八幡家の書庫

 尊敬する渡部昇一(わたなべしょういち)先生がお亡くなりになり、渡部昇一画像」でネット検索をかけると、なぜか私の家の書庫が出てきます。以前に、津和野高校の教員住宅に住んでいるとき、そして松江に帰ってきてマンション暮らしの時は、膨大な数の本が収まらなくて、段ボールに入れて部屋に積み上げたままになっていたんですね。住んでいるマンションの真ん前の土地がたまたま空いていて(松江北高校区の土地は高くて2100万円しました。地価の安い津和野なら家も建ったでしょう)、これを購入してミサワホームにお願いして家を建てたんです。今から11年前のことです。書庫風呂だけは、特注で別途設計してもらいました。膨大な本を全部収納できるように、特注の書庫を設計して、家具屋さんに特別の材木で作ってもらったんです。参考にしたのは、渡部昇一先生の書庫でした。おそらくその縁で画像が使われているんでしょう。空調にも配慮した素敵な書庫が出来上がったときには、長年の夢が叶い感激でしたね。本当に「強い夢は叶う」んですよ。個人の蔵書世界一の渡部先生の書庫とは比べることすらできないミニ書庫にすぎませんが、私の長年の夢を込めた書庫でした。本当は仕事場のある二階に作りたかったんですが、本の重量に基礎が耐えきれずに床が抜ける恐れありという診断で、1階に特別にスペースを取って作ってもらいました。ここに入って、ロッキング・チェアに腰掛けながら、本に浸るのが楽しみの一つです。さらには中二階の「倉」には、私が長年収集した5000万円を超えるマジック道具(特にカード類)の数々が眠っていまして、ここも私の癒やしの空間です。ふかふかの絨毯に寝転がって、昔のマジックを紐解くのです。慌ただしくてなかなかそんな時間がとれませんけどね。


 高校時代に英語を読む面白さを教えていただいた故・大谷静夫(おおたにしずお)先生(東京大学・文学部卒業)には、卒業後もずいぶん可愛がっていただいて、米子・皆生温泉のご自宅へもよくお邪魔しては本を借りたりしていました。エド・マクベインロアルド・ダールといった作家の面白さを教えていただいたのも(はまりました)、この先生からです。毎日米子駅から通勤にJRの先頭車両に乗られ、

▲アガサ・クリスティは全作品が揃っています

途中の荒島駅から乗ってくる私のために座席を確保しておいてくださいました。わずかな通学時間に展開される大谷先生の読書談義が毎日楽しみだったものです。先生は1冊を読むのがめちゃくちゃに早いんです。どうしたらそんなに早く読めるんですか、と聞くと、やはり単語力かなとほのめかされました。大学生の頃はろくなものを食べていないだろうからと、よくごちそ

▲西村京太郎作品も全作揃っています

うにもなりました。当時の高校の先生方の宴席に呼んでいただいて、おまえは会費はいらないから、大学でどんな勉強をしているのかを酒の肴に話せとおっしゃられ、美味しいものをいっぱいごちそうになりました。先生には本当に感謝の言葉もありません。その先生が急死なさったときに、「英語の本は全て八幡に送ること」というご遺言を残されたそうで、奥様から大きなダンボ-ル箱で何箱も、当時住んでいた津和野までお送りいただいたんです。ありがたいことでした。これらの本も全て、業者さんに作ってもらった「記念のプレート」を添えて、この書庫に収めさせていただいて、機会ある度毎に、懐かしく当時の先生を偲んでいます。

 渡部昇一先生の書庫のすごさは、DHCシアター「書痴の楽園」で見ることができます。⇒コチラです  私も書庫を作って10年にもなると、もう本が入りきらなくなり、二段重ねにしたりして、検索が不自由になったりしています。渡部先生が長年住み慣れた関町の自宅を払い、あのお年で借金までして、新しい書庫のある家を作られたのも分かる気がします(渡部先生の奥様は「うちには本権はあるが人権がない…」とこぼしておられたそうですが)。渡部先生のあの膨大な本の数々は、いったいどうなるのでしょうね?


 

広告
カテゴリー: 日々の日記 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中