人間教育

 プロ野球12球団の中で「巨人」を除く11球団が、茶髪や長髪、ヒゲは当たり前ですね。外から見ていて見苦しい選手もたくさんいます。「巨人軍は紳士たれ!」と、唯一しつけに厳しかったはずの巨人軍も、賭博問題で退団者を出してしまいました。一人の社会人として、大切なことが分かっていません。

 清原和博さんの初回公判が行われ、引退後コーチや監督の声がかからず、寂しい思いをする中で、逃げ場として薬物に手を出してしまった、という本人のコメントを読みました。大きな勘違いをまだしているなと思いました。彼の現役晩年の時代の姿を思い出してみてください。耳にダイヤモンドのついたピアスをして、肌は浅黒く、コワモテの風貌を醸し、記者たちを恫喝し、「番長」と恐れられました。彼の姿を「真似しなさい」などという指導者がどこにいるでしょうか。彼ほどの能力を持った大物が、球界から監督やコーチとして一度もお呼びがかからないのには、当然の理由がありました。

 V9時代(今では考えられない快挙です!)の巨人の監督川上哲治(かわかみてつはる)さんは、ご自身の記録もすごいことながら、当時川上さんの薫陶を受けた選手たちが、次々と監督・指導者として育っていきました。広岡達朗さん、藤田元司川上哲治ん、長嶋茂雄さん、王 貞治さん、森 祇晶さん、高田 繁さん、土井正三さん、堀内恒夫さん、などです。伝え聞くところによれば、巨人時代の川上さんは、ミーティングで野球の話はほとんどせずに、人としていかに生きるべきか、あるいは人の和の大切さ、礼儀やマナーという人間学を中心に話をしていたそうです。野球人である前に、一人の人間としてどうあるべきかを説き続けたそうです。「人間とは何か?」「社会とは何か?」人間学・社会学を選手たちに考えさせていたといいます。川上さんは福井県の永平寺にしょっちゅう行って座禅を組み、修行する人でした。よく野球人である前に、よく社会人、よき人間であることが大事だと自ら実践しておられました。チーム全員がその背中を見て「人間として尊敬」していたのです。著書『遺言』の中にもこんな言葉がありました。いつか「川上哲学」については項を改めて詳しく取り上げたいと思っています。

 私の時代は、チームをひとつの「家庭」と考えていた。監督はいうならば父親だし、コーチは母親だ。(中略)父親が父たりえて、母親がまた母親たりえて、時には厳しくしつけ、愛情をもって目を配り、きちんと子供を育てていかなければ家庭だとてチームだとて、まっとうなものにはなりにくいものだ。声高に「個の尊重」「個の自己責任」という今ならば、なおさらにその個をはぐくみ、その個を形成する家庭というものが大切になってくるはずだ。

 最近では野村克也(のむらかつや)さんがそんな監督さん・指導者でしたね。川上さん同様、教え子から多くの指導者・監督が誕生しています。

 私は、学校現場でもそういうことを大切に指導してきました。「人」として間違っていることはことごとく排除してきたつもりです。最近の若い先生を見ていて、「甘いなあ」と思うのはこの点です。絶対に譲れないところは、絶対に譲らない。そういう厳しさも必要だと感じています。だらしない服装や髪形、時間・締切にルーズな行動は論外だと思っています。「点さえ取れば何をしてもいい」という考えは、私の教育観の真逆にあります。私は締め切りを過ぎた提出物はいっさい受け取りません。いつも本番を想定して生活してもらいたいからです。


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