消化試合

自分は消化試合、相手は大一番のとき、全力で負かしにいく!

 リーグ戦では、全試合の成績で優勝チームやプレーオフ進出チームが決定しますね。しかし、実際には最終戦が終わる前に、それらが確定してしまうことがあるため、優勝やプレーオフ進出が決まったチームにとっては、残りの試合はほとんど意味の無いものとなります。また、優勝やプレーオフ進出の可能性が消滅した場合も、やはりそのチームにとっては残りの試合が意味の無いものとなります。これらを俗に「消化試合」と呼びます。若い頃監督をしていた、ソフトテニスの団体戦では、初戦だけは先に2試合取られても、取っても、3試合目をやっていました。もうすでに勝負はついていますから、「消化試合」ですね。私は生徒たちには、この試合を絶対に勝つんだ、と気合を入れていました。

米長邦雄 その昔、将棋名人だった故・米長邦雄(よねながくにお)さんが(個性の強い、大好きな棋士でした)、この消化試合について思い出深い言葉を発しておられたのをはっきりと覚えています。米長さん曰く、名人戦よりも必死でやらなければいけない将棋がある」というのです。それがどんな対局かというと、消化試合」の中にある、というのです。米長さんが、かつて第24期順位戦の最終局に出たときのことです。彼はプロ棋士最上位であるA級への昇級を争うB級1組に所属していました。その時、米長さんはすでに昇級争いから脱落していたんです。最終局の対戦相手は当時2位の大野源一。58歳の大野にとって、おそらく棋士人生最後のA級昇級のチャンスでした。大野と昇級を争っていたのは、中原 誠と芹澤博文の2人。米長さんはすでに昇級の望みがなくなっているので、彼にとってはさして重要な対局とは思われませんでした。芹澤が最終局前日に、米長にこう言いました。「俺は今年昇級できなくてもまだ来年がある。大野先生はラストチャンスだ。上手く負けてやれ」。しかし対局当日、米長さんは通常タイトル戦でしか着用しない羽織袴の正装で登場します。ビックリした棋士たちに向かって米長さんはこう言い放ちました。自分にとっては消化試合だ。しかし、大野先生にとって重要な対局ならば、将棋人生のすべてを賭けて全力で負かしに行く。それが、プロだ。」 年長者である大野の最後のチャンスを奪おうとする米長さんの姿勢に、ベテラン棋士たちからは不満の声が漏れます。この一戦こそ「名人戦よりも必死でやらねばならない将棋」だったのです。米長さんは涙をぬぐいながら必死で闘い勝利します。昇級を逃した大野は、二度とA級に戻ることなく引退し、大野に代わってA級昇級を決めた中原が、2年後に名人位を奪取しました。米長さんは、この翌年見事A級に昇級し、後に名人位を奪取することになるのです。

 米長さんが後で語ったところによると、こういう一戦に全力で立ち向かうと後で必ず報われるというのです。逆に、疎かにしていると、勝ち運から見放されてしまうのだといいます。長い将棋人生の中で、そういう一戦があることを学びとったのでしょう。日本将棋連盟の会長を務めただけでなく、東京都の教育委員を長くやられた米長さんの本・発言には、勉強になる言葉がいっぱいちりばめられているんです。

 日本ラグビー代表が、ベスト8進出の見込みのなくなった消化試合のアメリカ戦に、全力で戦い勝利しました。こういうことがきっと、後の発展につながると信じます。みなさんは「消化試合」を必死で戦っていますか?

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