「おかでんミュージアム」リニューアル

dsc03557dsc03578 昨年末2016年12月21日(水)、岡山市の東山電停すぐ横に「おかでんミュージアム」がグランド・オープンしました。両備グループ(岡山市)のデザイン顧問を務める工業デザイナー・水戸岡鋭治(みとおかえいじ)先生(岡山市の出身です)がプロデュースした「おかでんミュージアム+水戸岡鋭治デザイン」の別棟が完成して、昨年部分展示が始まったミュージアムが全面オープンしたのです。私は、昨年ソフトオープンしたときにもすぐに見に行ったものです。⇒私のレポートはコチラです

 岡山駅前から「東山線」の路面電車「MOMO2」に乗って終点の東山まで行きます(140円)。道路を渡ると、ミュージアムが建っています。前回は1階のみの部分オープンだったんdsc03600ですが、今回のグランドオープンにあたり、1階も拡張され、新たに2階ができました。木造2階延べ約200平方メートル。1階に展示室を設け、水戸岡先生が描いた電車のデザイン画イラストなどをパネルで紹介。子供用の円卓椅子も整備され、世界的に評価される水戸岡デザインの世界を親子連れで楽しめる空間となっています。今まで非公開だったおdsc03599かでんの工場の一角が、MOMOをデザインした水戸岡鋭治先生の手によりリノベーションされ、新しい空間に生まれ変わったのです。MOMOの貴重な模型展示、水戸岡先生がデザインしたさまざまな電車のパネル、DVD放映、プラレールや「木のプール」など、大人も子供も楽しめる施設でした。水戸岡先生が名誉館長に就任しておられます。水戸岡先生は、「デザインと路面電車の魅力に気軽に触れられる場所になるよう心掛けた。子どもから大人まで幅広く楽しんでほしい」と語りました。

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 「歩いて楽しいまちづくり」の一環で、大正時代からある活きている車庫や修理工場を使って、岡山出身の水戸岡鋭治先生のデザインを中心にした、岡山電気軌道と和歌山電鐵の電車たちに楽しく触れ合える「鉄道ミュージアム」を!ということで整備を進めていたものです。市内各所には水戸岡さんデザインのバスや電車が走り、新岡山港にはフェリーが浮かび、街全体の多くの乗り物が水戸岡デザインで埋め尽くされています。さながら、岡山市内が水戸岡デザインの乗り物ミュージアムであり、乗り物アートの街となっていくかのようで、このミュージアムはその中心の核施設という意味合いも持っています。その上、水戸岡デザインにプラスして、イギリスのテレビアニメで今世界で人気の「チャギントン」とのコラdsc03644ボは、素晴らしい出来栄えです。子どもたちは乗り物が大好きです。日本ではテレビ番組「きかんしゃトーマス」が有名ですが、トーマスに続くアニメとして電気機関車やディーゼル機関車という、今でも日常で使われている電車たちが主役の「チャギントン」はきっと日本の子どもたちの心を掴んでくれると思います。水戸岡さんが出来上がった他のデザインを使うことはまず無いのですが、素晴らしいアニメだということで、今回チャギントンとのコラボが実現しました。水戸岡デザインによるチャギントンルーム」は、思わずチャギントンの世界に入ったようで、楽しく、またチャギントンのプラモデルをプラレールで楽しむことができ(水戸岡氏デザインの車両で遊べるプラレールも設置)、制服で写真を撮ったり、フロアで電車たちと遊んだり、オープンの日から子どもたちの歓声がこだましていたそうです。

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dsc03581 ドアを横に開けてミュージアムに入り、入り口でスリッパに履き替え、受付で入館料(大人1000円)を支払います。今日は特別割引で半額の500円でした。ラッキー!入ったところのRoom Aは今まで公開されていたままで、真ん中に特急「あそボーイ」「木のプール」があります。親子連れが一緒になって遊んでおられました。壁面にはさまざまな映像や、天井はまさに水戸岡ワールドです。ここは昨年も来ているので、新しく拡張された隣のRoom Bへと進みます。「水戸岡イラスト展」が開催されていました。鳥や電車やさまざまな水戸岡先生の精緻なイラストが壁面dsc03653を飾っていました。イラストレータ・水戸岡の魅力が満載の展示ルームとなっています。隣のRoom C「シアタールーム」です。私の目に入ってきたのは、水戸岡先生のアイデアによるポッチのついた両壁面の壁板。このポッチを使って、毛糸や輪ゴムで色々図形を作って遊ぶこともできそうですね。隣接のトイレも水戸岡dsc03596先生のデザインらしく素敵な外観でした。トイレの中に入っても「たま」の額画がそこらじゅうにかかっていて華やかな印象です。こんなトイレなら絶対に汚したくないですよね。

dsc03616 目玉は階段を2階に上がり、新しくオープンした「チャギントンルーム」ですね。真ん中の鉄道模型で遊べる部屋。数々のチャギントンの絵画が展示されています。子どもたちが楽しそうに遊んでいました。水戸岡先生は「私たちは子どもたちに最高のものを与える責任がある。ミュージアムが成長し、岡山がどこにもない街になっていけば」と話していました。

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 1階に戻って、屋外のデッキにはカフェが併設されています。木製のテーブルに椅子は落ち着きますね。昨年来たときには、ここでのんびりとコーヒーを飲みながら悠久の時間を過ごしました。水戸岡先生の著書の展示や、ミュージアム・ショップの品物を見て回ります。ここでしか買えないたま電車特製トランプ」、「マグネットクリップ」、「クリアファイル」などを購入して、ミュージアムを後にしました。水戸岡ファンにとっては堪らない1日となりました。帰りは、水戸岡先生がデザインした電車「クロ」に乗る時間を図っていました(この電車の報告は後日改めて)。dsc03637

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アシブルパ-

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 「足指ブルブル、お風呂で広げてリラックス!」というキャッチフレーズで、(株)アテックスから発売になっている「アシブルパー」という商品を、2016年12月17日に「サタデープラス」というテレビ番組で紹介していました。仕事をしながら、隣の部屋でつけていたテレビから音声が聞こえてきたんです。特に私たちのような立ち仕事の人や、ヒールを履いている女性の足指には何かと負担がかかりがちです。その溜まった足指のストレスを、お風呂でパッと開いて解消する道具がこれです。お風呂グッズには目のない私は、早速、東急ハンズに買い出しに行ってきました。あった、あった!早速自宅のお風呂で試してみます。

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 足裏にフィットする形状で、濡れた足でも正しい位置に固定します。ビーチサンダルを履くようなイメージで、「アシブルパー」の突起を指の間へスライドしていきます。スッポリと足指が入るはずです。しかし、最初はコツが分からずなかなか指が入らず、手を使って何とかはめ込みましたが、慣れるにしたがって要領がつかめてきました。くぼみに足裏がフィットしてブルブル感が堪りません。スイッチを押す毎に、「連続振動」→「リズム振動」→「ビート」→「スロービート」と4段階に切り替わっていくので、自分の好きなモードを選択して使います。長時間装着しても足指が痛くなりにくいシリコン素材で出来ているので、柔らかで気持ちがいいんです。約10分で自動タイマーオフ機能で切れるようになっています。単3アルカリ乾電池2本で動きます。お風呂の壁面や底面で使います。八幡は毎夜ブルブル足指を癒やしてもらっています。それにしてもいいネーミングですね。一つだけ要望を書いておくと、吸盤か何かで湯船に固定するようになっていると、便利ですけどね。❤❤❤

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「九州横断特急」

dsc01768 キハ185系は、国鉄末期の1986年(昭和61年)に、経営基盤の弱さが予想されていたJR四国向けのオリジナル特急型気動車として登場した車両です。その後、JR四国が独自開発した2000系気動車の増備によって余剰となった20両を、陳腐化・老朽化した急行系気動車を置き換える目的で、1992年(平成4年)にJR九州が購入し、JR九州のコーポレートカラーである赤色を基調とした塗装に変更され、現在、特急「ゆふ」「九州横断特急」として運用しています。特急「ゆふ」についてはすでにレポートしていますので(⇒コチラです)、今回はもう一つの「九州横断特急」(Trans-Kyushu Limited Express)について書きます。写真は大分駅で撮影しました。

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   豊肥本線・日豊本線熊本~別府間を、3両編成で「九州横断特急」は走っています。まさに九州を東西に横断する形の特急列車ですね。JR九州は列車名のロゴを大書することが多く、この特急列車も、運転台窓部分と正面貫通扉の愛称板に「九州横断特急」と記されています。真っ黒な背景に白系の文字を使用するという、JR九州で一時期広がった統一的なトレインマークを採用していますが、フォントが隷書体のような、ちょっと変わった雰囲気のもの%e4%b9%9d%e5%b7%9e%e6%a8%aa%e6%96%ad%e7%89%b9%e6%80%a5で少々おもしろ味が感じられますね。車体カラーはJR四国時代のステンレスの地色を生かした無塗装と打って変わり、JR九州のコーポレートカラーである赤色を前頭部からステンレスの側面まで塗装したド派手なものになっています。九大本線の特急「ゆふ」キハ185系を運用しているので、車両整備などの運用上の都合で、「ゆふ」「九州横断特急」に、逆に「九州横断特急」「ゆふ」に入る場合もあります。グリーン車を連結せず、全車普通車の編成で、1号車全室と2号車の半室が指定席となっています。スイッチバックを繰り返し、阿蘇山を超えることで有名な列車です。昔から災害が多かった豊肥本線は、昨年の熊本地震により大きな被害を受け、「九州横断特急」は運行見合わせが続き、現在でも一部区間のみの運転が続いています。1日も早い復旧が望まれます。

▲最新号

▲最新号

 私の大きな目標の一つに、全国の特急列車を制覇するという壮大なものがあるんですが、こうやって勤めていると、まとまった休暇がとれないので、一向にストックが増えません。今は週刊『鉄道ペディア』(全50巻、小学館)を全巻購入して、乗った気分に浸っています。車両を愛する、時刻表を読む、駅舎を訪ねる、路線をたどる、鉄道史を紐解く、全ての鉄道ファンたちの好奇心に応えるべく、全方位から日本の鉄道の魅力を伝えるウイークリー・ブックです。❤❤❤ 

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今年も不正行為が

 約57万6千人が挑んだ「大学入試センター試験」が終わりました。今季最大の寒波到来の中行われた試験で、大雪による交通機関の乱れ、開始時刻の繰り下げ、再試験に回る者など、など大雪による影響が各地で出ましたね。雪による繰り下げを行った会場数は10年間で最も多く、影響を受けた受験生は約1万1000人に上っているとのことです。全国の受験生のみなさん、御苦労さまでした。

 さて、昨年から公表されるようになった(それまではマル秘でしたが、前馳文部科学大臣になって方針転換しました)大学入試センターの「不正行為」に関してです。⇒過去10年間の不正行為コチラに詳しく書きました  大学入試センターは、14、15日の両日で受験生による不正行為は北海道、千葉、神奈川、富山、石川、愛知の6県の会場で計12件(15日午後6時現在)あったと発表しました。この受験生12人は、全科目無効となる処分を受けました。

 愛知県の会場では、「地歴・公民」の試験でスマートフォンで撮影した教科書の画像を盗み見ていたケース、北海道の会場で「簿記・会計」の試験中に6人が電卓を使ったケース、富山県、愛知県では試験終了後に解答を修正、神奈川県では監督者が指示したのに受験票を机の上に置かなかった不正、などが報告されています。同センターによると、不正行為の内訳は、電卓の使用6件 ▲定規使用2件 ▲試験終了後のマークシートの修正2件 ▲スマートフォン使用(教科書画像の閲覧)1件 ▲試験監督者などの指示(受験票を机の上に置く)に従わなかったこと1件 の計12件。今回の不正行為件数は、確認できる2006年以降過去12年間で最多でした。

  私は最後の授業で、試験が終わって「鉛筆を置いて、問題冊子を綴じなさい。」という試験監督者の指示があったら、何があっても従うこと、という話を徹底しました。過去に一番多い不正行為がこれ(本人には悪気はないかもしれませんが)だからです。そもそも汚い手を使ってでも点を取る、という姿勢がいけません。本人の生き方の問題です。今、現場では、模擬試験の得点を上げるために、事前にすでに行われた他の学校の生徒から問題を見せてもらったり、ネット等の書き込みから情報を得て高得点を取ろうとしている生徒がかなりいます。自分さえよければ人はどうでもよい。これも生き方の問題ですね。そういう生き方からは、人のためになる人間は生まれないのではないでしょうか。そもそも「何のために勉強するのか?」 自分の幸せはもちろんですが、精一杯頑張って、自分がどこかで人のお役に立つ、そういう充実した生き方をして欲しいと願って、いつも生徒には話している八幡です。❤❤❤

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ニュー電動自転車

★これいい!すごくいい!!★

 今乗っている電動自転車バッテリーが、充電しても充電してもすぐになくなるようになってきたので、新しく買い換えることにしました。電動自転車のバッテリーは高くて3万5千円ぐらいするので、それなら近年ずいぶん性能アップしているので新車にしたほうがいいじゃないかと思ったわけです。これで5台目の電動自転車です。私はパナソニックのものしか買いません(家電も全部パナソニック。創業者松下幸之助翁の熱狂的なファン)。本当は車体の色は「USブルー」が欲しかったんですが、1月中旬まで待たなくてはいけないということで、「ラプターグレー」にしておきました。年末に新しく届いたので、今日はちょっと遠出をしてみました。こんなことに気づきました。

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(1)バッテリーが全然違う!…軽くなっただけでなく、前の電動自転車のバッテリーのほぼ倍の容量に進化しています(8.9→16.0Ah)。以前は松江・田和山の端まで出かけてぐるっと松江を回って帰ってくると、7割ぐらいの消耗だったものが、新車では2割ぐらいの消費で快適に帰ってこれます。さすがに1回の充電には6時間ぐらいかかるんですが、これなら1回充電しておけば当分は大丈夫です。なんと1回の充電で100㌔も走ります。アシストモードは、パワーモード」「オートマチックモード」「ロングモード」の3種類から選ぶようになっています。パワーを選ぶとずいぶん楽に走れます。

(2)表示メーターが進化…電源を入れた状態で「液晶表示切替ボタン」を押すと「バッテリー残量表示」(%)、「残り走行距離表示」(km)「残り走行時間表示」(分)の順でデータがdsc03374表示されるように進化しています。これなら一目で残量が分かり、便利です。文字も太くて見やすくなっています。また省エネ運転時にはエコナビランプ」が点灯して節電走行を知らせてくれます。漕ぎ出しや急な上り坂になるとアシストが強くなり、平地や下り坂では電力消費を抑制するように賢い仕組みになっています。電源を入れると前回使用したアシストモードを記憶しています。私はいつも「パワー」モードで楽チンをしています。

(3)その他にも…疲れにくくお尻に優しい形状のサドルになりました。長距離走行や段差による身体への負担が軽減するような「テールアップサドル・ソフト」です。前部のバスケットも以dsc03379前より大型になり、買い物や通勤時には便利な大容量サイズになりました。ワイド4LEDビームランプ」は前のものと比べても格段にシャープな灯りとなりました。夜道の走行に配慮した安心装備です。照度センサーが周囲の明るさを感知し、LEDランプを自動で点灯・消灯するので消し忘れによるムダな電力消費も抑えることができます。後部のテールランプも、太陽光で充電し、周りの明るさと振動を感知して自動点灯する賢さです。スタンドを立てれば、ハンドルも同時に固定され、駐輪時に倒れにくくなる便利機能「スタピタ2」はそのまま引き継がれています。ハンドルは以前よりもスリムになり、走行時の手当たりがやさしい丸みのあるデザインの「スリムグリップ」となりました。ホイールにもセンサーが搭載され、より滑らかな加速とアシストが可能になっています。

 走る喜びを感じさせてくれる最先端技術の詰まった電動自転車です。私はこれまで購入した5台の電動自転車すべてパナソニック製です。気に入っています。どこへ行くにも、運転免許を持たない私の足がこの電動自転車なんです。3代目の古い電動自転車はお店で引き取ってもらい、今私の家には、4代目と5代目がスタンバイしています。❤❤❤

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「語義類推問題」の復活!

★★★予言的中!!

 2017年のセンター試験・英語(筆記)が終わりました。昨年と比べ大きな変更はありませんでした。ただ1点、第6問に「語義類推」の問題が復活したことくらいでしょうか。昨年7月~9月に全国(名古屋・福岡・大阪・札幌)の私の講演会場で、ラーンズ「予言者白川さん」が予想していた通りになりました(彼女は昨年の「物語文」の復活も予言的中させました!)。⇒詳細はコチラです

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 私は松江北高で、年明けの直前の授業で、「今年は大きな変更はないが、ただ一点、語義類推の問題が復活する可能性が高い」ということを確認していました。その根拠は二つ。

(1)昨年度の追試に、第5問&第6問に2問、「語義類推」の問題(句義・語義)の問題が復活して取り上げられていたこと(追試問題は次年度の本試験問題の予告編となっていることはこれまでの歴史を見れば明らか。今年は大きく変わると無責任な放言をした先生もいましたね)

(2)大学入試センターが公表している「試験問題評価委員会報告書」(3種類の報告書「高等学校教科担当教員の意見・評価」 ②「教育研究団体の意見・評価」 ③「問題作成部会の見解」)の中で「語義類推」問題についてこんなことを書いていたこと:

①より…長文の中での語句や文の類推問題については、日常生活で様々な文章を読む上での必要な力を問うており、継続していただきたい

②より…Aの問題で変化があり、未知語句の意味を本文から類推する問題が今年はなくなった。このことにより、本試験においては、平成26年度まで第3問Aにあったこの形式の問題が完全に姿を消したことになる。未知の語句の意味を文脈から考えさせる問題は、読み取る力を測る上で大切な問題であり、いつか復活することが大いに期待される

②より(追試)…また、第5問の問4にもあったが、未知語を文脈から考えて正答を導き出す問題が問1に設定されており、これは読み取る力を測る上で大切な問題であると判断する。本試験ではこの問題が完全に姿を消してしまったが、いつか復活することが大いに期待される

 「賢者は歴史に学ぶ」(ビスマルク)は、私の座右の銘ですが、センター試験に関しても、これは当てはまることが証明されました。昨年の研究会に参加された多くの先生方が、その証人です。白川さん、今年も予言が当たって良かったですね。次回も頑張りましょう!!❤❤❤

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▲ラーンズの予言者白川 彩さん

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「森のくまさん」の珍事!

 dsc00083dsc03894 私が大好きなパン屋さん「森のくまさん」は、昨年7周年を迎えました(写真上)。いつ行っても満員のお店です。土曜・日曜などは特に半端でない数のお客さんでにぎわっています。でも……。

★お、お客さんがいない!!?★

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 年が明けて初めて松江・田和山「森のくまさん」まで、新車の電動自転車を飛ばして行ってきました。上の写真をご覧下さい。もう何年も通っているパン屋さんですが、こんなことは初めてです。「お客さんがいない!」 店内には一人もお客さんがいません!ちょうど10時前でdsc03872した。いつもなら、狭い店内にごったがえすぐらいのお客さんで溢れかえっている人気パン屋さんです。店内をパンを求めて通路を歩くだけでもあまりの人混みですれ違うこともできないぐらいごった返しています。なかなかお目当てのパンを取れないこともたびたびです。また3カ所あるレジに並ぶ行列も半端でなく長い。いつもはこうやって店を出ると、「フーッ」とため息が出るお店なんです。「これはいったいどうしたことだ?!」 正月早々の珍事でした。結局、私がお店を出るまで誰一人として来店することはありませんでした。ここでの私の好物は「切り株」「カレーパン」「ラムレーズン」「ジューシー」です。❤❤❤

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パトリシア

patorishia カードマジック、中でもほんの数枚を使って行う「パケット・トリック」には目のない私ですが、その昔、「パトリシア」(2005年発表)という作品が大好きで、何組も買ってよく演じていました。正真正銘たった4枚のカードだけで、とんでもなく不思議な変化現象が次々と楽しめるのでずいぶんと気に入っていたんです。ここしばらくは品切れで手に入らなくなっていましたが、再びフォーサイトから戻ってきました。今日も再び「赤裏」で一組購入しましたところ、前回とは違い、素敵なパケットケースがついてきました。4枚のエースのカードが次々と変化するビジュアルで変化、変化の不思議な現象!さらにクライマックスにはビジュアルなチェンジに観客は驚きビックリです。

 観客に4枚のエース♠♣♥♦をはっきりと示します。ちょっとシャッフルして混ぜておきましょう。まず手始めにスペードのエースを裏返すと、このカードがハートのエースに変化します。続けて、4枚のエースが全て赤のエースに変わってしまいます!ここで4枚を数えてみると今度は突然、4枚とも裏向きになってしまうのです。そしてまた再び表向きに戻ります。今度はダイヤのエースをパケットの中ほどに裏向きで入れますが、数えてみるといつのまにか表向きになっているではありませんか!そして最後は、手元の黒い2枚のエースと、テーブルに置いたはずの2枚の赤いエースが、鮮やかに入れ替わってしまうのです!主な変化をまとめると、

● 色が変わり
● 裏返り
● また元に戻り
● 1枚だけ表向きに変化
● さらに、ラストは見事な赤と黒の入れ替わり

 これだけの変化現象をぎゅっと詰め込んだパケット「パトリシア」は、マジック研究家、佐藤喜義(さとうきよし)さんの作品です。正真正銘4枚のA(エース)だけが繰り広げる、テンポある変化現象が堪りませんね。本当にたった4枚しか使っていないんです。パケット・マジックとして販売していますが、カードはバイスクル・ライダーバックデザインですので、デックの中に密かに忍び込ませておくことも可能ですね。演技の途中でやられた時のインパクトは絶大だと思います。現に、今マジックバーで活躍中のマジシャンたちには必須アイテムになっているようですよ。うまく構成されていますので、変化現象の多さの割には手順もシンプルですし、一回やり方を身につけると忘れ難い優れた作品だと思います。ただ、この作品の「解説書」には1カ所明らかな誤りがあります。前回も気づいた点ですが、修正されていませんでした(英語版でも)。まずは映像でそのビジュアルな変化をご覧ください。♠♣♥♦

