追悼・渡部昇一先生

 「産経新聞」正論メンバーで「第1回正論大賞」を受賞された英語学者・評論家で「知の巨人」、私の尊敬する上智大名誉教授の渡部昇一(わたなべ・しょういち)先生が、4月17日午後1時55分、心不全のため、東京都・杉並区のご自宅でお亡くなりになりました。86歳でした。1930年、山形県・鶴岡市生まれ。上智大大学院修士課程修了後、独ミュンスター大、英オックスフォード大に留学。帰国後、上智大講師、助教授を経て教授に。ご専門は英語学で、「英文法史」「英語学史」などの専門書で知られます。1976年に『腐敗の時代』(文藝春秋)で、日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。同年に刊行された『知的生活の方法』(講談社現代新書)は、読書を中心とした知的生活を築き上げるための具体的方法を論じ、100万部超の大ベストセラーとなりました。今日の新聞で、各紙いっせいに追悼記事を載せていましたね。

 一連の活発な言論活動の中で、「正確な事実関係を発掘して、わが国マスコミの持つ付和雷同性に挑戦し、報道機関を含む言論活動に一大変化をもたらす契機となった」として、1985年、第1回正論大賞」を受賞。東京裁判の影響を色濃く受けた近現代史観の見直しを主張するなど、我が国保守論壇の重鎮でした。その博学の知識と識見はただただ羨望の的でした。国語審議会委員、大蔵省税制調査会特別委員なども務められました。最近では、天皇陛下の退位を巡る有識者会議では、退位に反対の立場から意見を表明されていましたね。

 渡部先生の膨大な著作の中には、自助努力」を重んじたものが数多くあります。私が若い頃、最も大きく影響を受けたのがこの分野でした。サミュエル・スマイルズの「自助論」に登場する西洋人や、幸田露伴、本多静六、松下幸之助など、努力によって道を開いた日本人を、さまざまな著作で紹介しました。アメリカの成功哲学者であるジョゼフ・マーフィーの成功理論(「マーフィーの法則」)を初めて日本に紹介した先生でもあります。大島惇一」というペンネームで(当時まだ若い英語学究徒であった先生が、このジャンルの本を実名で出版するには躊躇があったのです)、マーフィーの翻訳本を出版しベストセラーとなりました。いずれも、人々が自らの努力によって道を切り開くことの幸福を思想として広めるものでした。成功者や金持ちに嫉妬し、貧しさの平等を広める共産主義思想から人々を守る防波堤となりました。

 英語教師として、平泉 渉さんとの「英語教育大論争」は鮮明に覚えていますが、数々の英語学習方法を提言し、日本の英語学習に大きな功績を遺されました。また、単なるコミュニケーションのツールとして英語を理解するだけではなく、英語の学習に異なる意義を見出されていたのも特徴的です。英語という言葉は現在”二つの顔”をもっている、という事実をきちんと押さえておかなければなりません。ひとつは、現代社会にあって公用語の働きをなしていること。もうひとつは、重大な古典的著作を含む言語であるということ。この二点が英語の大きな特色といえます」 英語を通して世界の古典を読むことで、自分の生まれ育った国とは違う視点を持つことができ、普遍的な価値観を学ぶことができる。その上で自国の意見を積極的に発する国際的な教養人ともなれる。それは、扇動的で偏った思想に染まることを防ぎ、バランスの良い人格をつくる上でも、非常に重要なことだ、と主張されたのです。

 私は大学3年生の時に、先生の『知的生活の方法』に出会い、その圧倒的なパワーに感銘を受けました。私の運命を変えた一冊です。家を建てるときにもこの本を参考にして、書庫を作ったぐらいです(「渡部昇一画像」を検索すると、どういうわけか八幡家の書庫の写真が出て来ます!)。以来、先生の書かれる本や雑誌はすべて読破、熱狂的なファンとなりました。ぜひお会いしたいという強い思いが実現したのは、まだ私が若い頃松江南高校で教えていた時、渡部先生が松江の「ホテル一畑」にご講演でお見えになったときのことでした。その時に撮したお写真が右・下のものです。まだ先生もお若いですね。私が先生に憧れていることを知っている主催者が、「会わせてあげようか!」と言ってくださいました。願ってもないことです。玉造のめのうのネクタイピンとカフスボタンのセットをおみやげに買って、ホテルの控え室にお会いに行きました(部屋の前にも、部屋の中にも屈強なガードマンがおられ厳重な警備でしたね)。それが先生との初めての出会いです。憧れの先生に会えるというあまりの感動と緊張の中で、堅い握手をしていただいたことくらいしか覚えていません。以来、事あるごとにお手紙をいただくようになり、親しくさせていただきました。私が学習辞典の『ライトハウス英和辞典』(研究社)を出した時には、推薦文を書いてあげよう、とおっしゃっていただいた時は、天にも昇る思いでしたね。今までずっーと、先生の書かれる著書や雑誌論文は追いかけ続けています。先日も、地元の今井書店を退職された店員さんが再びレジに立っておられ、懐かしくて話すと「八幡先生といえば、渡部昇一先生でしたね。はっきり覚えていますよ」と言ってくださいました。2年前に私が退職した時には、達筆の筆文字で(先生は書道を学んでおられました)ねぎらいのお言葉を頂戴しました。私の家宝です。

 渡部先生が、人生で一番大切なことを一つだけ挙げよ、と求められた時に、いつも口にされたのが、「できない理由を探すな!」でした。どんなに困難なことでも、絶えず努力を絶やさない人には、不思議なことに、天の一角から「助けのロープ」が降りてくる、とおっしゃっておられました。私も今までにそんな体験を何度したことでしょう。

 鉄砲撃ちの名人に、電線の上と地面にいる鳥とどちらが簡単に撃ち落とせるか?と聞いてみる。一見、地面にいる鳥のほうが撃つのはたやすそうである。しかし彼は、電線の上にいる鳥も地面にいる鳥も、撃つには同じくらいの労力と技量が要るというのである。難しさとしては大差なく、むしろ電線の上にいる鳥を撃つほうがかえって楽かもしれないということである。ならば、目標は高く掲げたほうが良い、ということになる。

 私は「できない理由を探さずに、目標を高く掲げて、努力せよ」と、毎日生徒には話しています。渡部先生の受け売りですが。

 私は会員制の「昇一塾」に入っていて、毎週金曜日に配信される先生の小論を楽しみにしていたんですが、先週末に出版社から突然メールが来て、「本日は誠に残念なお知らせですが、 渡部昇一先生のご体調がすぐれず、 しばらく言論活動を控え、 治療にご専念されたいという お申し出がありましたので、 昇一塾ニューズレターを しばらく休刊させていただくことになりました。」、ついては返金をするので手続きを取るようにとのことでした。えーっ、なんで?と思っていると、この訃報です。腕を骨折されて苦労なさっておられるというのは知っていましたが、まさかこんなにお体がお悪かったとは!もうこれで、先生の新刊本が読めなくなるかと思うと、すごく落ち込みます。私の書庫にずらーっと並べられた渡部先生の膨大な著作の数々を、初めから読み返すこととしましょう。先生の思い出・学恩は数多くありすぎて、ここには書き切れません。私が最も尊敬する、一番影響を受けた先生でした。心よりご冥福をお祈りします。合掌。♠♠♠

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