アブドラ・ザ・ブッチャー

 アブドーラ・ザ・ブッチャー(Abdullah the Butcher)のリングネームで活躍したラリー・シュリーブ(Larry Shreve、本名:Lawrence Paul Shreve)は、父親はインド人、母親はアフリカ系アメリカ人で、9人兄弟の3番目、カナダ・オンタリオ州ウィンザー出身の黒人プロレスラーです。一応、アフリカのスーダン出身というプロレス流儀の経歴になっていますが。貧しい家庭に育ち、人種差別を受ける中、そんな境遇をはね返すべくたくましく育ちました。9歳から新聞配達でお金を稼ぎ、中学卒業後は靴磨きや清掃業で生計を立てながら、12歳から始めた柔道と空手を続けました。頑丈な体と格闘技の実力を活かして、お金を稼ぐために17歳でプロレスラーになりました。当然ハングリー精神は人一倍で、前座で試合をしながら、ザ・シークなどのトップ選手の試合を見ながら、彼は一つの答えに行き着きます。「ファンの求めるのはバイオレンス。世間の常識など存在しないリングで、本物のバイオレンスを見せつける」と心に決め、空手を生かしたラフ殺法でたちまち人気ヒールとなり、デビュー3年目でリングネームを「ザ・ブッチャー」に改名するのです。日本でのニックネームは「黒い呪術師。入場テーマ曲はピンク・フロイドの「吹けよ風、呼べよ嵐」です。プロレス界を代表する悪役レスラーの一人で、来日回数は140回を超えており(1970年初来日)、歴代外国人レスラー最多です。日本のリングに登場した悪役レスラーは数えきれませんが、その中でも突出した人気を誇っていたのが、ブッチャーでした。現在では、膝が悪くて歩くのもままならず、車いす生活を余儀なくされているそうですよ。

 一目で「悪役(ヒール)」と分かる、額に深く刻まれた無数の傷跡。まん丸い体とギョロリとした大きな目。つま先は鋭く尖った凶器シューズと、ダボダボの空手着パンツを身につけ、パンツやシューズの中には五寸クギやフォークを忍ばせて、巧みにレフリーの死角をついて相手に突き刺します。黒人特有の頭の固さを生かした「頭突き」、白いバンデージでガチガチに固めた指先で相手の喉を突く「地獄突き」、助走をつけて寝転んだ相手ののど元に落とす「毒針エルボー」が必殺技です。一時、相手を担ぎ上げてそのまま後ろにそって落とす「山嵐」を使っていた時期がありましたが、これは長続きしませんでした。馬場さんが、初めてブッチャーのエルボードロップを食らった時の衝撃を「あのとき、ノドにくったエルボードロップのすごさは今でもはっきり覚えているよ」と語っていました。ブッチャーは凶器攻撃や場外乱闘だけの選手ではなく、正統派の戦いもできる実力者なんです。

 初来日の1970年に、日本との橋渡しをしたのが、グレート小鹿ですが、彼は当時のことを「まだ無名でしょっぱかったよ。目だけキョロキョロしてね。可愛い顔してたよ。日本に行きたい、といわれてもウケるかどうか心配だった。確か黒人選手のファイト・マネーで一番下のCランクだったと思うな。それがあんなビッグネームになるんだから、世の中わかんないもんだね」門馬忠雄『全日本プロレス超人伝説』(文春新書、2014年) 黒いつむじ風を思わせるスピード感あふれるファイトぶり。黒光りする肌に、空手着の白い胴衣をつけ、育ての親ザ・シークのツマ先の尖ったアラビア風のシューズをはいた出で立ちは、日本で非常に受けたんです。

 その後、ブッチャーは馬場さんの全日本プロレスを裏切り、1981年新日本プロレスに移籍します。約4年間これといった活躍を見せることもなく、1988年、7年ぶりに全日本プロレスのリングに戻ってきます。裏切られた選手を二度と使うことはなかったジャイアント馬場さんが、あのブッチャーだけは許しています。これは特筆すべきことでした。裏切り者は絶対に許さないというのが馬場さんのスタンスでしたから。全日本プロレス設立時のブッチャーの貢献を忘れていなかったためと思われます。