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鞁嶋弘明校長先生の教え

%e9%9e%81%e5%b6%8b%e5%bc%98%e6%98%8e はやいもので、当時東出雲町長であった鞁嶋弘明(かわしまひろあき)先生がお亡くなりになってもう6年が経つんですね。年末の12月26日が命日でした。先生のことが偲ばれます。

 私は島根県の高校英語教員に採用された昭和52年、初めて赴任した学校が島根県立平田高校でした。職員室も同じ教務部で、席は鞁嶋先生の隣、鞁嶋先生の2年6組の副担任として、教員人生をスタートしたんです。当時は、時間割を1人で1学期間担当することになっており、自分がやるところをよーく見ておいて今度はお前が担当するのだと、時間割変更のやり方を一から教えていただきました。朝も東出雲町の自宅を早くに出発して早朝から学校に来られ、夜は一番遅く帰って行かれる先生でした。生徒たちに学習習慣をつけるために、ご自分も一緒に残って一生懸命勉強するクラスでした。このクラスが3年生卒業時には、学校始まって以来の見事な進学実績を残したのは、このような日頃の積み重ねが実を結んだものと、そばで見ていて実感したものです。教員としてのイロハを鞁嶋先生に教えていただいたように思います。先生は将棋もめっぽう強く、よく教えていただきました。根っからの「勝負師」という感じでしたね。

 私が島根県の西の端津和野高校に勤めているときも、何度も教員研修、生徒講演にお呼びして、助けていただきました。私を松江北高に戻って来いと呼んでくださったのも鞁嶋先生です。鞁嶋先生が校長時代、松江北高は全国の公立高等学校で国公立大学の合格者数が、373人→355人→362人と、3年連続日本一を記録しておられます(3年目御勇退の年に21世紀枠で甲子園出場)。今からするととうてい考えられないようなすごい数字ですが、偶然実現できた数字ではありません。ちゃんとやるべきことを積み上げて、精緻な計算と指導の基に可能となった記録です。そのことは先生ご自身が北高の「進路だより」に総括しておられますので、最近「あむーる」第24号に取り上げさせていただきました(「松江北高は日本一の学校だった!」)。「ダウンロードサイト」からご覧ください。

・「あむ-る」第24号 島根県立松江北高等学校英語通信 八幡成人

 今から11年前、私が心臓の手術をした当時、フラッと職員室にお見えになり、「大丈夫か?体だけは気を付けるように」と、私の体を心配していただきました。学校に顔を出される度に、いつも気遣って声をかけていただきました。その先生が先に急死してしまわれるなんて、まったく信じられませんでした。葬儀も先生のお人柄を偲び、お世話になったたくさんの人々によっておごそかにお見送りをされて旅立っていかれました。松江北高をこよなく愛しておられた先生のご遺志を汲んだ奥様が、火葬場に行かれる前に松江北高に寄ってくださり、玄関でみなでお車をお見送りしたものです。

 この日本一の立役者鞁嶋校長先生と、当時の進路指導部長柴田 博(しばたひろし)先生(対談当時は島根県立益田高等学校長。この学校も柴田先生が赴任なさって飛躍的に成績が%e6%9f%b4%e7%94%b0%e5%8d%9a伸びた学校でした。私が一番尊敬している英語の先生です。)のお二人のビッグ対談が、ベネッセの『VIEW21』(高校版)2008年6月号に掲載されて、現場ではずいぶん話題となりました。ここには進路指導の原点と、教師のあるべき姿、あるべき指導体制がすべて語られています。今でも読むことができますので、ぜひみなさん、ご一読ください。コチラです

 鞁嶋先生をお見送りした同じ葬儀場で、教え子の葬儀に参列して、「あー、この場所で先生をお送りしたなあ…」と同先生を懐かしく思い出し、在りし日のお姿を思い起こしておりました。♠♠♠

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無念!

喪服を着た人のイラスト(男性)

 1月9日(月)午後2時から松江平安祭典で行われた川合健二(かわいけんじ)くん(享年43歳)の葬儀に参列してきました。昨年末の28日、釣りに出かけたまま行方不明になっていて、必死の捜索が行われていました。1月4日、松江市鹿島町の恵曇漁港で、防波堤の沖にある波消しブロックの間で男性の遺体が浮いているのが発見されました。遺体のDNA鑑定の結果、川合くんだと判明しました。釣りをしていて誤って海に転落したものとみられ、溺死でした。クラスメートが電話で知らせてくれました。

 川合くんは、松江市立生馬小学校教務主任として務めていました。まだ43歳の若さ、これからの人生というのに、不慮の事故で逝ってしまいました。母校に帰って恩返しがしたいという夢も叶いませんでした。残された奥様と5人の子どもさんのことを思うと、言葉になりません。葬儀での奥様のご挨拶を聞いていると、松江南高校時代に3年生2Rで担任したときの彼の姿が思い起こされました。いつも陽気で笑顔を絶やさなかった「ケンちゃん」でした。家族思いの在りし日のケンちゃんの思い出を、奥様が切々と言葉を振り絞って話される姿はたまりませんでした。こういう形で再会するのはごめんです。辛すぎる。遺影にそっと手を合わせました。教え子のみんな、私より先に逝かないでくれ!

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PPAP英語論

Practice, practice and practice(PPAP)

 「PPAP」といってもピコ太郎の話ではありませんよ。私は英語に強くなるための秘訣は「PPAP」しかあり得ない、と生徒たちにはいつも授業で強調しています。すなわちPractice, practice and practice」(PPAP)です(笑)。いつもこの言葉を出すと、教室ではめちゃ受けるのですが、真実を突いていると思いませんか?「練習あるのみ!」です。

ペンタブレットを使うデザイナー・イラストレーターのイラスト

 つい最近、「PPAP」に敬意を払ったマジックを手に入れました。「ダーマスのPPAP」という、KOYAMAGICから出ている折り紙作品です。こういうのも馬鹿馬鹿しくて好きです。結構マニアの間では人気みたいですよ。♠♣♥♦

 元日に公開された、さだまさしさんの和風バージョン「PPAP」もずいぶん話題になっていますね。再生回数は170万回をこえました。本家と違って、こちらはずいぶんお金がかかっています。動画は和太鼓の力強い演奏からスタート。金色の着物姿で登場したさださんが和太鼓と三味線、そして横笛の軽快なリズムに乗せて「あいはぶあぺーん」と歌い始めます。これこそが究極の“和洋折衷”でしょうか。その後もペンにアッポーやパイナッポーを次々とぶっ刺していくさださん。歌とリズムは若干音楽とズレてしまっていましたが、最後は両腕を組み、本家にも劣らないドヤ顔を披露、画面には「新春」の文字が大きく現れ、動画は幕を下ろします。バックでキレキレのダンスを踊っている人たちは、マドンナのバックダンサーも務めたプロ集団です。まじめに遊ぶさださんです。

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「22分50秒」

 年末の「クリスマスの約束2016」を見終わって、感動も新たな中に、年が変わってどうしても見直したい小田さんの映像があって、お正月にみかんを食べながら、久しぶりに見直してみました。2009年の「幕張メッセ」3000人の観客を前に、クリスマスの約束」で披露された「22分50秒」22thと小田さんによって命名された大メドレーです。小田さんが「前からずっとやってみたかった企画」です。小田さんを始め、ゲストAI、Aqua Timez、いきものがかり、キマグレン、Crystal Kay、財津和夫、佐藤竹善、清水翔太、JUJU、スキマスイッチ、鈴木雅之、STARDUST REVUE、中村 中、夏川りみ、一青 窈、平原綾香、広瀬香美、藤井フミヤ、松たか子、山本潤子、が全員で、それぞれの代表的なオリジナル曲をワンコーラスずつメドレー形式で歌い継いだものです。タイトルはそのままズバリ、「22分50秒」、メドレーの曲の長さがそのままタイトルになっています。全体のアレンジは小田さんが行いました。

 番組は、その小田さんの企画の立ち上げから、参加ゲストたちとの話し合い、テレビ局スタッフとの話しあい、リハーサルの模様等をドキュメント形式で追っていきます。誰もが、始めは懐疑的でした。まず番組スタッフが、不安をあらわにしていました。小田さんがリスペクトする様々な個性を持つアーティストたちに、手紙を書いて、オファーしました。しかし、彼らは歌い方が違い、フィーリングが違う。年齢も違い、音楽への取り組み方も違うだろう。同じく舞台に立つとは言え、監督がいて、脚本があり、共演者とのアンサンブルでドラマという芸術形態を作り上げていく役者とは違い、自分たちの言葉・音楽とパフォーマンスで、自ら独自の世界をステージ上で築くことに命をかけるシンガーたちは、基本的に常に自分が主役だ。これだけたくさんの同業者たちと「共演」する、自分が脇役になる、というような体験に慣れているわけではない。「できっこない」というのが最初の反応でした。おそらくは、自らの楽曲についてそれぞれ一国一城の主である各シンガーにとって、そんな試みが成功する、というイメージが成り立ちにくかったとして、不思議はありません。「それで何になるのだ」という疑問ももっともでした。「そんな試みに何の意味があるのだ?」と。実は、小田さん自身、確信はなかったようです。ただ、彼はやってみたかった。はっきりとしない、小田さんの情熱のようなものだけが、このプロジェクトをひっぱっていました。小委員会の会議の中で、小田さんの構想についての率直な疑問が、参加する年下のアーティストたちからぶつけられました。「やっぱり、そんなに簡単なことじゃなかったんだな……」会議の後で、思わずそうつぶやく小田さんの姿をカメラはとらえていました。しかし、小田さんは強行突破します。リハーサルは始まっていました。小田さんと参加アーティストたちは、走りながら、形をつくりながら、そのプロジェクトの可能性を自ら確かめていこうとしていました。小田さんがアーティストに送った手紙です。 

アーティスト諸君へ

前略、突然のことで、お許しください、お願いの手紙です。

ずっと考えていました。
たくさんのアーティストが一堂に会して、
一気に「歌いたいうた」を全員で歌ったらどうなんだろう。
たくさんというのは具体的にいえば30人(組)を超えるくらい。
そのアーティストたちが、できるだけみんなで選んだ30曲ほどを
1コーラスづつ、休まず、通して歌い倒す。
イベントのフィナーレのように
歌わないけどそこに立っている人もいる、ではなくみんなが精いっぱい歌っている。
そしてその歌のすべてが、誰もが知っている「あの曲」である必要はない。
それをTBSの「クリスマスの約束」という番組でやってみたいのです。
それがどうしたんだといわれても、甚だ無責任ですが、
返せるような確かな答えはありません。
何かが伝わるかもなどとも言いません。
でももし「それ、面白そうじゃん。付き合ってもいいよ」と
膝を軽くポンと叩いて同意してくれるようなら
「どんなヤツが来るの?アイツがいるならイヤだ」と言う、
まるでちょっと前のボクのような了見の狭い気持ちはこの際、
思い切り捨てていただいてぜひ参加してください。
運動会の参加費くらいのものと、たいへんだったなぁという思い出しか用意できないと思いますが、
基本的にすべての曲は、全員でユニゾン、つまり斉唱でと考えています。
そしていちばん肝心なこと、収録日は11月30日を予定しつつ、
ご返事、さらに忌憚のないご意見をお待ちしています。

2009年8月 小田和正

 全体としては、各自のオリジナル曲のメドレーであり、かつ、曲と曲とのつなぎだけでなく、全体を小田さんがアレンジして、コーラスやハーモニーが付けられています。つまり、一人当たり平均して一分程度、自らのオリジナル曲を歌い継ぐが、そのオリジナル部分にも小田さんの素晴らしいアレンジが施され、コーラスや、ユニゾンが付加される場面が多く、それ以外のパートでは、ほかのシンガーたちがバック・コーラスに回るのです。結局、「22分50秒」の大半を、他人の曲のバックに回ることになります。しかも小田さんは、他人の曲の間、為す術もなく立ちん坊になるのではなく、各シンガーがきちんとコーラスに参加することを望んでいました。つまり、全体のほとんどを、きちんとお互いの脇役としての役割を果たすように求めたのです。みんなで作り上げるというのが小田さんの狙いです。

 ドキュメントは、そこで終わり、当日を迎えます。そして始まりました。藤井フミヤから始まり、歌い継がれる各シンガーの曲。交代するときにはハイタッチ。誰の顔にも笑みが浮かび、その顔が輝き始め楽しそうです。順に自分の歌を歌い、ハイタッチして、サポートにまわる。その繰り返しが、徐々に不思議なバイブレーションを生んで、各アーティストを、観客一同を巻き込んでいく。ああ、そうか、まるで箱根駅伝のようです。タスキの代わりに自らの歌を手渡して、走り継いでいる。マラソンを、駅伝にしてしまった、日本人アーティストによるイベントでもあったのです。観客がみんな、沿道で懸命に旗を振り応援する人々に重なります。歌いながら、同じ場所と時間を共有しながら、誰もが心から感動しているように見えました。その、魔法のような「22分50秒」が終わったとき、拍手が長い間鳴り止みませんでした。小田さんは言葉を失います。きっと、彼の思惑をはるかに超えて、感動が彼を圧倒していたのでしょう。

22’50”

この日のこと
トゥルーラブ 藤井フミヤ
今夜だけきっと スターダストレビュー
ロマンスの神様 広瀬香美
明日がくるなら JUJU
明日、春が来たら 松たか子
友達の詩 中村中
LaLaLa 佐藤竹善
恋におちたら Crystal Kay
Story AI
夢で逢えたら 鈴木雅之
ハナミズキ 一青窈
翼をください 山本潤子
HOME 清水翔太
YES-YES-YES 小田和正
LIFE キマグレン
虹 Aqua Timez
全力少年 スキマスイッチ
Jupeter 平原綾香
涙そうそう 夏川りみ
青春の影 財津和夫
帰りたくなったよ いきものがかり

 

 

 音楽史上初となる「22分50秒」の壮大なメドレーという前代未聞の挑戦でしたが、メドレー終了後の鳴り響く拍手とその長さは圧巻でした。最後に山本潤子さんが語っていましたが、「小田くん、アレンジ大変だったね」。拍手が鳴り止みません。小田さんが「今までにもらった拍手の中で最も長い」ものだった、と語るぐらい感動的な場面でした。後に、第36回放送文化基金賞番組部門・テレビエンターテインメント番組優秀賞を受賞しました。最後にアーティストが一人ずつ感想を語っていましたが、小田さんに振られると「語りたくない。言葉にしたくない。このまま持って帰りたい」と拒絶したのも、感動を言葉にしてしまうと嘘になるという思いからだったのでしょう。さまざまな権利の問題で難しいかもしれませんが、ぜひDVD化をお願いしたい番組でした。コチラで映像を見ることができます。❤❤❤

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センター「発音・アクセント問題」を追い込む!

★最後に集中して追い込め!★

 センター試験が近づいて、もうあと1週間です。センター試験の問題の中で何が出題されるかが分かる唯一の大問が第1問です。しかしその準備を十分にしていないために、成績の上位の生徒もかなり落としている分野でもあります。模擬試験や本番のセンター試験で、私は長年データ検証していますが、私の「頻出語リスト」はいつも8割~9割の的中率です。そこで問われるのは、特に基本的な語「変なヤツが狙われる」ということです。ならばその「変なヤツ」を、先回りして徹底的に音読して体に染みこませておけばよいのです。私は精緻なリストを作るだけでなく、音読用にアメリカ人ALTに一語一語ポーズをつけて読んでもらってCDまで作りました。以前に前ALTのジェーン先生に吹き込んで貰ったものを、生徒にコピーして反復させていたのが好評だったので、今回新しくチェルシー先生に読んで貰いました。講演会でこのことをお話したところ、全国の先生方から「自分も欲しい!」という声が寄せられ、希望する先生方がたくさんおられたので、今年は専門の業者にお願いして大量に作成したのが、チェルシー先生、お願いします!」という2枚組のCDでした(下の写真)。私の「センター対策本」以上に人気で、あっという間に予定した枚数が出てしまったくらいです。

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 『蛍雪時代』12月号(旺文社)には、尊敬する水野 卓(みずのたかし)先生の選んだ「頻出語リスト」が特集されていました。この分野は短期間で集中して仕上げることのできるジャンルなので、センター直前に時間を取ってやるといいと思います。CDの残部はまだありますので、全国の先生・生徒のみなさんご希望の向きは、私までメールで(右上の「メールはコチラ」)お申し込み下さい。4種類の「頻出語リスト」は、私の40年間の教員生活の集大成「2017年英語センター対策本」に掲載されています。全国の2年生の高校生のみなさんにぜひ使っていただきたい教材です。クラス・学年に持たせたいというご希望をたくさんいただいていますが、ご希望の方は私までご連絡ください。松江・米子・出雲にお住まいの方は、今井書店グループに置いてあります。❤❤❤

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サザエのおはぎ

◎週末はグルメ情報です!

IMG_0314 最近、大きなデパートでサザエのおはぎ」(創業昭和48年)を買うことが多いんです。北海道十勝の小豆を使い、あまりしつこい甘さではなく、控えめで食べやすい甘さで美味しいんです。また、大きすぎず適当な量で、なおかつ食べ甲斐もあって嬉しいですね。普通タイプのあんこのおはぎと、きな粉タイプの2種類がセットで入っているので、味の変化がある点もいいですね。あんこもさすがの美味しさで、甘すぎないのも嬉しいです。きなこおはぎは、中にあんこが入っており、きなこのおかげで香ばしさ&コクが生まれ、こちらもとっても美味しかったです。なんといっても、もう、小豆が違う。小豆本来の香りもすごく、感動すら覚えます。基本的にこし餡が私は好きなのですが、これは絶対つぶ餡で食べるのがベストです。小豆本来の美味しさが直に口の中に伝わります。じっくりと炊きあげた餅米もいい味です。以前に、「仙太郎」のおはぎをレポートしたことがありましたが(⇒コチラ)、サザエ」のおはぎも結構いけますよ。今日も岡山のイオンモール1Fの売り場で買って帰りました。

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 歌手の山川 豊(やまかわゆたか)さんが美味しいと薦めたと聞きました。❤❤❤

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原稿書き

dsc03879 年末から年始にかけてずっと必死で原稿を書いていました。センターリスニング、センター筆記の解説、尊敬する先輩の退官記念論文集の論文です。ほとんどは夜と早朝に準備するんですが、頭が働かなかったり、気分を変えたいときは、私はいろいろなお店に出かけては、美味しいコーヒーを飲みながら、赤字を入れたり加筆したりするのが長年の習慣です。場所が変わると、結構アイデアが浮かぶものなんです。半分ぐらいは進みましたかね。締め切りに追われているので、寝正月とはいきません。使う赤ボールペンは、もう長年パイロットのG-3 GELの0.7mmと決めています。銀座の伊東屋ロフト東急ハンズへ出る度に箱ごと芯も買い込んであります。

 冬休みぐらい、のんびりと自宅中2階の蔵「マジック部屋」に寝転がって、昔の作品を眺めて過ごしたいんですが、なかなか時間は取れそうにありません(笑)。今日も、ジョシュア・ジェイの話題のカードマジック新作、フィル・ゴールドスタインの代表パケットのリバイバルデラックス版、スチーブ・フィアソンの新作ペンが届きました。♠♣♥♦

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『盛和塾』

    ◎こんな本、ご存じですか?

