西村京太郎先生と戦争

西村京太郎と戦争 西村京太郎先生は、およそ20年間、木製のプロペラ機を100機以上集めておられます。ゼロ戦とか紫電改B29スピットファイアなど、デスクサイズのものが多いようです。

 さて、昨年刊行された西村先生の作品群には、大きな傾向の変化が見て取れました。十津川警部が活躍する設定は同じなんですが、作品中には必ず、戦争の事実の記述や体験談が盛り込まれ始めたということです。戦後70年という節目の年に、意図的に戦争を入れておられると私は感じていました。個人的には、思いもかけない列車のトリックや、人間模様を主軸としたトラベルミステリーが好みなんですが、読んでいると、必ず戦争と絡めたお話になっていくのが最近の西村先生の特徴なんです。チョット重たいな、と思いながらも全作品を読んでいますが、どうしてこのような変化が生じたのか?という理由を、今日は探ってみたいと思います。以下は、昨年日本推理作家協会「嗜好と文化」Vol.46に登場した西村先生のインタビューからです。⇒コチラで読むことができます

 戦争ものを書いておきたいと思いまして。B29などをデスクに置いておくと、この爆撃機に校庭で追いかけまわされたなあ、と当時のことが思い出されますから。最近の作品に、戦争中や戦後社会のことを書いています。戦後70年の今年出版される十津川作品にはすべて戦争、戦後のことが入っています。特攻隊員の生き残りなど、事件の関係者の祖父、祖母の経験したことを回想として描いています。元軍国少年としては、今の視点で書くのではなく、当時生きていた人間がその時どう感じていたか、を伝えたいという思いがある。表現上難しいところもありますが、これが実際にあったことだ、ということを伝えたい。でないと、戦争を忘れちゃうでしょう。最近の若い編集者と話していると、B29を見て、『これは何ですか』と聞く。戦争や戦後のこと、知らないんですね。がくぜんとします。

 西村先生は昭和20年4月に東京陸軍幼年学校に入っておられます。5か月目の8月2日、学校に空襲がありました。B29が逃げる生徒たちを追いかけ回します。周囲でも焼夷弾がボンボン炸裂します。建務台と言われる校庭内の神社に逃げ込みます。当時14歳だった西村少年、同じ1年生のオイカワという生徒が、天皇陛下からたまわった剣を忘れて学校校舎に取りに戻ったところをやられて死んでしまいます。空襲で生徒10人が死にました。そんな戦争の記憶を絶対に風化させてはならない、という強い思いで、お書きになるミステリーの中に戦争を盛り込んでおられるのでしょう。書かないと戦争のことが忘れられちゃうから」と、85歳の元軍国少年は、「トラベルミステリー」という娯楽の中で戦争を感じさせる、という孤高の戦いを挑んでおられるのでしょう。次の引用は「赤旗」に載った、日本は不戦を貫け、と言う西村先生の決意表明です。

 終戦の時は15歳でした。陸軍幼年学校にいたので、あと何年か戦争が続いていたら、小隊を率いて死んでいたでしょう。怖いのは、戦争になると死を恐れなくなること。戦争のための教育をたたきこまれたから、死ぬのは全然怖くなかった。

 戦争末期は爆撃も激しくなり、誰も勝てるとは思わなかった。でも上の人は”勝てないけど負けない”と言う。そんなおかしな理屈をのみこみ、自分は勇ましく死ぬんだと思いこんでいた。狂気にかりたてられていたというか、狂気が”普通”になっていました。

 僕は『戦陣訓』が嫌いです。陸軍刑法には、捕虜になったときの規定がある。法律上は、捕虜になってもよかったんです。でも、『戦陣訓』のせいで、死ななくてもよかった人がたくさん死んだと思います。日本人は家庭ではいい人です。でも実際は、戦争中の話をいろいろ読んでいくと、違いますよね。兵隊になったとたん、おかしくなっちゃうんです。

 僕は戦争したくないけど、なかには戦争したい人もいるんだよね。不思議なんだけど。アニメやマンガの中には、戦争を何か勇ましいことのように描くものもある。だけど実際の戦争は違う。首相も政治家の多くも戦争を知らないんです。昔は自民党の中にも戦争を知る政治家がいて歯止めになっていた。そういう人たちがいなくなっちゃうのは困るんだ。

 戦争中、東条英機首相の暗殺計画があったんです。それを踏まえて考えると、いまの日本は平和だけど、上の人(首相)がおかしくなって日本が戦争に突き進もうとするようになったら、首相を暗殺しようとする動きが出てくるかもしれない。現実はもちろん許さないことだけど、小説だから、そんな話も考えています。

 世界中が戦争になっても日本だけはたたかわない方がいい。たたかわない国が、一国でもないと、まずいんだ。日本は第2次世界大戦の時のスイスのように、したたかな外交力を発揮すべきです。アメリカと一緒になって戦争に巻き込まれるのはまずいと思うな。誰から何をいわれようと、日本は戦争はしない。その道を突き進めばいい。そういう国がないと、戦争の仲裁とかもできないでしょう。

 こうして2015年度は意図的に戦争を取り上げておられた西村先生ですが、2016年度に入って出てくる新刊ミステリーを読むと、もう戦争を卒業されたようですね。

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