basically

  副詞basicallyが、「基本的に」という意味であることは高校生でも知っています。でもその「基本的に」の中身について理解しているかというと、必ずしもそうではありません。実は、この副詞は100%ではないけれどもだいたいそうというニュアンスの単語です。そこら辺は、Collins Advanced American English Dictionary (2016)の “You use basically to show that you are describing a situation in a simple, general way, and that you are not concerened with less important details“という定義が明らかにしています。以下の用例をご覧ください(全てデビッド・セインより)

I basically had a good day. 「基本的にはいい日だったよ。」→ちょっと問題はあったけれど、全体的にはいい日だった。最高と言えるほどではないけどね。

Am I right?―Basically yes. 「これで合ってる?―だいたいその通り。」→ちょっと違っている部分もあるけどね。

I basically like my wife.  「基本的に私の妻は好きだ。」→ちょっと問題はあるけれど、おおむね奥さんのことは好きだ。

Basically, boys like a pretty and glamorous girl.  「要するに、男の子ってかわいくてグラマーな女の子が好きよね。」→ちょっと違う男の子もいるかもしれないけれど、たいていはそう。

 尊敬するデビッド・セイン(David Thayne)先生の最新刊『100語で簡単!ネイティブに伝わる英会話』(成美堂出版、2017年12月)によれば、この副詞の使用上のポイントは次の通りです。

① basicallyは「基本的に」という意味の副詞。
② 「100%ではないけれどだいたいそう」というニュアンスが伝わる。
③ basicallyを使えば、問題点をわざわざ言わないスマートな表現が可能。

 意味論的にはが、語用論的にはが重要と思われます。fundamentallyも「基本的に」同じ用法です(LDOCE)。学習辞典では、そこまで踏み込んで解説したものはないようです。わずかに『オーレックス英和辞典』(旺文社)だけが、「「完全には認めていない」あるいは「判断がつかない」というニュアンスを持つ」としているぐらいでしょうか。 ❤❤❤

 

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英文読解のコツ

 今、松江北高の3年生・補習科の授業で力説しているのは、表面的に英語を日本語で置き換えただけの答案では全然ダメだということです。まずは訳文を読んで何を言っているのか分からないような日本語は、だいたい理解が間違っています。これは私が答案を見るときに使っている「判別式」なんです。自分で答案を書いたらもう一度答案を読んでご覧なさい。分かったふりはダメです。英文は、特に長ければ長いほど、左から右に向かって読んでいきます。「同時通訳」の心ですね。英文が長ければ、長いほどこの心構えが重要です。英語は「同じ表現の繰り返しを嫌う」言語ですから、必ず前に出た表現とは異なる表現を使って、言い換えることが多いんです。これを「同一内容異表現の法則」と呼んでいます。内容的には、抽象」⇒「具体」へと展開していくことが多いので、抽象(読解問題の下線部はここが多い)で分からなくても次の「具体」まで読んでみると、そこがヒントになって「抽象」部分が想像できるようになるんです。英語の苦手な人は下線部分が分からなければ「もうダメだ!」と思ってあきらめてしまうので、進歩がないのです。また、難解な表現が出てきたら、「その具体例を考えるようにしなさい」と指導しています。今読んでいる数研出版のMake Progess in English Readingから例を挙げれば、”when a business find its old strategies failing in the face of new competitors”(会社が新しい商売敵に直面して旧来の戦術がうまく機能しないことが分かったとき)とあれば、たとえば将棋の世界で、今まで切磋琢磨して長年力を磨いてきたプロ棋士たちが、AIの登場により、コンピューター将棋ソフトに手も足も出ない現状を思い描けばいいのです(1996年に当時7冠だった羽生善治さんが「コンピューターがプロを負かす日は?」というアンケートに対して、他の棋士たちが「永遠になし」「来ないでしょう」と答える中、「2015年」と回答しておられたのはさすがですね)。あるいは、ホテルの接客は従来人間がやるものという常識が、AIの出現によりロボットが全部こなしてしまう「変なホテル」にくつがえされようとしている現実を想起すれば、よく理解できますね。無生物主語構文」は副詞的に処理しなさい(松江北高の大先輩佐川春水先生は、このことを「出川の鬼」と喝破されました)とか、名詞モード」「動詞モード」に読み替えなさい(”the gradual accumulation of knowedge”とあれば「知識の徐々の蓄積」ではなく、「知識が徐々に蓄積されていく」と動詞で処理する)、は1・2年生のうちにしっかりと押さえておきたいですね。なんとなく分かったような分からないようなもどかしさがある場合には、英々辞典にあたってみることをオススメします。今日は授業で、if anythingという成句が登場しました。生徒は「むしろ」と訳しました。私は何が「むしろ」なのか尋ねると、しどろもどろ。こういう時には英々辞典を引いてみるのがよろしい。八幡のオススメはLongman Dictionary of Contemporary English(LDOCE)です。訳語だけでなく、どんな使われ方をするのかを押さえておけば(spoken   used when you are adding something to emphasize what you have just said)、再び出てきたときにきちんと処理することができますね。

 私は低学年の頃から、こういったポイントを50ほど、少しずつ指導していっています。1枚の紙は薄い薄いものですが、それが50枚、100枚、200枚と重なると結構な厚みになる。それと同じで、ひとつ理解したからといって何かが起きるわけ ではないけれど、50、100、200個たまってくると、大きな力になる、それだけ自分の自信が積み重なっていくんですよ。英文読解八ちゃんの法則50」という資料をかつて「ダウンロードサイト」に登録しておきましたが、その「改訂最新版」を再び登録しておきますね。アクティブ・ラーニングだろうとICTであろうと、どんな教授法であろうと、英文ときちんと向き合って、正確に読むことができるというのは基本中の基本だと思っています。それを疎かにしていては(なんとなく分かればそれでよし?そんな授業が横行しています)、何のための英語学習か?ということを、痛切に感じる今日この頃です。

・「英文読解八ちゃんの法則50」(改訂最新版) 島根県立松江北高等学校 八幡成人

 

 

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「ローダン」が好き!

◎週末はグルメ情報です!!

 時々、無性に「ローダン」のラーメンが食べたくなるときがあります。そんなときには、米子まで出かけるんです(サティ通り店)。昔は、松江にも、古志原にあった「スーパーたいせい」の隣に「ローダン」の店舗があったんです。でもこれが潰れて、味を受け継いだ「あっ!ラーメン」というお店に変わりました。古志原の方へ出かけたときには時々立ち寄っていました。⇒私のレポートはコチラです  でももうこのお店もスーパーごと潰れてしまい、更地となり、今はコンビニがぽつんと建っているだけです。そこで、今日も米子に出かけ、「とっとり花回廊」の帰りに立ち寄りました。お昼時でほぼ満員でした。

 澄んだスープの醤油ラーメンが基本。私はもっぱら「醤油焼豚ラーメン」を注文します。お昼どきはライスも無料になります。スープは鶏ガラと豚も使っていると聞きます。澄んだコハク色でやや塩っぽい系ながら好きな味。上にたっぷり載ったモヤシ(根や黒い種の殻を丁寧に取った細モヤシ)が味の濃さを調節してくれる気がします。並べられた焼き豚(チャーシュー)は、ばら肉部分で脂身が甘く、しっかりと濃い味付けです。なぜかこの焼き豚が大好きで、時々食べたくなるんです。中細麺は最後まで伸びる事なく、美味しく頂けます。米子駅から徒歩5分くらいにあるラーメン名店。私は「だんだんバス」(市内150円)で、「太田医院」で降りて、2分ほど歩きます。米子、安来、松江から出雲辺りにも何店舗かあったと記憶しています。看板には「全国チェーン」とうたっていますが、他の地区ではほとんど見かけた事はありません。鶏ガラベースのスープは脂が少なくて比較的アッサリなのですが、醤油味はしっかり濃い味付けです。ここのチャーシューがまた結構甘く&しょっぱいんですが、何故か癖になる旨さがあり、つい焼豚ラーメンを頼んでしまいます。これこそご飯のオカズになる焼豚でしょうという味ですね。麺は中細の縮れ麺で黄色がかっています。モヤシとメンマ、ネギ少々で、至って普通のラーメンなのですが、味の濃さで白ご飯のオカズになるラーメンです。私的には好きなラーメンの一つなので、時々食べたくなるんだなぁ。 

 ごちそうさまでした。お店を出る時に、ご主人の写真を撮らせていただきました。もうこの地で25年もやっておられる米子の名店です。 ❤❤❤

 

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賢島「宝生苑」

 大好きな弁護士高林鮎子シリーズが、スカパーのホームドラマチャンネルで初回から再放送されていまして、第34作の最終作「志摩の旅・みえ6号毒殺連鎖~保険金狙いで魂を売った魔性の女!完全無欠の時刻表トリックを暴く真珠の涙と男の素顔」(2005年)が放送されました。私は初回からずっとDVDに録画していたんです。それにしても、この放送中、草加弁護士事務所の所長丹波哲郎(たんばてつろう)さんの痩せ細った、ガリガリの顔は往年の面影はまったくありませんでした。えー、これが丹波さん??!このドラマが丹波さんの遺作となったそうです(2006年逝去)。火曜サスペンス劇場の作品として続いてきたこのシリーズも、視聴率の不振で打ちきりとなってしまいました(2009年9月)。私はこのドラマの原作者の津村修介(つむらしゅうすけ)さんのアリバイ崩しが大好きで、全作品を読んでいるんですが、先生も2000年にお亡くなりになったので、もう新作を読むことはできません。

 弁護士の高林鮎子(眞野あずさ)が、ビルの工事現場から転落して植物状態になった建設会社社員・手塚文也(西川亘)の保険金について、会社側と交渉。社長の大庭隆三(天宮良)は、保険金の一部を、手塚の妻・貴子(池上季実子)に渡すことに同意する。ところが、手塚の同僚・笠原宏次(永澤俊矢、大庭が次々と毒殺される。警察の捜査の目は、手塚の妹・志穂(中山エミリ)に向けられるが…。

 このシリーズの肝はなんと言っても、竹森慎平(チンペイ)さんの鉄壁な「アリバイ崩し」にあります。今回のドラマでは、容疑者の女は三重県鳥羽市にある鳥羽水族館を観光した後に、最寄りの鳥羽駅から近鉄名古屋線の特急列車に乗り、名古屋駅で新幹線に乗り換えて東京へ帰ったと語りました。ひとつ前の特急電車に乗った同僚が鳥羽水族館に向かうその女を見送っているので、そのアリバイより早く名古屋駅に着ける特急電車に乗ることは不可能と思われました。結果、名古屋駅からアリバイ以上の早い新幹線に乗る術もなく、東京で起こった殺人事件の 発生時刻には間に合わず、最も怪しい容疑者ながらも犯行時刻のアリバイは完全に成立していたのです。この事件と関わり合うこととなった弁護士の高林鮎子は助手の竹森慎平とともに、その女の足取りを確かめるべく三重県の伊勢・志摩へ向かいます。高林鮎子が鳥羽水族館を出た時に、あるものを見てこの鉄壁なアリバイが崩れたのでした。それは鳥羽と対岸の愛知県渥美半島の先端、伊良湖を結ぶ伊勢湾フェリー。その女は同僚と駅で別れた後にすぐこのフェリーに乗船して対岸の伊良湖に移動。停めてあったレンタカーに乗って豊橋駅で新幹線に乗り、犯行時間までに東京に着いていたのでした。志摩の美しい砂浜でその女に対峙した高林鮎子の口から、例の決め台詞が出ました。「あなたのアリバイは崩れました」と。

 この「高林鮎子シリーズ」は私のお気に入りのひとつで、毎度、高林鮎子役の眞野あずささんの魅力もさることながら、相棒の竹森慎平役の橋爪 功さんとのおしどり振りも楽しく、またこのシリーズには、必ず私の大好きな旅行(アリバイを崩すための)が絡んでいて、そして最後は交通機関の時刻表に強い、橋爪さんがその仕組まれたトリックの裏付けをするのです。上記で紹介した第34話は高林鮎子シリーズの最終話となった話で、犯人役に名女優・池上季実子さんと、ラストに相応しいこれまた美しい華が添えられた話でした。  

 さて、この作品の舞台の一つとなったのが、近鉄グループの旅館「賢島 宝生苑(ほうじょうえん)」でした。ドラマの中で、そのエントランス・ロビーの映像を見た時に、私はすぐに「あ、宝生苑だ!」と分かりました。私も数年前、この五つ星の高級旅館に泊まったことがあったからです。夏の高校総文祭「将棋部門」で優勝した松江北高の女生徒を連れて、この旅館に泊まったのでした。高文連・高体連の大会では、宿泊費の上限が決められており、とてもこのような高級旅館に泊まることは通常はできないのですが、このときだけはこの旅館を会場にして「総文祭大会」が行われ、全員がここに泊まるという規程だったものですから、普段なら生徒は絶対に泊まれないような環境の中で、大会運営が行われたのでした。谷川浩二将棋連盟会長(当時)もお越しになられていました。大阪から近鉄特急に乗り、賢島入りした私たちは、タクシーでこの旅館に入ります。建物は温泉宿の雰囲気があり、大変落ち着いていて、広くて気持ちのいい空間です。3階ぶち抜き、ロビー奥に配されたアトリウム(吹き抜け)には大岩や滝、茶席が設けられ室内とは思えない大きな和風庭園が造られていました(写真右)。大浴場、庭園浴場、ボーリング場などの娯楽施設、屋外プール、海沿いの庭園とお客を飽きさせないいくつもの施設を有する近鉄グループが誇る大型旅館です。それら充実した施設もすごいの一言ですが、その最大の魅力は何と言っても窓からの絶景でしょう。賢島の海縁に建つこの旅館は入り組んだ岬や小さな島々からなる英虞湾(あごわん)言われる内海を一望し、すべての窓が絶景で飾られたような宿でした。英虞湾の夜の美しさ、黒い島影と白い光を乱反射する内海のコントラストは、闇と光の饗宴、月光の魔法、夜の女王の宮殿を静かに映していた。私も今まで様々な旅館に泊まってきましたが、こんなに素晴らしい景色に囲まれた宿に泊まったのは初めての経験でした。夜のお食事は、伊勢志摩の食材が使われており、どれを頂いても美味しかったです(生徒も教員も同じ料理を)。朝は早起きして、旅館の目の前にある海の方へと、散歩を楽しみました。館内には、東京芸大の学生が似顔絵を描いてくれるコーナーがあって、芸大の実態を語らいながら(私が担任した生徒が現役合格で芸大に行っていたので)、私も1枚描いてもらいました。あ、そうそう、この旅館は、2016年5月のG7伊勢志摩サミット」安倍首相がお泊りになった宿です。ドラマを見ながら、あの当時を懐かしく思い出していました。プライベートでもう一回泊まってみたい宿でした。 ❤❤❤

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野村克也さんのすごさ

 私が、野村克也さんの新刊本が出るたびに、すぐに本屋さんに走るのはなぜか?私は野村ID野球」(Import Data)の信奉者なのですが、それには理由があります。野村さんが目指すのは、相手の配球を読み、相手の狙い球を読み、相手の作戦を読むという「読みの野球」です。もうずいぶん前のことになります。野村さんが、まだヤクルトの監督をなさっておられた頃のことです。ヤクルトが米国・アリゾナのユマでキャンプを張っていた頃、選手たちに徹底的に指導したのが「狙い球の絞り方7箇条」でした。つまり、打者は相手投手が何を基本に投げてくるかを見抜けばいいのだし、投手はその逆で、相手打者が何を基本に待っているのかを考えれば、好結果を出すことができます。その7箇条とは、投手のクセを憶えよう。 ②投手の配球のパターンを憶えよう。 ③投手の持ち球を憶えよう。 ④ウィニングショットに何を使ってくるかを憶えよう。 ⑤2ボール1ストライクのカウントで何を投げてくるかを憶えよう。 ⑥ストライクをとる球は何かを考えよう。 ⑦カウント別に何を投げて来るかを考えよう。こうやって絞っていくと、相手投手(打者)の配球のパターンが読めて、的が絞りやすくなるわけです。当時、私はこれを聞いて衝撃を受けました。ここまで考えて野球をやっておられる人は、当時皆無であったと思います。「ガーッと行け!」「パーンと打て!」「バーッと行け!」「グイと腰を回せ!」(某球団N監督)当時横行していたのは、理論も何もない感覚だけの指導でした。レベルが違います。勉強している人と、していない人の違いと言ってもいいと思います。

 当時の開幕試合で、読売巨人軍の平成の大エース・斉藤雅樹(さいとうまさき)投手から、広島を解雇されヤクルトに移籍してきた小早川毅彦(こばやかわたけひこ)選手が、3打席連続ホームランを打ったことは、まさにこうした裏付けがあったからだと知りました。技術力には限界がある。バッティングの7,8割は備えで決まるんだ。少しはデータを参考にして配球を読んでみたらどうだ?斎藤は、見せ球にインハイを放ったあと、外からゾーンギリギリに入ってくるカーブでカウントを稼ぐ。ワンスリーになれば、ほぼ100パーセントの確率だ。いいか。インハイが来たら、それはカーブが来る前触れだ。それを狙っていけ!」(野村) キャンプのミーティングで、自らが実例を挙げて講義し、コーチにデータを提出させて、何度も反復し、選手たちの頭にたたき込もうとしたといいます。ここまで考えて野球を突き詰めておられるから、野村再生工場」と呼ばれ、他球団を解雇された多くの選手が復活したのもうなずけます。ヤクルトでの実績(監督9年間でリーグ優勝4回、日本一3回!)を見れば明らかですね。ヤクルトの選手たちは非常に素直で、野村さんの話を一言も聞き漏らすまいと、ノートを取りながら身を乗り出して聞いていたそうです。「野球というのは、こうやってやるものなのか…」と驚きながら。一方、阪神の選手たちは、ほとんどが聞く耳を持たなかったといいます(3年連続最下位)。

 「特に人間ちゅうのは心の動揺があった時ほど、本性が出るものなのや。ピンチになった時ほど癖や投球がワンパターンになるのはそのためや。だから、常に相手を追い込んだ状態にさせてやるのだ」

 プロ野球の世界で、50年も相手の癖を見抜く訓練を続けてきておられるのですから、5年や10年の選手とは見えている世界が違います。キャリアは嘘をつかないのです。そこには「継続」「蓄積」の強みというものがあります。私もそういう「英語教師」を目指そうと、野村さんの著書に教えてもらうんです。❤❤❤

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授業が恋しい!

 今から2年前、平成25年3月に、38年間の教職に別れを告げて退職しました。オファーされた一切のお仕事は全てお断りして、のんびりと過ごす道を選択しました。4月、5月と、何もせずに毎日ブラブラしたり、美味しいお店を訪れたり、好きな旅行に出かけたり、溜まっていた本を読んだりと、天国のような日々を悠々自適に過ごしていました。6月からは、再び松江北高に常勤講師として復帰しました(朝の6時半に登校する私に、二年間毎日美味しいコーヒーを入れて待っていてくれた佐藤敦子先生のミシシッピ大学院留学のための代替講師でした)。授業、補習、副担任業務、部活動、校務分掌にと、二年間忙しい日々に明け暮れました。佐藤先生もお帰りになり、今年平成27年の6月からは、非常勤講師として、週にわずか6時間の授業を担当しています。授業が午前中に終わることが多いので、美味しいお昼ご飯を食べに出てから、家に帰ってお昼寝をすることができます(尊敬する故・渡部昇一先生は生前お昼寝をよくなさっておられました)。土曜・日曜は必ず休めるし、木曜日も授業がないので、週休3日です。たまにこれに行事等が加わると、大型連休になったりもします。今まで行けなかった全国各地に旅することができて嬉しいのですが(門司・小倉・大分・長崎・佐世保・福岡・広島・名古屋・熱海・大阪・神戸・京都)、時々授業が恋しくなったりもします。やはり私は忙しく飛び回っている方が性に合っているのかもしれません。忙しく勤務に明け暮れている時には、授業が恋しいなどとは思う暇もなかったのですが、無くなってみるとやはり寂しいものですね。

 私の大好きなウェイン・W・ダイアーの『「小さな自分」で一生を終わるな!』(渡部昇一訳、三笠書房、2008年)という本に、「小さな魚」のエピソードが載っています。

 「お願いがあるのです。あなたはぼくより年上だし、経験も豊かだから、きっとぼくを助けてくれると思うのです。大洋というものがどこにあるのか教えてください。あちこち全部探したのだけれど、見つからないのです」
 と大洋に住む魚が、別の魚に聞いた。別の魚は
「大洋って、今君が泳いでいるのがそれさ」 
 と答えた。
「えっ、これがですか?でも、これはただの水ですよ。ぼくがずっと探しているのは『大洋』というものなのです」
 と小さな魚はひどくがっかりして言った。   (pp.148-149)

 私たちはすでに「幸せ・豊かさ」の中に浸っているのに、それに気がつかないでいます。豊かさを探し回る必要などはないのです。上の小さな魚はどんなに遠くまで泳いでいっても、大洋の外に出ることはありません。大洋は果てしなく広がっているのです。あなたが波長を合わせさえすれば、今自分がどんなに豊かさの中に暮らしているかが、すぐ分かるはずです。今日はそんなことをかみしめながら、上の本を久しぶりに読み返してみました。私はダイアーファンです。

【追記】 旅行三昧の続きは、来月、姫路城→神戸ルミナリエ→京都→天橋立→森の中の家安野光雅館、を計画中です。そして大大好きな水戸岡鋭治先生デザインの素敵な列車「丹後の海」「あかまつ」「あおまつ」に乗ってきます。❤❤❤

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模試の受け方

 受験勉強において、模擬試験の占める要素は非常に大きなものがあります。各校でずいぶんたくさんの模試を受験しておられることと思います。ただ本当にこの模試が必要なのか?というと、疑問な模試も結構ある感じです。去年までやってきたからというただそれだけの理由で、見直しや分析もされないまま踏襲されている現場も多い印象です。そして、この模試を十分に活かし切れているかというと、はなはだ疑問なところもあります。模試受験の「落とし穴」を見てみましょう。

①連れ模試(オープン模試等に多い) ※なんとなく受験している
②義理模試? 
③受けっぱなし模試   ※かなりの生徒がコレ
④下手な鉄砲を打ち続ける模試漬け  ※たくさん受験すれば力がつく?
⑤模試の勉強は一夜漬け      ※効果無し
⑥偏差値や順位偏向の模試受験
⑦合格可能性(判定)に一喜一憂
⑧特定の模試だけに偏り受験
⑨模試の絶対信仰
⑩返却されたデータカードをろくに見もしない

 このような模試の受け方の傾向にはまっている人は、せっかくの模試をムダにしていると言わざるを得ません。このような模試受験をいくら積み重ねてもお金の無駄遣いになってしまうでしょうね。ではどのように受験したらよいか?模試を受けるときには、

①一人で受けること
②毎回一つの目標を持って受験すること
③模試の結果を志望校の対策に活かすこと
④模試と模試の間隔は2週間以上あけること
⑤出来なかった問題を試験後にもう一度やって自己採点して完璧に仕上げること
⑥解答・解説は必ず読み込むこと(中にはひどい解説もありますが…)
⑦答案が返却されたら必ず点検をすること(採点の間違いがあることが多い)
⑧判定だけでなく、データをよく吟味すること(自分の弱点を知る)
⑨テスト直しノートなどで時間をおいてもう一度振り返ること(見直し)
⑩模試の成績推移をきちんと把握すること

 こういった受験の仕方を続けていくと、ずいぶん力がつくようですよ。私の教員生活40年の総決算による観察でした。今は、最後の「マーク模試」の受験が始まりました。この試験がどういう意味を持っていて、各社がどのような姿勢で問題を作成しているのかを何も知らないままに、ただ受験をしている生徒が圧倒的に多い気がしています。もちろんそれをきちんと伝えて、模試を実施していない現場にも責任はあります。今日は授業で、そんな模試の解説をしました。

◎模試を活かしきれていない受験生が多すぎる!

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西村由紀江「随想」

 私は、ピアニスト西村由紀江(にしむらゆきえ)さんが可愛らしい大学生の時から応援している大ファンです。最近、彼女は『神戸新聞』の夕刊に、隔週で「随想」というタイトルのエッセイを寄せています。現在第4回までが掲載されました(9月5日、9月20日、10月5日、10月23日)。大ファンの私は、毎回神戸新聞に電話して送ってもらっています。以下は、10月23日付けの最新の第4回目の「随想」です。いい文章ですね。

 曲はどんなときに生まれるか?答えは「天からメロディーが降ってくる」。決してカッコつけているのではない。正確に言うと、心の動き=嬉しい、悲しい、悔しいなどの感情と共に音が聞こえてくる。まるでBGMが流れるかのように頭の中に聞こえてくるメロディーを、素早く五線譜に書き留める。これがなかなか難しい。
 外出中に思い浮かんだメロディーを帰宅してから書こうと思った瞬間、メロディーはスーツといなくなってしまう。そして二度と現れてくれない。「すぐに書かなかったから、もう教えないよ」と意地悪されているかのよう。だから外出時はもちろん、家でも寝室や脱衣所など、あらゆる場所に五線譜があり、いつでも書けるようにしている。
 メロディーは天から降ってくるが、曲としてできあがるまでにはとても時間がかかる。作る途中で何度も修正を繰り返すのだ。一つの音を変えると全体のバランスが崩れるので前後の音も変えたくなり、ああでもない、こうでもないと七転八倒したあげく、元のメロディーに戻ることも。
 実は、このエッセーでも同じような思いをしている。楽しくあっという間に「ほぼ仕上がる」のだが、いざ提出となると少し文章を直したくなる。一つ直すとあっちもこっちも気になり、そのうち指定された文字数も思考能力もオーバー、頭の中がまとまらなくなっ てしまう。
 そんなときは、思いきって距離を置くことにしている。一晩寝かせて翌日に新たな気持ちで向かうと、何を伝えたいかが見えてくる。こうして細かい修正を繰り返しながら、なんとか締め切りに間に合わせる。やれやれ、往生際の悪い性分は治りそうにない。
                 (にしむら・ゆきえ=作曲家・ピアニスト)

 後半の下線部分について、私も物を書くことを商売にしていますので、西村さんと同じような悩みを抱えています。書いては直し、直してはまた書く、それの繰り返しです。材料、アイデアが全部まとまってから書き始める人もいますが、私の場合はとにかく書き始める。そして頭に浮かんだ事を片っ端から綴っていって、依頼された文字数の3倍~10倍の量を書いて、そこから推敲してギュッと削っていく。この削る作業が結構大変なんですが、何度も直しているうちに、しまったいい文章になることが多いようですよ。とにかく書き始めなさい、と若い人たちにはアドバイスしています。生徒たちに「小論文」や「志望理由書」の指導をする際にも、このやり方で迫ります。

 学生時代にのぼせて読んだ(独特の英語文体でぐいぐい読ませる)、アメリカのノーベル賞作家アーネスト・ヘミングウェイのやり方が参考になるかもしれません。彼は、作品を一気に書き上げると、ろくに読み返しもしないで銀行の貸金庫の中に入れていました。時間が相当過ぎたところで、それを取り出してきては、手を入れる。それでもまだ気に入らないと、再び貸金庫に戻す。こういうことを繰り返して、これでよしとなったところで、出版社に渡して作品が世に出ました。ヘミングウェイが鉄砲自殺をしたときには、貸金庫からそういった未定稿がトランクいっぱいに出てきて、世間をびっくりさせました。このやり方、使えるかもしれませんね。 ❤❤❤

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御礼!CD完売!