 岡山に出ると必ず立ち寄る本屋さんが岡山駅構内にあります。「本の森セルバ」という岡山駅レストラン街入り口のところにある小さな本屋さんです。お店を入って奥に行ったところに積んである『盛和塾』という機関誌を買うのです。この機関誌には、私が尊敬する京セラ名誉会長の稲盛和夫さんの講演録が掲載されていて、とても勉強になるんです。なかなかこの機関誌(年5回発行)を置いている本屋さんはあまり見たことがないんですね。私は岡山駅に行く度に買い求めては、特急「やくも」号の中で熟読しています。もうこれは長年続いている習慣です。

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 「盛和塾」というのは、もともと京都の若手経営者25人が、京セラを小さな町工場から世界的企業にまで育て上げた稲盛和夫さんから、人としての生き方「人生哲学」と、経営者としての心の持ち方「経営哲学」を学ぼうと、1983年に立ち上げた自主勉強会がその起こりです。最初は、稲盛さんと少人数で始まりましたが、多くの人たちにこのような機会を与えるべきだという塾生の自発的活動により、盛和塾の輪は日本だけでなく世界にも広がっています。現在では10,187名の経営者が会員だそうです。開塾以来、20年以上の歳月が流れた現在では、国内56塾、海外32塾という規模に拡大しています。真剣に学ぼうとする塾生と、それに誠実に応えようとする塾長稲盛さんが、お互いに魂の火花を散らす人生道場として、また塾生同士の切磋琢磨の場として、全国各地区の盛和塾に多くの熱心な若手経営者が集まっておられます。稲盛さんは、心ある企業経営者こそが明日の日本を支えるとの信念に基づき、盛和塾に熱心に取り組んでおられます。その機関誌が『盛和塾』で、現在最新号で142号。今月は「不況は成長のチャンス~五つの方策は次の飛躍への足掛かり~」と題する中国での講演が巻頭講話でした。いつものように、帰りの「やくも」号の中で、目を皿にして読んでいた八幡です。❤❤❤

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「ろんぢん」

 松江市千鳥町の温泉団地にあった老舗名店しゃぶしゃぶ「ろんぢん」(1969年開店~ )は、2012年末をもって閉店されました。常に笑顔で陽気で饒舌な名物女将佐藤幾代さんの人柄と、秘伝のたれで食べるしゃぶしゃぶを目当てに多くの市民が来店し、2時間待ちの行列ができる日もありました。特に外国人観光客の間で評判となり、米国のテレビ局が取材に訪れたこともありましたね。「47年間ありがとうございました」と張り紙があったのを覚えていますが、あれから4年、一度は閉店されたものの、去る12月11日(日)、殿町に新築移転オープンしました。場所は「松江歴史館」と、「物産観光館」との間、堀川遊覧船乗り場の斜め前、松江城を正面に臨む、松江を訪れる観光客には絶好のスポットですね。

dsc03410 松江でしゃぶしゃぶと言えば「 ろんぢん」ですね。「忘れられない松江の味」として多くの市民に愛され、惜しまれながら4年前に閉店しました。2012年、千鳥町ビル周辺の再開発が決まり、女将の佐藤さんも87歳と高齢だったために閉店しました。「このまま店を畳むのはさみしい。誰か継いでくれないだろうか」。佐藤さんの思いを、市内の飲食サービス会社に勤務していた勝部さんの上司が聞き、10年間、大阪市内のレストランで料理長を務めた勝部さんに白羽の矢が立ちました。「あんたになら店を譲るけん。やってごさんかね」(出雲弁?分かりますか?)と背中を押されたと言います。「死ぬまで厨房に立ちたい」と口にしていた佐藤さんは2014年3月、89歳でお亡くなりになります。「松江らしさを感じられるよう松江城や宍道湖の近くがいい」という故人の遺志に沿い、12月11日に松江城近くに復活オープンしたのです。再開を夢見て2年前に他界した女将さんの遺志を継いだ店主の勝部貴志さん(44歳)が伝統の味を再現しました。「女将の名に恥じぬよう、こだわりの味を引き継いでいきたい」と意気込んでいます。

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 木造2階建ての店内には、人間国宝・芹沢けい介の型絵染(かたえぞめ)のれんなど旧店舗時代にあった民芸品100点が並んでいました。古傷が残るテーブルや使い込まれた銅鍋は引き続き使用して、以前のお店を知る人には懐かしい大正ロマンの雰囲気が漂っています。こだわり抜いたしゃぶしゃぶの秘伝のたれは、ごまだれとポン酢の2種類。何度つけても薄くならない濃厚な味で、佐藤さんの手ほどきを受けた勝部さんだけが作り方を知るそうです。「味を再現するのは難しく、重圧と戦う日々」と奮闘していらっしゃいます。

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 同店オープン以来、自転車でお店の前を通る度に、ガラス張りの店内にはテーブルいっぱいのお客さんで賑わっておりました。「一度入らねば」と思っていましたが、今日は年内最後の「フォロー講座」を終えると、二人の卒業生が訪ねてくれたので、一緒に食べに行ってきました。広島市立瀬野小学校の先生野津実希(愛称ミキちゃん)さんと、鳥取大学・農学部・獣医学科に学ぶ別所麻由子(愛称マルコ)さんです。2階の素敵なお部屋に通されると、早速しゃぶしゃぶがやってきました。やー、やっぱり最高級のお肉が美味しそう!野菜を入れてグツグツと鍋が沸騰すると、お肉をさーっと通して特製のたれにつけて食べます。あー、柔らかくて美味しい!薬味を添えたごまだれとポン酢の両方のたれにくぐらすと2種類の風味を味わうことができます。幸せ!白いご飯は島根県産「きぬむすめ」です。積もる近況報告を魚に、楽しいひとときを過ごしました。マルコは念願の動物園への就職が決まったそうです。ミキちゃんは小学校の先生3年目、経験を積んで成長しているようです。こうして卒業生が訪ねてくれると、高校時代や大学生活について後輩たちのために「あむーる」に寄稿してね、とお願いすることにしています。今回も今年のバックナンバー(「ダウンロードサイト」で公開中)を渡して依頼をしました。こうやって毎週発行している「あむーる」のネタは集まっているんですよ。今日も(1月1日)、7年前の男子卒業生が就職が決まったと、自宅を年始に訪ねてくれたので、原稿をお願いしておきました。年末には、教え子の大阪大学・工学部の准教授永瀬くんが原稿を送ってくれました。年明け数号はこれで大丈夫!❤❤❤

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Chaos

 mathieu-bitch「こ、この人は天才だ!!」 マシュー・ビッチ(Mathieu Bich) 、このフランス人は本当に天才だと思います。昔、「ホワイトインパクト」(原題「Spreadwave 2.0」)という作品を見たときにそう思いました(上の映像は全米でプロをもだました時のものです)。以来、発表される彼の作品をずーっと追いかけていますが(「魔法のプランジャー」もその一つ⇒コチラです)、今回のTheory 11から届けられた最新作「Chaos」(ケイオス)はそのとどめとも言うべき作品です。おったまげました!!昨年私が手に入れた多くのカードマジックの作品の中で、間違いなくナンバーワンの傑作です。まずは映像をご覧ください。信じられますか??

 どうやったらこんなことができるんだ?!カードを閉じて広げると、青空が広がるかのように、一切の乱れなく、買い求めた未開封のデックの並びのようにきれいに一組が揃ってしまいます。混沌とした順不同のデックが一瞬で揃ってしまうんです!こんなことってあるでしょうか??マシュー・ビッチが2001年から取りかかり、15年の歳月をかけて完成した渾身のギミックデックは、簡単でいて完成度の高い、巧妙さの歯車が美しく噛み合って、マジシャンの常識をはるかに超える斬新な答えでした。

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 一組のデックを取り出し、良く検めて見せます。その中から一つのスート(マーク)のカード13枚を取出します。AからKまで13枚ありますが、順番はそれこそバラバラです。このカード13枚を、そのまま観客の手のひらに乗せます。指をはじいておまじないを掛けてから、1枚1枚手のひらから表向きにテーブルに配っていくと、何ときれいに1から13の順番通りにカードが並んでいます!一切の怪しい動きは全くない中で、なんと観客の手の上で揃ってしまいました!テーブル上の残りのカードも、ランダムに並んでいるのを良ーく検めた後、指を鳴らすだけで、一瞬で全てのカードがキレイにAからKまで揃ってしまいます!デックを広げて最初から最後まで余すことなく見せたそのカードがきれいに揃っているんです!ただデック全体が揃うのではなく、まずは観客の手の上で一つのスートが勢揃いし、その後クライマックスとしてデック全体が揃うという、大変インパクトのあるぐうの音も出ない構成となっています。彼の天才たるゆえんは、こういうところにもはっきりと見て取ることができるんです。
★ テクニックは全く不要でこんなすごい現象が可能です。
★ 全てはこの超傑作デックに隠された秘密の仕掛けで簡単に演じられます。非常に細かいところにまで気を配ったギミックデックです。
★ クールで鮮やかです。カードマジックのおおトリに演じられるインパクトのある現象をぜひ味わってください。そしてあなたのレパートリーのクライマックスに加えていただきたいお薦めの超傑作マジックです!♠♣♥♦

▼マジシャンの賛辞

ziel C:ワオ―!これが私の言えるすべてを表す一言です!このアイデアは決して思い付くものではありません!非常に簡単で何と素晴らしい!!

Kyle W.:エレガントでパワフル。革新的だけでなくこれはトリック最終到着点だ!とにかく私はこれを皆さんにお勧めします!

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35億の借金~さだまさし

 2016年11月8日(火)午後8時からテレビ朝日系列「人生で大事なことは…”○○から学んだ!”」に、さだまさしさんが出演し、映画『長江』で背負った28歳で35億円(28億円+金利)の借金返済について生々しく語られました。また『BIG tomorrow』 2017年2月号(青春出版社)では、「借金があったから頑張れた!僕のお金と幸せ人生道、今も驀進中」と題するインタビューで回想をしておられます。「関白宣言」「親父の一番長い日」「北の国から」など誰もが知る名曲を多数生み出し、これまで開催したコンサートは通算4200本以上。しかし、その大記録の裏には10ケタを超える「借金」という、やむにやまれぬ事情もあったのです。借金を返し、スタッフを食わせるためには懸命に働くしかなかったのです。さださんの「今振り返るなにくそ!人生の軌跡」をたどってみたいと思います。

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 大借金の原因となったドキュメンタリー映画『長江』は、1980年代当時の長江沿岸の街並みや中国国民の姿を映像に残した貴重な記録としても評価されているものですが、決して興業が失敗して借金を負ったのではないんです。興業的には成功を収めているんですが、元手(製作費)をかけすぎたのがいけませんでした。借りる方も借りる方ですが、貸す方も貸す方ですね。さださんは、完済後のトークイベントなどでは「貸した方もプロだから、さだなら返せるとふんだのでしょう。そう思ったら、自分も一生懸命返すしかないと思った」と語っています。同時に「過払い金とかなかったのかなぁ…。ちゃんとした銀行だから、それはないか」と、お得意の話術で笑いをとっています。この辺にも、転んでもただでは起きない、負けじ魂や人生観が見受けられますね。

 1981年、28歳のさださんは、中国大陸を流れる大河・揚子江を舞台にしたドキュメンタリー映画『長江』(主演・監督・音楽=さだまさし)を制作します。「大河の最初の一滴を見たい」という企画の実現を一番望んだのは、さださんのお父さん・雅人さんでした。戦争中兵隊として中国にいたこともあるし、祖父への思いからも中国で映画を撮りたかったのでしょう。「今、長江を撮影する企画は6カ国が競合している。おたくの会社を調べたが、大変小さい会社だとわかった。しかし、お金が仕事をするのではなく、人が仕事をするのだから、最も優れた企画を出した貴社に撮影の権利を与える」と中国から返事が来て、プロジェクトが始まりました。最初は、テレビ局がバックアップしてくれるはずがうまくいかず、自分でやるしかなくなります(テレビ局が軽い安易な番組の別企画を出したら中国側がヘソを曲げた)。自己資金は2億円。映画そのものは国内で120館で上映され、ヒットしますが、それ以上に経費がかさみ28億円の赤字、金利まで入れると35億円を個人で背負うことになります(例:中国の軍隊がヘリを使っての空撮、高価な35ミリフィルムを山のように使用、など)。

 監督と主演はさださん自身が担当。脚本、演出、撮影は日本映画界のプロに依頼し、撮影終了後の編集は、巨匠市川 崑監督が行なってくれることで話しがつきました。ちなみにスタッフ表には「製作総指揮」として、父・雅人氏の名前が掲載されています。さださんは後年「名前が載っているだけで何もしていない」と冗談めかしていますが、実は映画『長江』は、祖父・繁治氏はもちろんのこと、父・雅人氏にも捧げるための映画でもあったのです。父・雅人氏の映画『長江』への想い、応えようとした息子・まさし  先にも述べました通り、莫大な借金を抱えることが分かりながらも、途中で断念せず、映画をカタチにしたのは、さださんがお父さんの想いに応えようとしたからになりません。父・雅人さんは第二次大戦中、陸軍兵として中国戦線に身を投じていました。そして実は、対戦相手の中国兵に追われる中で手榴弾の破片により左手親指と左耳の鼓膜に一生の大怪我を負った経験があるとのこと。その因縁の地こそが、まさに長江の沿岸部であり、さださんも最初の撮影でその地を開始場所として選んだと語っています。思うように進まない撮影と、膨らみ続ける借入金、実際の撮影はかなり過酷なものだったとのこと。中国側から撮影許可こそ得ていたものの、その現場には常に公安関係者が張り付き、半ば監視されていた状態でした。そんな中で事前の調査なども行えないまま、現地にて情報収集を行なって、ロケハンして撮影という非効率的なやり方を余儀なくされたそうです。それこそ監督・主演であるさださんは、一日3時間眠れればよい方だったとのこと。もちろんさださんの会社には、こうした進行を管理してくれる人材やノウハウもなく、スケジュールは大幅に遅れていき、その度に借入金も増え続ける一方でした。もうひとつ、当初はVTRでの撮影を予定していたそうですが、映像劣化を防ぐ目的から、35ミリフィルムに変更したことも予算を大きく圧迫したそうです。 「最初の一滴」に辿りつけないままに、四川省で撮影継続を断念、結果的には、予算面でも当時の時代背景の面でも、当初の目的であった長江の最初の一滴を撮影することは叶わず、それでも祖父の縁の地、四川省までの撮影をもって継続を断念。その時点で30億円の費用がかかっており、自前で用意していた2億円を差し引き、28億円の借金が課せられることとなったのです。

 なぜ中国で映画を撮ったかというと、ある意味で佐田家のルーツだったからです。さださんの祖父は中国大陸からシベリアを股にかけて諜報活動で活躍したスパイ(軍事探偵)、祖母はウラジオストックで一番大きな「松鶴楼」という料亭を経営するなど、中国大陸がさださんのルーツ、小さい頃からの憧れだったからです。その松鶴楼に官憲に追われて逃げ込んできたのが祖父の佐田繁治さんでした。「滔滔と流れ続ける長江はまた、故郷長崎まで一直線に伸びたシルクロードと感じていた」と言います。レコードのヒットで稼いだ手持ちの2億円を元手に、映画を撮り始めますが、終わってみたら30億近くかかってしまったというわけです。名目上の製作総指揮であった父・雅人氏は、中国より国賓扱いでもてなされ、表彰までされたとのことです。さださんは雅人氏の死後に、「親父は最後まで、とうとう一度も侘びも礼も言わなかった」と、これまた冗談めかして語りましたが、それもこの親子ならではの照れ隠しなのでしょう。

 金利を入れて35億円近い借金は、僕の会社ではなく、僕個人の借金ですから返さざるを得ない。でも、会社を維持し、社員に給料を払い、なおかつ税金も払いながらの返済ですので、かなり厳しかった。10日ごとに8千万円、5千万円、1億5千万円という手形を落とさなければならなかったわけですから…。負債額がわかったとき、破産宣言するよう勧めてくれた人もいました。「そうすればチャラになって楽になるから」と言って。このときは一晩考えましたね。その結果、貸した側の身になって考えてみよう、と。お金に関してはプロの銀行が融資してくれたのは「さだまさしなら返せる」と考えたからに違いない。だったら返せるんじゃないか。ここは”プロの勘”に懸けてみようと思ったんです。返済の過程で二度不渡りを出したことがありました。半年に二度不渡りを出すと銀行と取引停止になるんですけど、僕の場合は数年おいてでしたから会社はつぶれなかった。つぶれなかったことで「このままいけば返せるんじゃないか」と。そうすると勇気がわいてきて、それが「返そう!」というモチベーションになるんです。返済が終わったときは、ある種の脱力感に襲われたし、「ああ、これで返済に追われなくてすむ」と思いましたね。

 借金を返済する過程で感じたり、学んだことはいっぱいあります。ひとつは”人の情け”です。銀行の担当者をはじめおおぜいの人達が僕を助けてくれた。そういう意味では、僕はついていたし、本当に人に恵まれているな、と思ったことが何度もありました。それと、何事も最後の最後までわからない。だから、諦めてはいけないということも学びました。だから、僕は決して投げないですよ。そして何よりも僕のファンであり、コンサートに来てくださる方たちのパワーです。僕が莫大な借金を返済できたのも、前人未到のソロコンサート4千回を達成できたもひとえにファンのみなさんのおかげです。これからは、みなさんに恩返しをしなければいけない。ということは、僕は歌手をやめたくてもやめられないんですよ(笑)。   ―『女性自身』1月21日号

 さださんが恵まれていたのは、取り立てに会社に押し寄せて来る債権者が、照明・音響などの仕事仲間であったことで、「とりあえず、いくら足りないんだ」と逆にお金を持ってきてくれました。「今月はこの金をあっちに回して」と、スタッフと金の算段を話し合っている。さださんが「ごめんね」と謝ると、「お前には金のことはわからないから、向こうに行っとけ」と追い払われた、おかげで自分の仕事に専念できたことです。 借金を返し、スタッフを食わせるためにも懸命に働くしかありません。毎年、年間100本以上のコンサートで全国を回ったのには、こういう背景があったのです。当時、結婚したばかりの(奥様は島根県・浜田市出身)さださんは、1年以上家に給料は入れていません。同居していたお母さんの蓄えで暮らしていました。会社を解散しようかという話もあったそうですが、責任感の強い性格からか、ここで投げ出してしまえばお金を貸してくれた人に悪いという思いがまず第一にあったし、その才能ゆえにどこかで「何とかなる」と思ってもいたようです。

 1987年、そんな自分の借金返済で大変な中、広島に原爆の落とされた8月6日に、長崎から平和を祈る野外コンサート「夏・長崎から」をスタートさせました。借金返済に追われる胸突き八丁の苦しい頃のことです。「そんなときに何でまた。そんなことをとお思いのことでしょう。…ほんと、何考えてんだか」。実はその前年、広島で平和コンサートが始まり、手弁当で歌いに行ったさださんは、同じ被爆地である長崎で、同じような平和を祈るコンサートがないことが悔しくなったのです。入場料を無料としたのは、家族の誰もが気軽にのぞけるように、というさださんの強い思い入れからでした。舞台設置費用に800万から1千万。アルバイトの人数も考え、スタッフの移動費、宿泊費、ギャラ、それにゲストへの謝礼を考えると、最低3千万円はかかる。3千万円は確実に赤字が出る。でもやらないわけにはいかなかった。有料にすれば只の商売にしか写らない。俺は故郷に世話になってきた分、どうしても平和を考えるコンサートをやりたい。と、なれば有料は駄目だ。誰でも来られる、それこそ夕涼みがてら家族で俺たちのコンサートを聴きに来るという”家族の構図”がもう平和の象徴になる。料金を取れば子供や老人は留守番になるかもしれない。チャリティにすれば志は曖昧に見えるのが世の常、人々はそこで動く”金額”にだけ気を取られる。純粋に俺が長崎で好きなことをやる、その代わりに、メッセージを伝える。だから無料でなければ駄目なんだ。スポンサーを探し、あちらこちらに頼み込む。俺が自分で頭を下げて歩くから、頼むから無料でやらせてくれ」 これが長崎で20年(1987年~2006年)も続きます(このコンサートをやめた理由については私も詳しく取り上げています⇒コチラです)。この決断に対して、事務所の社長である弟・佐田繁理さんは頭を抱え込んでしまったとのこと。しかしNHKによる全国放送の申し出や、さださんの心意気に賛同した音楽界の仲間たちの協力、市民ボランティアの協力などもあり、以後20年に渡って、長崎の夏の風物詩となっていったのです。まったくもって、あっぱれですね。ここら辺がさださんの男気です。借金返済で苦しく辛い時期に、スタッフの面々はさださんを支え続けます。しかし始めた当初は、冷ややかに見ている人も多く、売名行為だ、とか選挙に出るんじゃないかと批判する人もいました。

 今から10年前、デビュー30周年、コンサート3000回突破記念の時に、この借金のことを振り返って、次のように語っておられました。

 金のことについては後悔はしています。あれが有意義でなかったとは少しも思わないけど、同じ額使うのなら、もっと効果的な、もっと世の中の役に立つ金の使い方もあったな、と。でも、これは結果論。あれは100年後に評価されますから。ま、返済には一生かかるけどね(笑う)。でも、金に対する恐怖心が消えた事件だったよね、僕にとっては。”何とかなる”ではなく、”何とかしなきゃ”って。身体の病気は金では治らないけど、貧乏は金で直るからね、翌日。金さえあれば翌日直っちゃうんだから。簡単なことだと。ただ、稼ぐのは大変だけど…。もし、あの時僕が35億借金していなければ、今その額を持っているかというと、たぶんそれはないと思うし。もしあの時に借金していなければ、その後はバブルで引っかかっているな、とね。一生立ち直れないくらいの傷を負っていただろうってね。あの時、まだ30歳前だったから、頑張って立て直そうと思ってきたし。この年になってみればまぁ冒険野郎だったな、と思うね。年とったときのネタになるね。話のネタに。”お前ら、スケールちいせぇよ”っていえるもん(笑う)。”5千万や1億でガタガタいうんじゃねぇ”って。会社の借金じゃなく、個人の借金だよ。俺、だから逃げ隠れできないんだよね(笑う)。あの時には社員にも迷惑かけたけど、立ち直ってきた今になれば、いい思い出だよ。 ―『週刊女性』

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 返済には1にも2にも、音楽という本業での稼ぎを充てるしかなかったのです。そして、さださんにはCD(当時はレコード)の売上もさることながら、コンサートへの集客力の高さという強みがありました。そこで銘打ったのが「神出鬼没コンサート」。東京・大阪・名古屋といった大都市圏に限らず、地方都市や地域などもくまなく回るという作戦です。実際、借金直後の1982年には、年間162回!それ以降も、年間100本以上のソロコンサートを行うようになりました。もちろん、その合間に、曲づくりやレコーディング、テレビ・ラジオ番組の出演、さらには小説家として執筆作業もこなしながらです。いやはや、もう脱帽するしかありませんね。コンサートの集客のために行った、さださんならではの戦略とは?グレープ時代のヒット曲『精霊流し』『無縁坂』をはじめとして、ソロ歌手転向後の『雨やどり』、『関白宣言』、『道化師のソネット』、『防人の詩』、『秋桜』、そして『風に立つライオン』などなど、錚々たる名曲を生で聞くことができるコンサートは、もちろん魅力的なものです。しかし、そこに胡座をかくことなく、より魅力的に、よりリピーターや新規来場者を増やすために、さださんが行ったこと・・・それは「コンサートのバラエティ化」でした。こんなエピソードがあります。とある芸人さんは若手に対して「さださんのコンサートに行って、話術を勉強して来い」と命じたとのこと。また、さださん自身も「コンサートに来たお客さんから、曲はレコードで聞くから、もっとトークを聞かせてくれって言われちゃいました」というある種の自虐ネタを披露しておられます。これこそが、さだまさしのコンサートに来場者が絶えない理由と言っても過言ではないでしょう。楽曲演奏はもちろんのこと、合間のトークや、本格的な小噺(中学・高校時代には落研にも所属)、寸劇なども取り入れ、持てるものすべてをお客さんに提供して心から楽しんでもらう。「会場を満員にするにはどうしたらよいか?」を必死に考える、この姿勢があったからこそ、4000回以上ものコンサートを今まで続けられ、ひいては借金完済を実現できたのでしょう。ソロ歌手という言葉だけでは括りきれない、マルチな才能とはこのことです。58歳、およそ30年をかけての借金完済、そして父・雅人さんの死去  2010年、いよいよ、その日がやってきます。さださんは映画『長江』で背負った合計35億円の借金を58歳にして、完済。実に30年近い年月をかけ、凡人ではとうてい不可能なことをやってのけたのです。そして奇しくも、息子の借金完済を見届けてまもなく、父・雅人さんは天国へと旅立ちました。決して偶然ではない、何かのおぼしめしがあったのだと、つい思ってしまいたくなりますね。父・雅人さんは生前、さださんに対して一度も礼や労い、侘びや謝意といった言葉を発したことはなかったそうです。

