高田社長引退

高田明 昨年、通信販売の大手ジャパネットたかた(長崎県佐世保市)の高田 明社長(65歳)が、1月16日の設立記念日で退任することをサプライズ発表して世間を驚かせました。後任は長男の旭人副社長(35歳)が就任しました。テレビ・ショッピングへの出演は今後も続けるが、会長職には就きません。高田社長はこれまで、創業30年を迎える2016年までに退くことを宣言していましたが、13年12月期の経常利益が目標額を上回る154億円になったため、時期を早めて新しい経営体制にすることにしたとのことです。 「すっきりした形で、無事に役目を終えることができた」。親子2人で会見に臨んだ明氏は、テレビ出演での甲高い声と違い、低い声で語り出した。今後のテレビ出演については「1年ぐらいをめどに終えようと思う。回数を減らしながら若い人にシフトしたい」と。今後も経営に関与するかとの質問には、私は目立ちすぎるでしょう、声とか。新社長が思い切りできるように、私は完全引退です」と話し、会場の笑いを誘いました。今後は個人事務所を作ったうえで「全国を歩いていろんな商品を発掘し、それをジャパネットに提供するような補佐的なことができれば」と話しました。新社長については、「経験不足だが勉強家。不安より期待が大きい」と評価。2014年12月期の経常利益が最高益を更新し、好業績の下でバトンを引き継ぐ旭人氏は「父がやってきたことを真摯(しんし)に続け、顧客の信頼を得たい」と話しました。

  ジャパネットたかたは、薄型テレビの販売不振から、2011年、2012年と二年連続で減収益でした。高田 明社長は、2012年12月「過去最高益を更新できなければ社長を辞める!」と突如宣言して、世間を驚かせました。まさに2013年度は高田社長にとって「覚悟の年」だったのです。現状打破に向けて勝負に出た高田社長は、2012年8月に「東京オフィス」を開設し、六本木の高層ビルの中に大掛かりなテレビスタジオを設置します。売り上げが低迷する中での、新社屋の設立ですから、ずいぶんと勇気のいる決断でした。その東京オフィスの責任者に据えたのが、息子の旭人副社長。同時に長崎・佐世保の本社にいたバイヤーの9割を東京へ移し、すべての商談を旭人副社長が見る体制に変更。東京ではインターネットと24時間体制DSCN4187の BS/CS放送の専用チャンネルを担当し、佐世保ではカタログやチラシの紙媒体とラジオ、地上波を担当する、2拠点体制に変えたのでした。そこら辺の激闘365日の舞台裏を詳細に描いたのが、荻島央江『社長、辞めます!』(日経BP社、2014年5月)です。その不退転の決意が功を奏してか、2013年度は公約通りの過去最高益を達成しましたね。すると今度は、二年後をめどに社長を退任する」と宣言して、また周囲を驚かせていたところでした。これを前倒しで実行したというところです。わずか半年後に退任を宣言した背景には、構造改革にメドがついたことが考えられます。

 高田社長は「これは面白い」と思った商品を現金で大量に買い付けて、自らのセールストークで一気に売りさばく、という希有なビジネスモデルを構築した人です。最近も、布団専用クリーナ-「レイコップ」を大ヒットに導くなど、あの独特のトーク力は健在ですね。旭人副社長は、自らが発案した「チャレンジデー」で新たな大量販売のモデルを築きました。1日限定で1商品をテレビやネット、チラシ、ラジオなどすべてのチャネルで徹底的に販売する取り組みで、当初、高田社長は反対でした。しかし「やらせてみると大成功で、本当に会社を変えるような効果があった」と、のちに高田社長は嬉しそうに語っています。

 もともとジャパネットは、高田社長の父親が経営していたカメラ店から独立し、佐世保市内にカメラ店ソニーショップとして事業展開したことが始まりです。1990年にラジオショッピングをスタートしたのを機に、夫婦二人三脚で成功を収めました(副社長だった妻は2011年退任)。かねてから高田社長は、「100年続く会社にしたい」と発言しているが、長男に世代交代することで実現できるのか。社長自らが看板タレントとなることで成長してきたジャパネットは、新たな段階を目指すことになります。ニッポンの社長」にインタビュー記事が載っていて、彼の経営観、信念を興味深く読めます。⇒コチラです

 退任までの段取りは、以前から描いていました。私は今、65歳。このタイミングで辞めれば、まだ元気なうちに社員にいろいろなアドバイスができる。2013年度に達成した過去最高益は、社員みんなで作り上げたもの。私の力はごく一部にすぎません。そんな社員だからこそ、この先も課題を乗り越え、成長していけると確信しました。ならば、早く退任を伝えようと。  (『日経ビジネスアソシエ』9月号、2014年)

 そんな高田社長が、少年時代の思い出と今後の行方について語った興味深い記事が、きいて!Kiite!』7月号(産経新聞社)に載りました(この雑誌、郵便局で販売されていました)。間もなく通販番組の表舞台からは姿を消す予定といいます。あの甲高い声が聞けなくなると思うと、さみしくなりますね。先日は、さだまさしさんの新アルバムのテレビCMに友情出演してくださいました。

 これまで本当に忙しかった。できるなら3年ほど海外に留学して語学を学びたい。2年はアメリカ、1年はフランス。…人生とは、人の出会いの総和です。だけど、縁がいくらあっても仕方がない。その縁をつなげることこそ大切。語学を覚えたら70歳の人生はまた違ったものになると思う。そうして、また新たな人間性をつくっていかなくてはならないと思います。

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