 センター試験の第1問「発音・アクセント問題」の勉強の仕方は、頻出語の音読に尽きます。私の『2017年英語センター対策本』(自費出版、2016年)には、4種類の「頻出語リスト」アクセント、発音、カタカナ語、過去出題語)が収録されています。例年ALTにこのリストを吹き込んでもらったものを、生徒は各自パソコンでコピーして音読練習していました。センター本を利用しておられる全国の先生方からも是非欲しいという要望も強く、私がパソコンで1枚1枚コピーしてお分けしていました。この労力は大変なもので、結構時間を取られていました。これだけたくさんの需要があるのなら製品化しようと思い、ラーンズの営業課長金村さんにお世話をいただいて、専門業者に2枚組のCDを作ってもらいました。チェルシー先生、お願いします!」がそれです(写真下)。自費で2,000枚ほど注文して作りました。松江北高でも飛ぶように売れ、全国の先生方からもたくさんのご注文をいただき(研究会でも好評でした)、このほど全部売り切れ在庫がなくなりました。CDの盤面も私がデザインして、前ALTのチェルシー先生が、写真スタジオで特別に撮影された美しい写真を利用しました(彼女は現在コロンビア大学の博士課程で勉強中)。

 このCDと頻出語リストを徹底的に繰り返した成果でしょう。昨年の松江北高の現役生徒たちの第1問の正答率は、全国浪人生(河合塾)のそれを上回る好結果でした!やはり「英語は絶対に裏切らない!」のです。筆記試験の総合平均点も、私が北高に在籍している期間の中でも過去最高点でした。

 今回行われた11月実施「第3回ベネッセ・駿台マーク模試」においても、第1問の「発音問題」の的中率は92%、「アクセント問題」のそれは69%です。このように出る単語は決まっている!」のですから、それを徹底的に音読をしておけば、秒速で答えることができるのがこの分野です。それを何の準備もせずに本番を迎えている受験生が全国的には圧倒的に多いのですから、成績上位の生徒がずいぶん取りこぼしている現状もうなずけますね。

 1990年から始まったセンター試験の、第1問全ての過去問を振り返っておくのも、重要な対策ですよ。私は「出題語リスト」を配布して生徒たちと音読をしています。過去のセンター試験の問題を見ても、過去問からの再出題(私はお色直しと呼んでいます)が目立ちますね。今回の「第3回ベネッセ・駿台マーク模試」でも、全出題語28語中12語がセンター過去問の「お色直し」でした。やはり過去問が一番の教材」なんです。こういう「勉強の仕方」を間違えずに対策準備をしたいものです(過去問などやっても意味がないと断言する無責任な指導者もいます)。

 最近、予備校指導歴40年のカリスマ英語講師安武内(あぶない)ひろし先生の『4技能試験対応 シャドウイングで攻略 発音・アクセント』(秀和システム、2017年10月)という参考書が出ました。試験に出る発音・アクセント語を必要最低限だけ示すこと、②どうやって、正しい英語の発音の音を君の脳に定着させるかの方法、という2点の内容に絞った、111頁の薄~い参考書です。私もこの手法には全面的に賛成ですし、シャドーイングのやり方を具体的に提示している点は、大いに評価します。ただ一点だけ、見解を異にする部分があります。それは「ルール不要論」を唱えておられる点です。

 「一方、アクセント問題ではルールは一切覚えません」「アクセント問題に対して、たくさんのアクセントルールを提示している参考書は多いですが、そのやり方では全く効果が上がりません。」「決定的な欠点は、まずルール自体が煩雑で覚えにくい。その割には入試で出る語に当てはまることが少ない。さらに、ルールを覚えると、当然ルールからはみ出る例外も覚えなければならなくなり、話はもっと複雑になる。」「だから、そんなバカなことはやめにして、「アクセント問題ではルールを覚えるのではなく、1つ1つの単語の発音そのものを覚えていく」―これを鉄則にすればいいのです。」

 ルールを棒暗記し、無味乾燥なものであるならば、おっしゃる通りでしょう。しかし、私は「三味線語」「イクイクルール」「エイトの法則」「子チビ母チビの法則」など、語呂合わせで分かりやすい、それでいて日頃効果を発揮する、わずか10個だけを、生徒たちに低学年の時から指導しておきます。決して「ルール自体が煩雑で覚えにくい」ことはありません。そしてこれらの単語が模試や入試本番によく出てきます。「その割には入試に出る語に当てはまることが少ない」は明らかに間違っています。もちろん例外は覚えなければいけませんが、これも本体に比べればほんのわずかなものです。見たことがない未知の単語でも、このルールにはまるのであれば応用することが可能です(コレが大きい)。生徒の興味を引く役に立つ形で提示してやれば、決して無味乾燥で煩雑なものではないことを指摘しておきます。私の「センター対策本」に提示されたルール群は、私が40年間生徒の指導にあたって効果のあったものに限って紹介をしています。使えるものは何でも使う」(役立つならば)というのが、私の基本的な指導方針です。❤❤❤

【追記】 センター試験を直前に控え、私の『2017年英語センター対策本』(自費出版、800円)をご希望になる先生方や、保護者・受験生からの問い合わせが相次いでいます。CDはなくなりましたが、本冊は増刷してたくさん在庫を持っていますので、ご希望の方はメールでお申し込み下さい。長期休暇の講習会のテキストに使いたいからと、まとまった数が欲しいという先生方もいらっしゃます。在庫のある限り対応させていただきますので、ご連絡ください。追い込み学習にきっと役立つはずです。現在、チョット面白い企画を準備中です。これはまた後日発表しますネ。

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めんくいや駅東店

◎週末はグルメ情報です!!

 博多・薬院「めんくいや」さんは、私が津和野高校に勤務している頃から通い続けているラーメン屋さんです(昭和55年創業)。久留米ラーメンの流れを受け継いでいて、とっても美味しいので、博多に出る度にお邪魔しています(私はコテコテのトンコツラーメンは苦手です)。先代が久留米で修行した味を基本に、豚骨100%ながら、臭みがなくすっきりとした後味のラーメンです。⇒私の食レポはコチラです  以前、薬院のお店はいつもタクシーを使って行っていたのですが、いくら説明しても運転手さんに分かってもらえず、変な所で降ろされて探し回ったことも何度も。今は「ホテルニューオータニ」に泊まるので、歩いてすぐ行くことができます。

 数年前に博多駅の東に支店が登場しました。めんくいや駅東店」です。駅から歩いて結構あるのですが(中央郵便局の真ん前)、お腹が空いて美味しいので、運動がてらにてくてく歩いて行きます。黄色いテントと大きな看板が目印です。お店の前に券売機があるので、それを買ってから入店します。店内はこんな感じです。

 とろとろチャーシューめん」が有名です。やはりここに来たらこれを食べなくてはいけません。ウナギの蒲焼きをヒントに編み出した甘めでとろける食感のチャーシューが自慢で、どんぶりをおおうほど乗るチャーシュー麺が一番人気だそうです。ネギ、キクラゲもいい味を出しています。チャーシュー丼」もかなりの人気です。 ランチタイムは近くのサラリーマンやOLさんで賑わっています。どうです?美味しそうでしょ? ❤❤❤ 

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「名所はどこ?」

 先日は松江にも台風がやって来て、強い雨・風で外へ出ることができないので、1時間ぐらいかけてカード・マジックのトリック・デックを手作りしました。1枚1枚青いマーカーで、ブランク・デックに私の訪れた「日本の名所」を丁寧に書き入れていきました。愛用のキャノン・プリンターで名所のポストカードをカラー印刷してできあがりです。題して「名所はどこ?」です。とっても不思議なメンタリズムですよ。こうやって自分でトリック・デックを作るのは「Phil Plus 2」以来のことでしょうか。⇒コチラです  これは今でもお気に入りで演じていますが、今回の「名所はどこ?」は果たしてどうなることやら?

 黒い封筒の上に白いデック・ケースが置かれており、封筒は一度も観客の視線から外れることはありません。黒い封筒の中には1枚の「予言」のポストカードが入っています。この1年に私は日本のいろいろな名所に出かけました。1年365日のうち、いつ旅行に行ったのか?を想像で答えてください。」と説明します。ここでは8月16日と答えたとします。ここは完全にノーフォースで、何月何日でも結構です。白いデックケースからカード一組を取り出します。カードの裏には最近私の訪れた日本の色々な名所が書かれています(例:小樽運河、鳥取砂丘、道後温泉、グラバー邸、太宰府天満宮、東京スカイツリー、ハウステンボスなど)。8月は8ヶ月目なので、上から8枚をデックから取り除きます。次に16日の16枚をデックから取り除きます。16枚目の最後のカードは裏向きにしたまま封筒の上においておきます。手元に残ったカードを見せますが、同じ名所がないことを確認してもらいます。封筒からポストカードを取り出し、カードを表向きにしてもらいます。すると、見事にポストカードに印刷された名所(熱海温泉)と、カードに書かれた名所(熱海温泉)が一致しているのです。想像上の旅行の日付を観客に聞くというところが、とっても気に入っています。クロースアップで囲まれた所でも安心して演ずることができます(デックケースの裏を見られない限り…)。

 あのベストセラー商品「X-ACT」が、Mark Masonの手によってより不思議なメンタリズムに生まれ変わりました。Where In The World」という作品で、イギリスのJB MAGICから新発売です。今年のブラックプール大会」で売り切れた人気作品でした。上のトリック・デックは、実はこの作品を元に、私が手作りしたものです。 いつも思うことですが、マーク・メイソンアレアレを使わせたら超一流のクリエーターです(分かりますか?)。

 リセットは簡単かつ一瞬にできます。複雑な計算式などを覚える必要はまったくありません。使うのは1デックのみで、すり替えたり、カードをひそかに交換したりはしません。最初から最後まで、そこにあるのはひとつの封筒と、一枚のポストカードのみです。Mark Masonは、ブランク・デックに世界中の都市を書いて演じていました。解説では、使う人が自分流にアレンジして使ってもらいたいと述べていましたね。そこで、私は自分が最近訪れたことのある「日本の名所」にアレンジして作成してみました。これ、メンタリズムとして使えます。♠♣♥♦

(追記)上の解答―「アレ」と「アレ」は「糸」「磁石」でした。

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トイレの日

トイレ掃除をしている人のイラスト

 今日、11月10日は、日本では「トイレの日」です。1110=いいトイレ」という語呂合わせから、日本トイレ協会が1986年に制定しました。世界規模で見ると別の日で、世界トイレの日(World Toilet Day)」と言って、毎年11月19日が2013年に制定されました。制定したのは国連で、その国連が「世界トイレ機関」を創設し、第一回世界トイレサミット」を開催したのが11月19日だったため、この日付になったそうです。なぜそのような機関が作られたかというと、世界では3人に1人がトイレを使えない(世界の人口のうち9億4600万人が屋外で排泄を行っている)状態にあり、それが様々な病気の原因となっているのです。そうした現実を少しでも知ってもらいたいと、世界トイレの日」は作られました。毎日利用しているきれいで使いやすい進化したトイレは、決して当たり前のものではないことを銘記しておきたいものです。開発した人々、施工業者、きれいにしていただいている人たちのおかげで素晴らしいトイレを利用できるのです。世界には用を足すときにトイレを利用できない人が26億人もいるという報告もあります。当たり前と思われがちなトイレですが、感謝の気持ちを持って有り難く使わせてもらいましょう。トイレ掃除をすると幸せになれるという伝えもありますね。

 私はいろいろな大学・高校・会社にお邪魔することが多いんですが、トイレを見ればだいたいのことが分かります。きれいに掃除が行き届いているかどうかを見ます。そういう点で、私の勤務する松江北高は落第です。オープンキャンパスに出かける生徒たちには、大学の「トイレ」「図書館」をチェックしてくるように指導しています。私の尊敬するイエローハットの鍵山秀三郎(かぎやまひでさぶろう)さんは、伸びる会社は、訪問すればすぐわかる。「いらっしゃいませ、おはようございますという爽やかな挨拶が返ってくる会社」、「事務所や工場がキッチリと整理整頓されている会社」「トイレの掃除がゆきとどいている会社」。この三つのことができている会社は間違いなく伸びる。逆に、これらが出来ていない会社は、今、ある程度の業績であっても、必ず駄目になる。そして、このことは人にもあてはまる。当たり前のこと、簡単なことをしっかりやり続けている人は、間違いなく成長する。逆に「凡事徹底」ができない人は絶対に伸びない」とおっしゃっておられますね。本当にその通りだと思います。もうずいぶん前になりますが、米子の「TOTOショールーム」の対応の爽やかだったこと、今でも忘れることができません。親切・丁寧な説明に、帰る時には玄関まで出て姿が見えなくなるまで見送っていただきました。

 私は全国いろんな駅に降り立つんですが、汚れたトイレも数多くありますね。トイレの場所が分からなくて苦労することも多いんです。大きな駅の場合は特にそうです。最近も、小倉駅で、博多駅で苦労しました。地元の松江駅の構内のトイレはまだ許せるにしても、米子駅のものはひどいですね。駅の片隅に追いやられています。長崎駅もそうでした。デパートなどもそうですね。エスカレーターを昇ったところにトイレの表示があれば、お客さんはずいぶん楽なんですが、ほとんどがわかりにくい場所にあります。もう少し利用者のことを考えた配置にしてもらいたいものです。

 駅のトイレということで、私が一番感心したのは、大分県の大分駅ですね。この駅は、2年前にデザイナーの水戸岡鋭治(みとおかえいじ)先生が、プロデュースされた駅舎なんですが、実に細かいところまでこだわりを持って一貫したデザインをしておられることが、トイレ一つとってもよく表れていますね。まず第一に、改札口正面の分かりやすい場所に配置されています。入り口からして素敵な外観です。

DSC01753 入口には温泉風の暖簾(のれん)がかかっていました。前室を設けて、「多機能トイレ」が通路から直接見えないような配慮もしてあります。左右勝手違いで2カ所に設置してあり、さまざまな身体状況の利用者を想定して、さまざまな装備が完備されていました。トイレに入ってまずびっくりするのは、壁一面に人気の特急「あそぼーい」のキャラクターの「くろちゃん」がそこらじゅうにちりばめてあり、トイレの雰囲気が非常に明るく可愛らしいものになっているということです。こんなトイレ初めて見ました。大便器ブースの間仕切りは天井まで立ち上げてあり、防犯対策を図るとともに個室感を高めています。お子様連れに配慮した背の低いキッズ小便器もあり、細かいところにまで配慮がなされていました。洗面コーナーは、間接照明DSC01750の光が空間を明るく照らしており、女性用トイレには、身繕いができるように全身鏡を配置したパウダーコーナー、小さめの棚と手荷物用の棚を設けているそうです(入ってみたわけではないので―笑)。男性用小便器の間には、プライバシーに配慮して圧迫感を与えない程度の間仕切りを設置していました。棚に荷物が置きやすいように鏡は少し高めに設置されていました。水栓金具は、ノンタッチで水の出し止めができる自動水栓を採用しています。できたばかりの駅とはいえ(リニューアルしてからおよそ2年です)、こんなきれいなトイレだったら、利用者もきっと気持ちよくきれいに使うと思います。お手本にしたいトイレです。トイレを写真に撮ることなどないのですが、ここだけは撮りたくなりました。 ❤❤❤

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人生は愛と友情と裏切りでできている

▲「西村京太郎記念館」で販売されている先生の色紙

▲先生書きたてホヤホヤの色紙

 西村京太郎先生(87歳)は、色紙にサインをされるときには、必ず「人生は愛と友情と裏切りで成り立っている」「愛と友情と裏切りと これが人生だ」という言葉を添えて書かれます。西村京太郎記念館」でも販売されていますね。展示されている色紙 に「人生 は、愛と友情と裏切りで 成り立って いる」と書いてあります。ご覧のように、西村先生は非常に達筆なんです。「愛と友情」ならわかるのですが、そこに「裏切り」とある のは、トラウマのようなものがあるのか、それが作家としてのエネルギー 源になっているのではないかと。そのあたりはどうなの でしょう か。」という質問に答えて、西村先生は「ミステリー だ からね(笑)」と答えられました。確かに、「人生は愛と友情である」と書い ても、ごくありきたりであまりインパクトはないですね。西村先生のご 経験 から、作品を書くときに「裏切り」を入れるということでしょうか、という質問に対して、先生は次のようにお答えになりました

  分の経験からです。親友が「矢島(本名)くんだけが 頼りだから」と言ってきたんですよね。そしたらそいつは全員に同じ手紙 を出していた。あれでがっくり来ちゃって、親友でもこんな ものかと。でも一人にだけ出したからって助けてくれないかもしれないから、僕だってやったかもしれ ない。そんなことがあって「裏切りで」と書きましたけれどもね。  ―日垣 隆『日本一有名な作家直撃・西村京太郎さん公開インタビュー』(2016年6月改訂版、Kindle版)

▲色紙を書く西村先生ご夫妻

 このお話をもうちょっと詳しく補足しておきましょうね。西村先生がいろいろと騙された経験のお話は、重田 玲さんが西村先生にインタビューした『人生は愛と友情と、そして裏切りとでできている』(SUN POST、2015年)に数多く出てきます。バブルの頃に、京都の東山に1億5000万円で買った家が、池の上に建っていた!(今でも持っておられます)、先生の作品を映画化したいと近寄ってきたプロデューサーを名乗る人物が、突然「あの原作はもともと私が書いたんだ」と言い出したとか、有名女優の名前を出して「よく知っているから」とか、プロデューサーの経験があるからとか、お金が絡むと、いろいろな人が先生の下に寄ってきました。これが人生です。

 「若いときの友達がいてね、役所時代の友だちなんだけど、彼は途中で役所を辞めちゃったんです。そして、彼から電話がきて、『友だちがいなくなっった』と。『親友は君だけだからなんとか助けてくれ』っていわれてね、お金を送ったりしていたんですよ。そしたら彼は誰にも『西村京太郎の親友だから』といっていたらしくて……」
 「お金持ちの作家さんが友だちだから、お金の都合はつくといったような…」
 「まぁ、よくある話と思ったけどね」
 「そういうときに相手を恨んだとかは?」
 「あんまり起きないね」
 「なんだか、達観されているような感じがします」
 「もともと、楽観主義だから(笑)」  (pp.112-113)

 私自身も、今までにずいぶん騙されたことがあります。J・スタインベックの短編「真珠」を苦労して訳した原稿を持ち逃げされたとか、母がお世話になった人から泣きつかれてお金を送ったら、返してもらえなかったとか(後日談があるのですが…)、ここ数年では、教育関係者に「英語センター本」を大量に送っても、いくら請求してもそのまま代金を払ってもらえなかったりとか(何度もあります)。人生は愛と友情と裏切りでできている」 まさにその通りだと感じます。上記のインタビュー本の帯には、騙されても裏切られても笑って許す。だけど忘れられないこともとありますね。これは、松本清張さんのことです。私が、松本さんの小説や2時間ドラマを好きになれないのは、この話を読んだことも影響しているんです。 ❤❤❤  

 

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on the condition that~

 今日のテーマはon the condition that…という熟語についてです。「…という条件で」という意味で、I will go there on condition that you accompany me.(もしあなたが一緒に来て下さるのならそこへ参りましょう)といった具合に使います。ほとんどの英和辞典もそのように記述していますが、私の観察によれば、最近のアメリカ英語では、on the condition that…とthe という定冠詞をつけて使われることも多いようです。もうだいぶん前になりますが、このことを報告して『ライトハウス英和辞典』では on(the)condition that…というふうに収録してもらっています。当時としてはこれは斬新なことでちょっと勇気のいることでした。しかし、現在ではtheが頻繁につくことは常識となり、ちらほらと辞典でも記述されるようになりました。授業で出てきたとき、以前のALTもtheがつくと言っていました。 theがついたほうが、「限定」の気持ちが強く出ると私は思っています。

 これは長年の私の用例収集において、かなりの数のon the condition that ~が集まっているという言語事実を反映させたものでした。

(1) You inform her that she can see the statue tomorrow night on the condition that she come alone and that she is not followed.―R.Cook, Sphinx.

(2) It had been just a few days ago that Uncle Tom had agreed to pay for all the therapy, but only on the condition that Daniel sign an agreement whereby he would never work in the union movement again.―H.Robins, Memories of Another Day.

(3) Ailing former Teamsters President Roy L. Williams, serving a prison term since December, 1985, for conspiracy to commit bribery, will be paroled Tuesday on the condtiion that he continue to cooperate with authorities in criminal investigations, the Justice Department announced on Friday. ―Los Angles Times, Sept.24, 1988.,1988.

またthatが省略される場合もあります。

(4) Two diplomats, who gave separate briefings on the condition they not be identified, also said…―The Boston Globe, Apr.1, 1987.

 故・ボリンジャー博士は両者について次のように述べておられます。参考になります。

 I find either on condition that and on the condition that perfectly normal. All that the artcile appears to do is to focus more sharply on the condition as a sort of requirement that is laid down. For instance, I would find it strange if someone said “On the condition that you win the contest I’ll pay you double the amount of you bet” unless you were cheating―that it, were able to determine beforehand the outcome. Similarly, “On the condition that it rains” would be odd, because one can hardly lay down the weather as something can be controlled, i.e., set up deliberately as a conditioning factor. But these would be OK without the.