「ひたすらライブやって一心不乱になって返しました。借金から逃れる気持ちはなかった。たかだかお金のことだから返せるか返せないかでしょう。今思えば、そこまで頑なに返済にこだわったのは、父の夢の後片付けだったからかもしれませんね。父が生きているうちに全額返済できてよかったです。」(さだ談)

 一方、私たちファンの間では有名だったエピソードが一つあります。父・雅人さんは生前、自身が出向いたコンサート開場では、必ず開演前に入場口に立ち、来場者一人一人に挨拶。また終演後も、同じように、深々と礼をして観客を見送っていました。やがてファンの間では、お父さんに直接会って言葉を交わせることが、楽しみになっていきました。息子に直接言葉で言えない代わりに、自分に出来る務めとして行なっていたのでしょうね。  

 58歳になり「もう借金の心配をしなくてもいい」となった時には、「ああ、これで歌手をやめることができる」と心底思い、「よし、60歳になったらやめよう!」と心の中で誓った矢先に、東日本大震災が起きます。あまりのショックに呆然とする中、音楽の無力を感じしばらくは動けないままでした。気仙沼の階上中学校の卒業式で中学生が「苦境にあっても天を恨まず」と泣きながら叫んだ姿を見て(私も感動しました⇒コチラです)、目を覚まされたと言います。「がっかりしている場合じゃない。とにかく現場に行こう」と東北に向かいます。普段は絶対にさだまさしなど聴いてくれないような人たちまで喜ぶ姿に接して、「そうか、こういうときのために、さだまさしは有名になったんだな」とまだまだやれることがあることに気づかされます。お客さんと正面から向かい合って、「今日のコンサートが、ラスト・コンサートになっても恥ずかしくないステージをやろう」と言い聞かせながら精進しておられる最近のさださんです。

 さださんは完済後のインタビューにおいて、「借金を返せたのは、ひとえにファンの皆さんのおかげ。また助けてくれる仲間がいたから」と答えています。そして歌手生活40年以上を経てなお、「そうした皆さんに恩返しをするためにも、まだまだ引退することはできない」とも。エンターテイメントの世界において、さだまさしというビッグネームは、今後も当分の間、私たちを楽しませ、感動させ続けてくれることでしょう。下の「さだまさし版PPAP」は元日に公開されて話題となった映像です。❤❤

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アーモンドチョコバー

 昨日はローソン「カッサータ」を紹介しました。今回、ご紹介するアイスクリームはセブンイレブンから発売されている「アーモンドチョコバー」です。冬場にチョコのアイスが食べたい!と思っている方にはピッタリなアイスバーです。セブン&アイ・ホールディングスのプライベートブランド(セブンプレミアム)で、ロッテアイスが販売者となっています。これもそうなんですが、セブンイレブンの食材は確かに美味しいものが多いですね。

 複数のカカオをブレンドした香り高いチョコレートコーティングに無数に乗っているアーモンドは遠赤焙煎した風味豊かに仕上げて、さらにバニラアイスにはバニラビーンズが入っていて、本格的なアーモンド入りチョコバニラアイスとなっています。チョコ好き、バニラアイス好きな人にとっては最高なアイスバーではないでしょうか。

アーモンドチョコバー

 パッケージは、チョコレートをイメージした黒色と茶色を織り交ぜたイメージになっていますね。また、アーモンドとチョコレートが写真が載っていて、アイスを食べる前からテンションが上がりますね~。いかにも美味しそうです。

中身

 袋を開けてアイスバーを取り出してみると、真っ黒なチョコレートコーティングに大きく砕かれたアーモンドがいっぱい散りばめられているがよく分かり、ほんと美味しそうですね。内容量は90mlでやや小ぶりになっています。一口ガブリと食べてみると、「バリッ!」と言う音を奏でながら、口の中がでバリバリと音を出しながら、濃厚でコクのあるチョコ味と遠赤焙煎した大きく砕かれたアーモンドの香ばしい味が、口の中いっぱいに広がってこれは堪りません。また、バニラビーンズ入りのバニラアイスの甘さが、チョコとアーモンドとの相性が抜群です。チョコとバニラのアイスはお店でもたくさん売られていますが、この「アーモンドチョコバー」は濃厚なチョコと香ばしいアーモンド、バニラビーンズ入りのカリッとした食感の本格的なアイスとなっていますね。以前は森永製菓「PARM」アーモンドを気に入って食べていた時期があったんですが、アーモンドの量がはんぱでなくコチラの方が多いので、香ばしさが桁外れです。今はコチラに乗り換えないといけません。「セブンイレブン」へ直行!!❤❤❤

 

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カッサータ

cassata ローソンでは、12月6日(火)から「カッサータ~ドライフルーツとナッツとチーズのアイス~(248円)が発売されています。フランス・フロマジェリーベル社のkiri®クリームチーズを使用した濃厚アイスに、クランベリー、ラムレーズン、ピスタチオ、アーモンドの4種類のドライフルーツとナッツを混ぜ込んでいます。通っている病院の待合室に置いてあった何かの雑誌で読んでいたこのアイスクリームを偶然ローソンで見つけ、買って帰って食べてみました。フワッとした洋酒の香りが漂う中、外見からはそれほどでもなかったドライフルーツがゴソッと入っています。フルーツ系の酸味もほんのりと感じることができます。「おいしいじゃないか!」 寒い冬場にアイスが食べたくなるのは、なぜでしょうね?

▲ローソンで買えます

▲ローソンで買えます

 今年10月に森永乳業が20代から60代の男女1074人を対象に行った「冬アイスに関する意識調査」によると、「冬でもアイスクリームを食べたいと思いますか?」という問いに、「すごく食べたいと思う」「食べたいと思う」と答えた人の合計は98.4%、「食べたくないと思う」という人はわずか1.6%しかいませんでした。食べたい理由のトップは「部屋が暖まると冷たい食べ物を食べたくなるから」で、夕食後や風呂上りにたくさん食べられているようですね。調査によれば、通常のアイス購入者は20代の女性が中心で、次いで10代の女性が多い。男性も10代、20代が中心ですが、冬アイスは男女ともに30代が多いようです。上でご紹介したカッサータ」(Cassata)は、少々お高いアイスですが、自分へのご褒美に支持されているようです。素材にこだわった高級品は、美味しければ、値段が高くてもお客さんには支持されるんです。

 アイスクリームの市場規模は、2015年度で4747億円、4年連続で史上最高を記録しており、この10年間で1千億円以上も市場が急速に拡大しています。夏場だけでなく、冬場のスイーツとして消費が拡大したことが一番の要因でしょう。「冬アイス」市場は、各コンビニとも熾烈な競争を繰り広げそうです。実はもう一品、ご紹介したいアイスがセブン・イレブン」に登場しているのですが、それは日を改めて。❤❤❤

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マークドデック

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。   ―2017年元旦

新年の挨拶のイラスト(鳥・オス)

 私の「趣味」(hobby)の一つに、世界中の珍しいデックを収集するというのがあります。昨年もずいぶんたくさんのデックを手に入れました。相当な数が集まっていますが、みんな特徴があってどれ一つとして同じレベルのものはありません。そんな中でも「マークドデック」と呼ばれる、裏面を見ただけで表面のスートと数が分かる仕掛けデックには、もう目がなくて出るたびに購入しています。初めて私がこの種のデックを買ったのは、東京・八重洲口にあった「トリックス」発売の特製のデックでした。これはプラスチック・トランプで、なおかつマークが施されており、さらにはテーパー加工までしてあり、さまざまな現象を起こすことができるという点で初心者には重宝したものです。以来、テッド・レスリーの画期的なものを始めとして相当数のコレクションができあがっています。当時は結構なお値段がしたものですが、ずいぶん安く手に入るようになりましたね。最近も3種類のものを手に入れました。今日は今年第一弾、それをご紹介してみたいと思います。

 Murphy’s Magic は、世界最大のマジック・ディストリビューターとして、 沢山のマジックやデックを扱ってきました。 彼らは、中でもNOC デックの品質の大ファンなので、 House of Playing Cards The Expert Playing Cards Company と手を組んで 「Murphy’s Magic Signature NOC deck」 の製作に乗り出すことはごくごく自然なことでした。 サイド・ローディングのボックスの裏には、大胆でありながら上品な山形模様があります。 その模様は、エースとジョーカーにも使われています。バック面はネイビーブルーに細いゴールドラインを入れたデザインになります。フェイス面は通常のNOCデックとほぼ同じですが、ジョーカーとAだけはオリジナルのデザインとなっています。大胆で、シンプルで、そして優雅。 どんな用途にもマッチしています。手触りも非常に良い。さらには、巧妙なマーキングシステムにより(信じられない!)、カードの裏を見ただけで何のカードであるかが(従来のスートだけでなく数字までもが)一目瞭然に分かるんです。ただこのマーキングシステムにはチョット慣れが必要だと思います。下の写真でこれがマークされているなどと誰に分かるでしょうか?!

 さて今日二つ目のマークドデックは、Ellusionistから出ている人気の Keeper Playing Cards のレッド・バージョンです。 色が赤くなっただけではありません。なんとこれも裏からカードが分かってしまうマークドデックなのです。このデックは、ブルー・バージョンと同様に、 ボックスから取り出した瞬間から、素晴らしい感触ですが、なんとマーキングされています。 マークは一般の人には分かりませんが、分かる人が見れば簡単に分かります。Keeper はボックスから取り出した最初から滑らかです。 砂の粒子のように薄い素材で、海の穏やかな波のしぶきのように柔らかく感じます。 Keepers は、日々使用するデックの感触に対する新たな期待を抱かせます。最も一般的なデックを念頭に置いてデザインされました。 Keepers は、素晴らしいクラシックの進歩なのです。 裏の色は、信頼を誘い、そして観客に注目されないよう、特別に選ばれました。


▲左がライダーバック、右が Keepers です。マークされているなんて予想もできません!

 今日三つ目のマークドデックは、台湾発の高品質デック「エンパイアキーパー」のマークド・デックです。ここで「エンパイアキーパー」について触れておかねばなりません。マジシャン御用達のカードメーカーと言えば、一にも二にもUSPC(United States Playing Card Company)で、長きにわたり他の追随を許さないシェアを誇ってきました。しかし、実際のところUSPCのユーザー満足度はそれほど高くはありません。特に生産工場がオハイオからケンタッキーに移転して以降は、さらに不満が高まっていることは周知の事実です。一方で近年、着実に評価を上げていっているのが、メイドイン台湾のカードなんです。NOC v3」「プレイフェア」は台湾クオリティが受けてヒット商品となりました。その台湾から驚異のデックが登場したのが「エンパイア・キーパー」です。USPCからシェアを奪うべく作られた渾身の逸品です。素材として高密度の高級紙が使用されており、湿度やダメージに強く、申し分のないコシと弾力があります。バイシクルを意識した仕上げで、台湾製カードには珍しくエンボスがしっかりあります。しかし、バイシクルのようにすべり過ぎることはなく、バイシクルが程よく馴染んだ感じのすべり具合です。シルキーで快適なスムーズさが長く持続します。エッジはヤスリで磨いたように滑らかで、ファローシャフル(トップからボトム)が抵抗なく入ります。印刷は均質でズレやムラがありません。デックとしておよそ最高級のスペックですが、世界拡散目的のために値段がとても安く設定されています(通常のデックを買うお値段と同じ)。レギュラーユース用としてイチオシのデックですね。

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 驚きの世界最安値を実現しているのはそういう事情があるんです。マークドされた「エンパイアキーパーデック。コーナー4か所(4隅)にマークがありますので、少しファンにするだけでどのコーナーからも識別できます。マーキングは、スートや数字が変形されてバックデザインに溶け込んでいますので、知らない人はまず絶対に気づくことはないでしょう。プロが見ればスートと数がすぐわかる仕組みです。かなりバレにくさ重視のデザインでした。私も最初見たときには、いったいどこがマークなのか分からなかったくらいですから。これとっても気に入りました。デック自体は「エンパイアキーパー」デックと同じ高品質。この価格であれば、普段使いのデックとしても最適ですね。マークドデックとして最安値の「エンパイア・キーパー」マークドエディションをおススメしておきます。♠♣♥♦

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センター「第1問&第2問」~フォロー講座(4)

 松江北高は、12月30日(金)も「第4回フォロ-講座」で、生徒たちは今年最後の授業で一年を締めくくりました。今年は年を明けたらあっという間にすぐセンター試験の本番です。年末・年始はかき入れ時ですね。今日の講座は、私は第1問「発音・アクセント問題」第2問A「文法・語法問題」の担当でした。対象とした模試は「駿台青パック模試」でした。かなり高レベルの模試です。 

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  第1問 発音・アクセント問題

 センター試験の大問で唯一満点を狙いに行ける分野です。ただし「準備」をした人だけは、という条件付きですが。全国的にも成績上位の生徒がかなり落としている分野なんです。実は、出題される単語は決まっています。私は4種類の「頻出語リスト」を公開して、それをALTの先生に読んでもらったCD「チェルシー先生、お願いします!」(2枚組)を作成して音読を奨励しています。これだけをキチントやった生徒は間違いなく満点(高得点)を取ります。▶今日の講座では、『蛍雪時代』12月号(2016年、旺文社)水野 卓先生が公開しておられる発dsc03408音・アクセント頻出語リストをみんなで音読をしました。松江東高校の緒方 孝先生作成の「センター試験発音・アクセントを間違えやすい厳選140語」(⇒コチラです)も音読練習をしました。するとたったこれだけでも、何回も同じ単語が取り上げられていることに気づきます。そう、狙われる単語は決まっているんです。基本語で「変なヤツ」が狙われます。日本語読みするとハメられる「カタカナ語」もこれの代表ですね。しっかりと対策をしておきましょう。 ▶アクセント問題の対策に関しては、「アクセント基本ルール」をプリント配布して、代表的なルールを今一度押さえました。「双子の法則」「三味線語」「イクイクルール」「ヤンヤンヤスヤントヤリテエの法則」「渋いから痛えの法則」「エイトの法則」などですね。これらを押さえておくと、意味を知らない単語でもアクセントの位置を知ることができるのが強みです。最後に、山下りょうとく先生(河合塾)の膨大なホームページ(コレお薦めの教材です)(https://ryoutoku.jimdo.com/)の中にある「センター英語9割GETの攻略法」関連ファイルに収録されている「発音・アクセント問題演習」を紹介して(⇒コチラです)、家庭で演習を積むように指示しました。大切なことは、これらは短期集中でまとめて一気に仕上げることで大きな効果を上げることができるんです。

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    第2問A 文法・語法問題

10問の設問の校内正答率を生徒に知らせて、難易度を確認しました。10問中7問が《難》と私が判断した模試ですから、相当難しい問題です。中でも正答率が2割~3割の問題を取り上げて解説しました。このような「知識問題」は演習量が物を言う分野です。過去問でもいいでしょう。頭に入れれば入れるほど力がついていくのですから、本番ギリギリまで積み上げることが重要です。山下りょうとく先生のホームページにある「英文法・語法問題演習」(⇒コチラです)を年末・年始にダウンロードして演習するように指示しました。

 これで今年の私の校務は全て終了しました。次回は1月7日(土)に「第5回フォロー講座」が予定されています。今度は「代ゼミ直前模試」が対象です。これは今までの模試と比べずいぶんと解きやすそうです。ずっと学校に出ていたので、家の掃除・片付けが全くできていません。明日からちょっと家周りの仕事に精を出そうと思っています。あ、それと原稿書きが3本も。年明けには先日グレードアップした「おかでんミュージアム」をのぞいてこようと思っています。来年も「利他」の気持ちを忘れずに精進しようと思っています。❤❤❤

 今年も八幡を可愛がってくださったみなさん、よいお年をお迎えください。私は病院通いをしながら、なんとか年を越せそうです。来年もよろしくお願いします。

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センター「物語文・評論文」~フォロー講座(3)

dsc03367 引き続き12月27日(土)、松江北高では、「第3回フォロー講座」が開催されました。私は第5問「物語文」と、第6問「評論文」の担当でした。満員の教室で11時40分から13時まで80分の講座です。「Z会トライアル模試」を題材に解説しました。

 第5問 物語文

 2007年までは第6問が「物語文」でした。しばらく姿を消していたのですが、昨年の追試で復活して、今年の本試験に第5問として帰ってきました。このように追試問題は次年度本試験の予告編になっていることが多いというお話からスタートしました。さてこの問題にも効率的な「解き方」があります。長文問題共通の解き方として、設問文に先に目を通す(選択肢は読む必要はない)のは常識ですね。この方が本文から先に読むよりも明らかに時間的ロスが少ない。その設問文の中の「キーワード」に線を引くことから始めます。設問文の中で最も重要な情報を担っている部分(名詞・動詞)が「キーワード」です。問1~問5までの質問内容とキーワードを把握した上で、本文読解に入ります。本文の中に先ほどのキーワードが必ず出てきます。全く同じ表現の場合もあれば、ちょっとだけ言い換えになっている場合もあります。この「キーワード」の近辺に答となるヒントが潜んでいるのです。そして選択肢はこの部分の「言い換え」となっているものが正解です。こうやって順に問1から問5へと解いていきます。設問の順番は本文の展開順と一致しています。模試の度に、さらには過去問演習でもこの解き方をずっと練習してきましたので、生徒たちはずいぶん慣れてきたようです。

 今回のZ会の物語文の素材は、デートに1度も誘われたことのない美しくもない女性が、叔父の遺産相続の連絡に来た弁護士に恋をして、優しくされ結婚する。しばらくは幸せな生活が続くが、やがて夫の浮気が始まる。彼は銀行詐欺で逮捕され刑務所に収監される。20年間服役し、出所の日、これで元の生活に戻れると期待を膨らませ刑務所の正門まで迎えに行った彼女。旅行すべく二人分の飛行機のチケットも。正門が開き、夫が出てきて自分の方へ向かって歩いてくる。そこへ赤いスポーツカーに乗った金髪の女性が現れ、夫はその車に乗り込むや熱いキスを交わす。そしてスポーツカーで走り去る。あっけにとられた彼女は、チケットをビリビリに破いて、その場から立ち去る。どろどろとした現実を描いたとてもリアルでいい素材文でした(ちょっとエッチな箇所も)。 

 さて、2007年まで第6問に出ていた「物語文」を、苦手とする生徒がたくさんいました。平均点も低かったようです。これには理由があります。その「理由」と「対処法」を話しておきました。また日を改めてこのブログでも取り上げます。

 第6問 評論文

 これは以前に比べてずいぶん楽になりました。段落に番号が振られ、設問文も「○段落によれば・・・・?」という質問方法となり、読むべき箇所が明確に特定されるようになったので、まさに「読みながら、解きながら」を実践すればよいのです。解答のヒントの箇所の言い換えが選択肢の中に1つ必ずあります。これを発見するためにも「単語力」は欠かせません。1行に1つ分からない単語がある程度ならいくらでも類推で対応できますが、2つ3つあるともう読めなくなってしまいます。「単語力」を磨きましょう。自分の知らない単語を今回の模試の第5問・第6問で抜き出して覚えてもらいました。この英文の「要旨を問う問題」は、第1段落と最終段落にヒントがあります。最後の「タイトル付け問題」は、各段落の最初と最後に注目すればOKです。

 ㊟今年の追試問題で、下線部の単語・語句の意味を問うという問題が第5問&第6問に2問も登場しました。本試験では消えていた出題です。この「未知語類推問題」来年の本試験には復活する可能性が大です。過去の歴史はそのことを教えてくれます。注意しておきましょう。下線部分をサンドイッチにして前と後ろをよく読めばその意味するところは簡単に類推できるでしょう。

 このような「解き方」を教えてくれるのが、私の最新刊『2017年英語センター対策本』(自費出版)です。

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センター「会話文整序&不要文削除問題」~フォロー講座(2)

 12月24日(土)、松江北高では「第2回フォロー講座」を開催しました。私は第2問Cの「会話文整序問題」と、第3問Bの「不要文削除問題」の担当でした。教室にあふれ出んばかりの生徒の熱気で熱い授業が展開されました。題材は「河合塾Kパック模試」です。

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 第2問C 会話文整序問題

 まず押さえておきたいのは出だし2行の会話をしっかりと読んで、問題となるボックスがどういう意味になるのかを特定することです。会話も読まずにすぐにボックスを見て並べようとする生徒がいますが、これは御法度です。意味が分かればもう半分できたも同じです。さてここで1番目のボックスから順に見ていく人が大半なのですが、私は2番目、3番目のボックスから先に目を通すように薦めています。1番目のボックスはほとんど形が似ているので絞ることが難しいんです。むしろ特徴的なのは2番目、3番目に来ており、こちらのほうが決定し易いんです。ただ2番目―3番目を決定する際に、文法・構文・熟語の知識を試されます。2番目・3番目を決めたら、それにふさわしい主語を1番目に戻って決定します。こうやって解くとずいぶん楽に解けるんですよ。練習問題(追試・本試)でこのことを確認しました。

 第3問B 不要文削除問題

 (1)第1文or第2文で英文の「テーマ」が設定されます(選択肢までが長い英文の場合は選択肢の直前がテーマ) → (2)このテーマを頭に置いて、選択肢の①~④をざっと眺めてみます。 → (3)この段階で明らかに「テーマ」に外れる選択肢が見つかったらそれが正解です。 → (4)絞りきれない時には最初に戻って英文を読んでいきます。明らかに「流れ」に反した選択肢が1つ見つかります。これが正解。 選択肢の中に「指示語」(this, it, theyなど)がある場合には、これが何を指しているのかを考えると案外簡単に正解が導けます。「つなぎ語」がある場合にも注意しましょう。練習問題でこのことを実際にやってもらいました。

 お分かりのことと思いますが、センター試験の各問題には、このような効率的な「解き方」が存在します。それを理解した上で、演習を積めば飛躍的に得点が向上するんです。実際に最dsc03368近私の元に「◎◎点取れました!」と言って、喜んで報告に来てくれる生徒がずいぶんたくさんいます。ある程度できるようになると、自信がついて好循環が始まります。もうこうなると大丈夫です。私はこのことを生徒たちに理解してもらうための自作教材、『2017年英語センター対策本』(自費出版)を作って、生徒に活用してもらっています。ぜひ全国の高校生のみなさんも、この本で効率的な解法を身に付けてつけてください。松江・米子・出雲に住んでいる方は今井書店に置いてあります。それ以外の地域にお住まいの方は、私に直接申し込んでください。⇒yawata@hb.tp1.jpまで。今年は第1問音読対策用にCD「チェルシー先生、お願いします!」(2枚組)も作っております。ここは確実に満点を狙える唯一の大問です。欲しい方は八幡まで。高校2年生の生徒のみなさんにも早めに準備を始めてもらいたいですね。❤❤❤ 

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「鉄仮面」逝く

◎ミスターを初Vに導いた「鉄仮面」逝く!