 ブッチャーといえば、試合中によく両手を膝に当てて前かがみになり、相手を睨みつける姿勢を取ることがありました。実にさまになっていましたね。何か獲物を狙うライオンのような鋭い眼光で、視線を送っていました。実はこれ、体力回復のための一時休憩で、それを客に悟らせないための一流テクニックでした。何せ身長180センチ、体重160キロの巨体ですから、スタミナ面では相当のハンディをしょっていたのでした。よく見せ場では流血もしていましたが、隠し持ったカミソリで自分や相手の額を切っていました。試合中の流血で、ブッチャーからC型肝炎を感染させられて、プロレスラーとしての将来を絶たれた相手レスラーから、損害賠償請求訴訟を起こされて、230万ドルの支払いを命じられたとの法廷闘争のニュースが流れたことがありましたが、いったい結末はどうなったんでしょうね。

 私がブッチャーの試合で忘れられないのは、1977年12月5日、東京蔵前国技館における「世界オープン・タッグ選手権大会」最終戦、互いに優勝のかかったザ・ファンクス対ザ・シーク&アブドラ・ザ・ブッチャー組の公式リーグ戦でした。正攻法では分の悪いブッチャーは、隠し持ったフォークでテリー・ファンクの腕をグサリと刺して激しい出血となります。シークまで凶器攻撃に加わって、テリーの腕をメッタ刺しにします。その都度苦痛にのたうち回るテリー。会場全体には悲鳴がこだまします。ドリーが何度かテリーを救出すべくリングに入るのですが、ジョー樋口レフェリーに制止されてしまい、ドリーはコーナーでタッチロープを掴みながら、必死にテリーを呼んで我慢して待ちます。テリーがブッチャーに左のパンチを放ってようやくドリーに繋ぎ、ドリーの猛攻撃が始まるのでした。その後テリーがリング下で応急手当を受けている間に、ドリーが最凶悪コンビにつかまりますが、応急処置を終えたテリーがリングに戻り、ドリーを救出するあのクライマックスに突入していくのです。いったんリング下に逃れて応急手当を受けたテリーは、右腕に包帯をしてリングにカムバックしますが、ブッチャーとシークが襲いかかります。怒ったテリーはシークの凶器を奪って必死に反撃しますが、手の自由がきかないため、思うように攻撃できず空振りが目立ちます。会場全体がファンクスに声援を送ります。最後は最凶悪コンビの反則負けで、ファンク兄弟が優勝の名誉と賞金1000万円を手にします。ドリーとテリーが抱き合い喜びを分かち合う瞬間がマックスの見せ場でした。右腕を三角巾でつるした弟をかばう兄という美しい「兄弟愛」をまざまざと見せてくれた感動的な試合でした。歴史に残る凄惨な試合でもありました。私はテレビで興奮しながら見たこの試合を、今でも鮮明に覚えています。♣♣♣

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やまもと整形外科クリニック~山本真人くん

 今年の年賀状で、松江南高校31期で担任だった教え子の山本真人(やまもとただひと)くんから、今春、開業することになりました」とメッセージが添えてありました。まだ若いのに、めでたい!彼は2010年から、松江市立病院の整形外科医を務めていました。同僚の国語科・松田龍志先生にその話をすると、「(100万ボルトの隣の)ウェルネスを通ったら、新しい山本という病院ができていたが、それだったのか!」と言われました。今日ちょうど、田和山方面へ行く便があったので、ちょっと見に行ってみました。きれいで立派な病院が出来上がっていましたよ。「4月17日(月)開院」と掲示があります。これは「患者第一号」として行かねば!と思いました。

