マサ斎藤と海賊男

 『週刊プロレス』11月9日号は、マサ斎藤の特集でした。マサさんは、2000年からパーキンソン病に冒され、現在闘病・リハビリ生活を送っておられます。12月2日には「ストロングスタイル・ヒストリー」と銘打って、マサさんを励ます復活イベントが計画されています。 

    単身で渡米し日本人ヒールとして活躍、数々のローカル・タイトルに輝くものの、ケン・パテラの暴行事件(*1984年4月にウィスコンシン州でケン・パテラが起こした器物損壊事件に巻き込まれ、宿泊先で斎藤と同室だったパテラを逮捕しようと部屋に押し入ったレスラー特有の力で警官数人をなぎ倒してしまったために、陪審員裁判で有罪判決を受けます。斎藤はこれを不服として現地の日本総領事館へ助けを求めたが、大使館や総領事館では釈放や減刑の要求は出来ないため、1985年6月より現地で1年半の刑務所暮らしを送った。罪状のうちほとんどが無罪だったが、パテラと一緒に現場にいたことや、女性警官を投げ飛ばしたために有罪となる)に巻き込まれてアメリカ・ウィスコンシン州の刑務所に1年半服役したマサさんは、47歳でラリー・ズビスコを破りAWA世界チャンピオンに輝きました。1987年10月4日アントニオ猪木との「巌流島の決闘」は、時間無制限、ノーレフリー、ノールール、無観客という前代未聞の2時間5分14秒の死闘(猪木のTKO勝)で、強烈な印象として残っています。あのマサさんをリングに上げようというこのイベントに、「斎藤を覚醒させる」と襲撃の不気味な予告%e3%83%9e%e3%82%b5%e6%96%8e%e8%97%a4「ガスパーX」と名乗る人物がしてきたことが、11月4日付けの「大阪スポーツ」に報道されました。

「1987年3月26日、大阪城ホールの地獄を覚えているか。お前はあの時、ビリー・ガスパーの呪いにかかり、観客に醜態を見せた。今回、ガスパー一族を代表し、もう一度、お前の前に姿を現す。お前は、もう逃げられない」

 この「ガスパー」というのは、アイスホッケーのマスクをして海賊船長のような衣装を着込み、1987年初頭にフロリダ州タンパに突如出現し、武藤敬司を襲撃した「海賊男」です(正体は猪木と言われていますが)。その後、新日本プロレスマットに乱入を繰り返し、大阪城ホールで行われたアントニオ猪木とマサ斎藤の一騎打ちに乱入。あろうことかマサ斎藤に手錠をかけ、そのまま連れ去ってしまうという暴挙に出ました。怒った観客の一部が会場内の椅子に火を放つなど、史上最悪の暴動事件を引き起こしたという、プロレス界暗黒の歴史物語です。「海賊男」は、1988年以降は、霧のごとく姿を消していましたが、今回久しぶりに名前が出てきました。

 「海賊男(ガスパー)」は、その名の通りダーバンを巻き、海賊風の衣装を身にまとい、「13日の金曜日」のジェイソンのようにアイスホッケーのゴールキーパーマスクをしたキャラクター・レスラーです。杖を持参し、凶器として使用していました。上のマサさんの襲撃事件にはチョットしたエピソードがあります(新本プロレスの元審判部長でレフリーのミスター髙橋が暴露しています)。このアイデアは猪木さんのものです。フロリダ遠征時に、たまたま目撃した海賊男を日本でもやると受けるとふんだのです。この試合で海賊に扮したのはブラックキャットことクロネコでした。彼は全く日本語が分からずスペイン語しか話せません。予定では試合が佳境に差しかかったところで、海賊男が乱入して、猪木とロープを手錠で固定してしまい、マサさんと二人がかりで猪木を徹底的に痛めつける。卑怯な海賊男に対する猪木の憎悪がますますエスカレートしていき、シリーズを盛り上げる、というものでした。このことを当時のオフィシャル・レフリーであるミスター高橋が、英語とかたことのスペイン語で試合前の控え室で説明します。ところがクロネコは分かっていなかったのです。突如乱入した海賊男は、あろうことかマサ斎藤に向かって突進し、アッという間に手錠でがっちりと結んでしまいました。そしてそのままマサさんを連れて控え室に帰ってしまったのです。追いかけたミスター高橋に控え室でゲンコツで叱られます。マサさんと事態収拾のために緊急の打ち合わせを行い、切り離された手錠をしたままマサさんはリングに戻り、猪木をメッタ打ちにします。間に入ったレフリーに暴行を働き、マサさんの反則負けです。納得できない熱狂的なファンの一部が会場内に火を付け暴動となりました。

 「海賊男」は、以来散発的に新日本のリングに登場しましたが、その正体は当時の新日本の若手や中堅レスラーであり、木村健悟馳 浩なども入れ替わりで演じていたと言われています。その後、本物のビリー・ガスパー(カウボーイ・ボブ・オートン・ジュニア)が、2メートルを超える大巨人のガリー・ガスパーを帯同して登場。海賊ガスパーズが結成され、ガリーに代わるビリーの新パートナーとして、バリー・ガスパーへと増殖しました。でもあまり人気は出ず自然消滅となっていきました。これは長期的なプロレス人気の下降傾向に歯止めをかけようと、アントニオ猪木の発案で生まれたアングルですが、残念ながら失敗作と言わざるを得ません。今なら上で述べた襲撃予告もイベントを盛り上げるための作戦だと容易に理解出来るのですが、私は当時はこれが「アングル」と呼ばれる仕掛けであることも知りませんから、本気で応援していたものです。

 マサさんと言えば、(谷津嘉章とともに)必殺の「監獄固め」(かんごくがため)という足関節技が有名です。マサさんは1984年にケン・パテラが起こした暴行事件に巻き込まれ、一年半もの間刑務所生活を強いられました。帰国後、「獄中でこの技を開発した」というまことしやかな噂が流布されたため、「監獄ロック」と名づけられました。一度うつ伏せに寝かせた相手の両脚の間に、グランドから自分の左足を入れ、相手の両足を交差させ、体を仰向けに反転させながら、自分の右足をフックする拷問技で脱出は不可能です。アマレスの「トルコ刈り」という技をヒントに編み出された技です。プロレスラーはその運動特性から膝関節に負担がかかる事が多く、それ故に膝に故障を抱える選手は多いため、相手選手の状態によってはかなりのダメージとなるのです。

 Go for broke(当たって砕けろ)がマサさんの人生訓でした。さて、12月2日はいったいどのような襲撃が行われるのでしょうか?そもそも病気のマサさんはリングに上がれるのでしょうかね?

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