%e5%8a%a0%e8%97%a4%e5%88%9d 巨人は20日、OBで通算141勝右腕投手、加藤初(かとう・はじめ)さんが今月11日午後、直腸がんのため静岡県内の病院で死去していたことを発表しました。66歳の若さでした。加藤さんは1972年(昭47)に大昭和製紙(現日本製紙)から西鉄(現西武)に入団。1年目に17勝16敗で新人王に輝き、76年にはトレードで巨人へ移籍しました。前年球団史上初の再開となった巨人軍において、同年4月にはノーヒットノーランを達成し、シーズン15勝4敗8セーブを挙げて、前年最下位からの長嶋茂雄監督の優勝に貢献しました。ピンチにも顔色を変えず淡々と投げ抜くことから「鉄仮面」と呼ばれた名投手でした。速い球とフォークボールを武器に、ピンチを迎えても、頼りになる大投手で、とっても好きな選手でした。

 約5年間に及んだ苦しい闘病生活を闘い抜きました。韓国SKの投手コーチだった2011年、体調不良(下腹部の痛み)により退団を決断しました。帰国して横浜市内の病院で検査を受けた結果、直腸がんが見つかりました。既にステージは4に達し、「余命は半年」と告げられたそうです。韓国へ渡った2005年から体調不良が続き、体重は渡韓前から10キロ以上減っていたといいます。妻の和江さんは「普段は何も言わない人が『つらい』と。相当に苦しかったんだと思います」と振り返ります。「もう1度グラウンドへ戻りたい」という強い思いが、病んだ体を支えました。抗がん剤治療を始め、2014年には手術を決意。完治には至りませんでしたが、2014年初夏に息子2人の住む静岡へ移住して治療を継続しました。ベッドで過ごす時間が増え、意識が不確かな時ももう練習の時間だから、用意をして球場に行かなくては」と服を着替えようとしたというほど、根っからの野球人でした。和江さんは「野球はやめたんだよと言っても、本人の中ではプレーしているようでした。意識がもうろうとした時でも『韓国に戻ってコーチをやるんだ』と。戻りたかったんだと思います。最後まで野球人でした」と話します。がんは4カ所に転移し、パーキンソン病も併発していました。今年に入り入退院の回数が増え、10月下旬に入院したまま帰らぬ人となりました。だが余命半年の宣告にも諦めず、約5年間を全力で生き抜いたのです。現役時代にも、選手生命を脅かすほどの故障を克服。33歳だった1983年6月、右肩の血行障害に見舞われます。右腕が胸より高く上げられなくなり、日常生活にも苦労して手術を決断。太ももの血管を右肩に移植する球界初のケースでしたが、9月末に復帰して40歳まで19年間現役を続けました。現役終盤はコーチを兼任し、引退後は韓国、台湾でもコーチを務め「基本の徹底」を説き続けました。球団発表のあった20日は加藤氏の67回目の誕生日でした。静岡県内の自宅には、妻、2人の息子夫婦や孫ら親族が集まり、静かに誕生日を祝ったといいます。

 巨人軍の長嶋茂雄元監督は「ピンチでも表情を変えずに投げ抜く姿が印象的でした。こんなに早く亡くなるとは、とても残念です」と偲びました。「75年の最下位から、翌年に初優勝できたのは『初っちゃん』の活躍があってのもの。先発、リリーフとよく働いてくれて、頼りがいのあるピッチャーでした」と感謝しました。ソフトバンクの王 貞治球団会長は「寡黙で決して派手さはなかったが、速い直球とフォークボールで常にいい投球をしていた。西本君や江川君をはじめ当時の強力な巨人投手陣の中でよく頑張ったと思う」と早すぎる死を悲しみました。

チームメートだった西本 聖さんが加藤さんを偲んでこんなことを言っておられました。

「フルハウス」と言われ、3ボールになりながらも粘りの投球で打者を抑えるのが投球スタイルでした。その姿から多くのことを学ばせていただきましたが、ずばぬけていたのがけん制でした。一塁に遅いボールを続けて投げて走者を安心させておいて、急に速いボールを投げて刺したり。相手に隙を与えるんです。ピンチを未然に防ぐのに、巧みなけん制を武器にしてアウトを奪う。投げるだはではない、けん制の大切さ。打者に加え、走者との駆け引きが、いかに大事なのかを学ばせていただきました。 

 巨人時代に加藤さんがけん制で走者をアウトにしたのが19度。1シーズンに4度も記録したこともありました。今季の巨人投手陣のけん制刺は田口、宮国の合計2度だけです。通算成績141勝113敗。22セーブ。防御率3.50。

加藤初(かとう・はじめ…1949年(昭24)12月20日生まれ、静岡県出身。吉原商から亜大(中退)大昭和製紙を経て71年ドラフト外で西鉄へ入団。“黒い霧事件”と呼ばれた八百長問題で主力投手が退団した直後で、1年目からフル回転。72年に17勝を挙げ新人王を獲得した。76年に関本、玉井との2対2の交換トレードで伊原とともに巨人へ移籍。移籍1年目の4月18日広島戦でノーヒットノーランを達成し、この年15勝を挙げ長嶋巨人の初優勝に貢献。89、90年は兼任コーチとなり、90年に現役引退。95~99、01年に西武コーチ。その後は台湾、韓国でもコーチを務めた。通算成績は490試合で141勝113敗、22セーブ、防御率3・50。右投げ右打ち。

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「モーグルエアー」

dsc03395 久しぶりに、松江・田和山の「今井書店センター店」内にある「ぶんぶん堂」をのぞいてみると、新製品売り場にパイロットの新製品、折れないシャープペンシル「モーグルエアー」が入荷していました(上写真)。芯を折れにくくする新開発の「アクティブサスペンション」機構を搭載した「モグって折れない」シャープペンシルです。なんと遂に、筆記具界の大御所「パイロット」も「折れないシャープペンシル」市場に殴り込みをかけてきました!折れないだけじゃなく、快適な筆記を追求した高機能シャープペンシルです。「クルトガ」「デルガード」「オレンズ」「オレーヌ」「コンセプション」と、シャーペンをめぐって「文房具大戦争」が繰り広げられています。私は毎日の商売柄、筆記用具には目がなく、新製品が出るとすぐに飛びついて使ってみることにしています。今回もすぐに買って帰って、試してみました。

 「アクティブサスペンション」機構は、ボディに内蔵された2つのスプリングによって衝撃を吸収し、芯折れ防止と軽快な筆記を実現する機構です。①強い筆圧がかかると、上部のスプリングによってペン先の機構が上にスライドして衝撃を吸収する。②同時に、下部のスプリングによって、芯だけが”モグる”ようにガイドパイプを筆記面に向かって留まらせるため、筆圧がかかると、芯はガイドパイプによって保護され、芯折れを防止する。留まったガイドパイプは芯全てを覆うのではなく、筆記に必要な長さの芯の出しろを残すため、ガイドパイプ先端と紙面が擦れることなく、スムーズな筆記が可能になるというわけです。また、ガイドパイプと本体の間に空間を設けているため、垂直方向以外のあらゆる角度からの筆圧にも対応し、書き出し時の衝撃を同社従来製品比で約50%吸収するため、強い筆圧でも折れずに、手への衝撃負担が軽減するのです。使ってみましたが、他社のものと比べて、確かにスムーズな書き心地です。

 ちなみに、パイロットによれば、この商品名の「モーグルエアー」は、コブの衝撃を吸収しながら滑走するスキー競技の“モーグル”と、ペン先が“モグる”にかけていて(笑)、”エアー”は衝撃を吸収しながら空気のように軽い筆感をイメージしているとのことです。

 もう一つ、同社独自の「フレフレ機構」により、ペン本体を振るだけで芯を繰り出すことができるため、持ち替える手間がないので、集中力が途切れにくく、ストレス無く筆記できるようです。なお、ボディーカラーはブラック、ブルー、ホワイト、ピンク、バイオレット、アイスブルーの6色が用意されています。もちろん私はブルーを買って使っています。価格(税別)は500円。パイロットは100万本の販売を目指すとしています。

 

 

 同じく筆圧吸収型ゼブラ「デル・ガード」と比べてみると… 「モーグルエアー」のスプリングの方が多く口金が大きいみたいですね。

 プラチナ、ペンテル、ゼブラ、三菱鉛筆、オート、パイロットと「折れないシャープペンシル」を投入してきましたが、今度は老舗「トンボ鉛筆」が、どんな「折れないシャーペン」を投入するかが楽しみなことです。この「モーグルエアー」のスペシャルサイトはコチラです。各社のシャープペンシルをめぐる「文房具大戦争」については、以前にこのブログでも取り上げたことがありますのでご覧ください。⇒コチラです

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トリプルドールハウスプロダクション

 空っぽの箱の中からとんでもないものが出現するというマジックはよくあるネタですね。私はコーヒー缶を次々出したり、メタリックな花を取り出したり、大量のクス玉が出てきたりといった道具を好んで演じてきました。小学校などでやったときには、子どもに大受けしました。

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クリスマスの約束2016

❤感動のクリスマスライブ!!❤

 シンガーソングライター・小田和正さん(69歳)によるクリスマス恒例のコラボレーションライブ番組「クリスマスの約束」を、今年も眠い目をこすりながら観ました。今年で16回目を迎え、いつものように豪華ゲスト・アーティストたちとともに名曲の数々を歌い上げました。2001年の放送開始以来、深夜帯にもかかわらず常に高視聴率をマークし、これまで2度にわたり月間ギャラクシー賞を受賞、さらに放送文化基金優秀賞を受賞するなど、「放送業界屈指の音楽特番」と称される質の高い音楽番組に成長しました。今回の客席の観覧は4万人を超える応募者の中から選ばれた500人です。今年は当日の全国紙に全面広告が掲載されるなど、テレビ局の力の入れようがはんぱでないです。

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 まずは、静まりかえる場内、小田さんのグランドピアノ弾き語りでSMAPの名曲「夜空のムコウ」で番組は始まりました。そして小田さんが今回のゲスト宇多田ヒカルさんを呼ぶと、「えーっ!!」 知らされていなかった会場のファンたちは驚きの声を上げて迎え入れます。小田さんは「第一回の『クリスマスの約束』で彼女に出てもらおうと思っていました」と語り、2001年に宇多田さんをはじめとした複数の大物アーティストへ直筆の手紙でオファーをしたが、叶わずに一人で「Automatic」を歌ったことを当時のビデオで振り返り、その際に宇多田さんの父・宇多田照實さんから辞退の手紙が届いたことを紹介。小田さんが「時を経て、いよいよですよ」と、アコースティックギターを手に持ち、宇多田さんが「大変長いことお待たせしました」とこれに応え、2人によるおよそ15年越しの難曲「Automatic」が披露されました。お馴染みの小田さんの追っかけコーラスがとってもきれいです。小田さんのハモリも見事でしたし、艶のあるギター伴奏も素敵でした。もちろん宇多田さんの伸びやかで張りのある歌声が会場内に響き渡り、日本を代表する2人のミュージシャンのハーモニーに酔いしれる会場。歌った後は小田さんが「いつも半分くらいは僕の方を見てるんですが、今日は完全にあっち(宇多田)行ってるな(笑)。僕も嬉しいです」と、観客が宇多田に注目していたことをいじると、宇多田は「珍しい置物みたいな」と自嘲して会場の笑いを誘いました。その後、彼女は自らが住むイギリスのロンドンについて「街は汚いですけど、東京やニューヨークみたいにペースが早くなくて、みんなまったりしている」とマイペースな街で生活していることを明かし、続けて「一番楽しいのは息子と遊んでいるとき。毎日、あぁかわいいって。生まれたばかりの時は1日100枚くらい写真を撮ってた.私はひたすら日本語で話しかける」とママの顔をのぞかせました(2014年にイタリア人男性と結婚、15年7月に長男を出産)。家の中ではもっぱら英語、イタリア語で会話し、今ではイタリア語の方ができるようになってしまった、とめったに聞くことのできないプライベートな告白に、会場中が興味津々でした。小田さんは宇多田さんの最新アルバム『Fantome』について、「こんなところに行くのかい、こんなところに道があったのかいという迷いのない展開。とても良い映画のサウンドトラックのような、大きなストーリーが流れるなかに曲があるようなイメージ」と、作品の完成度の高さを讃えると、その中から「花束を君に」を披露。宇多田さんが「キャンプファイヤーで、ギター1本でやってるイメージ」とリクエストしたことから、小田さんと宇多田さんの2人のみで演奏され、ここでしか聴くことのできない2人のユニゾンに、会場のファンは酔いしれたことでした。最後は小田さんが、「彼女の歌を聴きたいと思うんですが、『小田さんの歌を一緒に歌いましょう』とリクエストがあって」と語り、宇多田が「どの曲でも大丈夫ですと言っていただいて全部聴き返したんですけど、「たしかなこと」にグッと来て。作詞家としても小手先の表現じゃなく、ごく身近な言葉を使って人間同士の関係性を描くというスタンスに共感もしました」と絶賛し、ロック調にアレンジされた「たしかなこと」を披露しました。他では聞くことのできないアレンジで、とっても新鮮でした。年の差なんと36歳!親子ほど離れていても、遠慮や妥協は一切なし。短期間に3度のリハーサルを行い、互いに意見を交わし、試行錯誤を繰り返してアレンジを練り上げたようです。十数年分の思いが全3曲に確かに込められていましたね。

 昨年の放送で、小田さんとマイケル・ジャクソンのメドレーを披露して好評だった和田 唱さん。今年は「My Love」などポール・マッカトニーの楽曲をメドレーとして披露してかっこよかったですね。「王道な曲と通な曲」の混ざった見事な選曲とあふれ出すメロディーに客席からも自然と手拍子が始まったことでした。続いてこの番組を小田さんと一緒に支え続ける仲間たち、通称「委員会バンド」(小田さんが命名。メンバーは、小田、スキマスイッチ、根本 要、水野良樹)の面々とは大瀧詠一さんの「君は天然色」などをカバーしました。実はこの曲は昨年披露するつもりだったのですが、小田さんの「大人数でコーラスを使って歌うことは、大滝の意図に反するのではないか」という考えで断念。しかし今年は、「あえて大滝に提案する」という形で披露し、息の合ったコーラスワークを展開しました。さらに「クリスマスの約束」を支える女性ボーカリスト、松たか子JUJUが登場。それぞれ違った持ち味を生かし、40年以上前から小田が気になっていたという曲を披露しました。小田さんと松さんの子どもとの確執のMCには笑ってしまいました。最後は、小田さんが今回の収録にあたり「真っ先に選曲した」というボブ・ディランの「The Times They Are a-Changin’」を出演者全員で披露。そして「きよしこの夜」の合唱で番組を締めくくりました。

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 収録を終え、プロデューサーの服部英司さんは、「小田さんをはじめとするアーティストの声が織りなすハーモニーに、胸が震えました」と語りました。同感です。心温まる名曲の数々を堪能した、感動の2時間クリスマスプレゼントでした。❤❤❤

 大好きなさだまさしさん(番組の中でも根本要さんがさださんのことをいじっていましたね)が、最近小田さんのことをこんなふうに語っています。

 僕の中では、松山千春、ふきのとう細坪基佳、と小田和正が「日本三大いい声」の持ち主なんです。歌手としてずっと声が変わらないのは本当にすごいことで、すごい努力を普段からなさっていると思います。一緒に曲(「たとえば」)を作ったこともありますが、僕は割とおおざっぱに作っていくんだけど、小田さんはコーラスから何まで緻密に、やられる方で、とても感激した。後輩からみても若いし、体力もすごい。それでいておちゃめなところもある。エバーグリンーンなところが魅力で見習いたい。あまり多くをしゃべらないところもいいのかな。そこは僕は見習わないけど(笑い)。これからも後輩の目標として、まだまだいい声で頑張ってほしい。僕らは後をついていくだけです。

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坂内食堂

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◎週末はグルメ情報です! 

 「日本三大ラーメン」といえば、札幌ラーメン・博多ラーメン・喜多方ラーメンの三つですね。福島の喜多方ラーメンは私の大好きなラーメンでして、数ある名店の中でも「坂内食堂」(ばんないしょくどう)お気に入りの一軒です。喜多方ラーメンの御三家(源来軒、坂内食堂、まこと食堂)の一つです。以前、島根県の西の端津和野高等学校に勤務しているときには、博多のキャナルシティの5階に「ラーメンスタジアム」があって、その一軒に「坂内食堂」が入っていたので、いつも立ち寄っては「肉そば」を食べていました。今は撤退してしまったので、ここ数年は食べていません。

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dsc00450 今回京都を旅するにあたって、京都伊勢丹の10階に「麺小路」というのがあって、そこに「坂内食堂」が入っているよと教えてもらいました。これは「ぜひとも行かねばならぬ!」 京都観光を終えて、暗くなり始めた夕方に訪れました。お店は満員でした。入口で食券を買って、もちろん食べるのは「肉そば」です。このお店のチャーシューは絶品なんです。特製の醤油で煮込んだ何とも言えないチャーシューが、数えたことはありませんが、15枚ぐらい入っています。お持ち帰り用も売っていたので、3人前を買って帰り家で食べようと思います。麺は、ほどよく茹であげたシコシコとしたコシのある太めのちぢれ麺。極みは、とろ~りとろける自家製の特製チャーシュー。これだけを食べにくるお客さんもいるという逸品です。秘伝のあっさり味の豚骨スープ。これがチャーシューと相まって、なんとも言えない味を出しています。50年以上守り通してきた自信が、一度食べると忘れ得ぬ坂内ラーメン中毒ファンを作ってしまうのでしょう。久しぶりに美味しくいただきましたよ。❤❤❤

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鬼塚ちひろニューシングル発表!

goodbye-my-love 鬼束ちひさんの5年ぶりのニューシング「goodbye my love」が発売になりました。未発表曲のアコースティックバージョンの新曲2曲に加え、名プロデユーサー羽毛田丈史さんとの13年ぶりの再タッグとなりました。デビュー当時の鬼塚さんは清楚で歌唱力もひときわ高く、私は出す曲全~部買い込んで応援していたものでした。その頃のことについては、このブログにも綴っていますコチラです

 

 

 「月光」を歌っていた頃の鬼束ちひろさんは、本当に輝いていました。2000年2月に「シャイン」でデビューした鬼束さんは、仲間由紀恵と阿部 寛出演のTVドラマ『TRICK』の主題歌に「月光」が起用されたことによって名が知られるようになりました。「月光」を歌っていた頃の鬼束さんからは、彼女の魂で歌い上げるようなパフォーマンスによって鳥肌を立てる人も多かったものです。歌い方や歌声にも特徴があったことからインパクトがあり、歌を聞いたり、見る人を釘付けにするようなシンガー・ソングライターでしたね。それが…。

 2002年、『This Armor』というアルバムをリリースして、二度目の全国ツアーを行っているときのことだった。いつもの緊張、いつもの不安。その日も緊張のあまりどうにかなりそうな状態で、ステージに向かった。オープニングの音楽が鳴る。緊張感は最高潮に達する。ゆっくりと幕が開いて、深呼吸をしながら顔を上げたそのとき、目の前に広がる光景に思わず息を飲んだ。うわっ、悪魔だ!あろうことか、会場を埋め尽くしたお客さん全員の顔が、悪魔に見えてしまったのだ。わざわざ私の歌を聴きに来てくれた人たちには、本当に申し訳ないと思うんだけど。何々?いったい何が起こったの?まるでホラー映画の中に放り込まれたような気分だ。右も左も、手前もずっと後ろの方も悪魔の顔、顔、顔…。私は悪魔に囲まれて、ぽつんとステージの中央に立っていた。歌なんか歌っている場合じゃない。今すぐここから逃げ出さないと!だけど金縛りにかかったように、その場を動くことができない。私んおなかの何かが、逃げ出したい気持ちを必死に抑え込もうとしていた。じいっとコチラを見つめている大勢の悪魔を前に、生け贄にされた少女のようにおっかなびっくり歌を歌う。足がすくんで、マイクを持つ手がガタガタと小刻みに震えている。襲われる…、早く逃げなければ。だけど、こんなバカなことがあるはずない。きっと悪い夢に決まっている。そう言い聞かせて、声を絞り出す。でもやっぱり本当に襲われるかも…。思考は振り出しに戻ってしまう。歌に集中することなんて、とてもじゃないけどできやしない。早く終われと念じながら、義務的に歌い続けるしかなかった。

