佐川春水先生

 みなさんは佐川春水(さがわしゅんすい)といっても、ピンとこないでしょうね。松江北高の大先輩で偉大な英語学者です。明治36年2月10日夜、東京高等師範学校の第一回の「英語会」が開催されました。この会は大成功で青年会館は聴衆であふれかえったそうです。当時のしきたりでは、このような場合の開会の辞は、学校の教授が務めるのが普通ですが、この時は高等師範学校の学生がやってのけました。その並はずれた英語の実力は、一夜にして学校の内外に認められたそうです。時の英語の第一人者神田乃武が「あの学生は本当に高師の学生か。アメリカ帰りの者ではないか?」と聞いたくらいですから。またこのときの熱演ぶりに、時の文部大臣のお嬢様が感激して泣き出してしまったと伝えられています。これが今日のテーマ、秀才の誉れ高かった佐川春水先生の若き日の姿です。

 佐川先生は、明治11年島根県松江市南田町に、松江藩士の家に生まれ、本名は「はるみ」と読むのが正しいのですが、「しゅんすい」と呼ぶ人が多いようです。斉藤秀三郎の下で、正則英語学校の教師を長く務められるのですが、その書かれたものを見ると、「いかに正確に英文を読むか」に心を砕かれている様子がよく分かります。あの福原麟太郎先生も絶賛されていたそうです。大学で授業を受けた先生にお話を聞くと、授業が面白くて面白くて、大教室が溢れかえったそうです。並はずれた英語力に(サマセット・モームの購読)、役者のような演技力と、知的興奮のある授業だった、とのことです。ご子息の佐川 洋先生も島根大学で教鞭をとられました。俳句を詠まれるときの俳号は佐川雨人、松江市北田町にある普門院には句碑があります(写真)。

 私が授業の中でよく触れる「「無生物主語構文を副詞的に訳せ!」という「出川の鬼」デガワが主格、が所有格、ヲニが目的格)の話も、佐川先生の受け売りです。ここにも一人、松江北高のすごい先輩がおられました。

 今日も私のブログをのぞいてくださってありがとうございます。暑さに負けずに補習に精を出しております。今日は今から寄宿舎の舎監に出かけます。北高の寮は食事がとっても美味しいので、楽しみなんです。

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