようにお返事が遅くなりましたことをお許しください。生まれて初めて病院暮らしを体験して、健康の有り難みを実感いたしました。今までむちゃくちゃな食生活、むちゃくちゃな仕事をやってきたツケが回ってきたものと反省し、食生活の改善と仕事量を減らすことを心がけているところです。
 とは言っても、島根の凋落ぶりはひどいものがあり、北高がつぶれてしまったら、島根が終わってしまう危機感もあり、何とかせねばとあくせくしております。今年は島根県の東大合格者は北高の2人だけでした。その北高も10数人が受験をして現役はわずか1人だけですから、これも何とかせねばなりません。私は3年前に津和野高校から転勤してきてすぐ3年文系の早進度クラスの担任でした。3人が東大を受けましたが全員合格しております。この年は現役だけで6人が合格しておりますから、昨年の3人、今年の2人と、間違いなく北高の力も落ちてきております。「小事、細事が大事につながる」という言葉がありますが、今の北高も見ていて穴だらけの指導(特に生活指導ができていません)をやっているので、当然の結果かもしれません。尊敬する岩浅先生(出雲高校校長を昨年退職)から「北高の再生をお祈りします」というきついお言葉をいただいております。今年の3年生は1年生の時から英語を持ち上がった学年ですので、何とかせねばと思っております。上位層の子供達は岡山朝日といい勝負をしていますから、チョット楽しみです。
 昨年ベネッセラーンズの延原社長(松井さんが広島校校舎長をなさっていた頃のベネッセの営業担当でその頃からの付き合いです)に頼まれて、『センター英語重要問題演習』の大幅リニューアルを行いました。病院を退院したばかりの病み上がりの時でしたので、ずいぶん迷いましたが、売り上げがどんどん落ちているので思い切った紙面改革を行いたいという社長の熱意に動かされて協力しました。結果すごい売り上げにつながったそうで、今年も私が担当することになり、連休明けに原稿を渡したところです。2年続けてセンター試験の大幅な変動があったので、結構大変な作業となりました。他社にない特徴を出せば必ず結果につながるという信念で 、今までとは大きく異なる問題集となっております。営業の人は会社の記録が出ると張り切っておられます。そうなればいいのですが。
 一昨年北高のすぐそばに家を新築しました。ぜひ一度松江をお訪ねください。玉造温泉もありますので。昔の教え子達がずいぶん立派になって訪ねてくれるようになりました。昨年末には南高時代の教え子達が私の病気を心配してくれて26人集まってくれました。理系の40人のクラスでしたが、現在大学教授が2人、医者が7人、博士で研究職に就いているのが5人いました。子供達が活躍してくれるのが一番の喜びです。近く津和野高校の教え子が島根県教員採用試験を受けるのに(北高で実施)我が家に泊まって受験する予定です。
 どうかくれぐれもご自愛ください。お会い出来る日を楽しみにしております。
                                                                                               敬具

 平成20年5月18日
                                                                              八 幡 成 人

松 井 悦 夫 様

 もっともっと教えていただきたいことがたくさんありました。先生の分まで私が長生きしないといけません。先生、天国から見守っていていてくださいね。

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