 結局悪魔は襲いかかってこなかった。ライブが終わって、生け贄は無事解放されたのだ。奇跡の生還!不思議なことに、周りの人たちは「良かったね」とか「おつかれさま」とか、いつも通りのことしか言わなかった。悪魔の「あ」の字も出てこない。あれはやっぱり、幻だったのだろうか。起きながら、悪魔を見てしまったってこと?普段と変わらない周りの人たちの様子を見ていると、疲弊し切っていた私は何も言い出すことができなかった。こんなことは、もう二度と起こりませんように。そう思って、自分の胸にそっとしまっておいた。   ―鬼束ちひろ『月の破片』(幻冬舎、2011年)より引用

 お客さんの顔が突如として悪魔に見え、マイクを持つ手が震え出すというような状況を何度も味わった鬼束さんは、「パニック障害」と診断されました。状況は改善するどころか、周りのスタッフや友達さえも怖く感じるようになって悪化していきました。移動中の飛行機の中でパニックを起こし「今すぐ降ろして!」と泣き叫んだことも。2003年には声帯結節を患い活動を休止。その後、事務所をいくつか移籍しながら、2007年に活動再開しますが、休業を挟みつつ活動を続けていました。ところが、2010年8月18日、鬼束さんは自宅マンションで同棲していた男性に全治1ヶ月の暴行被害を受けます。芸能人がDV被害によって警察沙汰になったことはこれまでになかったことのようです。被害状況は、流血状態にあったと言われているほどです。そのことをきっかけに自傷行為に走っていたという噂です。彼氏からのDVがきっかけで心を病み始めたのでしょう。暴行事件の影響から精神が再び不安定な状況に陥り、体調不良での音楽活動休止や復活を繰り返していたようです。以前にも大量の薬を服用して自殺未遂をした経験があるということが著書にも書いてあります。その後も「和田アキ子殺してえ」「伸介殺してえ」とネットでつぶやくなど、奇行で大騒ぎに発展したこともありましたね。

 鬼束さんは、2011年4月20日に自伝エッセイ『月の破片』(幻冬舎)を発売しています。これを読むと、清楚なイメージの「鬼束ちひろ」を裏切るような強烈なエピソードばかりが出てきます。鬼束さん自身、清楚なイメージが大嫌いだったようです。本当は派手好きで気が狂ったかと思われるようなコーディネートが好きなのだということです。どんどん派手なメイクに変わっていったのも、これが本来の姿だったんですね。世間の認識する鬼束ちひろと、本来の自分で苦悩した鬼束ちひろが辿り着いた過程がしっかりと書き込まれていました。彼女の本当の姿を理解するには、絶対の1冊です。

 さて本題のニューシングルに戻ります。「goodbye my love」がタイトルとなっているのですが、私は平岡なつみさんに提供した「夏の扉」(初めての他人への楽曲提供)の方が気に入りました。13年ぶりに羽毛田丈史さんとのタッグを組んだ原点回帰の曲です。曲のバックに流れる切ないピアノの旋律は間違いなく羽毛田ワールドです。羽毛田さんのピアノは本当に素敵です。昔の鬼束タッチの曲に戻ってきた感じのする曲で、私は仕事部屋で毎日何度も聞いています。原点に戻って活躍して欲しいと願うシンガーソングライターです。❤❤❤

【閑話休題】 どうして鬼束さんに「ちひろ」という名前をご両親がつけたかご存知ですか?ご両親ともにさだまさしさんの熱狂的なファンで、彼の「歳時記」(ダイアリィ)という曲の中に出てくる名前から取ったのが「ちひろ」なんです。もう一つ名前の候補が上がっていたそうですよ。やはりさださんの「檸檬」(れもん)から取った「檸檬」です。鬼束檸檬(おにつかれもん)、小学校で間違いなくいじめられそうだからと、お母さんが猛反対して、「ちひろ」に落ち着いたそうです。私はこの話を聞いたときに、この二つの曲を口ずさんでいました。それと、彼女のアルバムの中に必ず「Thanks for God 」という言葉が入っているのは、神様に対する感謝のメッセージで、自分の人生があまりにも運がいいので、神様に対して感謝せずにはいられない、そんな思いで入れている言葉です。音楽をやっている人間ならば自分で宗教を作らねばならない、人の心を捕えて妄信的にさせるのは、音楽も宗教もおんなじだというのが、彼女の考えなんです。

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京都水族館

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 海のない京都ですが、三方を山にかこまれた京都盆地には、山々がもたらす川の恵みがあります。市内には鴨川(かもがわ)、桂川(かつらがわ)、宇治川(うじがわ)をはじめ、10もの一級河川が流れ、古くから「山紫水明の都(さんしすいめいのみやこ)」として独特の川文化dsc01164を築いてきました。京都水族館」では、ペンギンや海の生物を見て楽しむだけではなく、鴨川や由良川など地元の環境を再現してオオサンショウウオなどを展示する「京の川ゾーン、棚田や用水路を再現し、公園と一体化した開放感のある空間にナマズやコイなどの水生生物を見ることができる「京の里山ゾーン、水の都・京都に古くから生息する絶滅の恐れのある淡水の生き物を展示・解説したdsc01128「山紫水明ゾーン」、オットセイやアザラシたちが岩場でくつろぐ姿や水の中を元気いっぱいに泳ぎ回る姿にワクワクする「かいじゅうゾーン」、など京都ならではを楽しむことができます。また、展示だけにとどまらず、遊びながら学ぶ「ふれあい」や、飼育員による解説などを定期的に実施。京都に住む子どもたちが水と、水に棲(す)むいきものたちと親しめる、そんな総合エデュテインメント型施設をめざした水族館でした。各ゾーンの随所には休憩ポイントが用意されており、座って水槽をのんびりと眺めたり、休憩したりと、ゆったりとした時間が過ごせるように工夫されていました。

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 入口でチケットを買って(2050円)、まず目指したのは「イルカスタジアム」です。イルカLIVEきいて音(ネ)」が行われる会場です。イルカのジャンプや空中回転といったアクロバティックな演技だけでなく、事前に配られるストローの笛を(私は吹けませんでした)観客が「ピー」と鳴らし、イルカたちとのセッションが楽しめる体験型プログラムとなっていました。

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dsc01155 幻想的な海の世界が広がる大水槽」は幅15m、高さ6m、水量500tというメイン水槽で、悠々と泳ぐホシエイや岩場の暗がりに生息するサメ、渦を巻くイワシの群れなど、個性豊かな約50種類の魚たちが泳ぐ様子は、まるで竜宮城にでも来たかのような錯覚を抱かせました。「にじょう」とか「たかくら」「あぶら」といった京都の通り名のついた46羽のケープペンギンが暮らす「ペンギンゾーン」に私は魅了されていました。陸地部分にわざと起伏を作り、ペンギンたちが陸地に上がりにくい構造となっていて、迫力満点の潜水風景や水中をスピーディに泳ぐ様子も可愛らしかったです。頭上をペンギンたちが散歩する「ペンギンスカイウォーク」も見どころの一つです。

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dsc01096 「京の里山ゾーン」にはのどかな里山が出現しており、斜面を利用した田畑には、お米はもちろん季節の京野菜、私の大好きな「九条ネギ」なども栽培されていて、普通の水族館では見ることのできない光景で印象的でした。「海洋ゾーン」では多くの種類のクラゲが水中をフワフワと漂っており、その神秘的でファンタジックな情景はまるで別世界のようでした。ブルーの光が神秘的なミズクラゲにずいぶんと癒されました。近くで不思議な動きを観察したり、ちょっと離れて眺めて癒されたり、いろいろな楽しみ方が経験できます。サンゴ礁やカラフルな魚たちが泳ぐ「さんごの海」も目の保養になりました。

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 水族館入口横には、ミュージアムショップ」があり、ここだけでしか買えない癒し系限定グッズが販売されていました。ほんわかとした気分で京都駅に戻りました。「来てよかった!」❤❤❤

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「京都鉄道博物館」

▲西村京太郎先生が一番好きな「雷鳥」も展示されている

▲西村京太郎先生が一番好きな「雷鳥」も展示されている

 2016年4月29日に鳴り物入りで「京都鉄道博物館」がグランドオープンしました。2015年8月に閉館した「梅小路蒸気機関車館」を拡大リニューアルの上オープンしたもので、「見る、さわる、体験する」をテーマに、多彩な鉄道の魅力に出会える日本最大級の博物館です。鉄道好きの私はすぐにでも行こうと思っていましたが、なにせものすごい人らしく「先生、今行ってもゆっくり見ることができませんよ」との知人のアドバイスを受け入れて、今まで待っていました。今回京都旅行を思い立ったので、これは絶対に外せない訪問地として計画に組み入れました。ここは、梅小路蒸気機関車館に収蔵・展示していた20両の蒸気機関車も含めた国内最大級の53両の車両を収蔵・展示しています。展示車両には0系新幹線電車の第1号車や、時速300kmでの営業運転を実現しギネスブックにも掲載された500系新幹線電車、戦後の特急列車を牽引した国鉄最大のC62形蒸気機関車など、歴史的な価値を持つ数々の車両を収蔵しています。車両展示のみならず、来場者が体験・体感できる施設や、鉄道のしくみ・安全の取り組みなどが理解できる各種展示コーナーなども充実し、敷地内には体験乗車用のSLも走行しています。

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dsc00870 さて「京都鉄道博物館」の入り口です。エントランスをくぐり、いよいよ館内へ入っていきます!エントランスを抜けると、本館とをつなぐ駅のホームをイメージした全長100mのスペース「プロムナード」で、0系新幹線など鉄道の歴史を担ってきた代表的な電車が出迎えてくれます。プロムナードでは1両ではなく複数両をつないで展示されており、今にも走りだしそうな感じですね。昔のブルートレインの食堂車「ナシ20」車内ではお弁当を販売していて、車内で食べることもできるんです。この「プロムナード」を経て、いよいよ本館に入っていきます。

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dsc00899 エントランスを入り本館1階では、まず目に飛び込んでくるのがJR西日本を代表する車両。流線型フォルムの新幹線「500系」、3段寝台電車「581系」、“ボンネット型”と呼ばれ特急として活躍した「489系」など、主に国鉄・JR西日本で活躍した実物が展示されています。入って右側には国産初の量産型機関車「233号」が。先日、国の重要文化財に指定されることとなりました。鉄道車両の仕組みをあらゆる角度で知ることができます。車体の下に空間を作り、普段は見ることのできない角度から、台車や床下機器を観察できます。機関車を線路の下からdsc00900覗いて潜り抜けることができるんです。また、車輪と綱引き、模型を使った連結器体験などさまざまな体験展示が用意されています。鉄道の運行に欠かすことのできない、線路・踏切・信号などの設備やトンネル・橋などの施設、衝突を防ぐシステムなどを紹介。実際に踏切を鳴らしたり踏切非常ボタンを押すといった体験をしながら、装置類の役割や正しい利用方法などを学べます。車両の保守点検を行う工場を再現。車両のメンテナンスの仕事を紹介します。この線路は館外の実際の営業線とつながっており、現役で運行している車両なども臨時で展示される予定です。北陸新幹線「W7系」のファーストクラス、グランクラスのモックアップも展示されていました。トワイライトプラザ」では、2015年3月に運行を終了した寝台特急トワイライトエクスプレスの客車をはじめ、専用けん機EF81形や EF58形を展示していました。

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 本館2階では、1階の展示車両を見下ろす吹き抜け構造。「生活と鉄道」に関する展示エリア、運転シミュレータなど体験型展示を中心とした「運行の仕組み」エリア、そして「レストラン」「休憩dsc00941所」「キッズスペース」などがあります。自動改札機の一部が透明に!きっぷを投入口に入れてから取り出し口に出てくるまでの動きを見る事ができます。ただし一瞬なのでよく目を凝らして!JRのきっぷ類を発券する端末「マルス」の模擬体験もできます。「パタパタ」表示の発車票の設定・操作体験もできます。運転士が実際の訓練で使用する「運転シミュレータ」では、在来線6台と新幹線2台の運転を実際の運転士訓練さながらに体験できます。250席の広くて開放的なレストラン。電車にちなんだオリジナル・メニューも用意されています。レストランからの眺めは最高ですよ!橋りょうやトンネル、駅など鉄道が走る街を1/80スケール、30m×10mで表現した巨大「鉄道ジオラマ」もあります。模型運転を通じて鉄道システム全体を伝えます。約20分かけて鉄道の一日をテーマに模型の走行が行われます。これ、プール1個分の広さでしたよ。

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 「キッズパーク」では、ファミリーや子供同士で遊べるスペース。鉄道や乗り物に関するおもちゃや絵本、知育玩具、室内遊具、子どもたちの興味を引く展示物やグラフィックなども用意されます。複数の列車をコントロールする 列車の運行を制御する指令所の役割を紹介。指令所で行われている仕事を体験することもできます。列車を安全に運行するための「ATS(自動列車停止装dsc00956置)」や「ATC(自動列車制御装置)」の役割としくみを、模型を使った運転体験を通じて知ることができます。食・趣味・映像・音楽・文学・絵画という6つのテーマを通じて鉄道と文化のかかわりを紹介。道は人のみならず「物」も運びます。貨車や貨物駅、物流システムがいかに発達してきたのかを紹介。1914年に建設された2代目京都駅のホーム上家を再利用した空間に、引退した寝台特急「トワイライトエクスプレス」など貴重な車両が展示されています。ちょっと面白かったのは、トイレに入ったところ入り口の案内標識が駅員さんのそれでした。

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dsc00962 またその反対側にはガラス越しにSLの点検などの様子を見ることができます。国の重要文化財に指定されている「扇形車庫」「転車台」。ここには蒸気機関車(SL)20台が保存・展示されます。SLファンには堪らない、蒸気機関車の現役時代を彷彿とさせます。築100年を超える鉄筋コンクリート造りの車庫は、国の重要文化財にも指定されています。大きなSL車両が回転する大迫力の転車台も人気でした。本物のSLが牽引する客車に乗車することができる「SLスチーム号」は、往復1kmを約10分間で走り、旅気分を味わうことができます。本館3階の「スカイテラス」では、JR京都線や東海道新幹線の線路や京都の絶景が見渡せる広々としたデッキテラスが展開しています。東寺の五重塔や京都タワーなど京都のシンボルも一望できました。新幹線と在来線が同時に通る瞬間がシャッターチャンスとのことでした。

dsc00986dsc01016 現役時代は日本最古級の木造駅舎(明治37年)と言われていた「旧二条駅舎。を平成8年に梅小路公園内に移築しています。駅舎の中には「ミュージアムショップ」があり、ここでしか手に入らないおみやげなどを買うことができます。私は珍しい汽車型のゼムクリップと、新幹線定規を購入して建物を後にして、「梅小路公園」を抜けて「京都水族館」へと向かいました。ずーっと1日でも居たい気分でしたが、今回は2時間だけの見学で我慢しました。入館料金(個人)は一般1,200円、大学・高校生1,000円、中学・小学生500円、幼児(3歳以上)200円(いずれも税込)。 ❤❤❤

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▲約150枚のナンバープレートの中で2枚だけ同じものがある?ミステリー!

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小田和正最新番組!

 今年、全国24カ所で48公演を37万人を動員し無事に終えた小田和正(69歳)さんのことを、大好きなさだまさしさんが、最近こんなふうに語っています:

 僕の中では、松山千春、ふきのとう細坪基佳、と小田和正が「日本三大いい声」の持ち主なんです。歌手としてずっと声が変わらないのは本当にすごいことで、すごい努力を普段からなさっていると思います。一緒に曲(「たとえば」)を作ったこともありますが、僕は割とおおざっぱに作っていくんだけど、小田さんはコーラスから何まで緻密に、やられる方で、とても感激した。後輩からみても若いし、体力もすごい。それでいておちゃめなところもある。エバーグリンーンなところが魅力で見習いたい。あまり多くをしゃべらないところもいいのかな。そこは僕は見習わないけど(笑い)。これからも後輩の目標として、まだまだいい声で頑張ってほしい。僕らは後をついていくだけです。

 そんな大好きな小田和正さんのテレビ番組が、年末に2本あります。今からとっても楽しみなんです。

 昨年の小田和正さんの「クリスマスの約束」は、一昨年のゴタゴタを払拭する最高の出来映えでした。⇒私の番組評はコチラです  2001年の初回放送から、今年で16年目を迎える「クリスマスの約束」ですが、年末恒例の番組に進化しました。アーティスクリ約ト・小田和正が持つ卓越した表現力を余すことなく伝える音楽番組で、放送開始以来、深夜帯にもかかわらず、常に高視聴率をマークしてきました。これまで2度にわたり月間ギャラクシー賞、さらには放送文化基金優秀賞を受賞するなど、クオリティの高さを証明しています。16回目の放送となる今年も、様々な時代やジャンルを超えた名曲を、小田さんが音楽業界を代表するアーティストと一緒になって届けてくれることでしょう。今年は、赤坂BLITZですでに収録は終わっており、今頃小田さんが一生懸命編集作業をやっておられることでしょう。今年は、宇多田ヒカルさんとの共演が目玉商品です。ゲストを知らされていなかった観客500人は、小田さんが宇多田さんをステージに呼びこむと、「エーッ!!」とどよめいたそうです。宇多田さんもファンの前で歌唱するのは6年ぶりで「出てきただけで声援をいただけてうれしい」と笑顔だったそうですよ。小田さんは、宇多田さんのデビュー以来一目置いていたそうで、2001年の第1回の放送の際も、手紙で出演依頼しています(この年は誰一人来ることなく実現しませんでしたが…)。「長いことお待たせしました」という言葉はそういう背景だったんです。16年間、連綿と紡ぎ続けた温かな「音楽の力」を堪能したいですね。今年は、TBS系列12月23日(金)深夜0時30分より2時間放送です。ゲストは宇多田ヒカル・根本要・和田 唱・水野良樹・JUJU・松たか子・常田真太郎・大橋卓也

 また、大みそかの12月31日(土)17時~18時25分は、BSフジで、「めざましテレビpresents 私と、めざましと、小田和正の11年~今日も どこかで~」が放送されます。

 

 「オフコース」としてデビューしてから47年もの間、音楽シーンの最前線を走り続けてきたアーティスト・小田和正さん。フジテレビの朝番組「めざましテレビ」では、2005年に初めて軽部真一(かるべしんいち)アナウンサーが単独インタビューを行ったことをきっかけに、2008年に小田さんの楽曲「今日も どこかで」が同番組のテーマソングで流れ、5回に渡るロングインタビューや、番組の記念イベントなどで、小田さんとの素敵な思い出を紡いできました。この番組では、軽部アナと永島優美アナが、今年7月に小田さんのプライベートスタジオを訪ねて行われた最新インタビューの未放送シーンを中心に、今までインタビューを行って来ためざましキャスターたちが語る小田さんとのエピソードや、小田さんの知られざる一面が垣間見える貴重な映像の数々をお届けするとのことです。2005年~2016年の11年間の小田さん記録をじっくりとご覧ください。これも楽しみ!❤❤❤

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センター「第4問図表・グラフ」を克服~フォロー講座

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▲今日のフォロー講座の時間割

 12月17日(土)、松江北高では先日行われたマーク試験「全統プレテスト」「駿台プレテスト」「フォロー講座」(80分)が行われました。私が北高に来た頃の年末は、「模試演習で自己採点→1日自分で見直し→フォロー講座で確認」という3日間ワンセットで、最後の追い込みをやっていました。各教室ともあふれんばかりの生徒で熱気ムンムンでした。ここで大幅にマーク点を伸ばした生徒もたくさん見てきました。ところが、この2年間というもの、「フォロー講座」に出向いてみると生徒が2人とかゼロのときもありました(悪い意味での「自主性」と称して休みにして自分でやっていたのでした)。これではいい結果が出ないのも当たり前ですね。ここら辺の事情を職員会議で訴えたり、授業の中で生徒たちに話したりして運動を展開しました。この時期は、「自分で取りに行く勉強」をするので、飛躍的に成績が伸びるんです。「先生にやらされている勉強」では、いつまでたっても力はつきません。

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 英語科3年部では、手分けをして今日の講座に臨みました。私は第4問の「図表・グラフ」問題を解説しました。残る2人が、第5問(物語文)、第6問(評論文)をそれぞれ担当しました。11時40分、教室に入ると、机が足りないぐらいの超満員でした。用意された「駿台プレテスト」の設問別の正答率を基にして、それぞれの問題の考え方・難易度を解説しました。今日の私の講座で確認したことは次の通りです。

第4問Aで押さえておきたいこと◎
(1)図表・グラフの問題ではない!読解問題だ!グラフはついているだけ。ここを勘違いしている生徒多し!
(2)語彙レベルが《難》→増減・比較・傾向・分析・結果などの特徴的語彙を押さえる必要
(3)英文構成に特徴あり 「調査の目的・方法⇒結果⇒結論・展望」
(4)グラフの(A)(B)(C)特定問題の解答情報は中盤以降に出てくる!
(5)「原文典拠の法則」(正解の根拠は英文中に求める)は他の問題と同様!
(6)英文の要旨問題の解答情報は、英文の第1段落にあり!
(7)「この次にどんなことが書かれるか」という問4は、最終段落最後の文章が決め手になる!