 つまりtheがある方が条件としての限定度が強いわけですね。またthat節内の動詞の時制も問題をはらんでいます。You can go out on condition (that) you come[ should come, ×will come] home byu five. という用例が、ある学習辞典に載っていますが、この判定は疑問です。なぜなら’You can go out if I have your word that you will come home by five’ つまり5時までに帰ってくる意志があるのなら、約束ができるのなら、という気持ちでwill comeも可能だからです。もちろんそれを承知であえて学習的にwill comeを不可としているのであれば何ら問題はないのですが…。実際はそうではないでしょう。 ❤❤❤

【参考】 このような英語語法の問題にご興味のある先生方は、このブログの右にある「カテゴリー」「・英語語法」をクリックしてみてください。参考になる記事が出てくるはずですよ。私が辞典編集において、疑問に思って追いかけた表現のコラム記事です。

 

 

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「変なホテル」

★メインスタッフはロボット! 世界初のロボットホテル

 “ロボットが接客するホテル”として話題となったハウステンボス(長崎県佐世保市)のオフィシャル・ホテル「変なホテル」は、2015年7月に開業した世界初のロボット・ホテルです。ハウステンボスが旅行会社HISに買収された際に、既存のホテルを大幅にリニューアルして生まれた、無人化を目指したホテルです。初めてロボットがスタッフとして働いたホテルとして、ギネス世界記録に認定されています。受付やコンシェルジュの業務などをロボットが担うことで、通常のホテルの4分の1ほどの人数で運営していますホテルの宿泊料金が高騰するなか、手ごろな価格で快適に泊まれるローコストホテルを作るプロジェクトを3年前にスタートした。人が行っていた業務の7割程度を自動化して人件費を約3分の1に削減するとともに、最新の建築技術などを活用して光熱費も4~5割程度削減し、世界最高の生産性を追求した(ハウステンボス・澤田秀雄社長)と言います。変なホテル」はハウステンボス場外にあるオフィシャルホテル。どこが変なのかと聞かれた澤田秀雄社長(エイチ・アイ・エス 会長)は、いえいえ、変なホテルの“変”は、“変わり続けることを約束する”というコンセプトからとったもの。ロボットが活躍する次世代型のスマートホテルなんですよ」と語りました。実は、「変」は「変化」の変なのであって、「変わっている」ということを売りにしている訳ではありません。ホテルでいただいた領収書にも「変わり続けることを約束するホテル」(Henn na Hotel   A commitment for evolution)とありました。常識を越えた先にあるかつてない感動と快適性」を売り込みたいようですね。それにしてもインパクトの強い名前です。でも外観も、周りの環境も緑豊かで決して変ではありませんでした。 

 現在、「変なホテル」ハウステンボス、千葉の浦安、愛知の蒲郡の3つがあります。10月には、このロボットが接客する「変なホテル」を、今年12月から2019年3月にかけて、東京・築地、大阪・心斎橋、羽田空港、福岡・中州など10カ所で開業する予定と発表しました。100~200室規模で、観光客やビジネス客の取り込みを狙います。料金は2人1室で1人1万円以下を見込んでいるとのこと。

▲澤田秀雄社長

  ホテルの入り口には、有料ロッカー(500円)があります。チェックインまでの荷物を預かってもらうものでしょう。以前はこれもロボットがやってくれていたと聞きました。本館の入り口には、動作拡大型スーツ、スケルトニクス・ロボットが置いてあります。動きません。さあ、いよいよ チェックインをするためにホテルに入っていきます。

 玄関の自動ドアをくぐると、ピンクのかわいい人形がいて、「いらっしゃいませ、変なホテルへようこそ。左手の受付へ進んでください。」と促します。ハウステンボスのマスコット・キャラクター「ちゅーりーちゃん」です。実に可愛い。

 さて、受付です。このチェックインの光景は、よくテレビや雑誌にも出ているので、有名になっていますね。ロボットのこの受付の部分で、旅館業法における「台帳記載」という、必ず一筆かかせる部分を、どこまで省力化しているかが、気になっていました。フロントの前に行くと、目の前にチェックイン、チェックアウトの手続きを行う3体のロボットが待っています。両脇は恐竜の形をしたロボット「みらい」「きぼう」もいて、子供が喜びそうですね。ただやはり注目は、女性型ロボット「ゆめこ。チェックインからチェックアウトまですべてロボットが対応するというのが、このホテルの大きなウリです。女性型ロボット「ゆめこ」は上品な微笑みをたたえ、丁寧にお辞儀したり、目や口を動かしたりと、表情が実にリアルです。もう一体の恐竜型「みらい」くんも日本語と英語を話すバイリンガル。こちらでチェックインすることに。男の声でしゃべります。顔の造りが精巧で、目や眉毛の動きなどもバリエーションがあり、表情が大きく変わるのに驚かされました。大きな身振りを交えつつ、ガッと口を開けたり瞬きをしたりと、かなり迫力ある姿で接客してくれましたよ。ロボットに近づくと、人感センサーによりフロントに近づくと人感センサーが感知し、「いらっしゃいませ」「チェックインを押してください」とアナウンスがスタートとなります。電話番号を入れると、予約内容が確認され、OKを押すと、名前の署名をタッチパネルに行います。書いたのはこの部分だけ!!つまり、台帳記載のルールは、名前の署名だけでOKのようです。名前を記載した後は、横にある精算機から、部屋のカードと領収書が出てくるので受け取って、チェックインすべて完了です。 

  話題となっていた、客室まで荷物を運んでくれる「ポーターロボット」は9月末で終了していました。残念!自分で荷物を持ってお部屋まで移動します。この移動が若干不親切で、後ろの掲示を見て客室に進め、とロボットが指示するのですが、全く分からない場所で複数の建物A棟~D棟まで行くことは難しいので、ここの所は改善の要ありか?私は幸い通りかかったスタッフの女性に聞いて、A棟の101号室へと向かいました。気になるのが、ロボットや自販機によるサービスが中心なので、フロアに人間のスタッフがほとんどいないこと。そうなるとトラブルや急な質問、体調不良など緊急時の対応はどうなるのかと不安を感じますが、ホテル内の公共スペースはあらゆる場所をカメラで24時間監視しており、何かあったときには常時待機しているスタッフが対応する」(澤田社長)とのことです。ロビーには、たくさんのロボット(コミュニケーションロボット、サービスロボット)が展示されていて、ピアノの演奏まで行っていましたよ。

 さあお部屋にやって来ました。部屋の扉は顔認証でキーレスでも入れるシステムです。キーカードももらっているので、それを使っても大丈夫。スマートなシステムですね。宿泊客の利便性だけでなく、宿泊客が鍵をなくしたり部屋に置き忘れたりした場合の対応が不要になるメリットも大きいですからね。客室の前でカメラに向かってスキャンし私の顔を登録をします。後は「スキャン」ボタンに触れ、顔が認証されれば鍵が開く。ところがこれがスムーズに行かない。認証されれば「ACCEPT」と赤い表示がされてドアが開くのですが、私の場合はいろいろと角度を変えてスキャンしてみますが、何度も「REJECT」と出て(笑)部屋に入ることが出来ません!いったい私の顔はどうなっているのだ?!仕方ないので、カードキーを使って部屋に入ると、「こんにちは」とかわいらしい声がしました。声の主は、ベッド脇にちょこんと座った「ちゅーりーちゃん」です。会話ができるロボットで、たとえば「ちゅーりーちゃん」と呼びかけてから「電気つけて」と指示すると、部屋の明かりをつけてくれます。ほかにも現在時刻や室内温度、今日・明

▲部屋着にはロゴが

日の天気を聞くと教えてくれて、目覚まし(モーニングコール)の時刻設定も可能です。この「ちゅーりーちゃん」ロボットはとても賢く、可愛らしくもあり、可笑しくもあったので、後日改めて取り上げます。電力とコスト削減のため、各客室には通常のホテルには備わっている電話もありません。以前はテレビやエアコン、冷蔵庫、部屋着もなかったそうですが、今回はちゃんとありました。空気清浄機もありましたよ。室内の照明が人感センサーで点灯・消灯して、電力消費を抑えています。以前はなかったという、お部屋の照明のリモコンも置いてありました。ただ勝手についたり、消えたりして不自由でした。人感センサーが働いているのでしょう。お部屋は普通のビジネスホテルのようで、スタイリッシュなデザインで、シンプルな機能を備えていました。ベッドはシモンズ社製で快適でした。

 ホテル内に飲食施設はなく、アメニティ(ひげそりも自分で買えと100円でした)と軽食、ドリンクの自動販売機が設置されています。朝食付き宿泊プランの場合、朝食はすぐ近くの健康レストラン「AURA(オーラ)」を利用します。A棟から階段を降りて外へ出て歩いて行きます。雨の日は困るだろうなと思いました。レストラン入り口には野菜工場「とれたてファーム」施設があり、無農薬野菜が作られる様子も確認できました。栽培・実験している新鮮な野菜などを使った地産地消ビュッフェが食べられます。どちらかというと和食寄りの食材が多いという印象でした。結構美味しい食事でしたよ。

 従来の同規模ホテルと比べて、人件費を約3分の1に削減し、光熱費も半分に。要するに、ホテルの最大のランニングコストである人件費をどこまで切り詰められるか、チャレンジをしたホテルです。将来的には9割以上を自動化・ロボット化して、世界最高の生産性を追求したいと意気込む澤田社長です。 

 その他、気づいたことを箇条書きで挙げておきますと、
・室内は広くきれいで快適でした。ビジネスホテルとあまり変わらない。
・室内の設備は最小限で、食器はカップ2つのみ(ソーサーやスプーンなし)、小さい冷蔵庫と湯沸かし器あり、テレビは32インチSHARP製。エアコンと空気清浄機もあり。
・ユニットバス・トイレは1坪タイプで広かったです。
・アメニティは、歯ブラシ、歯磨き粉、櫛のみ。それ以上欲しい人は、A棟の自販機で買うこと。自販機にはアメニティがたくさん売っています。 
・壁に室内照明のスイッチがないのは、さすがにわかりづらいので、つけてほしかったです。リモコンもあるのですが、自由自在に操作というわけにはいかず困りました。
・いろいろなサービスを有料に切り分けている感じです。

  結論的には、1回は泊まってみたいものの、もう1回泊まりたいか?と聞かれると、遠慮しておきます(とアンケートには書いておきました)。前回は、ハウステンボス内の豪華オフィシャル・ホテル「ホテルヨーロッパ」で、至れり尽くせりの「人」のサービスを受けたので、その印象が鮮やかに蘇ってきました。やはり私は「人」がいい。  ❤❤❤     

(追記) 松江に帰ってから、11月5日(日)付けの『日本経済新聞』によれば、この「変なホテル」に、11月9日から無人の変なバー」がオープンするそうです。客席のタブレットに女性のロボットの画像が現れ、提供するお酒などを説明して、ロボットを通じてリアルタイムで実際の女性との会話を楽しむこともできます。飲み物は無人のカクテルマシンやビールサーバーで提供するそうです。ここではタブレット上で、女性のロボットが接客しますが、生身の人間とロボットを融合する形で接客することもできるという点で非常に面白い試みといえるでしょう。いくらAIが発達しているとはいえ、ロボットとの会話では自ずから限界があるでしょうし。澤田社長全部ロボットでやろうとすると失敗する。人が補うことで実用化が早まる」とのこと。

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新しいカメラを買った!

<パート①> 気に入っていたが…

 今まで、このブログの写真はミラーレス一眼の「ソニーα6000」で撮影していました。以前は、私は「キャノン」派だったのですが、保証期間中にもかからわず(落とした訳でもないのに)、法外な修理代を取るキャノンの会社の体質に嫌気がさしたこともあり、夜景がとってもきれいに撮れるソニーのカメラに惹かれていたこともあり、店員さんの親切なアドバイスもあり、思い切って、今まで買い溜めたキャノンの種々のレンズが遊んでしまうこともかなぐり捨てて、「ソニー」派へと舵を切ったのでありました。以来、ずっとこのカメラを使ってきましたが、フォーカスの速さや、画質の美しさなど、結構満足していたんです。「ブログの写真がとってもきれいですね」とお世辞を言ってもらうことも結構あり、ずいぶん気に入っていたカメラでした(腕ではなくカメラですよ)。

 ところが、今日、田和山の辺りを電動自転車で走らせていたところ(森のくまさん」「今井書店グループセンター店」「ウィーンの森」が目標)、道路にちょっと段差があって、バッグからカメラが飛び出て、アスファルトの路上にポーンと落ちてしまいました。あー、やってしまった!!すぐに拾い上げて電源を入れてみますが、レンズが認識しません。昨年もやはりレンズが認識しなくなり、ソニーに修理に出して直してもらいました(キャノンと違って非常に良心的でした。ここら辺でお客さんの心が離れたり、ファンになったりしますね)。今年になっても、フラッシュが上がったままの状態になり収納できなくなってしまったので、これも修理してもらいました。さすがに今回はもうダメだ!早速、なじみのお店に行って相談しました。幸いレンズが認識しないだけで、本体は壊れていないそうなので、新しいレンズを購入すればまだ十分使えるとのことでした。参考までに、最新のカメラを見せてもらい説明してもらったところ、今使っている機種の後継機「ソニーα6300」がすごいスペックになって登場しているということで、ファインダーをのぞかせてもらいました。格段にきれいです。さらに最上位機種の「ソニーα6500」も最近出たらしく、これものぞいてみましたが滅茶苦茶美しい画面です。もうこんな美しい画面をみてしまうと、自制心がなくなってしまいますね。とても親切な店員さんだったので、せっかくだから新しい「ソニーα6300」を買うことに決めました。

 「ソニーα6300」スペックを見ると、現状のミラーレスカメラの中でもトップクラスの性能を誇りますね。2,420万画素のAPSS-Cセンサーを搭載して、最高ISO51200での撮影が可能になりました。425点の像面位相差AFポイント(世界最多)で、正確に被写体を補足して、高い精度でのピント合わせができます。顔を明るくキレイに撮れる「顔検出」は今まで同様の機能です。瞳にピントを合わせられる「瞳AF」の機能も追加されています。被写体が動いても、瞳にポイントを合わせて追いかけることができるんです。一眼レフの上位クラス並みのAF速度を実現しているかもしれません。α6000」と比べて縦寸と横寸が同じ、奥行きが3.7mmだけ大きくなって重量も76g重くなりました。思い出を美しく残せる「4K動画」も魅力です。また今回、シャッター音を気にせずに撮影できる「サイレントシャッター」機能がつきました。発表会・式典などで、音を立てることを控えたい場面で威力を発揮します。

 「ソニーα6300」の素晴らしいところは、小さくてもきれいで、速く、簡単なところにあります。あとは「サイレントモード」ですね。AFの追従性は間違いなく高くなっていますね。コレはすごい。α6000」も高速性はありましたが、追従性がイマイチだったので、高速なスポーツ撮影をするにはいいかもしれません。ただタッチ操作、タッチフォーカスができないのは、これだけ多くのAFポイントを備えているカメラにしては残念です。初心者にとっては狙ったところに、AFを持っていくのは結構難しいので、タッチフォーカスが望まれるところです。手ぶれ補正は、レンズ側にブレ補正機能がついているので大丈夫です。ソニーの高感度はめちゃめちゃ優秀なので夜景にはめっぽう強いです。一般的に考えてソニーは高価格です。初心者や素人が簡単には手が出せない(10万を超える)価格は、今後の検討課題でしょうね。

 今まで使っていた「ソニーα6000」のボディも、レンズを交換すれば、まだ使えるということだったので、新しいレンズも頼んでおきました。これで「ソニーα6300」「ソニーα6000」の二台体制で、今後写真を撮ることになります。満足、満足!! ❤❤❤

<パート②> ところが…再び悪夢が!

 上に書いたような訳で、ソニーの「α6000」「α6300」の二台を持って長崎・ハウステンボスに旅行に出かけたんです。先日ポカ」でも書いたように、出国間際の路上に、買ったばかりの「α6300」をうっかりバッグから落としてしまいました。⇒コチラ  もうこれで何回同じ過ちを繰り返したことか!!松江に帰り、どうしようと思っていた矢先に、キャノンから、「EOS M-100」という新しいミラーレスカメラが新発売(10月5日)されました 。ソニーに乗り換えるまでは、私はキャノンの一眼レフやミラーレス「EOS M-2」を使っていて、レンズ(望遠、単焦点、広角等)も買い溜めていたんですが、ソニーに変えて以降は、このレンズ群が役に立たず家で遊んでいたんです。それも勿体ないことなので、お店の人に勧められたこともあって、今回これを契機に、もう1台「EOS  M-100」を買ってみることにしました。今日入荷の電話があって、取りに行ってきました。いつもの馴染みの店員さんを探しましたがおられませんでした。接客をした若い店員が、①レジの操作ができない、②下取りの手順が分からない、③請求金額を間違える、④ストラップをつけるのに説明書を見ながらすごく時間がかかる、⑤書類を入れ忘れる、あまりの手際の悪さ・モタモタぶりに、貴重な時間を思わぬ形で取られてしまい、イライラが頂点に達して、「お客さんが逃げますよ!」と注意してしまいました。いつも接客してくださる何人かの店員さんは仲良くなっていて、いつも手際よく、的確なアドバイスをしてくださるだけに(効果的な写真を撮るための操作まで詳しく教えて下さいます)、残念でした。こんな風にして、お客離れが起こるんですね。

 数日使ってみての印象を書いておきますね(今日は「鳥取花回廊」で試し撮りをしていました)。鞄に入れてもかさばらない小型・軽量ボディに、ちょっとオシャレなデザインです。以前は鋭さがあった各部のエッジ部分が緩やかになり、全体的に曲線が強調されているのは、明らかに女性目線でしょうね。滑りにくくグリップしやすくなっているボディ前面の処理も、女性には喜ばれることでしょう。いつもブラックのボディを買っている私は、ホワイト、ブラック、グレーの3種類の中から、今回は気分転換にホワイトを買いました。マイスタイルキャンペーン」で応募した全員にもらえる、9種類の中から選べるフェイスジャケット(先着2万名)(私はグリーンで申し込みました)に、ストラップ&レンズキャップ(先着1万名)(私はネイビーで申し込みました)をまとえば、自分独自の1台が完成します(登録後に領収書と保証書を画像に撮って、ネットで応募するというシステム)。届くのが楽しみです。2420万画素のセンサーにISO100~25600とかなりのスペック。夜景や室内など暗い条件でもノイズの少ないキレイな写真を撮ることができます。シーンインテリジェントオートを使えば、カメラ任せで簡単にキレイな映像をカメラが自動で設定してくれます。内蔵ストロボ6.1コマ/秒の高速連写に、タッチフォーカスタッチシャッターの機能も。タッチパネルを搭載しているので、スマホと同じような直感的な操作が可能です。撮りたいものにタッチするだけでピントが合い、そのままシャッターが切れます。撮影モードやホワイトバランスの変更など、ほとんどのカメラ設定をタッチ操作で行うことができます。ピント位置の変更もラクラク。これが一番ソニーと違うところで、便利な部分です。180度チルト液晶で「自分撮りモード」「美肌モード」も可能です。7種類のクリエイティブフィルターを使えば、ひと味違ったアーティスティックな仕上がりも可能ですね。今回マゼンタグリーンが追加されています。ライブビュー画面を見ながら、「ぼかす⇒くっきり」や「すっきり⇒あざやか」といった効果をスライダーで調整できるクリエイティブアシストも便利です。ちょっと不便だと思ったのは、記録メディアを入れる左側面のカバーが開けずらいこと、液晶モニターを引き上げないと開きません。撮ってみた印象は、結構細かい部分までキレイに描写できる感じですね。今まで遊んでいた数々のレンズが復活できたというのが一番の喜びかも知れません。レンズを替えると今までとは違う世界が見えてきますから。久々に手にしたキャノンのカメラ「EOS M-100」は、表現の幅がずいぶん広がっていました。「小さいけれど、確かな描画力」、特に高度な知識や経験がなくてもスムーズに操作が可能なのは、さすがにキャノンと感心してしまいました。こんなに便利で頼もしい相棒はありませんね。これからの秋の光が美しい季節、色んな情景を捉えるのが楽しくなるに違いありません。

 これで私の手元には、キャノン一丸レフ、パナソニックコンパクトデジタルカメラLumix、ソニーミラーレスα6000、α6300,キャノンEOS M-100と5台のカメラが控えています。用途に合わせて使い分けたいと思っています。それにしてもお金がかかること…。トホホ……。 ❤❤❤

▲今日の花回廊からの大山 ソニーα6300

▲キャノンM-100で撮った大山

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「ハラダ」のラスク

◎週末はグルメ情報です!!

 ガトーフェスタ・ハラダ」は、創業百年の永きにわたって愛されている会社です。和菓子の製造業者として発足、製パンに着手したのは配給パン時代の昭和21年のことでした。以来今日まで「ガトーフェスタ・ハラダ」の高品質なパンは、姉妹品の洋菓子、和菓子とともに定評のあるところです。パンづくり60有余年の研究と経験から究極のフランスパンに到達し、そのフランスパンを用いて、ガトーラスク「グーテ・デ・ロワ」を完成させました。私は、昔からラスクには目がなくて、松江南高校すぐ近くの「ローズ」のラスクを好んで食べていました。でも、このお店が潰れてしまい、現在は美味しいラスクのお店が近くにはないんです。全国大きなデパートには、ハラダ」のお店があるので、私はいつもお土産に買って帰り、喜んでもらっています。先日、博多の「阪急デパート」地下のお店では、ハロウィンデザインの、今日はクリスマス仕様のラスクを買って帰りました。サクサクと美味しくいただけます。

フランスでは、お茶会のことを「グーテ・デ・ロワ(王様のおやつ)」といい、贅沢で楽しいこととされています。フランスの食文化のシンボルと言われている良質なフランスパンをラスクに仕上げました。どうぞバター風味の芳ばしい「王様のおやつ」を、ご賞味、お楽しみください。
(ガトーラスク・グーテデロワの包装紙より)

 フランスパンをラスクにしているんですね。ハラダのラスクは一袋に2つずつ入っています。一番有名なのは「グーテ・デ・ロワ」というラスクです(写真)。他にはホワイトチョコレートやワインに合うソムリエなどもあります。

ガトーフェスタハラダ(グーテ・デ・ロワ)

 同社は創業100 年の歴史をもつお菓子メーカーですが、その起源は高崎市新町の片隅で、地域の学校給食用のパンを作りながら細々と経営を続けてきたお店でした。古い店舗兼住宅の居間で営業をしていました。わずか10年で群馬県の小さな洋菓子店が、東京はおろか今や全国でその名をしられる大人気菓子メーカーになるとは、いったい誰が想像したでしょうか?転機が訪れたのはラスク「グーテ・デ・ロワ」 の誕生、バターを塗ったフランスパンに砂糖をのせて焼いたシンプルな洋菓子のラスクです。「安くて美味い」、ご近所のお年寄りたちの間で評判になり、彼らが群馬県内の親戚、知人への盆暮れの挨拶にこのラスクを贈り始めたことから、口コミで徐々に広がっていきました。グーテ・デ・ロワ」(王様のおやつ) と命名されたこのラ スクが誕生した10 年前、同社の従業員数はわずか15 人。知人の工場の一角を借りて、地元の学校給食用パンの生産をしていた、どこの町にもあるごくふつうのお菓子屋さん兼パン屋さんでした。なぜこんな大成功ができたのでしょうか?それは、どうせ作るなら日本一美味しいラスクを作りたかった」という並々ならぬ決意でした。本気で日本一を目指したところに、勝因の一つがありました。まず彼らが取り組んだことは、日本全国で売られていたラスクを全て集めて試食をし、そしてそれらすべての味を凌駕するという道筋を描き、実行していったのです。その奮闘ぶりを象徴するのが当初、彼らがラスク作りに「カルピスバター」を使用していたことです。これはあの有名な“カルピス”の製造過程でできる最高級のバターで、量が極めて少ないことから入手困難なものとして知られています。その「カルピスバター」を手に入れてラスク作りを始めたという一点で、同社の日本一に対するこだわりの強さが十分に伺えました。グーテ・デ・ロワ」 のメガヒットをきっかけに事業規模はうなぎ登りとなり、いまや松屋銀座店、京王百貨店新宿店、東武百貨店池袋店、阪神百貨店梅田本店等々、日本を代表する百貨店に堂々たる店舗を構えるまでになりました。今でこそ「ガトーフェスタ・ハラダ」は商品力、マーケティング力、地道な営業力等々、どれをとっても優れた一流企業に成長しましたが、元をたどれば群馬と埼玉の県境に近い、少子高齢化の進む田舎の中小菓子メーカーでした。私はこのハラダの店構えと味がとっても気に入っています。 ❤❤❤

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「クナイプバスソルトスーパーミント」アゲイン!

 上の写真は、私の夏のお気に入りだった入浴剤「クナイプバスソルトスーパーミント」です。先日も紹介しましたね。⇒コチラです  2017年4月24日に発売になった、新しい季節限定のバスソルトです。まずは見た目から、このパッケージの寝そべっているペンギンが何とも言えない可愛らしさです。脱力して実に気持ちよさそうですね。It’s a super cool time  ちょっとだけ ひとやすみ」というネーミングもチョット 素敵です。たっぷりと850g入っていますから、1回が50gだとしたら17回分ですね。クナイプって?セバスチャン・クナイプという神父さんが、植物や自然の生命力に着目して誕生したのが「クナイプ」なんです。フタを開けてみると、ちゃんと計ってバスソルトを入れないと、かなり入れ過ぎちゃう恐れがありそうですね。天然由来の成分入りなので、変色防止のためにボトルが茶色いのかな??フタはというと、この内側1杯分が約1回分になります。粗めのバスソルトですね。涼しげな香りがしてきます。単なるさわやかな香りではなく、奥深い香りです。クナイプにはこだわりがあって、1)植物由来成分配合、(2)防腐剤不使用、(3)パラフィン、シリコン、鉱物油不使用、(4)動物実験は行っていませんで自然に寄り添い、人間が本来持っている自然治癒力を高めます。なんとこのクナイプのバスソルト、ドイツではシェアナンバーワンみたいですよ!!ミネラルを豊富に含む岩塩を使用し、・温浴効果 ・血行促進 ・発汗作用 ・保温作用、に優れているそうです。しかもお肌を引き締めてすべすべにする美肌効果もあるそうですよ~!!4種の天然ミント

  • ハッカ葉油

  • セイヨウハッカ油

  • ミドリハッカ葉エキス

  • ペニーロイヤルミントエキス

を配合していて、頭も心もすっきりとクリアにしてくれます。古代海水を精製した天然岩塩を主に使用していて、天然ミネラル豊富なお風呂にゆったりと入浴することで、体が芯から温まりますね。自然の力を集めた植物オイルや植物エキスも配合しているところがポイントです。清涼感もあって、じめじめした季節に持って来いです。キャップに軽く1回分を出してみます。スーッとミントの涼しい香りがします。匂っただけで鼻が通るくらいのミントパワーです。ソルトの粒粒をよく見ると、細かいヒスイみたいでとってもキレイです。ゆっくりお風呂に入ることで、体の芯からぽかぽかになるだけでなくミントの香りも楽しむことが出来ます。クールな使用感で、お湯に溶かしてお風呂に入ると、一瞬ひやっとします。暑い日もこれを入れると、おうちのバスルームが避暑地に早変わりする感じです。全身お湯に浸かってしまうとミント感は感じなくなりますが、ミントの清涼感のある香りが涼しさを感じさせます!!香りは、ペパーミントの他にペニーロイヤルミントを使っているせいか、どこかほのかに甘い優しいミントの香りがします。ミントの爽快で甘い香り、そして立ち上る清涼感、夏の蒸し暑い時期の火照った身体を爽やかに静めてくれます。風呂上りは空気に触れるとおしりがスーッと爽快。ミントの爽快感が好きな方にはお勧めです。クナイプを入れると、肌触りが柔らかくなったような気がします!お湯の質まで柔らかくなって、リラックス度がよりアップしますよ~。いつもの安い入浴剤より、温まって汗をかきやすくなるような気がします。私は時間がある時には15分~30分くらい半身浴をしているのですが、より汗をかいて体の芯まで温まります!!風呂上りも気持ちがいい!お風呂から上がってタオルで拭いていると、ひんやりクールな感じがありました。このパッケージのペンギンみたいに、でろーんと全身の力が抜けてリラックスできますよ~!!

