髙橋真梨子カバーアルバム

IMG_9213 5月27日、大好きな髙橋真梨子(たかはしまりこ)さんが大人のための子守唄、昭和の名曲を詰め込んだ最新カバーアルバム『ClaChic―クラシック―』を発売しました(英語のClassicにかけていますね)。当日の『読売新聞』朝刊には、このアルバムのCMが大きく載り、そのCMには

「母は昔、父じゃない人を想ってその歌を聴いていたと言った」

という意味深な言葉が飾っていました。この言葉の意味は、髙橋真梨子さんの幼少期の家庭環境を理解していないと分からないでしょう。すこし紐解いてみましょう。

 昭和24年、広島に生まれた真梨子さんは、ジャズサックス奏者だった父・月夫と、母・千鶴子の間のひとりっ子です。子煩悩だった父には、『一流のジャズプレイヤーになる』という夢がありました。一家は、当時、ジャズが盛んだった福岡・博多に移住します。しかし、真梨子さんが幼稚園に上がる頃、父は広島での被爆の後遺症で、体の末端が腐敗していく病「脱疽」(だつそ)に冒されます。足先から徐々に腐り始めるやっかいな病気で、結局両足のひざから下を切断。激痛を伴う病に冒されます。それでも義足をつけてサックスを吹いていました。「絶対に弱音を吐かない人だったんで、私、それ見るの辛くて、駆け出して病院のお庭のところでずっとしょんぼりしてましたね、かわいそうで。」一家を支えるため、父に代わり母がキャバレーで深夜まで働いたものの、高価な痛み止めの薬が家計を圧迫します。これ以上、家族に迷惑はかけられないと、ついに、父は実家の広島に1人戻ることを決意。5歳の真梨子さんは母の元に残りました。当時、隣に住んでいた友人は「夜遅くまで働いていることに反抗していた。ともかくさみしく感じながら2人で夜、留守番していた。」そのうちに、母は妻子ある男性と不倫関係に陥ります。相手の男は、真梨子さんの家に出入りし始めました。父以外の男性と同じ空間にいる息苦しさ。それだけではありませんでした。「泣くしかない訳ですよ。母へのDVがはじまるとね。耳も鼓膜がどっちも破れ、鼻も折れ、そして耳鼻咽喉科に通ったり何回もあったんです。」と真梨子さん。繰り返される暴力、それでも、母は別れようとはしませんでした。家に入り浸り、母を独占する男。母の愛を得られず、真梨子さんはどうしようもない孤独を感じていました。やがて両親は正式に離婚。大好きだった父と、ほとんど会えなくなってしまいます。当時、真梨子の心をなぐさめていたのは歌だけでした。37歳の父が亡くなったのは、真梨子さんが中学3年生のときです。お母さんとの確執はコチラに書きました。

IMG_9217IMG_9216 来年芸歴50周年の節目を迎える高橋さん。「ClaChic ―クラシック―」は彼女にとって、大ヒットを記録したカバー作品集「No Reason」以来、3年ぶりのカバーアルバムとなり、ご本人が選曲を担当しています。1959年から1981年までの全11曲の本編に加えて、ボーナストラックとして自身のセルフカバー1曲と敬愛する洋楽カバー2曲を収録した今作品は、今日の終わりに、明日の始まりに、今日と明日のあいだに、聴き手をやさしく・心地よく包み込んでくれる、まるで”おとなのための子守唄”集となっています。「抑えて抑えて」歌ったといいます。収録されているのは河島英五「酒と泪と男と女」、ザ・ピーナッツ「明日になれば」、吉田拓郎「旅の宿」といった昭和時代を彩った楽曲の数々。私の大好きだった小坂明子さんの「思い出まくら」は、髙橋さんが失恋したときに聴いて「いい詩だな。すごくわかる」と思った曲だそうです。いずれの楽曲もメロディや歌詞のよさを引き立てるため、リズム楽器を最小限に抑えたアレンジが施されています。髙橋真梨子さんの新たな解釈で生まれ変わる昭和の名曲たちをぜひ聴いてみてください。♡♡♡    【付記】 9月11日(金)米子コンベンションセンターでコンサート

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