 山本くんは、私が退職するときにも、お祝いに集まってくれました。このクラスは絆が非常に強くて、何度も集まっています。下の写真の左から二人目が山本君です。バレー部で活躍し、成績も優秀、委員長もやってくれていましたね。数年前には、松江北高のロードレースの担当医として、お世話いただきました。懐かしさのあまり、当時南高にいた先生方で集まってパチリ、記念写真を撮りました。

▲前列左から二人目が山本先生

▲一番右が山本先生、坂上先生、渡部先生、八幡、大屋先生

 山本真人くんは、高校二年生の時も担任しました。忘れられない思い出があります。記憶(大丈夫?)をたどって再現してみましょう。二年生の学園祭の展示を準備するときに、私のクラスは「エイズ」を取り上げようということになったんです。今でこそエイズに関する知識はみなさんお持ちですが、25年も前の当時はまだあまり知られていない病気だったんですね。さまざまな角度からこの病気を取り上げて、展示を準備しました。そのときの責任者が山本くんでした。女子生徒たちの中から、当時「エイズ感染を告白していたプロバスケットボール選手のスーパースターであったマジック・ジョンソンに手紙を書いて、メッセージをお願いしてみよう」ということになり、夏休みに生徒たちが英語で苦労して手紙を書き送っていたんです。なんと、ご本人から直筆のお返事が前日に届き、学校中大騒ぎになりました。学園祭展示の目玉になったのです。実は前日、ドラマがもう一つありました。この病気の実態を伝えるためにかなり過激な展示内容(ここではちょっと書けません!でも生徒たちは真摯に取り組んでいました)になっていたのを、当時の校長が「過激すぎる」とストップがかかりました。生徒たちの思いを校長には伝えましたが、理解を得られず「やめろ!」との強いお達し。生徒たちにそのことを伝えると、生徒たちは自分たちの純粋な思いを理解していない!と言って抵抗の構えを見せました。私も当時はまだ若かったんですね。夜遅くまで、何度も生徒たちと校長室との往復です。もう夜もふけています。ベテランの副担任のI先生が、仲介の労を取ってくださって、一部の展示を控えるという折衷案で落ち着きました。クラス全員でシュプレヒ・コールをあげて、教室を後にしたのを覚えています。当日は、生徒たちはせめてもの抵抗を示すために、模造紙に大きく赤いマジックで「展示不可」と書いて、展示内容を隠しました。マジック・ジョンソン効果もあって、たくさんのマスコミ(新聞社・テレビ局)が学校に押し寄せてきましたが、インタビューは責任者の山本くんがすべて対応しました。当然「展示不可」について聞いてきます。山本くんは一切そのことには答えずに、「これがすべてです」と毅然として対応しました。このことに関しては何を聞かれても一切何も答えるなという指示が、クラス全員に伝わっていたようです。当時としては画期的な「エイズ」の展示内容に、多くのマスコミが大きく報道してくれました。そのときのクラス写真が次のものです。山本くんをはじめ、このクラスからは7人の生徒が医学部に進み、立派な医者になっていますが(「八幡先生の命は僕たちが守る」と嬉しいことを言ってくれています)、高校二年生の時のこの展示への取り組みが、少なからず影響したのではと思ったりもしました。地元の山陰合同銀行は、この展示内容が優れているとして、行内の今で言うネットに展示をしてくれました。八幡の懐かしい思い出です。その山本くんが、4月から独立して整形外科医院を開業するんです。おめでとう!!おめでとう!!同窓生のみんな、病気の人も、そうでない人もみんなで行きましょうね!❤❤❤

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秋庭大輝くん

夢は叶う!コレ本当なんだね!