 私はまずお風呂にお湯を入れる前に、このバスソルトをバスタブに1回分入れて、お湯を注ぎます。すると下の写真のように泡風呂のようになるんです。ここに浸かって、ジャグジー」のスイッチを入れると、ますます泡がモコモコとしてきて気持ちいいんです。夏の暑い日には最高のバスタイムでした。ただ残念なことに、季節限定で販売が終了されてしまったらしく、先日も博多・小倉・岡山・広島・倉敷で探しましたが、どこも売れていませんでした。いつも買っている米子ロフトも、生産終了のため置いていませんでした。ネットでも見てみましたが、やはりもう手に入らないようですね。ぜひ再発売してもらいたいバスソルトです。♥♥♥

(追記) どこでも手に入らなかったこのバスソルトですが、なんと!旅行先の長崎駅アミュプラザ内の「東急ハンズ」に、1缶売れ残っていました(買う人がいなくて売れ残ってたんでしょう)。袋入りも数点残っていたので、全部買い占めてきました。やはりのぞいてみるもんですね。ラッキー!ということで、今晩は久しぶりにミントの香りを楽しみました。

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「西村京太郎記念館」の死体

 私が、西村京太郎(87歳)先生「中毒患者」であることは、今までいろいろ書いてきたことからお分かりだと思います。神奈川県・湯河原にある「西村京太郎記念館」の玄関を入ったところに、殺害現場を示す人型の死体の影がころがっています。初めて訪れたときには、入った途端にビックリ仰天でした。そして血痕が…。2階展示場へ上がる階段にまで血痕が点々と続いています。 が、 血痕は階段の途中で無くなっています。この謎が解けそうで、解けずにいました。私もさすがに推理ができずにいた問題です。「う~ん、これはなぜだ??」

 日垣 隆『日本一有名な作家直撃・西村京太郎さん公開インタビュー』(2016年6月改訂版、Kindle版) をアマゾンで手に入れて、ようやく長年のその疑問が氷解しました。西村先生が答えておられます。記念館の玄関を入ったところに、殺人現場を示す人型の場所があるのですが、血痕(の模型)が 階段の途中で 無くなっていますよね。 たぶん謎があると思うのですが、解けずにいます。」最初はあそこに人形 を置くつもりだったんですよ。人形に短刀を刺しておいて、 人形をまたいで入ってくるようにしたかったんです。そしたら、子どもが怪我する かもしれないから危険だというのでやめて、人型にしました。人型は安いんですよ。 血の方が高いんです。だから階段の途中までしか 置か ない。経済的理由です。」 そうだったのか!!納得しました。

 西村先生は、もうすぐ著書が記録的な600冊の大台に乗ります。12月発売の『北のロマン 青い森鉄道線』(徳間書店)が大記録達成の記念すべき一冊となります。西村先生の目標は、635冊(東京スカイツリーの634mを1つだけ上回りたい)ですから(私の西村先生インタビューは⇒コチラです)、ゴールが見えてきました。今後のご予定は、下記の通りです。1ヶ月に新作1冊、なんともすごい執筆ペースですね。西村先生、635冊と言わずに、もっともっと上を目指して下さい!  ❤❤❤   

2017年11月 『青海線レポートの謎』(KADOKAWA)
2017年12月 『北のロマン 青い森鉄道線』(徳間書店) 【600冊目!】
2018年1月  『出雲伝説と木次線』(実業之日本社)
2018年1月  『広島電鉄殺人事件』(新潮社)
2018年2月  『西から来た死体 錦川鉄道殺人事件』(中央公論新社)
2018年3月  『十津川警部 九州観光列車の旅』(集英社)
2018年4月  『京都感傷旅行』(文藝春秋)
2018年5月  『ストーブ列車殺人事件』(双葉社)

 

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菊の恐竜展

 ちょっと暇ができると、私は「とっとり花回廊」に出かけています。美しい花を見ていると、心が癒やされるので、私の癒やしスポットベスト3となっています(残る二つは足立美術館、由志園)。今日も授業がなかったので、出かけてきました。10万株のサルビアの真っ赤な花の絨毯(⇒コチラです)も見どころですが、毎年花回廊で、動物やハート型オブジェが人気の「菊のトピアリー」。今年は「菊の恐竜展」と題して(~11月5日)、「西館テラス」に足を踏み入れると、恐竜を象(かたど)ったトピアリー(topiary=常緑樹や低木を刈り込んで作成される西洋庭園における造形物。鳥や動物をかたどったり、立体的な幾何学模様を造る)を多数展示していました。日本の伝統技術「懸崖菊(けんがいぎく)」のアレンジによる菊の恐竜のオブジェです。今にも襲い掛かってきそうな高さ2.5mにもなるティラノサウルス、全長4mにもなるステゴザウルス、親子でほほ笑ましいトリケラトプス、プロムナード橋のパーゴラを見上げればプテラノドンと。まるで菊のジュラシックパークです。「菊」は日が短くなることで花芽を付ける短日植物なので、秋の深まりとともに花が咲きそろい、カラフルに変化した恐竜たちがにぎわっています。秋晴れの日に映える恐竜に癒やされてきました。期間中に徐々に開花して色づいていく変化の様子も楽しめますね。恐竜たちはいったい何色になっていくのでしょう?それにしてもソニーのカメラはきれいに撮れます。 ❤❤❤

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ハウステンボスのハロウィン

 今回で三回目の「ハウステンボス」訪問になります。園内は「ハロウィン」一色でに染まっていました。幸運を招くと言われる「尾曲がりねこ」が巨大になって登場! 7mの「巨大ねこ」や「ねこアバター」と一緒に、スリラーシティで行われる ハロウィーン・パーティに向けてパーク内をパレードしていました。すごい迫力でしたね。 ❤❤❤

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「引用符」の意味

 ほとんど学校の授業では無視されている「引用符」のお話です。学校で使っている参考書にもほとんど扱われていませんから、当然と言えば当然なんですが、日本語の「 」に相当する、という理解だけで済ませている生徒が多いのです。私は授業では、結構うるさくこの「引用符」の意味について、生徒たちに質問することが多いんです。こういうことが気になりだしたら本物」とまで言っています。英文としっかり向き合いたいですね。

 例えばこんな例を考えてみましょう。

 He is very “kind” and always helps me. 彼はとても「親切」で、いつも私を助けてくれる。

この英文を見て、上のように訳して何も考えない人がほとんどです。失格!彼は本当に親切なのか?「実はそうじゃないんだけど…」っていう反語皮肉の意味が込められていることに気づかなくてはいけません。この場合は、「実は親切じゃない」と言っているように聞こえなくてはいけないのです。

 英語の文章で「引用符」を使うのは、次のような場合です。
① 人の発言や引用
② 専門用語や新しい用語、通常と異なる意味で使われている語
③ 書籍の章名や新聞記事のタイトル
④ 反語や皮肉

①~③はそれほど難しくはありませんが、には、特に注意が必要です。真意を取り違えることになりますから。「この引用符はどんな意味?」と教室で聞くと、すぐに「強調」と答える生徒が多いんですが、英語で強調するときは、下線を付けたり、イタリック体やボールド体で表現するのが一般的です。私はその後の生徒の理解をスムーズにするために、低学年の頃から「世間で言うところの(⇒私はそうは思わないが…)」と考えるように指導しています。三年間そういう意識で英文に接していると、だいたいの要領が分かってくるんです。「あ、また出てきた!」と気がつくようになるんです。要はアンテナを張っているかどうかなんです。最近、スチーブ・モリヤマ『イギリス英語は落とし穴だらけ』(研究社、pp.30-31)でも、この二重引用符の「皮肉用法」が取り上げられていました。

 こういう引用符」は、今まで教科書や問題集の長文に山のように出てきているはずなのですが、アンテナを張っていない生徒は、全くスルーしてしまっている場合も多いんです。今回の「第3回全統記述模試」の英文和訳問題にも、このことが出題されましたね。北高の生徒でも、これに気がついている生徒は、半分までいませんでした。低学年でそういう指導を受けていないからでしょう。「寒中水泳大会」で、凍えるような水の中を泳ぐことは、精神や体を鍛える効果があるとされるが、果たして本当に健康増進に役立つものなのか?という主旨の英文の最後の部分が、下線部和訳問題として出題されました。こんな英文です。

the only potential ‘benefit’ you get from doing it in cold water is that extra layer of fat. 

 おそらく大半の生徒は、「冷たい水の中でそうすることから得られる唯一の潜在的な「利点」はその余分な脂肪の層だ。」といった答案を書いたことと思います。問題はなぜ「利点」に引用符が付いているのか?という点です。筆者は脂肪の層が余分につくことを、決して「利点」とは思っていないことを見抜かなければいけません。皮肉として述べているのです。先ほど述べた引用符の処理の仕方=「世間で言うところの(⇒私はそうは思わないが…)」がそのまま当てはまりますね。ついでに言っておくと、potential「潜在的な」は「~しそうな可能性のある」という意味です。日頃から、「名詞モード」《難》「動詞モード」《易》に直して読みなさいという注意を常にしていますので、「冷たい水の中を泳ぐことで得られる利益となりそうなのは、せいぜい余分に脂肪がつくくらいのことだ」と処理したいですね。この「名詞モード」から「動詞モード」への転換も、難関大指導では重要なポイントです。

 いずれにしても、引用符(“  ”)、ダッシュ(―)、コロン(:)、セミコロン(;)、コンマ(,)など「句読法」の文中での働きを意識するようにしたいですね(今日の補習科の授業では、セミコロンが出てきて、その働きを詳しく考えて見ました。コロンとどう違うのか?)。残念ながら、現場のほとんどの総合参考書は役に立ちません。無視です。難関大に合格する生徒は、こういうことにまで気を遣いながら英文を正確に読んでいます。こういうことに気がつきだしたら、「進歩したね」と褒めてやります。 ♥♥♥

¶ 最近の模試の「見直しプリント」を、「ダウンロードサイト」に登録しておきますね。徹底的に自分の答案と向き合うこと」―「進歩」のカギはここにあります。生徒も教師もやりっ放し」は絶対にダメです。

・「2017年3年生10月ベネッセ・駿台記述模試」見直しプリント(2枚)

・「2017年3年生10月全統記述模試」見直しプリント(2枚)

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字幕翻訳家・戸田奈津子さん

 最近、俳優ハリソン・フォードが新作映画「ブレードランナー2049」PRのために9年ぶりに来日したときに、記者会見場で、ちょこんとハリソン・フォードの横に座って通訳をしておられたのが、映画字幕翻訳者の戸田奈津子(とだなつこ、80歳)さんです。東京都出身、津田塾大学英文科卒業。故・清水俊二氏に手ほどきを受け、地獄の黙示録』で注目され、以後は、E.T.』『インディ・ジョーンズ』『タイタニック』『スター・ウォーズ』などの大ヒット作を担当、また海外映画人との親交が深いことでも知られます。トム・クルーズブラッド・ピットなど、有名映画スターが来日する度に、通訳として駆り出されておられますね。戸田さんの字幕ファンである私は、このブログで2回ほど彼女を取り上げています。⇒コチラコチラです

 戸田さんは、1994年、58歳のとき「加齢黄斑変性」(かれいせいおうはんへんせい)と診断されました。高齢者の主な失明原因の一つです。網膜の中心にある「黄斑」(おうはん)に異常が生じ、物を見た時に中心部が見えにくくなり、ゆがむ・暗く見えるなどの症状が起こる病気です。戸田さんの「自叙伝」とも言うべき本が出ています。戸田さんは自分で書かれることはないので、映画ライターの金子さんがまとめています。戸田奈津子・金子裕子『KEEP IMG_5805ON DREAMING』(双葉社、2014年)がそれですが、そこには、このように内臓的にはいたって健康なのですが、唯一、眼にだけは酷使のツケが回ってきました。もともと超ド近眼だったのですが、それも原因で、左目が最近iPS細胞の移植ですっかり有名になった「黄斑変性症」になりました。左目の中心部がドーナツ状に真っ暗で、字も読めないのですが、幸い、眼は2つある!片方の目だけでなんとか今日まで過ごすことができ、かなり怪しくなったけれど運転も続けています。」(pp.176-177)とありました。これまで語られることのなかった戸田さんの素顔が垣間見える、とっても面白い本でした。一途に映画を追い続けた少女が、20年もかけていかにして夢を叶えたのかを語る自伝となっています。「映画だけで終わった人生なんて、単細胞かもしれませんけれど、ほかに行きたい道がなかったのだから仕方ありません。」という言葉に、戸田さんの映画字幕人生への自負を見た気がしました。現在は月一本のペースで字幕をやっておられます。

  私は若い頃、戸田さんがアメリカの人気マンガ「ガーフィールド」の翻訳をされたことがあり、その推薦文を書かせていただいたことがあります。今となっては懐かしい思い出です。

 雑誌『CNN ENGLISH EXPRESS』11月号(2017年、朝日出版)に、そんな戸田さんの最新インタビュー「自分の「好き」を追い続ければ道は自ずと開ける」が載っています。これが示唆に富んでいて、実に面白く読みました。ぜひみなさん読まれることをオススメしておきますね。戸田さんの回答で気に入った部分は下線を引いておきました。そこでは、字幕翻訳で最も大切なのは英語力ではないと断言しておられます。

 字幕は一瞬でわからないといけないから、ややこしい文脈はダメなんです。アメリカ文化と日本文化の違いもあるし、ジョークなどもそのまま訳したって、面白いわけがありません。ただ直訳すればいいというものではない。そんなギリギリのセリフを字数制限がある中で作り出すことができるのは、やはり日本語力です

 会心の字幕翻訳だという作品はあるか?との質問に答えて

 自信を持ってできたなんていえる作品は一つもありませんよ。今だって自信なんかありません。どんなキャリアだって、自信なんて持つようになったら終わりですよ。今でも「このセリフでいいかな、どうだろう」と不安に思いながらやっています。映画は題材によってワンパターンではなく、ケースバイケースで変わりますしね。ルールがあるわけじゃなくて、映画が「こういう言葉を使ってね」と語りかけてくるんです。お調子者のキャラクターが出てきたら、「チャラチャラした言葉を使ってね」と。こちらで決めているのではなくて、全て映画からメッセージを受け止めて、せりふをつくるのです。

 英語力の中で特に重要だと思うのはどの能力ですか、との質問には

 あえて言えば、書くことが大事だと思います。会話で話す英語は、少々間違えても通じますよね。そうすると、ただしゃべっているだけだと、自分の間違いが自分でわからない。書く英語には明確な正解があるので、実際に書くことで初めて自分の間違いが自覚できる。そこでしっかり学ぶことができます。書くことは英語の知識のダメ押しをすることだと思います。文法も重要ですよ。基本的な文章を書くための文法を身につけておくことは必要だと思います

 語学を学ぶ方は、英語が上手なことも大切だけど、それだけではプロにはなれないと思います。自分が志す分野の知識がきちんとないとダメですよね。英語はあくまでもツールです。道具の使い方だけがうまくなっても意味がない。大工さんがいくらカンナがけだけ上手でも意味がないでしょう。一番大事なのはその技で家を建てることです。言語も同じで、いくらうまく言語が使えても、「それで何をするのか」というところまで見えてないといけないと思います。何をすべきか見つけるのが難しいなら、自分の好きなことから入ればいいのです。人間、誰しも好きなものはあるでしょうし、それもないなんて言うのなら、自分をわかってないからです。そこから始めれば、結果的に自分をプッシュしてくれるはずですよ、私のように。

 若い人たちへのアドバイスを。私も同感です。尊敬する竹内 均東大名誉教授からは、①好きなことをやって、②それでメシが食えて、③時々人からお礼を言ってもらえる、そんな職業が最高だね、と教わりました。

 このスピード化、複雑化した社会の中で、今の若い人は先まで見なくちゃいかないから本当に大変だけど、必要なことでもあります。だからこそ「自分の好きじゃないことやっていっていいの?」と聞きたいですね。自分の好きでないことが、満足できるキャリアになるでしょうか?私もこの年になったからわかるけれど、一生なんてあっという間で、天から与えられたその何十年かを「いやだいやだ」と思いながら暮らすなんて、自分に対してもったいないですよ。せっかくもらった時間を無駄に過ごすことなく、やりたいことを探してほしい、自分で納得できる人生を送ってほしいと思っています

 2017年の1月に受けたインタビュー「エッ?と思う字幕は、どこかおかしいの」も公開されています。40年間の苦闘の足跡、こちらもぜひお読み下さい。⇒コチラです  私は人がなんと悪口を言おうと(ひどいバッシングを受けたこともあります)、戸田さんの字幕のファンです。 

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絶品「アンジェココ」のアップルパイ

◎週末はグルメ情報です!!

 博多駅には美味しいアップルパイのお店が2軒あります。私はアップルパイに関しては、チョットうるさいんです(笑)。中央改札を出て、博多口に向かう右手にある「ミニョン(MIGNON)」というお店。⇒私の紹介文はコチラです  シナモンの香りがやさしく感じられるアップルパイで、一番外側のパイがさっくさくで、中のりんごはちょうどいい甘さ。量も一口サイズで、デザートというかパンっていう感じですが、すごく美味しいんです。しつこくないので、1個と言わずもうちょっと食べれそうですね。なんとも安いお値段(194円)で、めっちゃ美味しいアップルパイです。このお店の前を通ると、いつの時間帯も必ず行列ができています。

 もう一軒は、さらに進み博多口の出口に面した「阪急」デパートの地下一階に降りていきます。その入り口付近にある、ケーキ屋さんの「アンジェココ」がそれです。⇒私の紹介文はコチラです  ちなみに本店は佐賀県の鳥栖市にあるみたいですね。博多の地元の人々には、行列のできる店として大変有名のようです。でもいつでも買えるという訳ではありません。特定の曜日(水・木・金・土・日)の午後2時と午後5時から販売と決まっています。私は博多に立ち寄った日には、必ず午後2時から並びます。見た目も味も、一般的なアップルパイとはかなり違います。ちょっと細長い形のアップルパイは外側の生地はサクサク、中のスイートポテトの様な感じの層と甘酸っぱいリンゴがマッチしていてかなり美味しいです。いつも販売の時間には、行列が出来ていますね。食べてみると、ようやくその理由が分かります。大きさの割には、お値段自体(297円)はちょっと高めかな~とも思いますが、食べてみると、ボリュームもありますし、十分価格に見合ったアップルパイじゃないかなと思いますよ。今日も遅めのお昼ご飯(ナイル」で)を済ませた後で向かいます。2時5分前、珍しく行列ができていません。中央付近の売り場にあるハラダ」のラスクをお土産に買って、もう一度戻ってきたら、やっぱり行列ができていました(笑)。生ものなので、その日のうちに食べるのがいいです。現在、私の中で一番美味しいと思うアップルパイがこの「アンジェココ」のものです。 ❤❤❤ 

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長崎駅

 長崎県の県庁所在地、国際観光都市・長崎市の中心駅であり、長崎本線の終着駅が「長崎駅」です。博多方面への私の大好きな特急「かもめ」や、県北地方とを結ぶ快速「シーサイドライナー」や普通列車が発着しています。2013年(平成25年)からは、JR九州の豪華クルーズトレイン「ななつ星in九州」が乗り入れるようになりましたね。また、2022年には九州新幹線(長崎ルート)が開業する予定です。駅名標には龍踊りの龍がデザインされています。私が降り立った日は、「長崎くんち」真っ盛りで賑わっていたんですが、長崎くんち仕様の自動販売機や龍飾りもホームに設置してありました(写真)。

 

 1897年(明治30年)、九州鉄道が長崎市内への路線を開通させた際に、長崎駅」として開設されたのは、隣の現「浦上駅」でした。その後、より市街地に近い大黒町への新駅設置と路線延伸が検討され、1905年(明治38年)に路線が市中心部側へ延伸されて現在の長崎駅が開業し、それまでの「長崎駅」「浦上駅」へと改称されたという歴史を持っています。現在、旅客ホームの線路はすべて車止めが設けられ行き止まりとなっていますが、かつてはその先に、上海航路に接続する「長崎港駅」がありました。1982年(昭和57年)の同駅廃止後、長崎駅は1993年(平成5年)に「頭端式ホーム」に改築されました。これは行き止まり式で、上から見るとちょうど「E」の字となるホームの形式です。最近私が訪れた鹿児島本線の門司港駅」もそうですね。3面5線を有する地上駅で、構内には階段・跨線橋がなく、すべてのホームへ水平移動が可能なバリアフリー構造となっています。ホーム先端部には車止めが設置されています。プラットホームは、平成に入り設置された0番のりばを除き、有効長がずいぶん長く取られているのは、かつて本州方面への長距離優等列車(寝台特急さくら・みずほ・あかつきなど)が走っていた名残りです。2番のりばと3番のりばとの間に中線が1本あり、1982年(昭和57年)頃までは長崎港駅へと通じていました。長崎電気軌道の路面電車や路線バスの乗り場へは、ペデストリアンデッキを介して連絡をしています。

 現在の駅舎は4代目になりますが、2000年(平成12年)に建てられたもので、旧駅舎の三角屋根に代わり、ドーム状の屋根と多目的広場「かもめ広場」が設けられ、それに併設する形で複合ビル「アミュプラザ長崎JR九州ホテル長崎」が開業しています(5代目となる新駅は移設されて高架駅となるとか)。駅構内には「総合観光案内所」もあります。アミュプラザ長崎」は駅に直結しており、レストランやショップ、映画館などで構成されています。私の大好きな「江山楼」「福砂屋」のお土産ショップも隣り合わせで営業しておられました。その1階の一角にある「長崎おみやげ街道」には、カステラや角煮まんじゅうなど17店舗が集まり、人気の長崎土産が揃います。お土産を買うには便利です。駅舎との間は、巨大なドーム屋根に覆われた「かもめ広場」となっていて、イベントなどに使われています。 ❤❤❤

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ディアゴスティーニからThe Magic刊行!

 デアゴスティーニ・ジャパンから、世界的マジシャンのメイガスが監修した隔週刊 『The Magic』(全70巻)が刊行を開始しました。メイガスさんは、世界22ヶ国、数百名のマジシャンをクライエントとする有名マジシャン、特にイリュージョンの第一人者で、昨年はテレビの特番が組まれましたね。彼が、およそ200演目に及ぶさまざまなマジックを伝授してくれることになっているようです。第1号は特別価格690円で、なんとクロースアップ・マットがついて、バイシクルのデック(赤裏、冊子(16頁)、DVD(約45分)、さらにパケットカード1枚(1~5号に一枚ずつ付いてくるカードを全部揃えると、あのトリックスの鬼才赤沼敏夫さんが考案したパケット・トリック「ドリーム・オブ・エーセス」を演じることが出来ます)が含まれています。まさにお買い得感たっぷりですね。クロースアップ・マットのサイズは、縦295㎜・横415㎜で、A3用紙より一回り小さいくらいで、厚みは4㎜と薄いのでクッションはやや固めですが、細くグルグル巻きにすることができるので、かさ張らずに持ち運べそうです。すべりも良く、テーブルに敷いたあと、マットの裏地がしっかりと吸い付いて滑らないのも良いですね。通常のマットを買うだけでも3,000円以上しますから、これだけでも690円の元が充分取れる程の品質です。どうやってこんな破格の値段設定が実現したのでしょうかね??松江市の書店ではどこも扱いがないようなので(創刊号は地域先行テスト販売ですので、現時点では一部地域の書店でしか取り扱われていません。まだ宣伝もあまりしていないようなので知らない方もずいぶん多いかと…)、Webから直接予約購読を申し込みました。⇒詳細はコチラをご覧ください    次号からは1490円となる予定で、全部揃えると全70巻となります。私は現在、第2号まで手に入れました。小野坂トンさんのチャイニーズ・コインのシェルがついてきました。これだけでも定価の元が取れるというものです。さらにはDVDの「収納バインダー」までつけてある親切さです。今後のギミックでは、テンヨーのものも付いてくるみたいですよ。

 毎号ついてくるDVDでは、カードやコインを使った基本テクニックと、その号でマスターできるマジック3演目の詳しい解説と模範演技が収録されています。初回号では特別に、初心者に向けてマジックを演じる上での注意点「サーストンの三原則」①マジックを演じる前に、現象を説明してはならない ②同じマジックを2度繰り返して見せてはならない ③種明かしをしてはならないなどを説明していました。種明かしをしないようにとか、同じ相手に同じ演目を繰り返し演じないようにといった言ってみれば(マジシャンにとっては)当たり前のことなのですが、よく考えてみると最近の教材で、何故それをしてはいけないのか?ではどうすればいいのか?といったことまで説明しているモノは少なくなっているように思います。メイガスさんのこだわりと想いが込められているように感じました。

 多彩な演技の解説だけでなく、マジックの起源・歴史まで詳しく解説されており、日本の有名マジックバーの紹介もあります。創刊号から25号まで購読した読者全員にはマジシャン向けの収納バッグ「マジックアイテム3WAYバッグ」がプレゼントされるとのことです。まさに現代の「ターベルコース」と言って良い内容ですね。これだけの内容とギミックまでついてきて、このお値段は本当にお買い得だと思います。本気でマジックを学びたいと言う初心者がおられたら、お申し込みになるとよいと思います。私の時代にもこういう教材があったらよかったのですが…。世界の一流マジシャンからも推薦の言葉が寄せられています。 ♠♣♥♦

(追記)今日、第3号が届けられました。クインテットボックス」がついてきました。これはコップに落ちたはずのコインが忽然と跡形もなく消えてしまい、まるでマトリョーシカのように5重に重なったボックスから登場するという、1976年にテンヨーが開発した傑作です。解説冊子・解説DVD・トリックカード・クインテットボックス、これだけついて1490円ならお買い得ですね。解説冊子を綴じておくバインダーも近日発売とのことですので、これに綴じておけば、マジック百科事典の完成です。

