『1964年のジャイアント馬場』

IMG_5721 雑誌『週刊大衆』(双葉社)で、ジャイアント馬場さんの連載をやっていますよ、と同僚から教えてもらって読み始めました。気が付くのが遅かったので、読み始めて2か月ぐらいで連載が終了してしまいました。9月のことです。早くも、この連載記事が単行本になったと聞き、松江には入荷がなかったので、米子の「本の学校」まで買いに行ってきました(ここら辺が執念ですね)。柳澤健『1964年のジャイアント馬場』(双葉社、2000円という本です。592ページもの大作で、今巷で話題になっています。私は就寝前の時間を読書に充てているのですが、なにせ大部な本なので、この一週間は、ずっとこの本を読みながら眠りにおちていました。

 この本は、NWA世界チャンピオンベルトを三度も巻いた(ジャック・ブリスコ、ハリー・レイス、ハリー・レイスから奪取、短命でしたが)日本人唯一のプロレスラー、ジャイアント馬場さんの光と影の両方の部分を、綿密な取材・資料に基づいて細かく描写しています。馬場さんにとっては都合の悪いこと、苦悩する姿も綿々と綴られています。特に、馬場さんのアメリカでの修業時代はあまり語られたことがないので、ここに書かれた詳細な事実・写真はとても貴重な証拠資料です。素晴らしいノンフィクションでした。巻末に収録された、「ニューヨークの帝王」ブルーノ・サンマルチノのインタビューも、貴重な馬場証言として、この本の真価を高めています。

 かつてアメリカに、イチローよりマツイより有名な、そして銭を稼いだアスリートがいました。その名はショーヘイ・ババ巨人軍に投手で入団するほどの高い身体能力を持っていた馬場さんは、プロレスの本場・アメリカで、悪役ヒールとして(下駄ばきに鉢巻きにヒゲ面)その才能を大きく開花させます。そして、1964年2月、NWA、WWWF、WWAの当時の世界三大タイトルに連続挑戦という快挙を成し遂げます。その巨体にコンプレックスを抱き続けた男が、自らの力でそれを乗り越える。マットの上で、人生を最後まで戦い抜いた男の旋風ノンフィクションです。馬場さんファンには堪らない一冊でした。早速重版がかかり、売れているようですよ。

 著者の柳澤 健(やなぎさわけん)さんは、1960年3月東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。文藝春秋に入社し、『週刊文春』『Sports Graphic Number』編集部などに在籍しました。2003年7月に退社し、フリーとして活動を開始。2007年にデビュー作『1976年のアントニオ猪木』を上梓し、その後『1985年のクラッシュ・ギャルズ』『1993年の女子プロレス』『日本レスリングの物語』などがあります。私は、これらの本を読んだことがないのですが、今回この本に触れ、緻密な取材姿勢にとても感銘を受けたので、他の著作にも手を伸ばしてみようかな、と思っているところです。でもこれ以上読書範囲を広げてしまうと、肝心の本が読めなくなる。ううーーん…(笑)。

広告
カテゴリー: 日々の日記 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中