 今日から(三年生の授業が全部なくなり暇になったので!)、私は二年生の全クラスを回って、「センター試験の勉強法」について特別授業をしています。今年の松江北高3年生は、私が12年間在籍している中で、最も高い英語のセンター試験平均点を記録しました。どうやったら、こんな点が取れるのか?、という「勉強の仕方」を各クラスを回ってしていきたいと思っています。今日は2時間目に、トップバッターのクラスで話をして、英語研究室に帰ってきたところ、入り口の所に、卒業生の秋庭大輝(あきばだいき)くんが立っていました。卒業してから会うのは初めてです。秋庭くんは、現役生のときに生徒会長を務め、卒業式の感動的な「答辞」で、八幡をはじめ多くの先生方を号泣させた生徒です。そのことを私は当時のブログに綴っています⇒コチラです

 彼が広島大学から京都大学の大学院に合格したことは噂に聞いて知っていました(誰から聞いたかが思い出せません。認知症?が始まっています(笑))。彼は現役のときから京都大学志望一筋で頑張っていた生徒です。残念ながら、合格できずに広島大学・法学部へ進学していました。与えられた環境の中で、精一杯頑張った甲斐があって、飛び級制度を利用して(広島大学に「飛び級制度」があったことを初めて知りました。私の担任した生徒が一橋大学でやはり飛び級制度で1年早く卒業しています)、彼は京都大学の大学院に合格しました(広島大学の4年生をやらずに飛び越して京都大学・大学院に合格。広島大学は中退!)。「夢は叶うんだ!」目標であった弁護士への道に着々と近づいています。新しい生活と夢を語る彼の目は、生き生きと輝いていました。いつものように、後輩たちに、自分の体験をレポートしてくれるようにお願いしておきました。私からは彼に新しい目標(??)を授けて、別れました。期待しています。頑張って欲しいですね。この話を彼が帰ってから、同僚にしたところ、自分も会いたかったのに、という先生が何人もいました。今度来校するときには、絶対に築道先生を訪ねるように!教え子たちがこうして立派になった姿で訪ねてくれるのが、一番の喜びです。❤❤❤

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「ももたろうとまとぽんず」

◎週末はグルメ情報です!!

dsc00022 ラーンズの営業開発部エリアマネージャーの平松一郎さんが、松江北高を訪問された際に、「ももたろうとまとぽんず」をお土産に二度もくださいました。なんでも岡山県立岡山東商業高等学校の生徒さんが、岡山県産の桃太郎トマトを使って、JAびほくとコラボ、地元企業の「大黒屋」さんと共同開発されたポン酢だそうです。「美味しいので一度試してみて」と、いただきました。早速家に帰って、サラダにかけていただきましたが、これが美味しいんです。私はそこまでトマトは好きではないのですが、これは食が進みます。岡山県産桃太郎トマトを25%配合し、その甘み、旨みを活かして、大変まろやかに仕上げています。ほのかなトマトの風味と酸味を残し、サラダや冷奴などどの季節の料理にも合う一品となっています。もちろん、トマトにかけて食べてもOK!本来のぽん酢に配合する柑橘果汁のようにはトマトの風味を出すことが難しく、岡山東商業高校の生徒さんたちと試行錯誤しながら何度も試作を行い、桃太郎トマトの良い風味が最大限出るように作り上げているそうです。酸味を抑えてありますので、子供から大人まで食べやすく、トマトが苦手な方でも抵抗無く食べることができ、いろいろなメニューに使える万能調味料ですね。ホームページによれば、鍋物、冷しゃぶ、たまご焼き、冷奴、サラダ、うどん、唐揚げ、焼き魚、てんぷら、えびフライ、かきフライなどの料理に幅広く使うことができる、とあります。私はもっぱらドレッシングとして愛用しています。これ、いけますよ。「ぼっけぇ、うめぇ」 ❤❤❤