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辛島美登里『カシミア』

 今日10月25日(水)は、大好きな辛島美登里(からしまみどり)さんの芸能活動30周年記念作品アルバム『カシミア』の発売日です。今日は授業もない日なので(北高教育デー」で校内模試実施)、田和山のスタジオワンダーまで電動自転車で買いに行ってきました。1枚だけ置いてありました(淋)。素敵なジャケット写真ですね。冬のラブソングの女王・辛島さんの、清楚でまっすぐに美しい伸びやかなヴォーカルと、それを彩る詩情的なピアノ&ギターの調べ。たったそれだけなのに、とびきり切なくなる<大人のためのピュア・サウンド>、シンプルでノーブルなカバーアルバムです。何よりも歌が上手い!最近も私は辛島さんの魅力について、このブログで取り上げたばかりです。⇒コチラです 鹿児島県出身。56歳独身。奈良女子大学家政学部生活経営学科卒業。家庭科の教員免許も持っておられます。タモリさんが「辛島先生」と呼ぶのはこういうわけです。

 辛島さんの都内ご自宅のベランダには、鉢植えの花が並んでいます。その花になぞらえてご自分の曲作り、人柄を語ったインタビューがあります。本当に辛島さんらしいな、と思いました。長年彼女の音楽を応援し続けてきて、まさにこれが「辛島美登里」の姿です。

 花は好きです。育てるのも好きだし、切り花を飾るのも。自分と違う生き物と共存したいという思いがあるんですね。鉢植えの花を見ていると、同じ水道水を飲んでいるのに、私は汗をかくだけで、花はきれいに咲くんだな、と(笑)。そういう、全然違うことを表現してくれるものがいっぱいあると、生きている楽しさを実感できるんです。
 好きなのは、白い花と、ブルーの花。温室育ちではなく、野に咲く花が好きだという。
「花屋の花を見ているとわかるんです。赤とか強い色の花は、生命力も強いんです。白とか寒色系の花、淡色の花は弱いんですね。そこのところが、曲作りと似ているというか、なんというか。淡いもの、微妙なニュアンスを表現しようとすると、どうしてもインパクトが弱くなって、なかなか評価してもらえない。派手でわかりやすいもののほうが、次に進みやすいんです。だからすごくジレンマがある。でもね、それでもやっぱり、私は白とかブルーの花のほうが好きなんですね
 自分を花にたとえるとしたら、どんな花だろう?
 「たぶん、花屋に売っている花じゃないと思います。道ばたに咲く小さな花なんですけど、でも毎年咲くんです。しぶとい(笑)。たぶん紫くらいの色で、気がつくと“また咲いてる!”と言われるような。そういうタイプだと思います(笑)」(萩庭桂太「道ばたに咲く小さな花」8月11日)

 「カシミア」のように柔らかで美しい辛島さんのヴォーカルを、ピアノ・ギター・チェロで優しく包み込んだセルフ・カバー4曲を含むカバー名曲集(全12曲)です。このアルバムのトップを飾るのが「愛すること」(辛島美登里作詞・作曲)です。伸びやかな辛島さんのヴォーカルとやさしいピアノの旋律に包まれて生まれ変わったこの曲を、改めて好きになりました。小田和正さんの「たしかなこと中島みゆさんの「糸」のカバーも必聴ですよ。 ❤❤❤

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自己採点ミス

◎「まあいいか、その一言でもう一年!」

 マーク模試「自己採点」がデタラメです。○×の確認だけの採点がきちんとできないのは一体どういうことか??某予備校のデータによれば、自己採点と実際の得点が一致しない生徒の割合は82%もあります。模試会社の公表によれば85%とも言われています。ひどいのになると数十点も違います。成績が悪いことよりも、自己採点がデタラメなことの方が問題ですが、もっと問題なのは、それをきちんと理解してミスをなくす努力をきちんとしている生徒が非常に少ないという点です。学校も「きちんとしなさい!」とは言うけれど、それ以上の手立てを講じようとはしません。無関心なんです。私が松江北高に赴任した頃は、模試の各回ごとに追跡をかけて、対策を講じていたものですが、今はそれもありません。当時は、冬休みに学校で行うセンター模試演習でさえも、その日のうちにマークリーダーで得点と自己採点の照合をしていたぐらいです。こういう基本がきちんとできていたから、進学成績も好結果が出ていたんです。

 今日は、なぜ「自己採点ミス」が起こるのかを考えてみたいと思います。私の考える主な原因は次の通りです。いずれも2回点検することで防げるミスばかりです。

(1)問題を解く際に、自分の解答をきちんと問題用紙に転写していない。問題番号をずらしてしまう。不鮮明でどれにマークしたのかが読めない。消しゴムできちんと消していない。その結果、自己採点当日に自分の答案が再現できなくなる。

(2)問題用紙の解答を「自己採点用紙」に転記する際に写し間違える。もう1回点検することで防げるミス。

(3)正解と自分の解答を照合する際にうっかり○×を間違える。もう1回点検することで防げるミス。

(4)得点を小計、合計する際に暗算でやって間違える。電卓を使って、2回計算することで正確に合計できる。

 これらはもう一度見直す(検算)ことで全部防ぐことができます。いかに正確な自己採点が重要かは、受験指導を長年やった先生なら、よくよく分かっておられることでしょう。最近、今年の英語のセンター本試験の分布で、平均点付近で2点違うとどのくらいの順位が違ってくるのかを、同僚の正村先生に計算してもらいました。それによれば9,504人です。長文問題1問6点違うと、28,621人です。どうです?馬鹿にならないことが一目瞭然でしょう?たった1問でこれだけ順位が異なってくるのです。模試の判定でも、自己採点がデタラメ状態では、デタラメな志望校判定結果しか返って来ません。ましてやこれが本番となると…?この恐ろしさを生徒にきちんと伝えて、毎回追跡をかけて、限りなく自己採点ミスを0点に近づけていく努力を怠ってはなりません。現場では「忙しい」と称して、こうした努力を行っていない学校が数多くあります。私には本末転倒の「言い訳」としか思えません。生徒の自己採点を信じて、二次出願を行う訳ですから、そこをきちんとしておかないと、ボロボロと取りこぼしが出てくるでしょう。長年進路部長を務め、毎年校内データ追跡をしながら痛感したことです。

 私は若い頃、島根県立松江南高等学校に13年間勤務させていただき、そこで教師として一から育ててもらいました。当時は「北高に追いつけ、追い越せ!」を合い言葉にして、方法論こそ違え、全教員がそこを目指して精一杯努力をしていました。そしてそれを実現して、島根県一のトップに立ったものです(今はもう見る影もありませんが…)。今では信じられないでしょうが、センター試験の初日、2日目に島根大学で試験終了後には、会場で担任が生徒一人一人から問題用紙を段ボール箱に回収していました。これには三つ理由があって、初日、家に帰って自己採点をしたりして動揺する生徒を出さないため②学校での「自己採点」当日の問題用紙忘れを避けるため、そしてここが一番重要なんですが③担任がその夜のうちにクラス全生徒の自己採点をして、翌日学校で生徒の自己採点との照合をして正確を期すため、ここまでやっていたんです。真夜中に、その結果を担任同士で電話連絡を取り合ったりしたものです。ある年には真夜中にクラス全員の自己採点をしていて、英語があまりにも点が低いので、ショックを受けて鼻血を出した(笑)こともありましたっけ(実はこの年は英語がとびきり難しく全国平均点が96.4点で、私の生徒たちはかなり高得点を取っていたにもかかわらず、見かけの点の低さに愕然としたものです)。すでに「自己採点」の当日には、生徒の点を担任がちゃんと把握しているのですから、生徒がいい加減な「自己採点」をすればすぐ突き返すことができました。ここまで正確を期してやっていたのです。

 教員が「忙しい」と称して、肝心の所で手抜きをしているのがとても気になります。事情の分かっている私などは、「ここできちんとやっておけば後で楽ができるのに。結局、後で苦労することになるのになあ…」と感じています。負けに不思議の負けなし」です。○×の自己採点くらいきちんとできなければいけません。

 私は今日の病院検査で、過去最悪の数字を見せられ(授業が少なくなったために歩くのが激減したのと、旅行三昧で食生活が乱れたのが原因です)、チョット打撃を受けましたが、今日行われた「第2回ベネッセ・駿台記述模試」(超難しい!)「見直しプリント」の手直しを、超満員のイオンの3階・フードコートでやっていました。全国の先生方から「忙しいのに大変でしょう。よくできますね」と声をかけていただくことが多いんですが、ここで頑張っておくと、後で楽が出来ることが分かっているのでできるんです。月曜日にはこれを配布して、生徒に見直しを迫りました。前回の「全統マーク模試」の見直しプリントを、「ダウンロードサイト」に登録しておきました。❤❤❤

・「2017年3年生10月全統マーク模試」見直しプリント

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「ピースミュージアム」再訪

 「ナガサキピースミュージアム」には、長崎を訪れるたびにもう何回も訪問しています。私の過去の訪問記は⇒コチラコチラです  長崎市出身のさだまさしさんの呼びかけからスタートした、「ナガサキピーススフィア貝の火運動」に寄せられた募金をもとに、2003年4月古市徹雄先生の設計で誕生したミュージアムです。ピーススフィアは平和な球体、貝の火は慈しみの大切さを描いた宮澤賢治の童話に由来し、地球の平和をイメージして、美しい自然や子供たちの笑顔、音楽などを通して、平和の素晴らしさを訴える「平和文化型ミュージアム」として活動の幅を広げています。平和の素晴らしさを心豊かに味わうことのできる施設です。現在、世界では紛争、飢餓、貧困、環境破壊など多くの問題をかかえており、子どもたちが笑顔で生きることが出来るよう、平和への一歩を提案しています。さださんの開園にあたってのメッセージです(日本語と英語)。

▲背後に停まっているのは豪華客船

平和って何?と聞かれたら、一体どう答えますか?
子ども達にそう尋ねられたときに、僕はこう答えます。
「誰もが仲良く暮らすことです」と。
ところがこれが難しい。地球上では相変わらず、争いが絶えません。

「広島」「長崎」という記憶は、世界にとって一体、何なのでしょう。

長崎が最後の被爆地でありますように。二度とあの残虐な兵器が使用されませんように心から願っています。きっと誰もが。但し、その実現に、危ういものがあることも感じています。

私たちの「誰もが」心のどこかで夢見ている「平和な地球」を想像し、模索する、という意味で、その象徴的な建造物を「ピーススフィア(平和な球体)」と呼ぶことにしました。

平和の概念はとても難しいですね。
身近で解りやすい「平和」を表現する方法がないか、そうしてそれを「かたち」にすることで長崎から世界に、私たちささやかな人生を生きる日本の人々に発信できないかと願っているのです。

あなたの大切な人の笑顔を守るためにはどうしたらよいのか、また、何から始めるのか。
そんなことを考えるきっかけになってくれるような何かを、長崎に作ろうじゃないか。

それが、ピーススフィアの運動(貝の火運動)です。

あなたの力を貸してください。
長崎から世界へ。愛を拡げたいのです。

さだまさし

Message from Masashi Sada

“What is Peace?” How do you answer this question?
When children ask me that, I tell them,
“Peace is when everyone gets along and lives together happily.”
But this is easier said than done, and nations still wage war.
“Hiroshima” “Nagasaki”
What does the memory of what happened there mean to the world?
“Let Nagasaki be the last Hibakuchi. (site of an atomic bombed city)”
“Never let such cruel weapons be used again.”
This is something each of us prays for from the bottom of our hearts. But the reality is that a great danger that our prays will not be answered.
We imagine and grope for a “Peaceful world”. It is something that is somewhere in our hearts, that everyone longs for.
I call this movement the “Peace sphere”.
A conception of peace is very difficult, isn’t it?
I’m looking for a better simpler, more familiar way to express what peace is, and send it to the world from Nagasaki.
This is the message I want to give to all the world and to the Japanese people from all walks of life, just like us in Nagasaki.
What should we do to protect the smiling faces of those we love? How can we start?
I want to find something which gives us a chance to think about these questions and I think we can do that in Nagasaki.
That is the movement we call the Peace Sphere(Gem Fire movement)
Please give us your hand.
We want extend our love from Nagasaki to the World.

Masashi Sada

 ミュージアムを外に出ると、私のお気に入りの五線譜のモニュメントがあります。これはグラフィックデザイナーの故・福田繁雄(ふくだしげお)先生が制作を手がけた、五線に音符のモニュメントです。先生は単純化された形態とトリックアートを融合させたシニカルなデザインが特徴で、本のエッシャー」とも称されます。2009年にお亡くなりになりました。モニュメントのタイトルは「宙(そら)へ(2004年、九州地方を襲った台風の暴風により、高さが約10メートルという高さのため、一度曲がってしまいましたが、現在は修復され固定されています)と言います。さださんが「何故、「五線に音符」がモチーフなのですか?」と尋ねると、福田さんは、平和じゃ無くなる時、真っ先に奪われるのは音楽だからだよ」と答えられました。今日は、超巨大豪華客船が松ヶ枝埠頭に着岸しており、すごい背景をバックに記念撮影です。

▲原田泰治先生と 八幡も若いね

 館の入り口には、名誉館長の画家・原田泰治(はらだたいじ)先生の作品「二人の約束」が掲げられています。平和を願う原田先生らしいほんのりとする絵ですね。 原田先生は、平和について、まさし君は「誰もが仲よく暮らすことです。」と答えています。まさし君の初心を大切に、皆さんとご一緒に僕もピーススフィアの運動(貝の火運動)を支えていく決心です」と。私が訪問した時には、北川孝次(きたがわこうじ)さんの写真集出版の記念展「百年先の笑顔へ」が開催中でした。子どもたちの笑顔はくったくがなく本当に素敵です。私からあなたへ、そして隣人へ、笑顔のともしびを伝えていけたら、それはいつか大きな輪となって、町を、国をそして地球全体を 覆うことだろう。世界は広く、多様性に満ちている。 いろいろな国の人々の笑顔に接して、この人たちの笑顔を絶やさない環境が守られることを、 祈らずにはいられない」と北川さん。20年続いたさださんの恒例行事「夏・長崎から」では、さださんはいつもあなたの大切な人の笑顔を思い浮かべてください。そして、その笑顔を守るためにあなたに何ができるかを考えてください。そしてもうひとつ…考えたことを実行に移してくださいと呼びかけておられました。世界中では、未だに戦争で小さな子どもたちの笑顔が奪われています。1日も早く、戦争のない平和な世界が訪れるように願ってやみません。そんなことを、ピースミュージアム」のボランティアのお二人と話しながら考えておりました。この方たちに親切に中をいろいろとご案内していただきました。ありがとうございました。また「せんそうほうき」をもらってしまいました。歩いて長崎県美術館「特別展 さだまさしの世界」に向かいます。⇒私の訪問記はコチラです♥♥♥  

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owing to

 松江北高の3年生の授業で使っている『システム英作文』(桐原書店)の1課「無生物主語」Advancedにこんな作文問題がありましてね。生徒たちはいろいろな英語で書いてきてくれました。

●その事故のために私は学校へ行けなかった。(中央大)
That accident prevented me from going to school.
I couldn't go to school because of/ due to/ owing to the accident.

 どれも正しい英語で○です。ただ生徒たちに言っておきたいのは、最後のowing to~という表現です。これは多くの受験参考書などに、群前置詞」としてbecause of ~= owing to~ = due to~ = on account of~「~のために、~が原因で」と羅列して書いてあるので、そのまま覚えているからでしょう。owingというのは「借りがある、恩義がある」という意味の動詞oweから来ている単語なんですが、堅い表現で、「告知文・新聞・科学雑誌・公文書でしか目にすることはありません」(クラフト)。口語表現ではないのです。日常会話ではbecasue ofdue to(前者よりもちょっと堅い)を使います。そのことは、LDOCEが“formal”と記載していることからも明らかですね。私たちの『ライトハウス英和辞典』(第6版)には《格式》とスピーチレベルを明示しています。OALDの最新版は無レーベルでよろしくありません。Macmillan English Dictionaryには注記があって、”Both owing to and due to mean ‘because of’. They are used in exactly the same way, except that due to can be used after the verb ‘to be’.”とありますが、完全にスピーチレベルを無視した注記です。Michael Swan,  Practical Enlish Usage (4th edition, 2016)によれば、”Due to is more common than owing to.”とあります。尊敬する山岸勝栄先生の『スーパーアンカー英和辞典』(学研)では、改まった堅い表現であるネクタイマークを示した後に、because ofまたはdue toのほうが一般的」と注記を入れています。さすがですね。Google Books Ngram Viewer(52億冊の本から5000億語を集めた巨大データベース) を使えば、数百年前から今日までの書籍に現れる単語(2語以上ならそのフレーズ)の流行り廃りを、時系列の「折れ線グラフ」で見ることができます。検索窓にbecause of, due to, owing to(複数あるならカンマで区切って)と入力すると、その単語の年代別の出現頻度の推移が一望できます。やってみてください。一目瞭然に上で述べたことが裏付けられます。⇒コチラです

 先日、やはり『システム英作文』の「仮定法」で出てきた「もうそろそろおいとましなければ」を、「模範解答」では、It’s (high) time I was leaving. / It’s (about) time I was leaving.と示しています。たいていの受験参考書にもそのように示してありますね:「timeの前にhighやaboutを置くことによって、それぞれ「とっくに…する時間だ」、「そろそろ…する時間だ」という意味になる」(『エイブル』) 「timeの前に形容詞のhighや aboutをともなうこともある。It’s about time we started.  (もうそろそろ始める時間だよ) It’s high time we started.(もうとっくに始める時間だよ)」(『ゼスター』)稲田一『図解 高校3年間の英語を10時間で復習する本』(中経文庫、2017年)には「timeの前に「about(そろそろ)」「high(とっくに)」が入る場合がある」  両方ともspoken/ informalと辞書には記載があります。しかしながら、普通のネイティブ・スピーカーの反応はこのような意味の違いを認めません。high timeというと(南部の人がよく使う、年配の人がよく使う、というネイティブも)、何か古めかしい表現という感覚で捉えています。aboutが普通の表現です。

 日本人学習者には難しいこのようなスピーチ・レベルを、分かりやすく解説した面白い本が最近出ています。キャサリン・クラフト『その英語、ちょっとカタすぎます!』(DHC、2017年9月)がそれです。日本人が英語を話すときの最大の弱点が「口語表現を使いこなすこと」。見開き完結の楽しいエッセイで、楽しく口語表現が身につくように構成されています。名古屋在住のクラフト先生の『先生、その英語は使いません!』(DHC)『日本人の9割が間違える英語表現100』(ちくま新書)は英語教師必読の書です。とっても勉強になります。意外な発見があると思いますよ。ぜひみなさんにオススメしておきますね。❤❤❤

(追記)このような英語語法の問題にご興味のある先生方は、このブログの右にある「カテゴリー」「・英語語法」をクリックしてみてください。参考になる記事が出てくるはずですよ。私が辞典編集において、気がついた表現のコラム記事です。 

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福砂屋本店

◎週末はグルメ情報です!!

 知り合いにもらって初めて食べたのは、もう30年以上前のことです。以来ずっとカステラは、長崎福砂屋」(ふくさや)に決めています。美味しいんです。そんな話をよくするものですから、卒業生たちが帰省するときに、よくお土産に持ってきてくれたりします。ありがたいことです。創業以来(1624年寛永元年)一貫して不変の、手作りによる製法を守って製造しておられます。永い年月の積み重ねの中で、鍛えぬいて会得した職人さんの「手わざ」撹拌技術が、福砂屋」のカステラの美味しさを支えています。精選吟味した厳選材料を用いて、ミキサーを使わず、熟練の手わざで手間暇をかけて作ることで、ふっくらと焼き上げ、しっとりとした食感、コクのある甘みと風味を生み出しているんですね。昔は長崎だけで手に入るカステラだったんですが、最近は全国展開しており、大きなデパートでは全国どこでも買えるようになりました(昭和27年に東京支店、昭和52年に本社多良見工場、昭和58年に福岡支店、平成4年に大村工場開設)。以前は「福砂屋」のご主人は、気に入ったカステラが焼けないと、お店を閉めてしまわれました。従業員たちは焼け損ないのカステラ(これも他店のカステラよりもはるかに美味しいのですが)をもらって帰っては、ご近所にお裾分けするので、激怒したご主人は、それ以来廃棄処分にしておられました。私はこういう頑固な職人気質のお店は大好きです。今はもう大量に作っておられますがね。宮中お買い上げのカステラ界の名店です。

 長崎にカステラの老舗は数多くありますが(私はさだまさしさんの影響で最近「糖庵」(とうあん)のものも食べるようになりました)、その中でも老舗中の老舗である「福砂屋」。本店は、長崎市思案橋(しあんばし)の近く、丸山公園のそば船大工町にあります。瓦屋根に白壁、黒のシックな看板は、脈々と受け継がれてきた歴史を感じさせる佇まいですね(写真上)。ひっきりなしに観光客や地元のサラリーマンが、手土産にとお店を訪れています。私は今回、思案橋電停から3分ばかり歩いて、久々にこの白壁商家造りの本店を訪ねましたが、今日も超満員のお客さんでしたね。ここ本店にはコレクションしたギヤマンを展示していて、見学することもできます。

 日本にカステラが伝来したのは、ヨーロッパ諸国の海外進出が盛んであった、大航海時代真っただ中の16世紀中期のこと。当時、日本ではスペイン・ポルトガルとの間で南蛮貿易が行われており、その窓口であった長崎に、カステラをはじめとした様々な食べ物や文化などが伝えられました。その後、「南蛮菓子」だったカステラは、独自の変化を遂げて、栄養価が高いことから医学従事者を中心に全国へ広まったと言われています。ポルトガルのお菓子と思っている人も多いと思いますが、実はカステラはもともと、カスティーリャ王国(現スペイン)がルーツといわれます。長崎に伝来した際、ポルトガル人が、「これはカステラ(ポルトガル語ではカスティーリャをカステラと発音)王国のお菓子だ」と言ったのを、「カステラ」と日本人が聞き取ったことから、そう呼ばれるようになったのが起源だと言われています。

 創業年1624年、日本が鎖国へと向かっていく激動の時代に、初代「福砂屋」は、貿易商として砂糖、米など、様々な品目を扱っていたと考えられています。砂糖は福州(福建省)から長崎へ運ばれており、福砂屋」の「福」は、中国の福州、福砂屋の「砂」は、砂糖の砂からと言われています。ポルトガルやスペインだけでなく、中国とのつながりも深いのですね。

 「福砂屋」のロゴマークは、上の写真からも分かるように「コウモリ」です。普通なら「えー、そんな不吉な!」と考えられそうですが、蝙蝠」(こうもり)の「蝠」の文字が「福」に通じ、また中国語では同じ発音をするらしく、慶事・幸運の印と尊重されているところからきているそうです。このお店は天和2年の大飢饉の際に、米を拠出して唐寺「崇福寺」に寄進して、それで粥を作って人々にふるまったといいます(大釜がが境内に残っている)。その「崇福寺」の管主から「蝙蝠」を使うことをすすめられたそうですよ。初代は「福」の字を使った登録商標でしたが、明治時代に入り12代清太郎氏が、コウモリに改めました。コウモリと改めたのには、中国との繋がりにあります。カステラに使う砂糖など、当時、物資調達に重要な交流先であった中国では、コウモリは、幸運の印とされており、縁起が良いものでした。カステラのパッケージのシールや、お店の暖簾などをよく注意して見ると、コウモリがたくさん見つかるはずです。

 1624年(寛永元年)に創業して以来、「手づくり」にこだわる「福砂屋。卵を割ることから、泡立て、攪拌、焼き上げなどすべてのプロセスを職人さんが行っています。攪拌の際には、ミキサーは一切使わず、職人さんが長年の経験を積んで得た「手わざ」によって美味しいカステラが生み出されています。福砂屋」で使っている素材は、卵、小麦粉、上白糖、双目糖(ザラメ)、水飴(米飴)」のみを使って、ふっくら焼き上げています。添加物、ハチミツ、水、牛乳、ふくらし粉などは一切使用していません。無駄なものを使わず、素材で勝負しているのです。また、材料の一部である「卵」ですが、福砂屋ならではの行事として「卵供養」があります。1年に1度、毎年5月に菩提寺である「正覚寺」にて行われます。「社員全員が参列するもので、カステラの材料として日々に使う卵に感謝の気持ちを捧げ、供養します。卵へのこだわりや愛情が感じられる「福砂屋」ならではの行事です。

 「福砂屋」のカステラの大きな特徴と言えば、カステラの底に残ったザラメですが、そうなっているのにはちゃんと理由があります。福砂屋」では、材料を攪拌するときに、ザラメ糖の角をすり減らしながら、生地に馴染ませていきます。その際その一部を沈殿させて残しているのです。ザラメが溶けすぎてもダメ、全く溶けないのもダメ、コツはザラメをすり減らしながら、カステラの底に沈み残るようにすることだそうです。このザラメが職人さんによる手作りであることのまさに証なのです。このザラメ加減が、食べるときにシャリっとした独特の食感を生み出しています。私はこのかすかに歯にあたるしゃりっとしたザラメ感触が堪りません。

 福砂屋」に行くと、「オランダケーキ」(=クルミやレーズンを乗せて香ばしく焼き上げたココア味のカステラ)や「手作り最中」(=自分で餡を最中に詰めて食べるサクサク感が堪らない)も、必ず買って帰るお気に入りの品です。卵と砂糖の配合を多くして粉を少なく配した「特製五三焼カステラ」(2916円)も運がいいと手に入ります。長崎に行くと必ず立ち寄る「福砂屋」ですが、最近では日本中の大きなデパートで手に入るようになりました。でもやはり、長崎の本店で買ったカステラは、微妙に味が違うと感じるのは、私だけでしょうかね?最近では1個から買える小箱入りの「フクサヤキューブ」というおしゃれなパッケージの商品も好評のようです。

 今日は私のお気に入りの「福砂屋」のアレコレでした。⇒HPはコチラ

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ポカ

 年を取ったせいか、旅に出ると必ず「ポカ」をするようになって困っています。バーバリーのお気に入りの名刺入れをなくしたり、愛用のカフスボタンをホテルに忘れてきたり、洋服屋さんでバーバリーのハンカチを試着室に忘れてきたり(愛用のバーバリー三陽商会」が契約解除されたために日本で手に入れるのが難しくなっているのに…)、もう手に入らない高価なギミックコインをポケットから落としたり、小樽では恥ずかしくて人には絶対に言えないような大チョンボをしでかしたりと、何か必ずしでかして帰ってきます。今回も長崎旅行で、いくつかの「ポカ」をしでかしました(笑)。年はとりたくない…(生徒たちには25歳と称していますが)。

(1)一眼レフカメラの充電器を家に忘れてきてしまいました。それでも3台持って行っていたので何とかしのぐことはできましたが、電池切れの恐怖でヒヤヒヤものでした。帰りの博多駅で3台(1台は壊れた)とも電池がなくなりました。

(2)ハウステンボス駅に着いたところで1台目のミラーレスの電池が切れました。すぐにレンズを2台目(同じソニー製)に付け替えて、ハウステンボスへと向かいました。大きな荷物は入園後、コインロッカーに入れて、カメラだけ持って園内へと進みます。30分ぐらい写真を撮ったところで、カメラにSDカードを移し替えるのを忘れていたことに気づきます(全然記録されていません!)。長崎で撮った写真のSDカードはコインロッカーにある電池切れのカメラの中に。またわざわざ引き返してコインロッカーからSDカードを出すわけにもいかず、園内でSDカードを売っている売店を苦労して探してなんとか見つけました。もう一度最初の場所に戻って写真の撮り直しです(笑)。

(3)園を出国する直前に、バッグからミラーレスカメラを落とし(またやってしまった!)、レンズが認識しなくなりました。幸い本体は大丈夫のようで、望遠のズームレンズに付け替えてしのぎました。でも近距離の撮影ができなくなり困りました。レンズはめちゃ高いんです。これで何回買い換えることになるのか!

