浅草寺

DSC01693 浅草・浅草寺(せんそうじ)にお参りしてきました。若い頃、ちょっとだけ立ち寄ったことはあったのですが、もうずいぶん昔のことで、すっかり忘れてしまいました。夕方の5時前に浅草に着いて、入口の「雷門」(かみなりもん)の前で見た「東京スカイツリー」の夕景は、とっても素敵でしたね(昼間も東京スカイツリーにいました)。思わず写真に収めました。ここで私の一番の関心事は、「雷門」に掛けられた巨大提灯(ちょうちん)です。私の大好きな故・松下幸之助(まつしたこうのすけ)さんの寄贈によるものですね。ちょっと雷門の歴史を。

DSC01698 繁華の地としての「雷門」は知られていても、門そのものは慶応元年(1865)の火事で焼け落ち、幻となっていました。それが蘇り、明治、大正と続いた「門なき雷門」に終止符が打たれたのは、昭和35年(1960)のことです。再建に力を添えたのは、当時松下電器の松下幸之助創業者でした。再び浅草に雷門を!」 こうした機運の高まった昭和33年DSC01740(1958)暮、時の浅草寺貫首、清水谷恭順大僧正は、上京中の松下さんを訪ね、「雷門を建ててください」と浅草の声を伝えました。松下さんはしばし黙考の後、おもむろに口を開き、寄進させていただきます。が、なるべく名は出さないでくださいと返答したそうです。ここら辺が松下さんのすごいところです。翌昭和34年(1959)5月、いよいよ再建DSC01699工事が始まり、一年後、昭和の雷門は完成し、歌川広重らの錦絵に見る往時の荘厳華麗が見事再現されました。5月3日の開通式に招かれた松下さんは、こういうものは縁ではないですか。縁がなければいいものはできませんな」と語り、喜びを隠しませんでした。縁が結ばれてから半世紀、肩摺りながら雷門をくぐる人の波は、今日も絶えません。門と大提灯にはっきりと刻まれた「松下幸之助」「松下電器」の名を、いったい幾人が眼にしたことでしょう。

DSC01742 今、つるされている雷門大提灯は、2013年11月に製作・寄進されたものです。ほぼ10年おきに作り替えてきました。雷門大提灯は、三社祭の際には神輿が下を通過する為に提灯が持上げられ畳まれます。又、台風や強風時にも破損を防ぐために、三社祭同様に江戸火消しの流れを汲む新門組の手により畳まれます。もともと雷門には大提灯は吊るされておらず、古い写真や絵には出てきません。新しく製作された雷門大提灯は、京都山科工場で生まれますので、東京の浅草寺までは、大型専門運送会社に輸送してもらいます。提灯の直径が大きい為、高速道路が使用できないので、一般道で夜中走行のみで、京都から東京まで二泊三日の長い旅です。

 提灯下部の「松下電器」の銘板はずっと同じで、現在の社名「パナソニック」ではありません。そのことを不思議に思うかもしれませんね。社名は「松下」から「パナソニック」に変わりましたが、創業者以来の縁に配慮」して、そのまま使っているそうです。

DSC01732 ちょうちんをじっくりと観察してから、すごい人通りの仲見世通りを歩いて、浅草寺本殿にたどりつきました。お参りをしていると、「17時で閉めます」というお寺の声が。お賽銭を投じてお祈りを捧げ、参詣を終えると同時に扉が閉められましDSC01704た。まさにグッドタイミング!横の通路から外に出ると、扉の前にはまだ長い行列ができていました。あの人たちは本殿にも入れずに本殿前で帰ることになりました。私はラッキーとしか言いようがありませんでしたね(日頃の行いか?)。夕暮れ時の五重塔もロマンチックなものでした。厳かなひと時を過ごすことができました。感謝!❤❤❤ 

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