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日本銀行旧小樽支店

 北海道・小樽はかつて、にしんや石炭の積出港として栄え、海運・倉庫・金融業などあらゆる商品とお金、情報が飛び交った商都でした。鉄道や港湾の発達によって、北海道随一の商都となった小樽は、ニューヨークの金融街になぞらえ「北のウォール街」と呼ばれ、小樽の町中には今も当時の銀行建築が多数残っています。「北のウォール街」でも、ひと際目を引く館の「日本銀行旧小樽支店」の建物は、東京駅でも有名な辰野金吾さんの設計だそうです。当時の時の寵児。明治45年(1912)に完成したものです。積み上げたレンガの上にモルタルを塗った造りの2階建てで、ルネサンス様式が取り入れられています。総工費は当時の金額で40万円に上り、これは日本銀行本店と日本銀行大阪支店に次いで、3番目に高額な建設費用だったといいます。この付近には日銀はじめ、三井、三菱など財閥系の大手都銀が軒を並べていたそうですよ。小樽の繁栄、それは札幌、函館をしのいだ時期もあったそうです。その後、「北のウォール街」とも呼ばれた繁栄期も過ぎて、日銀は2002年(平成14)9月を最後に小樽支店の機能を札幌に統合。銀行として使われなくなった歴史的建造物を活かして、改築工事が行われ、金融資料館として翌年5月に開館しました。小樽はこのように、歴史を感じさせてくれる建造物がたくさんある素敵な街ですね。

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 今は、日本銀行の歴史や金融の仕組みを分かりやすく紹介する「金融資料館」となっていますね。この資料館の入場は無料です。内部は荘厳なという言葉が似つかわしい重厚な造りです。小樽最盛期の金融事情がわかります。さらには日銀券=お札の説明が詳細にあります。日本のお金は世界で一番偽造不可能だそうですが、それはホログラム、すかし、特殊発光インキにマイクロ文字その他の多くの暗号があるからだそうです。また、金庫の実物を含め、多くの興味深い展示があり無料というのはうれしい限りです。駐車場はありませんから、駅から歩くことになります。私の宿泊先の「オーセントホテル小樽」から歩いてすぐのところにあるので、私も歩いてのぞいてみようと思いました。17時まで開いているということだったので、到着したのは16時半をちょっとだけ回っていたでしょうか。係りの人が、入館は16時半までで今日はもう入れません、ということでした。残念!中に入ることは出来ませんでしたが、表側から写真だけ撮って、ホテルに戻りました。夜、食事を終えて、小樽運河を見学に行く途中、再び夜景の建物を写真に撮ってきました。美しい!❤❤❤ 

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ラーメン長さん2号店

dsc09937dsc09948 松江市・上乃木にある、私の大好きな「ラーメン長さん」の2号店が、島根大学の学園通りに2月5日オープンしました。これで、わざわざ自転車で上乃木まで行かなくても食べられるようになりましたね。早速、今夜立ち寄って、私の定番「ラーメン」ネギ大盛りで注文しました。カウンター席とテーブル席があります。火曜日が定休日だそうです。数年前に、岡山にもお店を出されたんですが、残念ながらこちらは閉店してしまいましたね。さてこの2号店はどうなるんでしょうか?ここ島根大学近辺の学園通りは、ラーメン激戦区で、このすぐ近くにも「塩や」「風々ラーメン」「かつみ」「天真爛漫」などが立ち並んでいます。

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dsc09945 やってきました。これこれ!やはりネギの量が半端ではありません。これが「長さん」の特徴です。上の写真が「ネギ大盛り」、下の写真が「普通」のラーメンです。そしてさらにトッピングに、タマネギを刻んだものを入れると、スープに甘みが出てまろやかになるんです。これも本店のサービスと一緒です。たっぷりとタマネギを添えて食べました。やはり私の好きな「をっちゃんラーメン」と同じような塩ラーメンなんですが、こちらのほうがあっさり系ですかね。ただ本店と比べて、スープのコクがちょっとまだ安定していないのかなという印象です。だんだん慣れていくのでしょうが。場所的には、島根大学のすぐそばという好立地もあり、学生たちに人気が出れば、商売繁盛間違いなしなんでしょうが…。❤❤❤

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◎週末はグルメ情報です!!

