作家という病

作家という病 校條 剛『作家という病』(講談社現代新書、2015年)を読むと、大作家と言われる人々の奇人・変人・奇行ぶりの数々が、編集者の目を通して描かれていてとても面白く読めます。著者の校條 剛(めんじょうつよし)さんは、新潮社の文芸編集者として、29年間数多くの作家と直接接してきたベテラン名物編集者で、そこには読者に向けられる表向きの顔とは全く違った、大御所たちの「素の姿」が出現していて仰天します。小説新潮』の編集長を9年務められた方です。

 この本の中でも私が特に面白かったのは、伝説と化している “京都”と呼ばれていた西村京太郎先生と山村美紗さんのカップル作家です。二人が同じ敷地の中に、内廊下で繋がった家を建てていたことは有名な話ですが(私も以前にこのブログで取り上げたことがあります⇒コチラです)、西村の作品をもらうには、山村へのケアを万全にすることが鉄則だった」といいます。常に20万部以上の書籍売り上げが見込まれる西村作品をもらうため西村・山村に、編集者たちはこぞって山村さんのご機嫌を取り、忠誠を表現することに奔走する。ご機嫌伺いは壮絶を極めたようですね。「京都の二人の原稿を手にするには、幾つかの儀式を通過してからでなくては不可能だった」出版社役員や幹部も出席する新年会、誕生会、京都「都をどり」、2人が出演する年末の南座観劇、年一度の各社個別の接待、さらに山村さんの長女・紅葉の芝居鑑賞―これらが編集者に義務づけられた「儀式」であり「そうした催しに必ず参加することが忠誠心の証だった」とのこと。しかも山村さんは「独自の感情の揺れ動き」をする、まさしく女帝ゆえ、接する編集者は常にピリピリと神経を尖らせ、気配りをしなくてはなりません。儀式のためのパーティでも大手出版各社の幹事たちが準備に神経を尖らせ奔走しました。この本では1994年の「山村美紗先生・西村京太郎先生新年会」の様子がこう描かれています。

 幹事会の第一回は年末の十二月十日に東京で開かれ、同月二十三日の祝日に京都グランドホテルで第二回、年が明けてから第三回の最終打ち合わせがあった。そして、開催日の前々日あたりから主要幹事は京都に先乗りして、山村との打ち合わせや、山村邸で麻雀などをして過ごす。いよいよ当日。幹事と働き手の編集者たちは午後二時に会場の京都グランドホテルに集合する。会場点検、部署確認、賞品整理をする。総合司会は、講談社の中澤義彦部長である。司会者はパーティの後の『反省会』で発言や進行具合などで山村の叱責を受けることがあるため、相当の緊張を強いられる役目である。

 校條さんの言によれば、京都の山村邸へ赴く新幹線の窓からの景色は白黒のモノクロ写真、すべてが終わって帰京するときには、総天然色の田園が広がっていたといいます。それほどまでに、山村さんの前では緊張せざるを得ない雰囲気があったわけです。山村さんの逆鱗のツボはどこにあるか分からない。校條さんご自身も、文芸誌の表紙に山村さんの名前と作品を別格で扱わず、大目玉を食ったこともあったといいます。それでも「あなた怒っちゃだめよ。東男(あずまおとこ)はすぐにカッときて帰ってしまうけど、これは京都のやり方で、本当に怒っているわけではないのよ。本心で言っているわけではないんだから」と、絶妙なタイミングでフォローを入れてくる。まさに「飴と鞭」の使い分け、人心収攬術の名人だった、と回想します。

 山村美紗と西村京太郎の京都時代を支えた編集者たちは、確かに嫌な思いをしたり、プライドを傷つけられたりしながらも、女帝の足下にひれ伏した。しかし、ほとんどの編集者たちは、山村亡きあと、あの日々を懐かしく思い出しているのである。

 そのことは、重田 玲(しげたれい)さんが昨年(2015年7月)まとめられた『人生は愛と友情と、そして裏切りとでできている―西村京太郎ザ・インタビュー』(サンポスト)にも登場します。新聞に文芸誌の最新刊の広告が載る際に、目次が全部新聞に載るのだけれども、山村DSC00619さんは自分の小説の題名の扱いが小さいと言って編集者に文句を言う。活字が小さかったりすると、東京の編集部に電話をして、話があるから今すぐ来なさい」と言って担当の編集者を呼びつけることも度々だったといいます。なんで私のこの目次の字がこの人より小さいの」「なんでこの人が右側で私が左なの!」 夜の10時くらいに編集部の電話が鳴ると、「これ、山村先生じゃないか…」と恐れて誰も電話をとろうとしない。編集部の一番若いのが受話器をとると、やっぱり山村さんで「今すぐ京都に来い」それも彼女の大好きな蘭を買ってきなさいとの注文も。編集者が夜中になんとか駆けずり回って蘭を手に入れて、タクシーで京都に飛んで来ると、また叱られて怒鳴られて帰ってくる。そんな若手の編集者が、今は大手出版社の取締役になっていたりするといいます。実に面白いですね。

 日本ミステリー界の大御所・重鎮で、「日本一稼いでいる作家」とも言われる西村京太郎先生。同じくその世界で“女王”と呼ばれていた故・山村美紗さんとの“ただならぬ関係”は、このDSC00661世界では有名な話です。美紗さんは、夫と娘(山村紅葉)を持つ身でありながら、西村先生と京都に豪邸を共同購入し、渡り廊下でつながったその一軒家で、奇妙な同居生活を送っていました。美紗さんが1996年に65歳で亡くなった後、西村先生は『女流作家』(2000年)『華の棺』(2006年、ともに朝日新聞出版)と、美紗さんとの関係をもとにした実話小説を発表しています。この二冊の本の中に出てくる「矢木」が西村先生(先生の本名は矢島喜八郎です)、「江本夏子」が山村さんです。上の2冊に取り上げられたような生々しいやり取りが克明に描かれた小説で、興味をそそられて読みました。各所に西村先生の本音がチラチラと見え隠れするのが面白くて、思わずニヤリとマークをしながら読んだのを覚えています(笑)。いつかこのブログでも詳しく取り上げようと思っています。❤❤❤

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