追悼・安藤貞雄先生

 先日、三重県・鈴鹿高校の中川右也先生から、お電話があり、恩師安藤貞雄先生がお亡くなりになっていたことを教えていただきました。まったく知りませんでした。ショックです。安藤貞雄(あんどう・さだお=広島大名誉教授、英語学・日英対照言語学)先生は、去る3月31日、肺炎のため入院先の広島市・西区の病院で死去されたとのこと。89歳でした。先生は2008年に、「瑞宝中綬章」を授章しておられます。

 安藤先生には大学時代に、英語学を教えていただきました。当時はちょうどロンドン大学の留学からお帰りになったばかりの油ののりきった時期で、変形文法など最新の言語学を教えていただきました。とても厳しい先生でしたが、愛情を持って鍛えていただきました。いつも靴はピカピカ、ネクタイの趣味も素敵で、細身で、ダンディを絵に描いたような先生でした(学生の間ではいろいろなエピソードが流れ飛んでいましたね)。東京で仕事をさせていただくようになり、いろいろな大学者から安藤先生のお噂を伺いました。『ライトハウス英和辞典』の主幹で音声学の権威故・竹林 滋先生は、安藤先生のことをいつも「あの人はすごいです。」とおっしゃっておられました。卒業後もいろいろと教えていただく機会があり、広島大学総合科学部が新設されるときには、「来ないか」と声をかけていただきました。当時母が病気で伏せっていたもので島根を離れることはできず、残念ながらお断りをさせていただいたんですが、先生のお近くで勉強させていただきたかったです。

 今ここに、『会誌』第20号(愛媛県高等学校教育研究会英語部会、1983年)のコピーがあります。今から30年以上も前の会誌です。ここに安藤貞雄先生(文学博士、広島大学名誉教授)が、英語教師の文法研究」と題して、愛媛県の英語の先生方にご講演をなさった記録が収録されているんです。そしてその講演の中で、 安藤先生は私のことに触れておられます。

 英語の研究法ということでは、まず、私の島根大学時代の教え子のY君のことをお話ししたいと思います。彼は、まだ29歳の若さですが、既に英語語法関係の論文を十数編書いており、東京外語大の竹林教授に認められて色々と辞書の項目を執筆しています。Y君の勉強ぶりは本格的なもので、そのことは、外国の学会の会員になったり、海外の学術誌に載る第一次論文にもよく目を通していること、内外に多くの学問上の知己を持っていることなどで窺えると思います。彼はまた良い教師でもあります。Y君はよくAsahi Evening News のAnn Landersをcorpusとして利用していますが、あそこへ投書する人の英語が必ずしも良いとは限らないということを承知の上で、あれを一月分位集めるとかなりの資料になると思います。それを(パソコンでも利用して)あらゆる角度から分析していけば、平均的なアメリカ人の日常英語の生態が浮かび上がって来るかもしれません。(p.4)

 これを読ませていただいた当時、飛び上がって喜んだのを思い出します。そして、この講演の最後を、安藤先生の描く「理想の英語教師像」で結んでおられます。この先生の言葉を肝に銘じて、今まで一生懸命これを実践しようと頑張ってきましたが、残念ながら足元にも及びませんでした。この安藤先生の理想の教師論は、若い先生方には、ご参考になると思われますので、ここに再録しておきますね。なお、先生の書かれた『英語教師の文法研究』(大修館書店)は、英語教師必読の書ですよ。

a.  教え方が上手であること―これは大切である。日本語も英語も、いい発音で明快に教えないと生徒に十分理解させることができないからである。

b.  生徒にえこひいきしないこと。

c.  叱るべき時には叱る(怒るのではない)が、意地の悪い叱り方をしないこと。

d.  生徒に親切で思いやりがあること。

e.  生徒の質問にごまかさずに誠実に答えること。自信をもって答えられない場合は、十分に調べた上、のちほど報告すること。(生徒に誠実でありたいと思うならば、このような措置は当然であろう。)

f.  時には生徒と平等の立場(footing)に立つこと―教師は生徒を教え指導する立場では、権威をもって、生徒より一段高い位置に立って差し支えないが(そのためには時には礼儀も敬語の使い方も教えなければならないことがあろう)、生徒が何かcriticalな状況にある時は、教師は「教師」であることをやめて、生徒と同じ(恐らくは「人間同士」という)footingに立って、”まごころ”をもって生徒の悩みと付き合う用意がなければならない。

g.  last but not leastには、教師は肝の奥底に何かゆるぎない信念を持っていなければならない―その信念が恐らくその人の人格を統一しているのであろうが、それが何であるかは、人によって異なっていてもいいのではないか。ただ、それは狂信的でない、理性と普遍性に裏打ちされたものであることが望ましい。(私の場合は、それは「生命の尊厳」という言葉で言い表せるように思われる。〔そこから、平和への決意も、ヒューマニズムも生じてくる。〕