(4)長崎の旅館のお部屋に、夜食べようと思って冷蔵庫に入れていたチョコレート2枚(バッカス、アーモンド)を、翌日忘れたまま出発してしまい、列車の中で気がつきました(笑)。

(5)長崎県美術館で開催されていた「特別展 さだまさしの世界」の2階「カフェ」で特別提供されていた「パンプキンパイとシナモンティー」を絶対に食べてくる計画で行ったにもかかわらず、展示室に入る前に「カフェ」をのぞいたらお客は数人しかおらず、それなら先に展示会を見てから寄ろうと思って、展示を見終わって来たら、長蛇の列で、「あと3個しかありません」と言われ、ガーン!それなら最初に入って食べておくんだったと反省しきり。

(6)長崎ペンギン水族館」にも、タクシーを飛ばして回ってみようと思っていたのですが、「長崎くんち」のためにどこも長蛇の行列で、思わぬ時間をとってしまい、ペンギンに会える午後3時を過ぎてしまいました。

(7)お気に入りの「江山楼」「特上チャンポン」を食べる予定が、「長崎くんち」のせいか、とんでもない行列で、断念せざるを得ませんでした。仕方がないので、長崎駅のアミュプラザ内にあった「江山楼」でお土産用のチャンポンを買って帰りました。あー、王さんのチャンポン、食べたかったな。

(8)長崎はめちゃくちゃ暑かったので、旅先でのどが渇いて「コカコーラ」をしょっちゅう飲みました。松江に帰ってからの病院検査で、血糖値がとんでもない数値になっており、叱られました。

 人生、思うようにいかないことだらけです。ハイ。気をつけます。♥♥♥

(追記)もちろんいいこともいっぱいありましたよ。新型特急「ハウステンボス」&「ハウステンボスライナー」に乗れたこと、或る列車」を間近で見れたこと、長崎の東急ハンズでどこにも置いてなかった(×博多・広島・岡山・倉敷・米子)入浴剤「クナイプスーパーミント」のボトルと袋をまとめ買いできたこと「日本三大夜景」で有名な長崎の夜景を存分に楽しめたこと(前回は稲佐山の頂上にバスで登るも雨で全く見えず)、ハウステンボスの超人気オフィシャルホテル「変なホテル」の予約がとれて泊まってきたこと、ハウステンボスにオープンしたばかりの温泉「やすらぎの館」で温泉三昧(5種類)で過ごせたこと、特別展 さだまさしの世界」を堪能できたこと、ピースミュージアム」を二年ぶりに訪問し、親しくお話できたこと、自由飛行館」で幻の限定メニュー「ベリーdeベリー」を特別に出してもらえたこと、松江北高の偉大な卒業生永井 隆博士の偉業・遺品をじっくりと味わえたこと、等々。またブログに書きます。

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小田和正の魅力

 大好きな小田和正(おだかずまさ、70歳!)さんが、高校3年生の時のエピソードです。横浜の聖光学学院高等部の3年生、全校生徒はバスに分乗して遠足に出かける予定でした。しかし当日はあいにくの雨で、一向に止む気配もなく、結局遠足は中止となります。普通なら学校が下した決定ですから、生徒たちは諦めて帰宅するところです。大半の生徒はそうやって帰宅していきました。でも、小田さんと彼の仲間たちは諦めきれませんでした。高校生活最後の遠足でしたから、ずいぶん楽しみにしていたのでしょう。どうしても遠足に行きたい!そこで小田さんたちが計画したのは、生徒たちだけによる遠足の「自主開催」です。この企画に賛同したのは、前々から小田さんと馬があった20数人です。小田さんたちは、公衆電話ボックスから「イースタン観光」に電話します。「箱根に行きたいから、バスを貸して欲しい。マイクロバスでいいから」。するとバス会社は大きいバスを出してくれるという。あいにくの雨で会社もキャンセルが相次ぎ手持ち無沙汰の状況だったのでしょう。立派な一台がやって来ます。学校が下したNOを、小田さんたちはこうやってYESに変えてみせたのでした(小田さんの歌で私が一番好きな歌が「YES-NO」です)。運転手さんだけでなく、バスガイドさんまで同行してくれて、箱根に出発します。バスの中では仲間たちの大合唱。ユネスコ村、箱根の名所など、雨の中を一周して戻ってきました。当日の一枚の集合写真が残っています。みんな、「ヤッタぜ!」という顔で写っています。小田さん曰く、「いや、これでもう、後がない、という、そんな遠足だったからだよ。それはきっと大きな思い出となるだろう…。その、もうこれを逃すと後はないってことが、大きかったんだよ。でも、俺はそもそも、みんなでバスに乗ってワイワイやりながらどこかへ行くとか、そういうことが、もともと大好きなんだ」 小田さんは今でも集合写真を撮るのが大好きです。プロミュージシャンになってコンサートが成功したときスタッフと、野球チームの一員として、映画製作が実現して打ち上げで、どの写真にも、あの高校3年生のときと同じ表情が並んでいます。それにしても、高校生が電話してきたのに、よくバスを貸してくれたものですね。学校との兼ね合い、費用のこと、何か事故でもあった時のこと、今では大問題になりそうなことですものね(小貫信昭『小田和正ヒストリー YES-NO』(角川書店)による)。でも小田さんらしい逸話です。

 八幡は、小田和正さんのこうした人間的な魅力に強く惹かれている長年の大ファンですが、今日はその人柄を概観してみようと思います。まさに私の「小田和正ストーリー」です。実に素敵だと思いませんか?私はこんな生き方に憧れています。

 小田さんは若い頃から、自分にとって意味のある抵抗をせよ!自分にとって意味のない抵抗はするな!そしてその判断をするのは自分である」とおっしゃっていました。私がよく教室で生徒たちに紹介する言葉です。「学生服のボタンをだらしなくはずしたり、シャツを出したり、髪を染めたり、ピアスをしたり、指輪をしたり、スカートを短くしたりすることが、はたして意味のある抵抗であろうか?私は疑問を感じます」と(意味のある抵抗)。オフコース」時代は「売れる曲」を書かなくては、という束縛心があったといいます(プレッシャーとの対峙)。毎年毎年アルバムを作り、全国をコンサート活動で回り、という図式に疑問を感じ、年一作のアルバムを放棄しました。いいものができたときだけ聞いてもらえればいい、という彼なりの抵抗(ポリシー)ですね(しきたりへの抵抗)。そんな生き方に共感を覚えたものです。高校3年の文化祭では、4人で「グリーンスリーブズ」を合唱し評判になりました。その中には、後にオフコース」を組む鈴木康博地主道夫もいました(親友との出会い)。家業が薬局だった小田さんは医学部志望。高校2年の時、千葉大学の付属病院を見学し、暗い病棟でホルマリンのにおいをかいだ途端、自分には向いていないとおじけづきました(オープンキャンパスに参加することの重要性)。帰宅してすぐ「もう、医者はやめた」と宣言すると、母はあっさりと承諾してくれ「これからの時代は建築よ」と言いました。理系と文系の中間ぐらいの学問が向いていると思っていたので、小田さんにとって建築はうってつけでした(安易に選択することの怖さ)。鈴木は東京工業大学へ、地主と小田は東北大学に進学します。離ればなれになっても、夏休みには横浜へ戻りコンサートを開きました(友人の大切さ)。大学4年の時、初めて「ジ・オフコース」を名乗りヤマハ・ライトミュージック・コンテストに出場。東北予選を第1位で通過し全国大会へ進みます。建築関係に就職するつもりで、ここで全国優勝をして音楽にけじめをつけようと考えていた小田さんです。そこで山本潤子さん(現在活動休止中)の「赤い鳥」の信じられないような美しいハーモニーに打ちのめされます(挫折の経験)。彼女たちの「竹田の子守歌」は鳥肌が立つくらいすごかったといいます。2位にはなったものの、負けを引きずったまま音楽をやめる気にはなれませんでした(再挑戦の決意)。早稲田大学理工学部建築科修士課程に進み、音楽活動を続ける小田さん。当時は「南こうせつとかぐや姫」の前座として全国を回りました。幕が開くと客席がワーッと沸く。オフコース」が歌い始めると「あれ、かぐや姫じゃない」って感じになる。小田が「次が最後の曲です」と言った途端に大きな拍手が来る。「やっと終わりか」という意味です。哀れだったと振り返ります(下積み時代の辛さ)。大学院に戻り、「建築への訣別」と題する修士論文で、教授陣との質疑応答に臨んだ小田さん。近代建築の巨匠を論文で切り捨て、目の前にいる教授が設計した理工学部の校舎まで否定するなど、若気の至りで言いたい放題(自分にあくまでも正直に)。さすがに「建築はダメで音楽はいいと言うのか、君は!」と教授が怒り出します。最後は「訣別」の題名を穏便なものに変更するという条件で、論文を受け取ってもらいました。その日その足でライブハウスの「新宿ルイード」で歌っています。「今日、僕は建築をやめてきました。これから頑張って音楽をやっていきます」と(人生の転機)。当時のヒットメーカー筒美京平先生の書いたシングル曲「忘れ雪」を、コンサートでどうしても歌いたくないと拒否し続けます。レコードを売りたい事務所側と「新人のくせに生意気だ」と対立(コアなファンの間では「忘れ雪事件」として知られる⇒コチラです)します。小田は「歌いたくないものは歌えない」と自説を曲げず押し通すのでした(妥協することへの拒絶)。あれほど嫌いだったTVのCM(ネスカフェコーヒー)にも出演します。あれは衝撃的でした。「何でも体験しておこう」、と好きなゴルフのキャディーに挑戦。青木 功のアメリカでのシニア大会に同行します(幅広い興味とその追求)。他の選手の邪魔をしてしまったり、残り距離の計算を間違えたりと、緊張で失敗の連続で、いい年をして、青木さんに「こら、何やってんだ」と怒られたりもありました(失敗からの学習)。ソロになってから、驚愕の270万枚を売り当時のシングル売り上げ記録を作った「ラブストーリーは突然に(「東京ラブストーリー」主題歌)で大もうけし(大成功)、数年先と考えていた念願の映画制作の資金ができます。1992年に自ら脚本、監督、音楽を手がけた「いつかどこかで」を全国公開。だが、映画評論家からは酷評され強烈なバッシングを受けました。「才能の無い者に映画を撮らせてはいけない」とまでひどく言われました。悔しさで体が震えたといいます。意地で第2作目「緑の街」を(彼の自伝でもあります)、映画館では上映せずに、全国264カ所にも及ぶ公民館や地元の小ホールでの自主上映で全国を回ったのは小田さんらしい反骨精神でした。拍手を送りながら県民会館に出かけたのを思い出します。次の3作目が勝負だと言います(の夢と意地)。 当時「僕白身、50を過ぎて歌うなんて予想もしなかったけど、声は今が一番よく出ている。節制していないのに不思議ですよ。いろんなことにチャレンジし失敗もして、悔しがったり喜んだりしているから、いつも新鮮でいられるのかもしれません」と小田さん。あれからもう20年が経ちました。 来は締めくくりとして、代表曲を英語で歌ったCDを作りたい。欧米の音楽を目指してやってきた以上、そこをブレークしないと、ゴールに到達できないという想いがどこかにあるんですよ。」 楽しみにしたいと思います。1998年、小田さんは東北自動車道で大事故を起こし瀕死の重傷を負います(死との直面)⇒交通事故の私の詳しい記録はコチラです。 ファンの人たちから贈られる「生きていてくれただけでよかった」という言葉に愕然として、ファンを喜ばすにはどうしたらよいか、を真剣に考えるようになりました(恩返し)。それからの小田さんは、間違いなく一皮むけた存在となっていきました。

 そして今、小田さんは70歳(古稀)を迎えました。まだまだあの声は健在ですし、新しい挑戦も始まっているようです。そんな小田さんを応援し続けたいと思っている八幡でした。♥♥♥

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英作文のコツ

 私が担当する松江北高3年生の「英語E」は、システム英作文』(桐原書店)<Basic>, <Standard>が一通り終わり、今日から<Advanced>に入りました。この本は使いやすさで21年間のロングセラーとなっている入試英作文問題集で、取り組みやすい文法項目配列となっており、各課Basic → Standard → Advanced の3ステップで、段階的に書く力を養成できるようになっています。北高では長く使っている私のお気に入りの問題集です。さあ、いよいよ二次試験の英作文の演習です。これから始まる演習のために、英作文の「基本的な心構え」について今日は話しました。留意してもらいたいことが5つあります。

①KISSの法則(Keep It Short & Simple短い文簡単に書くというのが英作文の原則です。⇒詳細はコチラ  京都大学の作文入試問題のように日本語が数行に渡るような長い日本語でも、適宜区切って2つあるいは3つの文章で書いて構いません。1行で書こうとして空中分解した答案をたくさん見てきました。それよりも下手くそでもいいから、短い(short)文章でつないでいきましょう。そして簡単に(simple)書くことです。これが「力」です。

②「和文和訳」…与えられた日本文をそのまま英語に直すのではなく、自分に書きやすいようにもう一度日本語に訳すとよい。求められているのは正確な翻訳ではありません。意味がだいたい伝わっていれば良いのです。赤本」等に載っている見事な訳例を見て衝撃を受け、「自分にはこんな英語は書けません」といってやって来る生徒がいますが、あれは英語の達人が時間をかけて精魂込めて書いた物を、ネイティブの先生が添削した完成答案ですから、気にすることはありません。今の自分でできることをやればいいのです。

③難しい表現は簡単な単語を使って…かつて松江北高から東大の理Ⅲに合格した生徒が、中学校レベルの英語を使って東大の問題を毎日解いてきていました。それが感心するぐらい上手いんです。これが本当に力を持った生徒のやっていることです。間違っても、使い方を知らないうろ覚えの単語を並べて、空中分解してはなりません。自分がよく知っている単語を使って、難しい表現をなんとか置き換えられないかと考えるのです。(例)「近道」をa shortcutと書けなくても、a shorter[quicker] way 問題集に挙がっている(注)を鵜呑みにして、そのまま書くことは力につながりません。

④人を主語にして書く…問題の日本語が無生物主語の場合がよく見られます(特に難関大)。そういう場合でも、「人」を主語にして書くと楽に書けますよ。無生物で書こうとすると、使う動詞が難しくなるのです。「人」を主語にすると簡単な動詞を使うことができます。「物」を主語にせずに「人」を主語にする、これ英作文の鉄則です。

⑤「検算」を忘れない…書き終えた作文をもう一度点検することです。三単現の-s、冠詞忘れ、複数形、綴りミス、訳し忘れ等々1カ所でも間違いを見つけることができれば大きいですよ。1点で勝負がつくのですから。いつも言っている「やりっ放し」にしないということですね。見直しを忘れないことです。授業でも、自分の書いた作文と、先生が示すものを読み比べて、気がついたことを書き入れておくとよいでしょう。

 こんなことに注意しながら、これから英作文の練習をしましょう、と話しました「語彙力を磨く」のは読解同様前提です。

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「愛と裏切りの伯備線」~再び西村先生テレビに!

<あらすじ>

 十津川班の面々が部屋に集まる中、十津川警部(内藤剛志)にある報告がされた。十津川班に編入して日が浅い寺西敬介(窪塚俊介)刑事が退職して結婚するという。相手は米子の皆生温泉にある朝妻屋旅館の一人娘・朝妻みゆき(酒井若菜)である。みゆきは、父の浩一郎(石倉三郎)と母・昌子(神保美喜)と共に旅館を切り盛りしている。十津川警部は、ある事件の捜査のためにこの宿に亀井刑事(石丸謙二郎)、寺西と共に宿泊したことがあった。
 将来を有望視されており、惜しまれつつ警察官を辞めた寺西だが、数日後、寺西の両親から息子が行方不明になったと連絡が入る。朝妻屋に問い合わせると、こちらに来るとは聞いていないという。胸騒ぎのする十津川の不安が的中し、寺西は米子の海岸で死体となって発見された。十津川と亀井は米子へ向かう…。
 話は3ヶ月前に遡る。東京・池袋である老女が殺され死体となって発見された。傍らに落ちていた鉄パイプが凶器で後頭部に致命傷があった。物証が乏しく捜査は難航するかと思われたが、村川刑事(齋藤めぐみ)が描いた似顔絵が決め手となって、被害者は米子に住む田代ふみ(片岡富枝)だということが分かった。 ふみは長年、行商の仕事をしながら皆生温泉で孫娘の祥子(橋本真実)と二人で暮らしていた。近所の住人の話では祥子は東京に出てしまい、ほとんど音信がないという。だが、ふみの部屋の留守電にはその祥子の声で大金を用意して欲しいという伝言が残っていた。
 調べをすすめると、祥子は振り込め詐欺グループの一員で、仲間の遠野卓也(金井勇太)と共にふみから金を奪って姿をくらましていることがわかった。身を潜めるために祥子の実家のある皆生温泉に戻ってくるのではないか。そう推理して、十津川と亀井、寺西が張り込んでいたのが、みゆきと両親が営む朝妻屋旅館だったのだ。
 ふみ殺害については一応の解決を得て、十津川たちは東京へ戻った。この捜査中から寺西とみゆきは好意を深めていったようだ。その寺西が誰になぜ殺されたのか…。
十津川はそもそもの発端となったふみの殺害にまで遡り、事件の真相を推理する。十津川は一連の事件が見えない糸でつながっていると気づくのだが…。  (TBS番組HPより)

   

    10月16日(月)に放映された米子市が舞台の「愛と裏切りの伯備線内藤剛志さんの「十津川警部シリーズ」も早くも第4作になります。だいぶん板についてきたという感じですね。今回も前回同様3時間スペシャルでした。あれほど初回の頃は違和感を感じていた十津川警部ですが、故・渡瀬さんとはまた違った内藤さんの味・魅力が出てきました。今回のドラマは今までで一番面白かった。最後に大どんでん返しもあり、ストーリーにぐいぐい引き込まれていきました。あっという間の3時間でした。第5作にも期待しましょう。原作は西村京太郎『恋と裏切りの山陰本線』です。私もよく知っている米子の場所がたくさん出てきました:山陰歴史館、米子駅だんだん広場(例のSLのオブジェが出ていましたね、あれは絵になる)、JR米子駅、皆生海岸、弓ヶ浜、旅館「三井」、鳥取花回廊、大山寺本堂、等々。この夏にロケがあったようですよ。

◎再び西村先生ご夫妻がテレビ出演!!

 注目したことが3点。番組中にはキャストの台詞に、「出雲弁」がそれはもうたくさん出て来るんですが、役者さんによっては何かしらとってつけたような不自然な言い回し・イントネーションもずいぶんあったようです。私は出雲弁ネイティブ・スピーカー(笑)なので、やはり気になりました。「出雲弁」は難しいんです。ドラマ中では出雲弁のだらず」=馬鹿)がキーワードになっていましたね(もうこの言葉は日常あまり使うことはないんですが…)。

 もう一つは、前作と同様に(⇒コチラです)、劇中に原作者の西村京太郎先生ご夫妻が出演しておられたことです!やはり今回もご夫妻が散歩中という設定で、十津川警部と路上で出くわし、杖をつきながら(先生は現在左半身がご不自由なんです)奥様に支えられるようにして、西村先生が、あー、すみません。この辺に本屋さん、ありませんか?」と尋ねる。聞かれた十津川警部は前作同様、「いやあ、私はちょっと。…失礼します」何とも言えない間と表情で立ち去る、というものでした。どうやらプロデューサーは、原作者の西村先生を引っ張り出しては遊びを楽しんでおられるようです。

 それとタイトルの「伯備線」ということで、普通列車に加えて、特急「やくも」が何度も何度も登場していましたね。⇒特急やくも」の私のレポートはコチラ   実は特急「やくも号」にも2種類のタイプがありましてね、通常のものと、前面がガラス張りのパノラマタイプのものがあるんです(私は1号車のグリーン車でガラス張りの運転席から前の景色を楽しんでいます)。ドラマにも両方の「やくも号」が登場していました。❤❤❤

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「松江水燈路2017」

 お月様がきれいな10月。古い言い方では「神無月(かんなづき)」と言います。が、実は島根県出雲地方では「神在月(かみありづき)」と呼ぶのです。古い言い方では「出雲国(いずものくに)」では、毎年10月に日本中の八百万(やおよろず)の神々が集まって、出雲大社で酒造りや縁結びの会議を行う、と伝承されています。日本中の神様が島根に集まる。そんな時に開催されるのが、松江城周辺を淡い光で照らす、松江水燈路」(まつえすいとうろう)なのです。神秘の光に包まれた城下町・松江は、水の都」と呼ばれる宍道湖の水運豊かな土地柄と共に、心に残る素晴らしい旅路を約束してくれます。メイン開催は、9月23日(土)から10月29日(日)の土曜・日曜・祝日の13日間で、堀川遊覧船の夜行運転や、お城周辺への行灯(あんどん)設置などなど、他にも色々なイベントが催されます。平日は「緑の灯り道」として、城内のライトアップが行われます。

 松江城の会場へ上がる石段の両端には、足下を照らしてくれる、松江高専の生徒たちの作った「LED行灯」が設置されています。これは体温を感知して光る行灯で、行灯のそばにいくと、明るさを増すすぐれものでした。いい仕事をしています。

 慶長16(1611)年、江戸時代の最も初期に築城された松江城天守は、黒を基調とした豊臣系の天守です。外見は四層でも実際の内装は五階、地下一階、四重五階地下一階(しじゅうごかいちかいっかい)と滑らかに言うとぐっとお城通に聞こえますよ!その平面規模は、現存する12天守中2番目の大きさを誇り、高さは3番目、もちろん山陰地方では唯一の現存天守です。松江水燈路」の期間中は、松江城本丸も夜9時まで夜間開放され、天守への登閣も可能。色とりどり個性豊かな行灯が並んだ登城道をのんびり歩いて、様々な場所から見える、漆黒の闇に浮かぶ松江城天守を楽しみましょう。本丸内に入ると、素敵にライトアップされた幻想的な天守がハッキリと姿を現します。♥♥♥

 

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「特別展 さだまさしの世界」

 10月6日(金)から始まった西日本新聞社創刊40周年記念事業「特別展 さだまさしの世界」(西日本新聞社・KTNテレビ長崎・長崎県美術館主催)に、長崎県美術館に行ってきました(~11月5日(日))。この美術館は2005年4月、あの世界的に有名な建築家隈 研吾(くまけんご)さんが設計した素敵な施設です。私は「ピースミュージアム」を訪問してから、海沿いに歩いて10分ほどで、入り口に立ちました。美術館の入り口付近にある高さ約4m、幅約7mのLED大型映像装置が目に止まりました。展覧会情報や映像作品、館内で行われるイベントのライブ映像が上映されていました。中に入りチケットを買うためにエントランスロビーの受付に向かいます。高さ約12mの吹き抜けのゆったりとした空間です。三方をガラスのカーテン・ウォールに囲まれて、明るく開放的な雰囲気で来館者を迎えてくれます。定期的にコンサートを開催するなど、イベントも行っているそうで、今日も音大生がミュージカルを演じていました。奥には「ミュージアム・ショップ」があり、鮮やかな色づかいのスペイン国立プラド美術館のアイテムや、長崎らしいオリジナルグッズなど豊富な品が売られていました。

