オランダ坂

 私の大大好きな長崎市は、坂がとても多い町です。別名「斜面都市」とも言われますね。その中でも一番有名なものが、「大浦東山手居留地」への入り口のある「オランダ坂(活水学院下の坂)です。明治の初め頃に、ニールズ・ルンドバーグという貿易商が、特別な火薬を使用して、この坂を開きました。現在は、主に「活水学院下の坂」「活水坂」「誠孝院(じょうこういん)前の坂」が「オランダ坂」と呼ばれています。実は、ここは「日本三大がっかり名所」の一つに数えられている場所なんです。

 高知「はりまや橋札幌「時計台、そしてここ長崎「オランダ坂の三つが「日本三大がっかり名所」と呼ばれています。「オランダ坂」石畳が特徴的ですが、坂の街にある生活道路の急坂の一つでしかありません。その他にはなーんにもありません。でも、地域一帯の歴史を少し知ってから訪れると、単なる「がっかり名所」じゃなくなると思いますよ。あまり過度の期待をして行くとがっかりです。何もないただの普通の坂です。けれど、映画やドラマの撮影気分で行けば、それなりに面白いですよ。気分をハイにして楽しむ観光名所です。江戸時代に、日本で唯一、貿易が行われていた「出島」に住むオランダ人の影響で、開国後も西洋人を見ると「オランダさん」と呼び、石畳でできた坂を「オランダさんが通る坂」と呼びました。「オランダ坂」のある東山手地区は、長崎の学園の丘と呼ばれミッションスクールが建ち並ぶ私学発祥の地でもあります。ただの道ですが、この坂を目的に行くのではなく、目的地と目的地の間の通り道として寄ってみるとよいかと思いました!石畳の道は実に趣があるものです。

 この近くのホテルに泊まっていたので、小雨模様でしたが、早朝に散歩してみました。活水学院から孔子廟裏のほうへ歩くと石畳の坂道がいくつかあり、この辺りが大浦東山手居留地であった場所です。 今も古い洋館群と石畳、石垣、石造り溝、煉瓦塀などが残っており、当時の面影を伝えています。ここの石畳の道が「オランダ坂」です。いくつかある「オランダ坂」で一番有名なのは活水学院前の坂であり、長崎の観光雑誌やパンフレットによく出てくる場所です。その活水学院のオランダ坂を登ったところに古い洋風建築群があります。下の写真の洋館「ラッセル記念館」は、明治元年(1868)に造られた洋館で 建築後まもなくロシア領事館が置かれた建物です。今は旧居留地私学歴史資料館となっています。他に明治20年代後半に、社宅または賃貸住宅として建てられた7棟の東山手洋風住宅群などもあります。

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