   以上のような資質を兼ね備えた教師が私の「理想の教師像」です。それは、私にとっては、恐らく生涯かけても到達し得ない、にも拘らず、志向することをやめてはならないイデーなのです。

 思うに、安藤先生の教師としてのモットーは、一言で言えば、“a severe teacher and a kind friend”ということでした。当時の厳しかった授業を、懐かしく思い出しますね。教師になってからも、先生にはずいぶん面倒を見ていただきました。本当に感謝しています。今私の手元には、安藤先生の博士論文(名古屋大学)であるA Descriptive Syntax of Christoper Marlowe’s Language (東京大学出版、1976年)があるのですが、大学生のとき、この本が出ると同時に購入して、安藤先生の研究室を訪ねて、サインをしていただきました。「こんな高い本をよく買ってくれたね」と、喜んで下さったことを今でもはっきり覚えています。当時14,000円しました。このサイン本は私の一生の宝物です。

 最近では、大冊『三省堂英語イディオム・句動詞大辞典』(2011年、三省堂)を上梓されました ね。紛れもなく現時点で最高の英熟語辞典です。学生時代に、この本の元版の『新クラウン英語熟語辞典』(第3版)をどれぐらいボロボロになるまで使ったことでしょうか。ハンディながらも、大辞典にも載っていない情報がいっぱい詰まっていたんです。安藤先生が若い頃、大塚高信先生に命じられて原稿を書かれた名著です。

 みなさんは、安藤先生の高校生向けの文法参考書に『基礎と完成 新英文法』(改訂版、1987年、数研出版)という本があるのをご存じでしょうか?若い頃に私も協力をさせていただいた、思い入れの強い学習参考書なんですが、その「前書き」に私のことを「若い友人」と書いて頂き、大感激したのを覚えています。

今回の改訂にあたっては、若い友人の八幡成人氏に初版の綿密な検討をお願いして、数多くの貴重な意見をいただいた。同氏のご援助に対して、厚くお礼を申し上げる。(はしがきより)

 この本は「高校生向き」ということにはなっていますが、日本を代表する文法学者の安藤先生の本らしく、現場の先生方には新しい知見が山のように詰まった、他のものとは一線を画する素晴らしい文法参考書で、ずいぶん売れました(今私の手元にある現物には第18刷とあります) 。学生から大人まで使える最高の英文法書です。コンパクトながらも痒いところに手が届く解説があり、例文も良質です。いわゆる入門者が「よくわかる」という親切さはありませんが、自学自習のできる受験生が、正確な表現を調べたり、自分の英文の確認をしたり、疑問点を理解したりするのには現存する文法書の中では最高のもののうちの一つでしょう。暗唱例文だけ覚えたり、単語を暗記をしたりすることで英語を学んだ気になっている残念な受験生を、180度方向転換させられる参考書です。残念ながら、今は絶版となっていて手に入れることはできません。3月に北高を卒業し英文科へ進んだ女生徒が、3年生の時にどうしても欲しい(本屋や古本やを探し回ったがどこにもなかった、と言っていました)と言うので、懇意にしている数研出版の部長さんにお願いして探してもらい、倉庫から1冊出てきたものをプレゼントしました。

 この本には、たとえば、なぜ綴り字yをiに変えるのか、なぜ母音字+yの場合はyをiに変えないのか、なぜ<短母音+子音字>ではなぜ子音を重ねるのか、ではthickはなぜ子音を重ねずそのまま-erを付けるのか、高校生が暗記に苦労するno more than, not more than, no less than, not less thanなどの意味の由来、ifunlessの違い、a friend of minemy friend の違い、などがサラリと分かりやすく書かれています。deersheepといった単複同形の単語を、「これらの動物は、群をなして生活しているので、集団として、いわば”量的”にとらえられるので複数形をもたないのである。cows(牛)、hens(めんどり)、monkey(さる)などは、”個性”を認められて、-sをとる」といった具合です。きっと参考になる本です。是非、図書館などでご覧になってみてください。大学生の頃に読んだ『前置詞のポイント』(研究社)も当時は画期的な名著でした。学習参考書の形をとってはいますが、新言語学の知見を背景に書かれた「前置詞の総合見取り図」となっていました。

 若い頃、安藤先生から、どんな短い文章を書くときでも、何か一つ、これは新しい情報ですよ、新知見ですよ、というものを入れるようにしなさいと、アドバイスをいただき、以来ずっと心がけてきました。このブログの文章もずっとそのような気持ちで書いているんですが、いかがでしょうか?安藤先生、数々の教え、本当に本当にありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。合掌。♠♠♠

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