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緑の行進&ライトアップ

 松江市ゆかりの文豪・小泉八雲(こいずみやくも)が、幼少期を過ごしたアイルランドの祝日「セント・パトリックス・デイ」(3月17日、同国にキリスト教を広めた聖パトリックの命日)にちなんだ祭り「アイリッシュ・フェスティバルin Matsue 2017」が、市内中心部で開かれ、パレードが3月12日(日)、松江市内でありました。松江でも、八雲が幼少期を同国で過ごした縁で、平成19年よりフェスティバルを開催しています。市民は同国のシンボルカラーの緑色の衣装を身にまとって街を練り歩き、市が目指す2020年「東京オリンピック・パラリンピック」での、アイルランド陸上チームの事前合宿誘致に向けて機運を高めました。スタート地点の松江城二の丸下の段で、誘致活動用の動画を撮影しています。今年は日本とアイルランドの外交関係樹立60周年の記念の年で、パレードには緑色の帽子やシャツなどを着た約260人が参加しました。マーチングや同国の縦笛・ティンホイッスルやバグパイプの音色に合わせ、踊りを披露しながら、松江城からカラコロ広場前までの850メートルを練り歩きました。

  それを記念して、松江城も夜は緑色にライトアップされています。2月27日から、アイリッシュフェスティバルのイベントで、松江城がグリーンのライトに照らされて、幻想的な姿を現しているんです。残念ながら、本丸は午後5時で閉まるので、二の丸から見るといい感じですよ。夜の松江を歩いている観光客の人たちにも、「あれは何だ?!」と好評のようです。❤❤❤

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大倉山ジャンプ場

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    大倉財閥二代目総帥、ホテルオークラ」の創業者でもある大倉喜七郎男爵が札幌市に寄贈したことから、1932年の開場時に「大倉シャンツェ」と命名されたジャンプ競技場。昭和47年(1972)の冬季オリンピック札幌大会に向けた大改修の際に、「大倉山ジャンプ競技場」と名称が改められました。標高307mにあるスタート地点からは、札幌市街や石狩平野の大パノラマと、右手後方にある70m級ジャンプが開催される「宮の森ジャンプ競技場」を一望することができます。冬は辺り一面が雪で覆われた“真っ白”な景色を楽しめ、競技がない日にはスタート地点裏にある「展望ラウンジ」からジャンパーの目線を疑似体験できます。MKタクシーで観光する中、ここに連れて行ってもらいました。

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dsc06613 ここへ行くには駐車場から上がったところに、長大なエスカレーターが動いています。気が遠くなるくらいに長いエスカレーターです(右写真)。以前はエスカレータ横の階段しかなかったそうですが、歩いて上がるなど私にはとんでもありません(笑)。エスカレーターに乗って入口まで上がります。遙かかなたのジャンプ台を見上げるととんでもない高さです。こんな高いところから飛んで降りてくるんだと思うと、ゾッとしました。見晴らしの良い展望台までリフトで2,3分で行けますが、どうしますか?と問われ、高所恐怖症(!)の私は即座にお断わりしました(笑)。遠くに石狩平野、札幌市街の街並みなどの絶景が一望できるのでしょうが、もうここで十分です。近くには売店やウィンタースポーツ・ミュージアムもありました。❤❤❤

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Something from Nothing 再び

something-from-nothing-2something-from-nothing-3 私の大好きな天才クリエーター・ポール・ハラス(Paul Hallus)の、代表的なパケット・トリックに、“Something from Nothing”という作品があります。Magic Makersから出ている、お買い得な2種類のパケットが入ったうちの1作品です。彼の作るパケットはどれも絵柄がきれいで、意表をついたシナリオで見る人を惹きつけるんです。ハンドリングも極めて巧妙で、いつも感心させられています。最近は、好んでこの作品を演じています。同じ作者のもう一つのお気に入りは、「ヴァンパイア・ドーン」(Vampire Dawn)というパケットです。⇒コチラです