 さて、今回の特別展示は、長崎が生んだ多才でユニークなアーティスト・シンガーソングライター「さだまさし」の魅力を体感できる初めての特別展覧会です。1952年、長崎市出身、3歳でバイオリンを始め、九州に天才少年現るの呼び声も高く、中学校から東京に出てバイオリン修行、その後挫折して、1973年、フォークデュオ「グレープ」でデビューし「精霊流し」「無縁坂」などが大ヒットしました。私はその頃からずっーと応援しているんです。1976年にソロとなって以降、雨やどり」「関白宣言」「親父の一番長い日」「北の国から」などの大ヒットを放ち、今ではコンサート数は4251回を超えます。話芸とも呼べるステージ・トークでも有名ですね。2001年『精霊流し』で小説家としても活動を開始し、解夏』『眉山』『風に立つライオン』などが映画化されました。最近は、公益財団法人「風に立つライオン基金」を設立し、国内外で「いのち」や「平和」を守る活動をしている個人や団体などを支援しています。 吟遊詩人を体現するかのようなシンガー・ソングライターとしての活動を主軸に、小説家、話芸の達人、はたまた平和ミュージアムや社会福祉団体発起人といった多彩な顔を持つさだまさしの世界に、楽しみながら触れることが出来ます。さらに、光のインスタレーションで国際的に高い評価を得ているアーティスト、松尾高弘さんによる新作を展示。さだまさしの音楽世界を、レコード盤などのオブジェ、楽曲と映像によるダイナミックなインスタレーションで表現していました。入り口からご案内してみましょう。

 上図のように、さだまさしさんの多彩な才能や足跡の集合体を“まち”に見立て、来場者がまち歩きをするように、才能やメッセージに順次触れていきます。写真を撮ってもいい場所が明示されていました。

1.自由飛行場
さだまさしの世界へ到着入り口です。さだまさしの独自レーベル「フリーフライト」のマークである複葉機をモチーフにしたフィギュアを展示していました。長年のファンにとっては、さだ企画のフリーフライトレコード、実に懐かしいですね。

2.歴史館
さだまさしをつくった家族・恩人を紹介するコーナー。誕生からデビュー前までを、新聞記事の見開き風に紹介しています。また、さだまさしの家族や少年期のエピソード、影響を受けた友人や恩人について、ゆかりの品や写真などで紹介していました。

3.さだショー店街
歌手、小説家、映画制作など、多彩な活動が「さだ商店街」となって出現です。コナーとやレコーディングで使われた初公開のギター、直筆の歌詞や譜面なども展示されていました。各店舗では、さだまさしの精巧なフィギュアが店長となって皆さんをお出迎えします。

4.長崎館
さだまさしの原点を紹介!詩島などさだまさしゆかりの地のほか、精霊流し、おくんちといった長崎の伝統行事について紹介しています。また、学生時代、望郷の念にかられた時に心の支えとなった長崎出身の画家・山本森之助の風景画も展示。さださんがお父さんを見送った際の「精霊船」の模型も展示されていて胸を打ちました。

5.宇宙館
会場内に入ると、多種多様な光の空間の中に、さださんのCDが数多く天井からぶら下がり、さださんの曲が流れています。映像、照明、テクノロジー、インタラクションを融合させた「光のインスタレーション」によって、国際的に高い評価を得る松尾高弘さんの《RECORDS “さだまさしの宇宙”》です。空間に浮かぶレコードやCDはさだまさし唯一無二の「宇宙」を表し、会場に響く楽曲と映し出される情景は人の動きによって刻々と変化します。鑑賞者がそれぞれの印象的な楽曲を記憶と感性で辿るインスタレーション。さだまさしの音楽世界を感じてみることにしましょう。下の写真にあるように、床に両足のマークがあり、ここに足を乗せると空間の色が変わり、さださんの楽曲が流れます。私がマークを踏んだ時には「人生の贈り物」でした。お客さんが代わる代わる足を乗せて、さださんのヒット曲の数々を堪能していましたよ。

6.未来館
さだまさしさんからのメッセージが、映像で流されていました。

7.佐田商店
さだまさしのオリジナルグッズや、CD、DVD、書籍、コンサートパンフレットなど、多数のアイテムを販売して、充実のグッズショップとなっていました。コンサート会場で買えるものばかりです。私は今回展示の特製「クリアファイル、最新のコンサートパンフレットと会報バインダーを購入して帰りました。

8.メッセージ館
来場者がさだまさしへメッセージを送るコーナー。風に立つライオン基金」の紹介パネルもありました。お客さんが熱心にメッセージを書いて、ポストに投函していました。そして出口の「日めくり神社」で記念撮影です。

  展示会場のいたるところに、さださんそっくりの精巧なフィギュアが飾られてお客さんをお迎えしていました。この「フィギュア・ジオラマ」をプロデュース、制作したのは クリエーティブオフィス・フライトギア主宰の土井眞一(CM美術アートディレクター)さんです。近くに寄って見ていましたが、それにしても実によくできていました。この展示が終わったら、このフィギュアの数々はどこへ行くんでしょうね。全部写真に収めてきましたので、印象的ないくつかを掲載しておきますね。

 私が購入して帰った、さだまさしの世界クリアファイル」(600円)は、A4判のダブルポケットで、ポケットには、詩島で撮影したまっさんの写真と詩島の空撮写真を。表面は、濱田キヨハルさんが描いた本催事のメインビジュアル画が。稲佐山の上空から眺めた長崎市にまっさんの物語を詰め込んだ夢の街です。松江に帰ってからも、いくつもの物語を探すことのできる素敵な記念品でした。

 特別展示室を出たところにある美術館2階の「カフェ」では、さださんの名曲「パンプキンパイとシナモンティー」(この曲に出てくる喫茶店の「安眠」からさださんファンの岡村孝子さんは「あみん」を結成されています)にちなんだ同名の特別メニューを提供しています。私も絶対に食べて帰ろうと狙っていたものです。私が展示を見終わって、「カフェ」にやって来た時にはなんと長蛇の行列が。受付で名簿に名前を書いて順番を待ちます。「パンプキンパイとシナモンティーは食べることができますか?」とお店の人に聞くと、あと3個しかありませんとのこと。この行列ではとても無理と、残念ながら断念しました。そして美術館前から、タクシーを拾って、さださんのカステラ喫茶「自由飛行館」へと向かいました。❤❤❤

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「冨士屋」

 昭和20年代の半ばから30年代にかけての岡山市・奉還町には、 映画館やパチンコ店がひしめきあい、大いに賑わったといいます。昭和25年、この町に、新しい味のラーメン店が現れ、瞬く間に、買い物客、遊びに来た人、近所の学生や行員さんでごった返す人気店に成長したのです。戦後派の岡山ラーメンの歴史は、この奉還町から始まったといっても過言では ありません。岡山のラーメンの原点、あっさり系の岡山ラーメンの源流、中華そば「冨士屋」(ふじや)こそが、万人に愛され続ける岡山ラーメン、王道の味なのです。岡山駅から305m、歩いて5分のところにあります。同じく老舗の「浅月本店」の真ん前にあるお店です。私はお昼どきに行ったものですから、すでに長蛇の行列ができていました(写真上)。30分ほど待ってお店に入ると、カウンター席、テーブル席、奥に小上がり席があります。

  先代が築いた名店「冨士屋」の味は、薄い豚骨スープと醤油ダレがほどよく溶け合った、「旨み」で 満足感を与えてくれる一杯です。 時代に合わせてスープの味を少し補強して進化を遂げています。冨士屋」では、一番出汁 と二番出汁をとって後から合わせるという日本料理さながらの製法でスープを作ります。旨みがぎっしり詰まったスープは、時間がたつと、大量の脂が浮かび上がります。その脂をとる一手間が重要。分離した脂から、さらに精製してラードを作り、チャーシューの煮汁が入った醤油ダレと併せます。ちなみに、醤油は岡山県内の醸造所で調合した特製品です。最後に、煮こごりになっていたスープを沸かして液体に戻し、合わせます。具はチャーシューとメンマとネギ。これぞ中華そばといった、気負いの無い、シンプルな佇まいです。私はネギ増しでお願いしました。後からもやしも加えました。

 「冨士屋」の麺は「22番」という符丁で、3cmの幅の中で22本麺がとれる、実はこれが今の岡山のスタンダードなんだそうですよ。冨士屋の麺を基準に、岡山の麺は成り立っていると言っても過言ではありません。形は変えずに、中身は充実・進化していく、でも冨士屋の味からはあまり離れない味。岡山のラーメンの原点は、変わらないけど変わっている。老舗というのは、守るだけではダメで攻める、変えていく、でもかたちは変わらない。老舗の「のれん」の重さを感じるところです。味は昔ながらの中華そばという感じです。でもこれぐらいなら、もっと美味しい店はいっぱい知っているぞ、というのが私の直感でした。❤❤❤

◎週末はグルメ情報です!!

 

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「珈琲館」ふたたび

◎週末はグルメ情報です!!

 今はもうありませんが、寝台列車の「出雲号」は、若い頃よく利用して東京へ行っていました。今は「サンライズ出雲」に置き換わっています。⇒この列車の私の詳しいレポートはコチラ  そんなこともあって、出雲号」を舞台にした推理小説は大好きで、結構読んでいるんです。最近は、若狭木虔『寝台特急出雲・大井川の殺人』(実業之日本社、2004年)が面白かったですね。 昨日は、峰隆一郎『「出雲2号」13分の空白』(大陸書房、1989年)を読み終えました。さすがにこのトリックは私の頭を悩ませました(私はこういう時刻表のアリバイ・トリックを崩す作品が大好きで、津村修介さんの熱狂的ファンでした。昔は結構おられたんですが、最近はこういう時刻表ミステリー作家が少なくなりました。本のページに時刻表が出てくると、俄然やる気が湧いてきたものです)。その推理小説の中に、私の行きつけの喫茶店「珈琲館」が登場します。こんな描写です。

 橋を渡り、一番目の角を左へ曲がると、そこはアーケード街だった。このあたりが末次本町というところらしい。
  「あたしたちがよく行っていた喫茶店に行ってみたいわ」
 アーケードを少し歩いて右へ折れると、京橋川につき当たる。その橋のたもとに『珈琲館』があった。
 「懐かしいわ」
 仁美が声をあげた。赤レンガ作りの建物に蔦が絡んでヨーロッパムードの店だった。京橋川の対岸にもクラシックな建物が見える。元の日銀支店だ、と仁美が教えてくれた。店に入り、窓ぎわの席にテーブルを挟んで座った。珈琲を頼む。  (p.52)

 島根県松江市末次町本町にある、地元老舗の喫茶店「珈琲館」です。堀川沿いの敷地に建つ、存在感のあるツタの絡まる煉瓦造りの建物です。創業40年以上の歴史を持つ雰囲気のよい地元の珈琲専門店で、私は学生時代から利用しています。この喫茶店の2階が私の仕事場で、行き交う堀川遊覧船」カラコロ工房」などを眺めながら、原稿を書いていました。店内は落ち着いた色調で、1階、2階ともにテーブル席のフロアです。結構広い喫茶店で、窓から堀川の見えるテーブル席がオススメです。店内にはクラシックのBGMが流れています。入口には焙煎室もあり、珈琲豆の販売もされています。珈琲館ブレンド」は450円です。厚みのあるコーヒーカップで提供され、厳選された自家焙煎。味・コク・香りが揃った豊かな深煎りコーヒーです。これに系列店の「ウィーンの森」のケーキを一緒にいただきます。 私のお気に入りは「セビリア」「マルキーズ」。珈琲館の建物の背景に見えるのが、カラコロ工房」で、小説にもあるように、旧日本銀行の松江支店でした、堀川めぐり」の乗船場のすぐそばでもあり、城下町松江の穏やかな雰囲気を感じられる格好のスポットです。松江は街の大きさの割に、個人経営の喫茶店も多く、チェーン店の新規参入が難しい土地柄だと聞きましたが、近年はコメダ、スターバックス、ドトールが次々と入ってきましたね。

 朝も早くから(午前8時~)夜も結構遅くまで開いているので、暇があると出かけては2階に上がり、美味しいコーヒーを飲みながら、窓から景色を眺めつつ、教材や模試の見直しプリントの手直しなどをやるのが私の恒例です。❤❤❤

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新型特急「ハウステンボス」に乗った!

 リニューアルされた「特急ハウステンボス」にどうしても乗りたかったんです。⇒私の強い思いはコチラです  私は、JR九州で水戸岡鋭治(みとおかえいじ)先生がデザインした車両は、全部制覇したいと目論んでいます。今回もこの列車にどうしても乗りたいと思いました。⇒JRのプレスリリースはコチラ  でも1編成だけの車両で、1日5往復あるどの列車が、このリニューアル車両なのかがどうしても分からない。最新の「時刻表」を買って調べてみますが、手がかりは全くありませんでした。ネット情報もいろいろと当たりましたが全部ハズレ。鉄道オタクのブログものぞいてみましたが、古い情報ばかり。そこで、まずはハウステンボス駅に電話で問い合わせてみました。情報は公開していないし、毎日運行が変わるので分かりません、というつれない返事。博多駅松江駅も同様。そこでなじみの教え子が「日本旅行」に勤めているので泣きつきました(彼女にプランしてもらった旅行でハズレは今まで一度もありません)。いろいろと手を尽くしてくれたんですが、公表していない情報ということで、結局分かりませんでした。最悪、1日5便ある列車の発車時刻の度にホームに上がって(笑)、新型車両を待つしか手はないのかもしれません。でもこんなことで丸1日をつぶしたくはない。したいことは他にも山ほどある身です。でも乗りたいなあ~。

 そこで私は考えました。リニューアル当時、しばらくの間は運行予定が公表されていました。それによれば、博多発「ハウステンボス91号」9時9分がそれに該当していました。今回も3連休だから案外そのスケジュールが使われる可能性がある、と踏んで、その列車がハウステンボス駅で折り返すと仮定して、ハウステンボス11時46分発になるはずだ、と自分なりに予想を立てて、この切符を購入したんです。あとは運を天に任せるしかない、と思ったのでした。さて…?

 長崎に出発する前夜、電話で例の教え子から貴重な情報が入ってきました。「JR九州案内センターに今日電話してみたら、今日の運行は教えてくれました。それによれば10時46分発と13時47分発が新型車両でした。先生も当日ここに電話してみれば、調べて教えてもらえるかもしれませんよ」と。よし、一応切符は買ってある

▲長崎発「シーサイドライナー」  これも素敵なデザインの車両だった

けれど、それなら当日朝一番で電話して、教えてもらえれば、予定変更して新型に乗ろうと思ったのでした。しめ、しめ。長崎「さだまさし特別展覧会」を見て、浦上天主堂」「永井 隆博士記念館」へ歩いて向かう途中で、電話をしてとりあえず「明日の予定を教えてもらえないか?」と問い合わせてみました。電話に出た担当の女性はやはり「公表していない情報なので分からない。明日もう一度電話してもらって、公表できれば教えてあげる」との曖昧な返事でした。翌日ハウステンボスへ向けて長崎から「シーサイドライナー」で出発します。ラッキーなことにそしてビックリしたことに、この車両も通常の青い列車ではなく、ハウステンボス仕様の素敵な車両(ハウステンボスライナーでした。まあ、ダメだったらこれで満足して帰ろうと思っていたんです。1時間半ほど列車に揺られてハウステンボス駅に到着すると、ホームには旧型の真っ赤な「特急ハウステンボス」が止まっていました。たった今博多からやってきたばかりの列車です(この旧型には何度も乗っています)。最後尾から車掌さんが降りてこられたので、事情を話して明日の予定を教えてもらえないか、と尋ねました。すると、明日のことは分からないけれど、今、博多から来るときに途中で新型にすれ違いましたよ、とのこと。おっ、なななんと私の買っている切符の列車です!「もしかしたら…!」と、淡い期待を抱きながら、大浦湾を臨みつつ駅の階段を上がっていきました。改札口で切符を渡し(この駅はIC化されておらず手渡しです)駅員さんに事情を話して、「どうしても乗りたいんですが、明日は朝から来て新型を待つしかないんでしょうか?」と尋ねました。すると親切な駅員さんは、しばらく考えておられて、「ちょっと待っていてください。聞いてみてあげますから」と言われます。7~8分くらい改札口で待っていると、1枚の白いメモを持ってやってこられました。「分かりました。明日は11時46分発と16時46分発の2本です」ビンゴ!!。そのメモを手渡されよく見ると、私が事前に買っていた「ハウステンボス14号」がその新型車両でした。駅員さんに感謝です。やはり日頃の行いがいいと、こんな奇跡のような偶然が起こるんですね(笑)。そんな訳で、八幡はやっと念願の「特急ハウステンボス」の新型車両に乗ることができたのでした。

 今回のことを振り返ってみて、教訓がいくつかあります。まず第一に、強い夢は叶うんだ」ということ。なんとかしたいと強く強く願えば、実現するものだということを改めて感じました。第二に、過去のデータをしっかりと踏まえるということ。公表されていた当時の運行データから、今回の予想を立てて切符を買ったのですが、たまたまそれが当たった。やはり過去のデータは大事にしなければいけません(これは入試も同じです)。第三に、一見ダメと思われることでも、あきらめずに粘り強く努力を続けて挑戦していれば、思わぬところからいいことが降ってくるということ。これは私が若い頃、故・渡部昇一先生から教えていただいた人生訓です。渡部先生が、人生で一番大切なことを一つだけ挙げよ、と求められた時に、いつも口にされたのが、できない理由を探すな!」でした。どんなに困難なことでも、努力を絶やさない人には、不思議なことに、天の一角から「助けのロープ」が降りてくると断言しておられました。私も今までそんな体験を何度もしています。今回もやはりそうでした。第四に、いろいろな人脈を持っていることが大切です。いつどこで助けてもらえるか分かりません。私は先生方だけでなく、進んでいろいろな職業の人たちと交わろうと努力してきました。思わぬところで力になってもらったことも多々ありましたよ。

 よく考えてみれば、これは生徒たちにもそのまま当てはまることじゃないか!!ということで、今回の「特急ハウステンボス」乗車顛末を教訓として、今日の授業で生徒たちに話しました。もちろん新型車両は予想通り、素晴らしい列車でした。細かなところまで、パチリパチリ写真を撮りながら(買ったばかりの新しいカメラをハウステンボスで落としてしまい壊れてしまいました。2台持って行っていたのですが、充電器を忘れたので、いつもう1台の電池が切れるかハラハラドキドキ時間との闘いでした。ちょうど博多駅コンコースでなくなりました!)、注意深く観察を行いました。例えば、私の乗ったグリーン車と他の指定席がどう違っているのか、グルグルと見て回りました。列車の詳しいレポートは後日日を改めて。明日はいろいろと苦労してくれた教え子にお礼に行ってきます。感謝、感謝!!❤❤❤

▲憧れだった新型「特急ハウステンボス」

◎強い夢は叶うんだ!!マジで

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模試見直しプリント

 松江北高では、先週末に第3回全統マーク模試」を実施しました。私は金曜日に補習科で模試問題をもらって帰り、その夜のうちに「見直しプリント」のたたき台をパソコン入力・プリントアウトして、それを持って長崎へと出発しました。新幹線の中で、特急列車の中で、長崎の旅館で山の上から素敵な夜景(日本三大夜景)を見ながら、そしてハウステンボスの「変なホテル」でロボットに囲まれながら、推敲、手直し、校正を何度も繰り返していました。もう真っ赤っかです。夜中に松江に帰り、疲れを吹き飛ばすかのようにパソコンに向かい、入力を完成して(完了したのが朝の2時頃でした)、本日B4判4枚の「見直しプリント」を生徒たちに配布しました。以前の「全統マーク模試」は、楽勝で点の出やすい簡単な模擬試験であるところから、生徒への激励・動機付けに使えるものだったのですが、去年あたりからぐんと難しくなっている印象です。生徒たちに「やりっ放し」にするな!と強調しているからには、私もやりっ放しにはできません。

 いつも口を酸っぱくして言っていることですが、成績の伸びない(力のつかない)生徒共通の特徴「やりっ放し」です。⇒私の考えはコチラ  自分がなぜここを間違えたのか?ということを振り返りもせずに、そのまま放置してしまいます。当然また同じ箇所を間違えます。これに対して、成績を伸ばす生徒たちは、徹底的に繰り返し、自分の答案を見直しています(私はここら辺を、「賢者は歴史に学ぶ」というビスマルクの言葉を引用して、生徒たちに強調しています)。以前、私が担当していた女生徒Kさんは、模試も常に満点でしたが、テスト直しはそれこそ真っ赤にしてノートを作っていました。本番でも当然のことながら、筆記200点満点/リスニング50点満点でした。直す箇所など全くない生徒が、これだけ徹底して反復しているのですから、力がつくはずです。東大の二次試験の得点も信じられないような高得点を取り合格しました。時を置かずして見直しをしてもらいたい(鉄は熱いうちに打て)という気持ちで、私は長年、模試の翌日には「見直しプリント」を配布して、生徒に復習(復讐?)を迫っていました。そこには解法の手順、難易度、注意事項、勉強の仕方、などが事細かく書き込まれています。全国の先生方から見せて欲しいという要望が強いので、講演会などではできるだけ見本を示すようにしてきました。実は、私自身も、こうやってしっかりと問題と向き合うことで、どこで生徒たちが間違えるのか、難易度判定、平均点予想など、ずいぶんと益するところがあったように思います。

 「準備→本番→見直し」のサイクルを愚直に繰り返すことだけで、力がついていきます。前回の「ベネッセ・駿台マーク模試」では、私の担当している浪人生(補習科)クラスは平均190点でしたから、このことは間違いないと思います。今回はグッと難しくなっていますから、得点が抑えられてあまり差がつかないかなと感じながら、旅先で問題とニラメッコしていました。今日もプリントを配りながら、やりっ放しにせずに、もう一度問題と向き合うように強調しました。過去に生徒に配布した「見直しプリント」「ダウンロードサイト」に登録しておきました。ご参考になさってください。今回の全統模試の「見直しプリント」は、まだ実施していない学校もあるので後日ということで。❤❤❤

・「2017年3年生7月進研模試」見直しプリント

・「2017年3年生7月駿台マーク模試」見直しプリント

・「2017年3年生8月全統マーク模試」見直しプリント

・「2017年3年生9月ベネッセ・駿台マーク模試」見直しプリント  島根県立松江北高等学校

▲センター対策の決定版!ぜひ使ってみてください!

 

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菅野投手の体調管理

 私は、子どもの頃からの熱狂的な読売巨人軍ファンです。今年ジャイアンツは全くふるいませんでした(CSにも出られないのは球団初です)。優勝した広島には7勝18敗(球団ワースト)と「格」の違いを見せつけられました。25試合の対戦で広島は115得点に対して、巨人は72得点です。1点当たりに要した安打数は広島が1.82本、巨人は2.57本。脚力と意識の高さが全然違います。同一カードに18敗も喫したのは、1975年の中日戦(7勝18敗1分け)、1997年のヤクルト戦(8勝19敗)に次いで3度目です。6月には忌まわしい球団最悪13連敗(!)というのもありましたね。1点差試合は11勝26敗の2割9分7倫でセリーグの最低勝率となっていますが(昨年は23勝18敗)、過去に1点差での勝率が最も低かったのは、1975年の3割6厘(11勝25敗)ですから、これまた球団ワースト記録を更新しそうですね。あれだけ何十億円というお金をはたいて大規模FAで選手を取ってきても、こんな有様では目も当てられません。負けに不思議の負けなし(⇒私の解説はコチラです)ということで、私はそこにはちゃんと原因があるのだと思っています。巨人と覇権を常に争い、あれだけ強かった中日ドラゴンズの凋落がいい例です。人間教育」のできる厳しい指導者が待たれます。最近、尊敬する野村克也さんは、『巨人軍 非常事態宣言』(宝島社新書)という本を出してコキ下ろしておられます(写真)。かつての巨人軍の名ショートでならし、ヤクルト・西武で日本一監督となった広岡達朗さんの巨人への遺言 プロ野球 生き残りの道』(幻冬舎、2016年)『中村天風 悲運に心悩ますな』(幻冬舎、2017年)、『広岡イズム』(ワニブックス、2017年)も厳しい巨人軍批判書です。

 そんな低迷するジャイアンツにあって、ただ一人、気を吐いたのがピッチャーの菅野智之(すがのともゆき)でした。何せ150キロを越える剛速球に、コントロールが抜群です。ピンチになったらギアを1段上げる余力もちゃんと蓄えています。登板する試合は取られても1点か2点(最優秀防御率1.59でタイトル2年連続、3回目)で、彼の登板する試合は安心して見ていることが出来ます。先日もタイガースをシャットアウト(完封)で押さえて16勝目をあげました。今季完封4試合というのは、あの大エース斉藤雅樹(さいとうまさき)さん以来、21年ぶりのことだそうですよ。通算125試合目で60勝に到達しています。2リーグ制になって巨人の最速60勝投手は、2003年の上原浩治(うえはらこうじ)の104試合目、江川 卓(えがわすぐる)の115試合に次いで、3番目のスピードです。

 先日の「スポーツ報知」に、菅野投手の圧巻の投球は、体調管理のたまものだ、という面白い記事が出ていて注目しました。彼は独学で睡眠学を研究して、眠りの質を良くするために、自宅で交代浴を実践・徹底しているといいます。温かいお湯の浴槽の横に、ミニプールを膨らませて、2キロの氷を5,6袋入れて冷やします。温冷を5~10分おきに繰り返し、体温が下がってから寝るといいので、水風呂で終わります。寝る姿勢も横向きが疲労回復に良いことを学び、投げる右肩に負担がかからないように左側を下にして寝ています。首を寝違えたりしないように、絶対にうつ伏せでは寝ません。こういう細かい所にまで気を配って生活しているのは、まさに大黒柱の自覚が成せる業でしょう。彼はこう言っています。さすがですね。ますます好きになりました。

 シーズン中、グランドでは大体みんな同じような練習になる。差がつくとしたら家に帰ってからの生活だと思うんです。それでも技術がともなわないことがあるのが野球の難しいところなんですけどね。後悔はしたくないですから。

 その後も、彼はスワローズ戦で6回を無得点に抑え17勝目(最多勝)をあげました。6完投、4完封もセリーグ1位です。防御率も1.59とハイレベル。さすがです。最近のメジャー・リーグで、投手の能力を見る指標として採用されているWHIP」は、1イニングあたり、四球と安打で平均して何人の走者を出すかを表す数値で、被安打+与四球)÷ 投球回= で算出します。先発投手であれば、1を切れば超一流、1.20未満でエース級、1.40を超えると高すぎるとされています。今季の菅野投手は0.85。今季のアメリカ・メジャーリーグのトップ投手が0.86ですから、いかに驚異的な結果を残しているかが分かりますね。日本人で0点台の投手は、菅野と巨人マイコラス、西武の菊池の3人だけです。❤❤❤

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今井書店殿町店閉店!

