西村京太郎のペンネームの由来

IMG_9460 大好きな西村京太郎先生(85歳)は、著作が550冊(!)を超え、累計部数も2億部(!)を上回り、今でも月に1~2冊の新刊を上梓され、老いてますます盛ん絶好調ですね。私はそのほとんどを読んでいるという西村中毒患者です。昨年は湯河原まで直接お会いに行ってきました。最近、西村先生の肉声を掲載した印刷物を二つ見つけました。『日本経済新聞』8月8日(土)に掲載された、「鉄道ミステリー一筋 西村京太郎さんに聞く」というインタビュー記事です。

最初は社会派として出発したんです。あんまり売れないので、ある編集者がストーリーをふたつばかり出してくれ、どっちが売れそうか考えるから、と言ってきた。それで鉄道ミステリーと昭和初期の浅草の話を出した。浅草を書きたかったのに、売れないと言われた。1970年代後半、ブルートレインがブームでした。それで書いたのが『寝台特急殺人事件』です。

◎人事院という役所にいたとき、仕事がつまらないと遠くへ行きたくなった。有楽町駅に出て、どこでもいいんですが、青森なら青森へ。鈍行列車や田舎の村が好きでした。十津川の名も、そのときまだ行ったことのない奈良県の山村からつけた。今はその縁で十津川の観光大使になっていますが、いつか十津川警部のルーツをこの山国に探し出して小説にしたい。

◎今も月400枚くらい書きます。僕は酒を飲まない。せんべいをかじり、牛乳を飲みながら夜書きます。疲れてくるとベッドに寝転がって書く。万年筆のインクがシーツにしみて、朝起きたら真っ黒になっていたことがあって、奥さんに怒られたなあ。

この記事、今まで知らなかったエピソード満載でとっても面白かった。広島のホテルの一室でわくわくしながら読んでいました。

 もう一つは、最近読んだ本の中では一番心惹かれた本でした。重田 玲(しげたれい)さんが、西村京太郎先生に徹底インタビューして、それをまとめた『人生は愛と友情と、そして裏切りとでできている』(サンポスト、2015年7月)という本です(このインタビュー・シリーズは現在二冊出ていて、もう一冊は歴史小説家童門冬二(どうもんふゆじ)さんを取り上げた『得意なことを継続すればそれはあなたのスペシャルになる』で、これも面白く読みました。このシリーズ要注目です)。この本は私の知らなかった仰天のエピソード満載で、それこそあっという間に読んでしまいました。内容に関しては、いつか日を改めてじっくりと書いてみたいと思っています。今日はその中から一つだけ、西村京太郎」(にしむらきょうたろう)というペンネームの由来を取り上げたいと思います。

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IMG_0147 先生のご本名は「矢島喜八郎」(やじまきはちろう)といいます。当時、ホテルオークラを作った有名人「大倉喜八郎」から両親がいただいた名前です。当時は、大倉さんのように立派な金持ちになりたい、そんな思いを込めてずいぶんたくさんの人が「喜八郎」という名前をつけたそうですよ。そういえば、昨年西村先生にお会いした時には、豪邸のご自宅の玄関には、「矢島」という表札が出ていましたね(写真)。

 西村京太郎の「西村」は憧れの先輩でもあり友達でもあった人の名字をいただきました。東京の武蔵小山の出身ということで、東京都の「京」(京都ではない!)、「太郎」は長男だからという理由でつけられたペンネームです。そうだったのか!!❤❤❤

▲左は奥様 達筆の西村先生

▲左は奥様 達筆の西村先生

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