◎第4問Bで押さえておきたいこと◎
(1)センター試験問題の中で唯一設問・選択肢が英文よりも先に配置されていることの意味を考える⇒情報検索問題⇒つまみ食いをしなさい、ということ
(2)最近やや難化傾向
(3)選択肢が数字の場合は簡単な計算問題。落とし穴が用意されることも。

 このことをマーク模試の問題で確認をした後、2016年の「追試問題」を使って演習をしました。力を入れるあまり、アッという間に時間が経ってしまい、15分も延長してしまいました。反省!下の写真から必死さが伝わってくるでしょ?これで5点はアップだな(笑)。

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「三年坂」

 大好きなさだまさしさんがグレープ」解散後(1976年)、レーズン」ぶどう」が年月を経て「ほしブドウ」になったという超一流のユーモア!)として吉田政美さんと発表したアルバム『あの頃について』(1991年)の中に「祇園会」(ぎおんえ)という歌があります。三年坂で別れてから 随分経ちますね 会いたくなくて とても会いたくて ふとすれ違えば宵山」と始まる歌です。その他にも京都の有名どころがたくさん出てくる、さださんの素敵な京都歌です。ここに出てくる「三年坂」は清水寺へ登る坂の途中にある石段です。清水寺」は何度も訪れているのですが、三年坂」を意識したことはありませんでした。今回の訪問ではぜひ寄り道をしようと思って、下ってみました。

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dsc00244 「産寧坂」(さんねいざか)は京都市・清水寺近くににある坂で、「三年坂」(さんねんざか)とも呼ばれています。東山の観光地として有名です。狭義には音羽山清水寺の参道である清水坂から北へ石段で降りる坂道を言いますが、公式には北に二年坂までの緩い起伏の石畳の道も含んでいます。文化財保護法に基づき重要伝統的建造物群保存地区として選定されています。石段を下りてみました。和服を着た若い女性たちが多く記念写真を撮るところが見られました。

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 「二年坂」を介して北にある八坂神社、円山公園、高台寺、法観寺と南にある清水寺を結んでいるため、観光客が絶えないスポットです。沿道には土産物店、陶磁器店、料亭などがずらっと立ち並んでいます。

 「産寧坂」の語源には諸説があり、この坂の上の清水寺にある子安観音へ「お産が寧か(やすらか)でありますように」と祈願するために登る坂であることから「産寧坂」と呼ばれるようになったという説が有力ですが、一方で清水寺に参拝した人がこの坂道を通る際に念願を強くし、願いが叶ったあとで観音様への御礼に再度お参りする時に通る坂であることから「再念坂」と呼ぶようになったという説もあります。同名異字の「三年坂」で転ぶと、三年以内に死ぬ、と言われています(不吉!)。

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「さっぽろ純連」

◎週末はグルメ情報です!!

 東京の高田馬場「さっぽろ純連」(じゅんれん)があった頃は、必ず足を運んでいたものです。今はお店を閉じてしまわれ、「さっぽろ羅緯伝」と名前を変えて営業しておられます。味はあのときのままで、私は大のお気に入りで、東京に出るたびによく出かけています。島根県から来たというと、ずいぶんと喜んでいただきます。⇒コチラ

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dsc06566 今回、講演会で札幌に来る機会があり、憧れの純連」の本店にどうしても行ってみたいと思っていました。飛行機(出雲―羽田)、北海道新幹線(東京―新函館北斗)、函館線(新函館北斗―札幌)と乗り継いで(いくら鉄道好きの私もさすがに疲れた!)、夜の8時過ぎに札幌に入りました。金曜日の夜ということもあって、市内は車が大渋滞して、ホテルに入るためのタクシーも全然動きません。何とかチェックインを済ませ、dsc06567地下鉄・南北線を利用して、澄川」駅まで行き、真っ暗闇の中、駅前から右に曲がりテクテク歩いて向かいます。しばらく歩くと「純連」の大きな看板が見えてきました。あー、ここ、ここ。ここがあの札幌ラーメン伝説の超有名店「純連」か!と感慨深いものがありましたよ。入口の自販機で食券を購入します。いつものように頼むのは「正油ラーメン」「チャーハン」です。待つことしばらく、チャーハン」が運ばれてきました。いつもの味です。美味しい!続いて「正油ラーメン」。アレ?スープをほうばった時に異変に気づきました。こんな味じゃなかったはずだ。私の知っている「純連」のスープはもっとこくがあって美味しかったはずなんだが…。結局は全部を食べきれずに、途中でお店を後にしました。チャーハン」は変わらない美味しさで、大満足だったんですが、ラーメンのスープがいつもと違う気がして、違和感が残りました。

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dsc06579 見た目は、北海道ラーメンにしては珍しく、表面をおおうラードは薄いんですが、それなりに結構オイリーです。濃いめの正油と、動物系よりむしろ昆布や椎茸などに支えられていると思われるバランスのいいスープは、見た目の色はかなり濃いのですが、飲んでみると、見た目ほど濃くは感じません。麺は森住製麺の中太縮れ。固めに茹でられていて最高に美味しい。トッピングは、赤身でしっかり味付けられた大ぶりのチャーシューが2枚。固めで美味しい。炒められたモヤシ、あとはメンマとネギ。塩分濃度はやや高めだと思われます。さすが純連の正油と言いたいところですが、味を落としたのかな。味噌よりも正油が好きだ、という人が結構多いラーメン屋さんなんですが、ちょっと今回はいただけませんでした。

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 さて、よく「純連」「すみれ」は字が似ているんですが、一緒なんですか?違うお店なんですか?という疑問をぶつけられることがあります。同じでありながらまったく違うお店です。

(疑問)「純連」と「すみれ」はどう違う?

 その二店のルーツは現店主のお二人の母、明子さんが1964年(昭和39年)札幌市豊平区中の島に開いた「純連」と書いて「すみれ」と読むお店なんですね。この店名は姓名判断をする人につけてもらったとのことです。売上げは今ひとつの状態がずっと続いたといいますが、女性店主の努力が実り、雑誌に取り上げられるようになるなどして、次第にお客さんが増えていきました。かくして人気店の仲間入りを果たした「純連」ですが、昭和57年、店主の病気により惜しまれつつ閉店することになりま す。しかし店主は一度は引退を強く決意したものの、時間が経つにつれてあきらめきれない気持ちが高まり、翌年別の場所(中島公園の近く)で店を再開します。再開した時には店名を「純連」と書いてそのまんま「じゅんれん」としたそうです。なぜなら前に営業していた店の看板に平仮名で書いてあった「すみれ」の文字が取れてしまい、お客は前の店を漢字から「じゅんれん」と言う店だと思っていたそうで、再開時には呼ばれてるまんまの「じゅんれん」を店名にしたそうです。その「純連(じゅんれん)」をお兄さんが継承し、後年弟さんが元々母が営業していた店の呼び名を店名にした「すみれ」を開業しました。こうして読み方の違う2つの『純連』ができあがりましたが、それぞれ経営は完全に独立していて、味は比較的似ているんですが、事実上全く別の店となっています。「純連」のラーメンの特徴は、様々なスパイスが効いている濃厚なスープで、スープ表面にはラードの層が浮き、こってり熱々なこと。長男の店『純連(じゅんれん)』は、「さっぽろ純連」または単に「純連」と表記されることが多く、三男の店『純連(すみれ)』は、数年前から「すみれ」と平仮名表記するようになりました

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 純連」「すみれ」も、「セブンイレブン」などでインスタント麺やカップ麺で比較的近い味を食べることができますよ。でもやはりお店が一番ですね。

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chemistry

「Ann Lan...」の画像検索結果

 今ではどんな辞典にも載っていて別にどういうこともないのですが、私が大学生になった頃、アン・ランダーズ(Ann Landers)の「悩み相談コーナー」で、次のようなchemistry(化学)の使い方を見て、びっくりしたのを覚えています。高校時代は「化学」としか習ったことがなかったのでで、意味が分からず右往左往したものです。

If there is chemistry at work between your daughter and the science teacher, putting the dead hand on the trip won’t make much difference. ―”Ann Landers”, Jan.19, 1981.

The first day I saw him I sensed that there was some powerful chemistry between us.―”Ann Landers” Dec.19, 1984.

 なんとなく前後関係から「相性」ぐらいの意味かなということは分かったのですが、英米・国内の辞典を見てもこの意味が書いてない。すぐにカードに採って、記録しておいたものです。すると不思議なもので、新聞や雑誌で結構この用例が集まってくるんです。間違いなく「化学反応」に似た人と人との間の相性の意味だとわかりました。今ではどんな辞書にも載っています。でも当時は私にとっては「へえー」という語法でした。

 私はこうして英字新聞や雑誌・小説を読みながら、自分で「???」と思った用法はすぐにカードに記録しておいたのでした。このカードが、後に辞典の編集に携わるようになって、大きな威力を発するなどとは、夢にも思わなかったことでした。ただただ純粋に面白くて、せっせと記録していたのでした。生徒たちには、「日々の疑問を大切にする」ように、口を酸っぱくして言っています。❤❤❤

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運の良さ

 「運」の大切さに関してはたくさんの人が言っています。AKB総合プロデューサーの秋元康さんは「人生の98%は運である萩本欣一さんは「人生は丸ごと運である、HISの澤田秀雄さんの「人生の90%以上は、運に左右されている」などが思いつきます。

 中でも私が一番印象深かったのは、あの松下幸之助さんが採用面接で、「君は運がいいか?」と聞いた話です。松下さんは「運がええ奴がほしいんだす。人間はやっぱり運や。松下電器は運のええ奴で固めまんのや」と述べられました。

 いい人生をおくるためには、神様から可愛がられる運のいい人になることが大切です。亡くなった私の母が生前言っていたことは、そのためには「徳を積む」ことだといいます。徳を積んで利他の行為をしていけば、運命が好転します。いいことが向こうの方から転がり込んできます。事を謀るは人にあり、事を成すは天にあり」という諸葛孔明の言葉は、「計画をするまでは人間の力だけれども、成就させるのは神様の力、つまり徳の多少の結果だ」という意味です。

 歌手が人の2倍の努力をしたらCDが2倍売れるか??作家志望の青年が夜も寝ずに人の2倍小説を書いたからといってベストセラー作家になれるか??人の2倍練習時間を取った運動選手が大会で優勝できるか??人の2倍勉強したからといって志望校に合格できるか??現実は、努力してもなかなか結果に結びつかないというのが本当でしょう。成果は努力に比例しない」 努力したからといって、それがすぐ報われるかというと、必ずしもそうはならないのです。じゃあ、運を頼りに寝転がっていればいいか?決してそうではありません。それが報われるかどうかはともかくとして、人に倍する努力を惜しんではなりません。運は努力の先にあって、それを手にすることができるのは、努力した人間だけであると言っていいと思います。長年生きてきて、このことが実感できるようになりました。❤❤❤

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京都タワー

dsc00685 JR京都駅・烏丸口(北側)の真正面にそびえ立っている「京都タワー」(入場料770円)は、古都・京都のシンボル的存在となっている大展望塔で、1964年12月に誕生しました。一切鉄骨を使用せず、厚さ12mm~22mmの特殊鋼板シリンダーを溶接でつなぎ合わせた円筒型の塔身でdsc00524す。「モノコック構造」と呼ぶんだそうで、世界に先駆けて採用され、台風や大地震にも強い安全設計なんだそうですよ。タワーの土台は、地下3階・地上9階のビルの屋上。約800トンもの重さがビルにかかりますが、この構造の工夫によって、建物の機能を損ねることはないんだそうです。高さは先端の避雷針を含めると131mあり、地上100mの高さにある最上階・展望室5階からは、ぐるり一周京都の街を一望することができます。いつもは白く輝く「京都タワー」ですが(照明50基)、年に数回ピンクや赤・オレンジ・青・紫・緑などのテーマに合わせて色を変える日があるそうです。展望室最上階には人気のマスコットキャラクター“たわわちゃん”をモチーフとした「たわわちゃん神社」があり、京都の新しいパワースポットとして注目されています。あのタワー独特の形状は、京都伝統の和ろうその形を模したものとか、海のない京都の街を照らす灯台をイメージしたもの、などと諸説があるようです。私は京都観光をすませ、夜の買い物(東急ハンズ・大丸)を終えてから、上がってみました。京都タワーホテル」に泊まっているので、割引券で300円で上がることができました。京都の夜景が四方から見渡すことができて、癒されました。東京スカイツリーなどに比べると低いタワーですが、規制のある京都市街では最も高い建造物ですから、京都の街並みをまるで地図のように見渡すことが可能なんです。

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dsc00495dsc00503dsc00520 「京都タワー」の地下3階には、広々とした造りの「大浴場~YUU~」(朝7時~夜8時半、料金750円)があります。私は今回の旅行では「京都タワーホテル」に泊まったので、無料で利用することができました。約130㎥の広さがある男湯は、浴室のほぼ中央にある大きな浴槽が印象的です。中心部分にある噴水からは、たっぷりのお湯が涌き出ています。かなり熱いお湯でした。心臓に悪いかなと思いすぐ出ました。壁には大文字山や京都タワーが影絵のように浮かび上がり、地階にいながら京都の風景に思いを馳せることができます

 翌朝は、3階の広いレストラン「タワーテラス」で朝食をいただいたんですが、新鮮な京野菜や京都の食材などをふんだんに使った料理を、ビュッフェスタイルで、洋食・和食・スイーツまで幅広く楽しむことができました。湯豆腐はやはり名物だけあって美味しかった。それからお味噌汁がたまらなくいいおだしでお代わりをしてしまいました。そして何よりも真正面に見える京都駅の建物のガラスに、「京都タワー」が写りこんでいる姿がとってもきれいでした。❤❤❤

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熊本国府高校学校訪問

 12月6日(火)、熊本国府高校よりお二人の先生が松江北高に学校訪問にお見えになりました。私の夏の講演会に参加されたご縁でお越しになったのです。兒玉智秀先生浦田大夢先生の若い先生方です。同校の鬼塚先生とは、Z会の講演会の際の懇親会で親しくお話させていただいて以来のおつきあいです(二人とも月刊『致知』の熱狂的ファンであるという共通点が接点となりました)。

 2時間目に1年生理数科の田中 求先生の授業を、3時間目に3年生理数科の八幡の授業を、4時間目は2年生文系普通進度クラスの大國晴吾先生の、共に英語Cの授業を見ていただきました。1・2年生はIC機器を使った授業展開を、3年生は大学入試本番を控え二次対策の要約練習の授業でした。

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 先生方に聞かれた一番大きな課題は、学力差の大きい集団を指導する場合にどうするか?」というものでした。それぞれの学力に応じてやらなければならないことはさまざまありますが、そのいずれにも共通していることが一つあります。それは「生徒の心に火を付ける」ことです。どうしてもこの教科を伸ばしたい、○○の大学に合格したい、将来○○の職業に就きたい、という気持ちが生まれれば、教師の指導も躊躇なく積極的に受け入れてくれるようになります。いったん火が付けば、後は放っておいても自分で勉強に打ち込みます。ここら辺の成長を、私は外山滋比古先生の『思考の整理学』(筑摩書房)から「グライダー人間から飛行機人間へ」と表現しています。生徒の心に火を付けるためには、力の付く授業はもちろんですが、私は先輩が学校に訪ねてくれると、できるだけ教室に連れて行って、体験談を話してもらうようにしています。後輩たちは目を輝かせて聞いています。また、自分の体験(高校時代・現在大学での)を文章に綴ってもらったものを毎週「あむーる」で紹介させてもらっています。これは好評のようです。授業中、心に残っている先輩の話をよくすることもあります。身近な先輩に学ぶ、ということですね。こうやって、生徒の心に火を付けるようにと心がけてきました。もしかしたら、一番大切なポイントかもしれません。勤務2校目の江津工業高等学校で、「電卓検定」に私の担任する一クラス(工業化学科)だけが全員合格したのも(懐かしい思い出です)、3校目の松江南高等学校の英語の成績が、松江北高を抜き県でナンバーワンになったのも、私が進路部長を務めた大田高等学校で、国公立大学の合格者が40~50人だったものが、一気に103人にまで増え、その後も成績を維持できたのも、へき地の津和野高等学校で難関大学に合格者が出始めたのも、松江北高校の生徒たちが頑張っているのも、みーんな火が付いた生徒たちが支えていました。生徒をその気にさせるための方策をいろいろと工夫することが大切だ、ということを若いお二人の先生にはお話させてもらいました。最近の「あむーる」「ダウンロードサイト」に登録しておきました。そういう目でお読みください。❤❤❤

  • 「あむーる」島根県立松江北高等学校英語通信 八幡成人 第18号、第19号、第20号、第21号、第22号dsc01349

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OPAM

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dsc01584 大分県立美術館(Oita Prefectural Art Museum 、通称OPAM)に行ってきました。ここは、2015年4月24日にオープンしたばかりの新しい美術館です。県民が自分たちの応接間と思えるような、「大分スタイル」のどこにもない美術館で、大分の美しい天然自然の中で美術に親しむことができる「四季を感じる」、さらに、様々な視点、感覚を通じて、感性や創造性に訴える「五感を刺激する」、「大分らしい」美術館を目指ざす、がコンセプトだそうですよ。 特に、県民とともに成長する」をモットーに、将来にわたって美術の多面的な可能性や県民ニーズの多様な広がりにも柔軟に対応できるようにしたいとのことでした。道路を横断する高架通路も素敵なデザインで雰囲気のあるものでした。この美術館コンセプトはホームページに次のように出ていました。

◎ 「五感で楽しむことができる」美術館

 様々な視点、感覚を通じて、感性や創造性に訴え、訪れる人が五感で楽しむことができる美術館を目指します。

◎「出会いによる新たな発見と刺激のある」美術館

 大分と世界、古典と現代、美術と音楽など、様々な「出会い」をテーマにした企画展をとおして、新たな発見や刺激を受けることができる美術館を目指します。

◎「自分の家のリビングと思える」美術館

 美術館というと敷居が高いイメージがありますが、来館者が自宅のリビングルームと感じられるような、気軽に立ち寄れる美術館を目指します。

◎「県民とともに成長する」美術館

 次代を担う子どもたちから高齢者まで、すべての年齢層の県民と一緒に成長する美術館を目指します。

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 美術館のコアとなるコンセプトは、五感で楽しむことができ、自宅のリビングと思えるようにリラックスできる、大分県民とともに成長する美術館」だそうです。設計を手掛けたのはプリツカー賞を受賞した世界的建築家の坂 茂氏。坂氏は、「美術館が展覧会のチケット収入のみで運営を続けることは難しく、美術館の企画や役割が展示に限らないかたちで多様化しているのは世界的なトレンド」と述べた上で、アート愛好家に限らず、社会に開かれる美術館を目指したと言います。ファサード1階は折り戸によって開閉し、屋外と屋内が一体化する。また、展示用のパネルは自由に配置可能で、フレキシブルな展示を実現。サイン表示やショップ・カフェカウンターなどの什器も移動式で都度様相が変わる。「従来の美術館のように、中身が見えないブラック・ボックスではなく、世界に他に類を見ない、フレキシブルなことができる新しい形の美術館の設計を目指した」と坂氏。確かに外観から、印象的な驚きを感じました。

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dsc01593     館長は西武美術館・セゾン美術館勤務を経た武蔵野美術大学教授の新見   隆さんが務めています。新見氏は、「美術館というよりは、新しいライフスタイルを提案する文化施設」としてOPAMを運営していく方針を語り、年間4度入れ替わる予定の今後の展示について説明しています。「大分県には、大分県立芸術会館が所蔵してきた大分に縁のある19世紀と20世紀の近・現代作家の約4,000点の作品がある。1977年に芸術会館が設立されて以来うまく活用されてこなかった、これらの作品をフル活用して展示することが、第1の目標」と述べた上で、「これらの作品と西欧の名作やコンテンポラリーな作品を織り交ぜて見せることで、従来の展示とは違った、独自の美術展を企画していく」と今後の構想を明かしました。例えば、大分の仏教美術とグスタフ・クリムトの作品が並ぶような展示を見ることができると言います。

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 地方の美術館では、他の美術館で行われた展示をそのまま見せる巡回展が頻繁に行われていますが、OPAMではそれら巡回展の受け皿になることは拒否し、あくまでも独自のコンテンツで勝負しようとしています。新見氏は、大分には高山辰雄や、宇治山哲平などの、単なる地方作家の作品に留まらない、世界レベルを誇る素晴らしい近代美術の作品がある。それらの作品を別分野の美術作品と並列させ、独自の方法で展示することによって、金沢(21世紀美術館)、瀬戸内(直島)、青森(県立美術館)、ニューヨーク現代美術館や、ポンピドゥー・メス(フランス)で見られるのとは違った、唯一無二の、日本、いや世界で一番面白い美術館となることを約束する!」と意気込みを語っています。

 また、美術作品に限らないライブやダンスパフォーマンスを中心とした企画で、街中に飛び出して行くような「開かれた美術館」らしい展示も行う予定。2006年開館の青森県立美術館dsc01594以来、国内の県立美術館としては9年ぶりにオープンしたOPAM。ミュージアム・ショップやカフェでも、大分の商材や食材を提供することで、地域性を発揮していました。スペインの「ビルバオ・グッゲンハイム美術館」が集客力を発揮し大成功したように、そしてポンピドゥー・メスの来館者によって地域の活性化が計られたように、坂 茂氏の建築そのものが大分の観光資源となって、地域産業の発展と経済効果を生むことが期待されています。その中で、箱物としての「ブランド美術館」の一歩先を行く新見さんの構想力に注目が集まっています。「出会い」「五感」「変化」をキーワードに、美しくフレキシブルな空間を活かした印象的な美術館でした。❤❤❤

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「京都たかばし本家第一旭」

◎週末はグルメ情報です!