 先々週の土曜日の『山陰中央新報』に、ショッキングな記事が載りました。私が昔から慣れ親しんだ今井書店・殿町店が、10月末で閉店するというのです。今年度になってから、今まで午後7時まで開店していたのが午後6時に早まり、日曜日も閉店と、結構不便を感じていました。それが10月末でいったん閉店して、地元作家の作品や自費出版物、郷土関連本などを展示販売する、観光案内機能なども持った新形態の店舗として12月に再オープンするとのことです。今井書店のホームページには、「さて、長い間皆様方にご愛顧頂きました、「今井書店殿町店」は、平成29年10月31日をもって現在の形態の書店を終えることに致しました。「書店」という枠組みを超えて進化するための拠点として12月に生まれ変わる予定です。これまで以上に地域の皆様方のご期待にお応え出来るよう、努力して参る所存でございます。」というメッセージが出ていました。出版不況の時代で本が売れなくなり、近くにあった園山書店千鳥書房も店を閉じてしまい、今井書店・殿町店(かつてはここが本店だった)だけが残って営業していました。時代の流れですかね。7月には新規事業の開発に取り組むため「出版流通研究センター(松江市北陵町)への引っ越しがなされたところでした。今はそこから、私も毎日本の配達をしてもらっています。

 この本屋さんは今でも私の懐かしい想い出です。私の学生時代は、松江市内でこのお店が最も大きな本屋さんということで、学校帰りに市営バスの合銀本店前で降りて、よく立ち寄ったものです。当時は「アマゾン」もありませんから、洋書などはここに注文するしかないのでした。2週間か3週間か経って、「手に入りませんでした」という回答を何度ももらっては、がっくりしたのを思い出します。日本の英語の専門書もほとんどここには置いてないので、注文をしてもらってから、2週間ぐらいかかってようやく手に入る時代だったんです。東京に住んでいる人たちが羨ましかったものです。それでもこの今井書店の2階には、ペーパーバックのコーナーがあって、ラックに名作や最新のベストセラー作品も意外なものが置いてあったんです。エド・マクべイン(Ed McBain)なども時々入ってきていました。1階が通常の本、2階が専門書という棲み分けで結構にぎわっていたものです。3階でセールやイベントをやっておられたこともありましたね。現在は1階の営業のみで、松江北高で使う教科書・参考書などを置いてもらっていて、北高生が通ったりしていました。今は郊外の田和山に今井書店のグループセンター店ができ、島根大学近くに学園通り店ができ、大半の人は(特に若者)そちらに行くようになっていました。

 当時は、洋書などは松江にいてはほとんど手には入らない時代ですから、教員になって、夏・冬のボーナスをもらっては、それを持って岡山丸善紀伊國屋書店に出かけて、まとめ買いをして帰ったものです。洋書は高いので、苦労して勉強していたんです。辞典の仕事をするようになってからは、研究社に頼むとどんな洋書でもすぐに手に入れて送ってもらえるようになり、ずいぶんと助かりました。

 そんな思い出のあるお店が閉じられるというのは、なんとも残念な思いでいっぱいです。青春時代の思い出がまた一つ姿を消す感じですかね。12月に再オープンするという、所在地の番地から取った「TONOMACHI63」(トノマチ)という名の新店舗に期待したいと思います。❤❤❤

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由布院驛の足湯

 JR九大本線にある大分県の「由布院驛」は私の大好きな駅です。⇒私の詳細なレポートはコチラ  全国でも珍しく駅構内に足湯があるんです!足湯に入る場合は、駅の窓口で「足湯券」を購入します。料金は(大人¥160 小人¥80)です。湯布院温泉の最寄り駅らしく、1番ホームに「足湯」が設置されています。列車を眺めながら足湯につかることができます。

 駅の窓口を見ると「足湯券」の文字が。足湯券自体が絵はがきになっており、「湯布院」ロゴ入りオリジナル温泉タオルもついてきます。しかもこのタオルがかわいいんです。おんせん県のマークつき。お土産になりますね。

よ~く見ると湯気のところが OITA になっていますね。芸が細かい。なので、足湯に浸かったあとの濡れた足をどうしようかな?な~んて事を、まったく心配せずに入る事ができますよ。チケットも朝霧に壮大に浮かぶ「由布岳」の写真が素晴らしくて、有料でも良心的な価格で至れり尽くせりです。

 「足湯」は1番ホームの右手奥にあります。足湯なのですが、なぜか?女性専用の着替えスペースまでありました。その手前には上り湯スペースも。上がった後、ここで足を濯ぐ事もできるようです。この先に足湯スペースがホーム沿いに設置されています。足湯内部には椅子とテーブルが設けられていて、足湯をしながらのんびりと休憩できるようになっています。温度は熱過ぎず、ぬる過ぎず、長く浸かって足元から体を温めるには丁度良い感じですね。ココでのお楽しみは、なんと言っても、足湯をしながら列車が見れることでしょう。ラッキーなら、ゆふいんの森号」やあの「ななつ星」にも出会えるかもしれません。わずか¥160で味わう贅沢なひと時!おすすめです。♥♥♥

 

 

 

 

 

 

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「浅月本店」

◎週末はグルメ情報です!!

 岡山駅からテクテク歩くこと5分。岡山ラーメンの老舗「浅月本店」があります。岡山ラーメンでは、ここと「冨士屋」くらいはおさえておくようにとのアドバイスにしたがってやって来ました。お店に入ると右手に厨房、それに沿うように左手にはテーブル席が縦に並んでいます。そしてその奥にはお座敷。けっこう座席数はありそうですね。10時半からやっています。

 浅月本店のメニューはこちら。スタンダードな中華そばに各種トッピング。名物は「カツそば」で、トンカツがラーメンにトッピングされています。今回は名物のカツそば(880円)を注文。歴史を書いたポスターが貼ってありました。店内には有名人のサインなどもたくさん掲げてあります。

浅月本店 メインメニュー

 卓上にはコショウや唐辛子などの調味料も用意されてます。注文した「カツそば。トンカツもけっこうなボリュームがありそうですね。

  スープはあっさりした口当たりの醤油ベース。醤油の風味がきいていて、ほのかに甘みがあります。酸味も少しあって、全体的にすっきりとした印象を受けました。これが昔ながらの醤油ラーメンなのでしょう。優しい味わいのスープです。広島の「陽気」「つばめ」「すずめ(今は「めじろ」か)などと似た味です。麺は細めのストレート。茹で上がりは柔らかめでした。醤油では中太程度でちぢれ麺というイメージが強かったので、私にとっては新鮮でした。浅月本店という老舗でこのスープと麺の組み合わせ。ラーメンは奥が深いですね。チャーシューは醤油ベースの味付け。少し歯ごたえが残してあります。チャーシューもけっこうボリュームがあって食べごたえがありました。浅月本店の名物、トンカツはデカいです。スープに浸かっているのでサクサク感はないですが、塩コショウのきいた味付けは健在。スープがあっさりなのでくどさはないのですが、いくらなんでもこの厚さは、チョット私には分厚すぎて手に余りました。ココイチ」のとんかつくらいの薄さの方が食べやすい気がしました。

 

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安藤貞雄先生の思い出

 恩師の広島大名誉教授安藤貞雄(あんどうさだお)先生(享年89歳)が、2017年3月31日、肺炎でお亡くなりになり、私はその追悼記事をこのブログに書きました。⇒コチラです  するとこの記事をお読みになった安藤先生の息子さんからお電話をいただきました!安藤先生の在りし日の思い出などを、電話でずっと語り合っていました。若い頃の先生の意外な一面をたくさん知ることができました。一番ビックリしたのは、息子さんがなんと松江北高の卒業生だったということです。不思議なご縁ですね。

 『英語教育』の7月号に澤田治美先生(関西外国語大学教授)の追悼記事が載りました。澤田先生は私の故郷・安来市能義郡広瀬町の出身で、大先輩にあたります。学部生時代、よく安藤先生から、澤田先生のお話を伺っていました。追悼記事の中でも出てくる言葉が、安藤先生の教師観を評して、“a severe teacher and a kind friend”ということでした。当時の厳しかった授業を、懐かしく思い出しますね。教師になってからも、先生にはずいぶん面倒を見ていただきました。本当に感謝しています。私が東京の研究社に行く前には、安藤先生が「今度、私の教え子の八幡くんが来ますからよろしく」と事前に道筋をつけてくださっていました(編集長から聞いてビックリしました。そんなことを一言も安藤先生はおっしゃいませんでしたから)。四国でご講演をなさった時に、私のことを例に挙げられ褒めていただいたことを、四国の知り合いの先生からお知らせいただきとても嬉しく励みになったのを覚えています(この講演録は私の宝物です)。東京で、『ライトハウス英和辞典』の主幹の故・竹林 滋先生とお話するときも、安藤先生を「あの人はすごいです」と評しておられたのを思い出します。私が発表した論考をお送りする度に、あの独特の文字でびっしりと書き込まれたコメントの数々をいただいたのが懐かしいですね。生徒は教師の力以上には伸びないものだ。だから教師は生徒にとって「高い壁」でないといけない、が先生の哲学でした。先生は私にとって理想の教師像でした。

 もう一度、安藤先生の考える「理想の英語教師像」を再録しておきます。一つ一つを噛みしめたい重い言葉の数々です。これからの若い先生方に贈りたいですね。

a.  教え方が上手であること―これは大切である。日本語も英語も、いい発音で明快に教えないと生徒に十分理解させることができないからである。

b.  生徒にえこひいきしないこと。

c.  叱るべき時には叱る(怒るのではない)が、意地の悪い叱り方をしないこと。

d.  生徒に親切で思いやりがあること。

e.  生徒の質問にごまかさずに誠実に答えること。自信をもって答えられない場合は、十分に調べた上、のちほど報告すること。(生徒に誠実でありたいと思うならば、このような措置は当然であろう。)

f.  時には生徒と平等の立場(footing)に立つこと―教師は生徒を教え指導する立場では、権威をもって、生徒より一段高い位置に立って差し支えないが(そのためには時には礼儀も敬語の使い方も教えなければならないことがあろう)、生徒が何かcriticalな状況にある時は、教師は「教師」であることをやめて、生徒と同じ(恐らくは「人間同士」という)footingに立って、“まごころ”をもって生徒の悩みと付き合う用意がなければならない。

g.  last but not leastには、教師は肝の奥底に何かゆるぎない信念を持っていなければならない―その信念が恐らくその人の人格を統一しているのであろうが、それが何であるかは、人によって異なっていてもいいのではないか。ただ、それは狂信的でない、理性と普遍性に裏打ちされたものであることが望ましい。(私の場合は、それは「生命の尊厳」という言葉で言い表せるように思われる。〔そこから、平和への決意も、ヒューマニズムも生じてくる。〕

   以上のような資質を兼ね備えた教師が私の「理想の教師像」です。それは、私にとっては、恐らく生涯かけても到達し得ない、にも拘らず、志向することをやめてはならないイデーなのです。(安藤貞雄)

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サルビアフェスティバル

 西日本最大級の花のテーマパークである「とっとり花回廊(鳥取県南部町鶴田)では、9月中旬から「サルビアフェスティバル」が開催されています。今日木曜日は、私は授業のない日なので、お出かけしてきました。この「とっとり花回廊」「足立美術館」、それに大根島の「由志園」(ゆうしえん)が私の「三大癒やしスポット」です。暇があればお出かけしています。JR米子駅からは無料のシャトルバス(25分)が1時間間隔で出ていて(繁忙期には30分ごとに)、非常にアクセスがいいんです。

 サルビアは秋の花回廊を代表する花で、同フェスティバルは花回廊の恒例行事です。正面に大山(だいせん)を臨む「花の丘」と呼ばれる約1ヘクタールの花畑を、約10万株の真っ赤なサルビアが飾っていて、まさに童話の世界にでも飛び込んだようなファンタジックな楽園を演出してくれています。赤という色合いは人を情熱的に、そして気分を高めてくれますね。今日は残念ながら大山には濃い雲がかかっていて、あの美しい姿を眺めることはできませんでしたが、目の前に飛び込む真っ赤な花園に心を奪われていました。園内各所には約40品種のサルビアの仲間が植えられ、薄紫や黄色などさまざまな色や形の花が鑑賞できます。まるで花のじゅうたんのようになった満開のサルビアの畑と、青空のコントラストに見入ったりして、秋本番を満喫してきました。同フェスティバルは11月5日まで開かれています。どうです、きれいでしょ?❤❤❤

(追記)花回廊を歩いていて、ヘビの赤ちゃんを足で踏んづけそうになりました。危ない、危ない。ヘビは嫌いです。高校生の頃、お風呂に入ろうと思って浴室で洗面器を取り上げたところ、そこに大きなヘビがトグロを巻いていました(一体どこから入ったんだろう?)。飛び上がって大声を上げて驚きました。母がすっ飛んできて、あろうことかヘビに向かって「キンチョール」を吹き付けました。しばらく格闘した後、ヘビはもだえながら排水溝の中へと帰って行きました。母は強し!(笑)

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さだまさしと「防人の詩」

 65歳になった、さだまさしさん。誰もが知る名曲を残し、これまで開催したコンサートは4200本以上。いまでこそ大人気を博していますが、彼ほど世間から叩かれた歌い手も珍しいと思います(借金は別として)。私は若い頃から、ずっとさださんを応援し続けていますから、その一部始終を目撃してきました。精霊流し」「暗い」無縁坂」「マザコン雨やどり」「軟弱関白宣言」「女性蔑視」と批判され叩かれました。防人の詩」では「右翼」と言われました。しあわせについて」「左翼」と真反対の批判を受けたこともあります。その他にも、いい子ぶっている」とか、夏・長崎」を始めた時には「選挙に出るのか!」と、さんざん叩かれました。よくもまあこれだけ言われたものです。当時を振り返って、今年2017年の雑誌『Oriijin(オリイジン)』春号で、さださん本人が回想しています。

 絶望?いや、そりゃもういっぱいありますよ。例えば、20代のときに『さだは暗い』と言われた時期とか。右翼の街宣車が、僕の『防人の詩』を流して走り、原爆の日近くに、広島の野外コンサートに出たら、日和見って言われた。僕は真ん中に立っているだけなのに、『お前はどっちなんだ?いいかげんにしろ』って(笑)。

 世間の評価というものを理解するのに、僕は結構な時間がかかった。自分が有名になるっていう恐ろしさも経験して、3~4年かかったんじゃないかな。個人を平気で叩いて、叩いた人は叩いたことを忘れるっていうメカニズムがなかなか理解できなかった。その間、人を恨みもし、呪いもし、怒りもし、悲しみもし…最後は笑えるようになったけど。多かれ少なかれ、みんなが経験することだね。人を疑い、怒りを覚え、自分自身で悲しむ―でも、それを抜けると笑える。そこまで行けるかどうかじゃないかと、僕は思う。

 上に出てくる「防人の詩」は、『二百三高地』という東映の戦争映画で、しかも勝った戦争の主題歌を歌ったことで「右翼的」だというレッテルを貼られました。歌もちゃんと聞かずに、「防人」というタイトルだけに反応して、「戦争賛美」「好戦的な右翼思想だ」と短絡的に批判されたのでした。この歌のどこが「戦争を賛美」なんでしょうかね「本当に、ちゃんと聴いてくれたの?こんな反戦歌、他にないでしょう」と思ったさださんです。さださん自身は「いまの緊迫した世界情勢の中で、日本という国を愛するたった一人の“人間”として『自分の中の万葉集』『自分の中の防人の歌』というつもりでつくりました」と述べ、「いさなとり 海や死にする 山や死にする 死ぬれこそ 海は潮干て 山は枯れすれ」(万葉集)という歌に触発されて作ったと言います。いわれのない批判だと思いつつも、これが伝わらないところでやっていてもしょうがない」と、あまりのひどさに同郷の文芸評論家・山本健吉先生に弱音を吐きます。僕なんか、たかが歌だと思っているんですが、人格まで非難されるんですね」山本先生は、いや、詩歌というのは、そういうものなんだよ。自分の人生観を賭けて歌を歌ってるわけだから、そういうことを言う人がいるのは当然のこと。ただ君は、もういなくなった人を歌うのが非常に上手だ。「精霊流し」も「無縁坂」にしても、あたかも亡き人を謳っているかのような、そんな印象を受ける。「みるくは風になった」も「防人の詩」にしてもそうだが、いなくなった人の歌を歌うのは、挽歌といって日本の詩歌の伝統であって神髄である。君は知ってか知らずか、心のどこかで日本の詩歌の本道をちゃんととらえている。それでいい。君はまちがっていないんだから、何を言われてもやりつづけなさい。ひるむ必要はない。詩歌に生きた人は、そんなことでひるんだ人は一人もいない」と勇気づけてくださったのです。それを聞いてさださんは、肚をくくります(『やばい老人になろう やんちゃでちょうどいい』)。

 この映画『二百三高地』の音楽監督は、故・山本直純先生でした。「戦争の勝った負けた以外の小さな人間の営みを、ちゃんと浮き彫りにしていきたい。そういう映画なんだ」と言われ、引き受けた曲です。185分という大作で、途中休憩となる前の、死屍累々たる戦地の惨状の中を、あおい輝彦さんが血みどろになり地獄絵図の中を歩く、戦争の無惨さ、生命の尊さを問うシーン、そこに流れてくるのがこの歌でした。

 教えてください
この世に生きとし生けるものの
すべての命に限りがあるのならば
海は死にますか 山は死にますか
風はどうですか 空もそうですか
おしえてください

で始まる「防人の詩」は、書き出しの「諦観」から、次の詩で、生命や人生の「無常観」へと風穴を開ける希望の歌となっていきます。月の満ち欠けを悲観的に捉えるのではなく、前向きに捉える、命に対するさださんの切なる思いが結実しています。私の大好きな曲です。この美しいメロディーは、締め切りの切羽詰まった中で、駆け込み寺的に誕生したことが新著に綴られていました。

去る人があれば 来る人もあって
欠けてゆく月も やがて満ちて来る
なりわいの中で

(追記)10月6日(金)から11月5日(日)まで、長崎県美術館で「特別展 さだまさしの世界」が始まります。吟遊詩人、小説家、話芸の達人、平和活動家、ボランティア支援組織発起人といった多彩な顔を持つ、さださんの世界の総合展示会です。近くにある「ピースミュージアム」とともに訪れてこようと計画中です。カフェで提供される「パンプキンパイとシナモン・ティー」も目標の一つです(ファンの人ならこれが何を意味するか分かりますね?岡村孝子さんはこの曲に感化されて「あみん」を結成しました)。妹の玲子さんがオーナーの「自由飛行館」も久しぶりに訪問してきます。

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2点違うと…?

 今日は耳の痛い話です。センター試験の「発音・アクセント問題」「文法・語法問題」は、1問わずか2点です。この2点が馬鹿になりません。それが後半の長文問題になると5~6点にもなります。模擬試験受験後には自己採点をやっていますが、大半の生徒が自己採点ミスを犯しています。数十点も違う生徒も珍しくありません。センター本番でも、間違いなく自己採点と実際の点がずれています(この追跡をやっている学校がどのくらいあるんでしょうね?)。自己採点をきちんとしなさい!」と、担任教師が口でいくら言っても、効果はありません。松江北高でも自己採点を完璧に行っているのは、クラスに数人いるかいないかです。現役で夢が叶わず、一浪して十分事の重みを分かっているはずの補習科クラスでも、誤差0点パーフェクトは半分もいません。それがどういう意味を持っているのか?!本人の自覚がない限り、いくら注意してもぬかに釘です。英語の諺で、このことを、You can lead a horse to water, but you cannot make him drink.(馬を水際まで連れてはいけるが、水を飲ませることはできない)と言います。私の長年の観察では、自己採点がいい加減な人は、成績下位に多いようです。

 今年2017年度のセンター本試験(筆記)の平均点は、123.73点でした。受験人数は540,029人、標準偏差は44.95でした(大学入試センター発表による)。松江北高の同僚の数学科・正村 修(しょうむらおさむ)先生が、平均点付近(ここが最もたくさんの受験生がひしめく)で2点違うと(123点と125点)どのくらいの人数がそこにいるのか(順位が違ってくるのか)、正規分布表を使って計算で算出してくださいました。それによれば、9,504人です。長文問題1問6点違うと(123点と129点)、28,621人です。どうです。馬鹿にならないことが一目瞭然でしょう?たった1問でこれだけ順位が異なってくるのです。模試の判定でも、自己採点がデタラメ状態では、デタラメな結果しか返って来ません。ましてやこれが本番となると…?

 私が松江北高に赴任した頃は、担当者が模試の度に追跡をかけて、クラス別に実態を把握・集約して、学年会でも話題として、一丸となって生徒に注意を喚起していたものです。このことを重く見たベネッセは「進研マーク模試」で、生徒の自己採点との誤差まで調べて実態を通知してくれるサービスを続行しています。問題は現場のリーダーがどれだけ分かっているかです。2点の重みが分かると、徐々にきちんと自己採点も出来るようになってきます。自己採点を見直すこともなく放置。ここでも、私がいつも言っている「やりっ放し」が横行しています。やりっ放しからは良い結果は生まれません。英語の①~④(○×)の自己採点くらい、きちんとできて当たり前だと、私は生徒に迫っています。♠♠♠

◎自己採点のミスが命取りに!

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センター第1問の「勉強の仕方」

 先日の補習科の授業で、Make Progress in English Reading(数研出版)の2課を片付けてから(これは洛南高校で使われている日本で一番難しい長文問題集でめっちゃ力がつきます。八幡のオススメ教材の一つです)、センター試験の発音・アクセント問題に出た「過去の出題単語」を一覧で押さえました。残り時間が少なかったので、今までに複数回出題されているものだけを全員で音読して、残りの単語は、休み時間に自分で声に出して読めるかどうか確認しておくように指示しました。大きな声に出して覚えることが重要です。またこれは、リスニング対策にもなっています。読めないものは聞こえない」というのが私の持論ですから。放課後に「第1回ベネッセ・駿台マーク模試」が予定されているので、「第1問は必ずこの中から出題されるので、要注意だよ!」という話をしました。

 放課後実施された問題にあたってみると、次のようにセンター試験に過去に出題された語から取り上げられていました。やっぱりネ!!複数回出題されている単語をよく観察すると、なぜこの単語が繰り返し出題されたかが一目瞭然ですね。

A 発音問題に出た単語
cough  1992本 2009追 2011本
doubt  1993本 2009本 2013追
pound  2008追<カタカナ語>
receipt 2010追<カタカナ語>
seize  1994追
weight 1997追<カタカナ語>
leisure 2010本<カタカナ語>
measure 2010本
vision 1994追 2010本<カタカナ語>

B アクセント問題に出た単語
balance  1991本 2010追<カタカナ語>
pursue  2011追
volume  1993本 2012追<カタカナ語>
calendar 2009本<カタカナ語>
interpret 1993本 2013追
efficient 2007本
instrument 2007本
practical 1999追
experience 1998本 2007追
significant 2011本

 模擬試験だけでなく本番でもこのような現象が見られます。私は「お色直し」と呼んで、生徒に注意喚起をはかっています。⇒詳しくはコチラをご覧ください  つまり「狙われる単語は決まっている!」ということです。ならば事前にそのような頻出語を、徹底的に音読練習しておけばいいのです。ただ、残念ながらそこまで準備している生徒は全国的にもあまりいないので、成績上位者でも結構落としているのが、この「第1問」発音・アクセント問題の実態なんです。私は若い頃からそのことに着目して、センター試験直前の授業では、その「頻出語リスト」をクラス全員で大きな声で読み合わせて、生徒を送り出していました。今はこのリストを自費でCD化して(チェルシー先生、お願いします!」(2枚組))、生徒はこれをスマホやiPodに入れて、繰り返し音読をしています。たったこれだけのことで、昨年の3年生たちの「第1問」の平均点は、全国の浪人生を上回る高得点を記録しました。今回の「ベネッセ・駿台マーク」において、私の対策本「頻出語リスト」の的中率は、A 発音問題で92%B アクセント問題で81%という高さでした。これで第1問の勉強の仕方」が分かったでしょ?「過去問をやる必要なし!」などと平気で言う予備校講師の気が知れません。

 ということで、最近もセンター対策に使いたいからと、私の『2017年英語センター対策本』(自費出版、800円)を、クラス単位でご希望になる先生方が多く、発送に追われております。問い合わせも多いのですが、増刷してまだまだ在庫は持っておりますので、生徒のセンター対策に行き詰まっておられる先生方は、ぜひ使ってみてください。自学用に、補習に、授業で、効率的なセンターの勉強ができる教材となっています。先日の博多の研究会でも、たくさんの先生方にご購入いただきました。全学年で使っていただいている学校から、こんなお知らせをいただいております。ありがとうございます。ご注文は右欄の「メール」よりお願いします。

 夏期講習よりセンター試験対策を始めたところで、非常に役立っております。頻出アクセントリストは全て確認及び発声が終わり、アクセント問題での正答率が上がりました。また、生徒たちは自学自習をする際に、参考書代わりに対策本を開いている姿をよく目にします。大問ごとに重要表現や解き方が丁寧かつ分かりやすくまとまっているので、こちら側も指導がしやすく、大変助かっております。

◎「2017年英語センター対策本」追加申し込み受付中!!

 

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