 知る人ぞ知る、京都はラーメン屋の「激戦区」です。京都の西本願寺からタクシーに乗ったときの運転手さんがそう言っておられました。最近では個性的なラーメンを出すお店も増えてきましたが、京都らしいラーメンが食べたいなら「京都たかばし 本家  第一旭」(だいいちあさひ)は外せないとのことでした。そこへ連れて行ってくださいとお願いすると、「いつも長い行列ができていましてね」とのこと。幸い1時間ほど余裕があったので、連れて行ってもらいました。京都駅のすぐ近くで、やはり10人程度の行列ができていましたが、運転手さんの弁によれば「これは少ないほうだ」とのことでした。私も行列に並ぶこと約20分。狭い店内は当然満席です。

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 「京都たかばし 本家 第一旭」は、京都駅のすぐ近くにある京都ラーメンの老舗で、創業昭和22年、60年以上の歴史を持ったお店です。すぐお隣が「新福菜館」(しんぷくさいかん)というこれまた有名なラーメン屋さんです(1938年創業)。お互いに長い間切磋琢磨し続ける関係ですね(この日は「新福菜館」(朝7時半開店)のほうは行列はありませんでした。ただ帰る時にはすでに数人並んでおられましたね)。二軒dsc00837も有名な美味しいラーメン屋が並んでいるなんて聞いたことがありません。ラーメンの味は一種類だけで、味に絶対の自信がないとなかなかできないことですよね。この潔さはすごいものです。ラーメンの量や乗せるトッピングによっていくつかメニューがあります。餃子、焼豚、キムチ、メンマと一品もあります。麺は中細のストレート麺、チャーシューは薄くスライスしてたくさん入っています。大好きな九条ネギもたっぷりと乗っています。それぞれの素材は個性が強くありません。だからこそ長く愛される味になっているのでしょう。チャーシューは2回出産を経験した、体重120kg程度の雌豚(「中大貫」と呼ばれます)を使用しています。豚肉は普通、若い豚を使用しますが、それでは脂肪が多めで、スープに濁りが生じます。澄んだ醤油味のスープに良く合い、かといって「大貫豚」ほどdsc00819大味にならない、そのために選んだのが「中大貫」です。国産豚ですが、近年では市場にほとんど出回らない「こだわりの品」です。スープの色は薄く、少し脂が浮いています。クセになるうまさです。一説によると、このスープは豚骨でダシをとっているとのこと。白く濁る前の旨味だけが出ているほんの一瞬にだけ取れる清湯(チンタン)スープを使っているため、豚骨の臭みがないらしい。マジか?

 ラーメン全体のお味は、私の大好きな広島「すずめ」「つばめ松江「太平楽」の中華そばを彷彿させる、あっさりした昔ながらのラーメンでした。確かに美味しい!

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 「京都たかばし 本家 第一旭」は、営業時間がとにかく長いことで有名です。営業時間は朝の5時から翌日の深夜2時(!)までです。早朝も深夜も食べられる、とんでもない営業時間ですね。しかも、タクシーの運転手さんによれば、早朝5時から行列で並んでいるとのことなので、ビビります。京都屈指の人気店ですから行列必死ですが、並ぶ価値のあるラーメン屋さんでした。❤❤❤

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『北海道新幹線殺人事件』

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 売れないミステリー作家・三浦康平(42歳)に、腹に一物ありそうな明日書房の高橋社長から「ベストセラーを出しませんか」と依頼が来ます。3月26日開業の北海道新幹線を題材にミステリー作品を書き、3月25日までに発売して、売りだそうと言うのです。無謀とも言える依頼でしたが、高橋社長の熱心さにほだされて、引き受けることになります。本のタイトルはその名も『北海道新幹線殺人事件』。無事に脱稿し、3月26日当日、三浦は東京発の北海道新幹線に乗り込みますが、グリーン車両内で小説同様の殺人事件が起きてしまうのです。さらに、三浦の隣に座っていた女性も、東京の自宅で殺害されており、小説と現実がオーバーラップします。複雑に絡み合った事件に、おなじみ十津川警部が挑みます。ビックリするような結末が用意されていました。

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 著者本人の体験を元に描かれた、渾身の長編!」と、この本の帯にありましたが、これはいったいどういうことなのか?を考えてみたいと思います。私は熱狂的な西村信者ですので、このことは非常によくわかるんです。小説の冒頭にこんなやりとりがあります。

 32歳で一応プロ作家となり、以降十年間、何冊か本を出したが、今までのところ、ベストセラーになったことはない。売れない作家の一人である。(中略)最初のうちは自分には才能はあるのだが運がないのだと自分へのいいわけを作っていたが、十年もすると、本当に自信がなくなってくる。

 「三浦先生は、作家としてデビューしてから十年間、今までずっと自分の書きたいものを書かれてきたわけでしょう?」ときく。「もちろんそうですよ」「しかし、それでは売れる小説にはなりませんよ。どうでしょう、この辺で最初から一発狙ってみようじゃありませんか?」「狙ってみようって、いったい何を狙うんですか?」「狙って売れる小説を書くんです。三浦先生なら、それが出来ますよ」と、真顔で高橋がいう。高橋の言葉に、三浦は苦笑して、「もちろん私だって、作家である以上、一度はベストセラーを出したいですよ。どうやればベストセラーになるか分かっていれば、とっくにベストセラーを書いているし、作家は全部、べストセラー作家になれるんじゃありませんか?それが出来ないからこそ、十年経っても売れない作家のままでいるんですよ」「駄目ですねえ。そういう弱気がいけないんですよ。三浦先生がベストセラー作家になれない原因は、その辺にあるのかもしれませんよ。今日は、一つの案を持ってきています」

 この書き出し部分を理解するには、まず西村京太郎先生が11年勤めた公務員を辞して、作家への道を志し、アルバイトで苦難の道を経た頃のことを知らなければなりません。ざっとたどってみましょう。

 昭和23年に電気工業学校を卒業。第1回の公務員試験に合格。「臨時人事委員会」に勤務。11年勤めるも29歳で辞めてしまいます。11ヶ月分の給料が退職金としてもらえるので一年ぐらいは暮らせるから、その間に松本清張や黒岩重吾の小説ぐらいなら書けるだろうと考え、一年で作家になろうと決意したのです。一家の生活を支えていたので、お母さんには言いずらく、黙って辞めて、朝は今までと同じように出勤します。そして上野の図書館に行って、午前中は本を読んで、原稿を書いては応募し、午後から浅草へ行って三本立ての安い映画を見て帰宅。給料日になると、退職金の中から月給分を引き出して、今まで通りお母さんに渡していました。一年で作家になっているはずでしたが、応募した原稿は一つも当選せず、退職金も無くなってしまったので、働かなければなりません。ここでようやく母親に実は一年前から役所を辞めていたと告白します。お母さんは大泣きです。板橋のパン屋さんが運転手を募集していたので運転手になります。住み込みで朝の5時から配達をするのですが、みんな10代か20代で、一度に一箱しか持てない西村先生を横目に、一度に三箱くらい持って運んで行ったりするので、年齢を感じ、惨めで辛い思いをしました。丸々一か月働いても一万五千円。人事院を辞めたときの月給が四万五千円でしたから、わずか三分の一です。次は府中競馬場の警備員になります。売り場窓口に積んである札束を取っていく悪い奴を捕まえる仕事でした。さらに、帝国探偵社の採用試験を受けて、私立探偵になって身上調査・結婚調査ばかりやっていました。そして、飯田橋にある出版取次店のトーハンで返本を20冊ずつ束ねる雑役仕事。次いで生命保険のセールスマンに。人事院を辞めて3年が経った昭和38年32歳のときに『オール讀物』の新人賞をもらい賞金10万円と記念の腕時計(ペンネーム「黒川俊介」と裏に彫ってあった)をもらいます。この腕時計で何度も質屋からお金を借ります。その2年後、昭和40年に江戸川乱歩賞を受賞。三十四歳、人事院を辞めてから五年目でした。そこで書いた受賞第一作が『D機関情報』です。初版の3500部が売れ残ってしまい「最低の売れ行きだ」と出版社から引導を渡されます。昭和42年に内閣府が「21世紀の日本」と題して募集した小説部門で、総理大臣賞を受賞し500万円をもらいました。それから13年間は全く売れない。初版もどんどん部数が減っていきます。「西村さんの小説は内容はいいんだが、何故か売れないんだよ」と担当の編集者になぐさめられます。この頃の西村先生の年収は500万円未満で、毎年還付金をもらっていたそうです。もう後がない状態でした。

 光文社の担当者が、書く前に、何を書きたいかテーマ(粗筋)を出してくれと言ってきます。それまでは一応書きたいものを書かせてもらっていたのですが、あまりにも作品が売れないので業を煮やしての宣告だったのでしょうね。「売れそうもないテーマなら本にしないぞ!」という無言の圧力です。そこで西村先生が持って行ったのが、昭和7年の浅草か、その頃子供に人気のブルートレインのどちらかを書きたいと提案したのです。本心としては浅草の方を書きたかったのですが、担当者は冷たく「これは売れません」と言い、『夜行列車(ブルートレイン)殺人事件』を書くことになったのです。ある日、ネタ探しにぶらりと東京駅に行ったときに、駅のホームに群がるたくさんの子供たちが一生懸命ブルートレイン(寝台特急)の写真を撮っていて、そこから列車を使ったミステリーを書こうと思ったのがきっかけでした。これが当たるんです。十万部を超えて、年収が一千万になり、三千万になり、八千万になり、一億五千万になり、五億円になっていきます。最初はこの一作で終わるはずのトラベル・ミステリーをどんどんシリーズで出すことになって、ベストセラー作家への道を歩むことになるのです。

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 「著者本人の体験を元に描かれた」という意味が、これでお分かりになったことと思います。まさに書き出し部分は、西村先生そのものなんです。❤❤❤

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OGIM

 英語研究室で毎日ALTと机を並べて過ごしていると、とても英語の勉強になります。前のALTチェルシー先生は非常に語感の鋭い先生で、しかも理系頭ときているので、ずいぶん勉強させてもらいました。金曜日になると二人で、”TGIF”(=Thank God It’s Friday)「やった、金曜日だ」を連発していたものです。明日は土曜日だという浮かれた気分を表す言葉ですね。この言葉を初めて知ったのは大学生の時に、”Ann Landers”の悩み相談欄を読んでいた時でした(Asahi Evening Newsを定期購読して、アメリカ口語英語の宝庫と思って毎朝読んでいました。ずいぶん勉強になりました)。当時はまだ辞書への収録もなかった頃です。今日は現ALTのエドワード先生から”OGIM”(=Oh God It’s Monday)という言葉が出ました。「やれやれ、月曜日だよ!」くらいの意味で、週が始まる月曜日の憂鬱を表した言葉ですね。エドワード先生によれば、TGIF”よりも”less common”とのことでした。”OGIM ! I have the whole week to struggle .”といった感じで使います。その他にも月曜日の憂鬱をあらわした英語表現は結構ありますね。

Monday disease (月曜病)
Monday headache (月曜頭痛)
Monday morning blues (月曜病)
Monday morning feeling (月曜の朝の倦怠感)
blue Monday(憂鬱な月曜日)

働く者にとっての「月曜日」は世界を問わず共通して嫌な物なんですね。❤❤❤

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Decisions

 「Decisions」はイギリスのAlakazam Magicの最新作で、「はい」と「いいえ」を使った究極の2択ゲームを制する、シンプルでダイレクトであり得ない予言の連続が起こります。2択の答え(例えば「Yes」「No)を書いた2枚のカードを使って、観客の答えを全て見通すことができるのです!たったの2択ですが、何度やっても完璧に予言されているので、とっても不思議です。メンタリズムDecisionsとはかくあるべしの見本のような、シンプルでダイレクトそしてピュアな予言が実現します。それにしても本当にこの会社の作品はハズレがないですね。ピーター・ナーディの目利きがやはり一流である証拠です。

 「はい」(Yes)「いいえ」(No)と書かれた2枚のギミック・カードは、こういった精巧なギャフカード製作で有名なRob Bromley氏の完全ハンドメイドです。テクニックは一切不要です。ギャフ・カードが全部簡単にやってくれます。シンプルで汎用性のある道具ですね。価値ある手順がMozique氏、 Peter Nardi氏、 Looch氏、 Ran Pink氏そしてRichard Bush氏から提供されています。例えば、コインの表、裏を連続して予言したり、コインを持っている手が右か左を連続予言等々。いろいろと応用手順が考えられそうです。1枚のカードで、全く怪しい動きなしで演じられます。リセット不要で即繰り返し演じられます。演技の前、後で完全検め可能です。後から書き入れたり、消したりしません。マグネットや接着系のフラップは使いません。ギミック・カードは、つい目の前で見ても分からないほど非常に精巧にできています。この会社の細工はとっても気に入っているんです。

 なお商品は、動画のように初めから「YesNo」とプリントされたものと、黒枠だけプリントされていて、中の言葉は自分で書き入れる<ブランク版>と、2種類が販売されています。私はYes/No版を求めました。♠♣♥♦

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『実践・快老生活』

%e5%ae%9f%e8%b7%b5%e5%bf%ab%e8%80%81%e7%94%9f%e6%b4%bb 尊敬する渡部昇一(わたなべしょういち)先生が、人生の至福」についての最終結論をまとめた『実践・快老生活』(PHP新書、886円)を出版されました。ご自身が86歳に到達して、「これが人生の幸福だ」「これが快い老後=快老だ」と考えるものを、包み隠さずすべて書きしるした本です。*「快老」は「偕老同穴」(かいろうどうけつ=共に暮らして老い、死んだ後は同じ墓穴に葬られること。転じて夫婦の信頼関係が非常にかたいことを意味する)という言葉から作った先生の造語です。 

    先生は46歳の時に大ベストセラー『知的生活の方法』(講談社現代新書)をはじめ、知的で幸福な「生き方」に関する数々の本を世に問うてこられた方ですので、それに対するアンサーブックを書くことも務めの一つだろうとして公刊されました。私たちが各々の「希望」を胸に、人生を歩むときの、一つのマイルストーンとなることを願って書かれており、大いに参考になります。衰えぬ知的生活、家族、お金、健康、「あの世」のこと…。「人生の至福」についての最終結論と、知的で快い生き方の真髄を語り尽くしておられます。ちょっと目次をのぞいてみましょう。

●第一章: 「歳をとる」とはどういうことか 
●第二章: 凡人にとって本当の幸福は「家族」である 
●第三章: 「お金」の賢い殖やし方、使い方 
●第四章: 健康のために大切なこと 
●第五章: 不滅の「修養」を身につけるために 
●第六章: 次なる世界を覗く―宗教・オカルトについて 
●第七章: 「幸せな日々」のためにやるべきこと

 私は発刊と同時に買って来て、すぐにむさぼるように読みました。最近では、先生ご自身がこの本の中身を解説してくださったテレビ番組「書痴の楽園」(第19回)が公開されています。

 また版元のPHP研究所が、渡部先生のお宅にお邪魔して、この本の魅力を語り尽くした番組も公開されています。以下に貼り付けておきますので、ぜひご覧ください。

 この本は、渡部先生が86歳にして到達した「人生の至福」についての最終結論の書です。ずいぶん売れているようで、続々と重版がかかっているみたいですよ。

 京都大学名誉教授の大脳生理学者大島 清先生は、毎日「カキクケコ」の5要素を実践すれば、若さを保ち「快老生活」を送ることができると述べておられます「カ」感動すること。感動するためには、感覚の受け皿である脳が五感に反応できないといけません。キ」興味を持つこと。日常目にするものにも「なぜだろう?」という疑問を持つことです。ク」工夫すること。諦めないで考えて実行するパワーのことです。ケ」健康。これは言うまでもないでしょう。コ」。いくつになっても異性に心をときめかす感情を忘れないようにしたいですね。「齢を重ねただけでは人は老いない。理想を失うとき初めて老いる」と大島先生は結論づけておられます。若さの秘訣が「カキクケコ」なんですね。❤❤❤

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99度と100度

 「99度と100度の違いは?」   みなさんは分かりますか?温度99度の熱湯の入った容器と、100度の熱湯の入った容器が目の前にあると仮定して、手を突っ込んだらどちらがより熱いと思いますか?正解はどちらも熱いです(笑)。間違いなく火傷します。でも、この1度の差が実は大きな大きな違いなんです。

%e5%93%81%e6%a0%bc%e3%82%92%e7%a3%a8%e3%81%8f リッツ・カールトン・ホテルの前日本支社長の高野 登(たかののぼる)さんのお書きになる本は、面白く、生き方の参考になるので全部読んでいます。リッツ・カールトン当時の紹介はコチラへ。最新刊は『品格を磨く』(ディスカヴァー・トウェンテイワン)です。その中に、リッツ・カールトンのリーダー研修で必ず聞かされる話が、この摂氏99度と100度の違いだとして、出てきます。

 水を熱していくと、だんだん温度が上がり、やがて99度になります。手を入れたら間違いなく大やけどをする熱湯です。ところが、これが100度に達すると沸騰を始めます。沸騰した水は蒸気になって、蒸気機関をも動かす大きな力となるのです。99度と100度、たった1度の違いなのに、その力・働きは全く違うのです。リッツ・カールトン・ホテルクーパー社長は、リーダーたちにこう問いかけます。ここにいるレイディス&ジェントルマンのなかで、自分はこれまで100度の仕事をしてきたと自信がある人だけ立ってくれ」 誰も立てません。そうか。でも、少なくとも何回かはあるはずだ、摂氏100度で仕事をしたと思える瞬間が。そのときのことを思い出して、午後は、それについてグループでディスカッションしてほしい」と。

 蒸気機関車は水を沸かして蒸気の力を動力にして動くのですが、どんなに熱い!と言っても99度の水では機関車は一ミリたりとも動きません。100度になった時に始めて動き出します。何故なら液体であった水が100度になった時に気体に変化するからです。このことは人間の努力にも当てはまるのではないかと思います。99%の努力ではなんの意味もないんです。壁にぶつかった時、その時持てる力を全て出し切り、100%本気で取り組んだ時始めて壁を越えて成長していくのだと思います。常に自分の持てる100%の力を出す事を意識して取り組む事で、大きく大きく成長するのではないでしょうか。100度の力を出したいものです。100度になると今までとは違う世界が見えてくるんですよ。❤❤❤

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「恋バス」が聞きたくなる

%e5%b0%8f%e7%94%b0%ef%bd%a5%e7%9f%a2%e4%ba%95%e7%94%b0 クリスマスが近いこの時期になると、私は無性に「恋バス」が聞きたくなります。この曲は、小田和正さんがホストを務める音楽番組「クリスマスの約束2007」のために矢井田 瞳(やいだひとみ、通称ヤイコ)さんと書き下ろしたクリスマス・ソングです(今年の「クリスマスの約束2016」は赤坂Blitzで収録が行われると告知がありました。今から楽しみです)。本番では矢井田さんとのデュエットで、素敵なハモリを聞かせてくれた名曲で、1年後に矢井田さんが、矢井田瞳&恋バスBAND with 小田和正名義で、2008年12月3日にシングルとして発売になりました。リリースされた当時は、ハードディスク・レコーダーに落として、家に帰ると毎日毎日繰り返し聞いていたくらいです。小田さん独特の「追っかけコーラス」が何とも堪りませんね。京都から帰りの新幹線・やくも号の中で、小田さんの『あの日あの時』をずっと聞いていたんですが、改めて小田さんのコーラスワークの見事さを痛感しました。小田さんの本質は、あの独特の「高い声」と「コーラスワーク」ではないかと思いました。確かにオフコース時代からハモリには凝っていましたものね。

 小田和正さんはレコーディングをして、矢井田さんに関してこんなコメントをしています。

「My Sweet Darlin’」を書くような矢井田くんとのコラボは一体どんなことになるんだろう、自分を押しつけてもつまらなくなってしまうし、だいいちこんなに年が離れていてちゃんと会話が成立するんかな、など、たくさんの不安を抱えて臨んだ作業でしたが、一緒に曲を書き始めると自然とふたりは同じ場所を目指して走り始めていました。与えられた短い時間の中で懸命に。

そしてようやくゴールにたどり着いた時はホッとしましたが、彼女がこの曲をほんとうに気に入ってるのかな、どこか遠慮してなかったかなと別な不安が残りました。でも、ある日タイトルを「恋バスにします!」と言ってきた時、「恋バスかぁ…いいなぁ」と大いに感心して、すべてのことはかけがえのない思い出に変わりました。矢井田くんは思ってた通りステキなアーティストでした。

 では聞いてみてください。恋バス」です。曲の最後3分53秒あたりの小田さんの追っかけが大好きで、何度も何度も聞いてしまいます。矢井田・小田さんのレコーディング風景も公開されています。⇒コチラです❤❤❤

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研究会レポート

◎研究会の様子をレポート!ぜひご覧を!

 7月から9月にかけて、四会場名古屋・福岡・大阪・札幌と、生徒の英語運用力を磨く研究会」(ラーンズ主催)に飛び回りました(合間に6軒の病院をはしごしながら)。そこでは「センター試験にどう立ち向かうか?」をテーマにして、私の今までの拙い経験やノウハウをお話ししてきました。ご参加いただいた先生方、ありがとうございました。またネットワークを大きく広げることができて、八幡は嬉しく思っております。西島社長さんを始め、ご準備・運営に当たってくださったラーンズのスタッフのみなさん、ありがとうございました。ここには書きませんが、この出会いから各地でいろいろなドラマが生まれています。

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dsc06919 DSC03457  名古屋では溝畑保之先生(大阪府立鳳高等学校福岡では執行正治先生(福岡女学院高等学校大阪では浦木道史先生(大阪桐蔭中学校高等学校)のゲストの先生にもお話をいただき、とても勉強になりました。その時の詳しい報告レポートを担当の白川 彩(しらかわあや)さん(私は「予言者」として紹介しています。写真右)がまとめてくださっていますので、ご紹介します。当日、研究会に足を運べなかった先生方は、ぜひぜひご覧ください。会場での熱気と講演の概要と雰囲気が伝わってくる文章です。⇒コチラです

 センター対策に関して、各会場で先生方から大量にご予約をいただいたのが、私の最新刊『2017年英語センター対策本』(自費出版、800円)でした。今でも毎日のようにご注文のメールをいただいておりますが、使っていただいて感想はいかがでしょうか?少しでもお役に立っていれば嬉しいのですが。ぜひ、生徒のみなさんにもお薦めいただけると喜びます。生徒の喜ぶ顔が私の原動力ですので。

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 先週土曜日、松江の今井書店センター店の参考書売り場において、私のこの本を立ち読みしている(!)高校生らしい男の子を見ました。どうするのかな、と興味津々で離れたところから見ていましたら、本を持ってレジの方へ向かって行きました。「ヤッター!」 著者として嬉しいやら恥ずかしいやら、ほんわかとした気分になりました。頑張って勉強するんだよ~。一人でも多くの高校生に使ってもらいたいと思っています。ご注文は八幡までメールでお願いします。今年は、第1問の発音・アクセント対策に、「チェルシー先生、お願いします!」(2枚組)というCDも作っております。❤❤❤

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