 Something from Nothing4枚のカードの裏と表の両面をはっきりと示します。両面とも全て真っ白なブランク・カードです。おまじないをかけると「何かが出てきます」と言います。1枚だけ裏向きにすると、真っ赤な「SOMETHING(何か)」のカードに変わります。さらにおまじないをかけて数えると「SOMETHING」のカードが2枚になります。そして3枚、最後には4枚とも真っ赤な「SOMETHING」のカードに変化してしまいます!観客は裏が怪しいのでは… きっとそう思うでしょうね。そこでおもむろに裏向きにしてみると、4枚とも裏が緑色(!)の「NOTHING(無)」のカードに変わっているのです!「裏には何もないですよ」と終わります。 本当に不思議なパケット・マジックでした。

 カウント技法(エルムズレイカウント)の格好の練習にもなるパケット・マジックです。非常にきれいな作りの高品質のカードです。私はこのマジックが大のお気に入りで、カードが痛むたびに3回も(!)購入しています(笑)。パケット・トリックには目がない八幡でした。♠♣♥♦

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小樽の「ルタオ」

 もう私が長年食べ続けている最高のチーズケーキ「ドゥーブル・フロマージュ」を作っているお店が、今日の話題、小樽「ルタオ」(LeTAO)です。職場でもずいぶん宣伝しましたので、松江北高にもファンが多くなってきました。松江でも、駅前の一畑百貨店北海道展」をやるときには、よく販売されていますね。長年の「ルタオ」ファンとしては、小樽を訪ねたら絶対に行ってみたいお店でした。

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▲小樽駅前の「エキモルタオ」にて

 寿製菓が、1996年に廃業寸前だった千歳市のチョコレート工場を買収したのが会社の始まりです。当初は千歳空港内での販売を主力と考えていましたが、当時観光地として注目を浴びていた「小樽市」に販売店舗を置く戦略に変更しました。ルタオ本店の建物を表すフランス語で「小樽の親愛なる塔」を意味する「La Tour Amitie Otaru」の頭文字を、小樽(オタル)

▲札幌大丸のルタオ

の地名に愛着を込めてアレンジ(逆さ読み)し「ルタオ」と名付けています。札幌駅に併設している「大丸」の地下にも「ルタオ」の素敵なお店があり、写真を撮っておきました。小樽駅を降りた正面にも「エキモルタオ」というホテル内のショップがありましたよ。全部で5つ(!)の本・支店が小樽の繁華街に存在しています(「ルタオ本店」、「ルタオプラス」、「ルタオパトス」、「ルタオショコラ」、「エキモルタオ」)。私は今回の小樽訪問で、これらの店舗を全部回ろうと計画を立てました(笑)。長年の夢が叶いました。

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▲これが「ルタオ本店」

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 まず向かったのはメルヘン交差点にそびえたつ「ルタオ本店です。メルヘンチックな外観が目印のこの建物。1階にはショップ、2階にはカフェが広がっています。イートイン80席の広い喫茶コーナーでした。残念ながら、すごい人気の超満員(写真下)で、30分以上は待たねばならなかったので、断念して次のお店に向かうことにしました。

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 1998年に小樽のメルヘン交差点に開店。主力のチョコレートを始め、ケーキなどの洋菓子類を取り揃えています。 中でも「ドゥーブル・フロマージュ」というチーズケーキが大ヒットし、「ルタオ」の名を全国に知らしめることになります。全国のデパートにも催事で出店しており、その味を楽しむことができるほか、通信販売にも乗り出しています。私はもう長年このチーズケーキの愛好者です。味わいの異なるチーズケーキが二層(ベイクドチーズ層・レアチーズ層)となり、口の中でとろけるようなハーモニーを奏でます。北海道だけでなく世界中から最高の素材を探し求めて、独自のレシピでケーキを作り上げています。生クリーム、小麦粉、卵は北海道産。マスカルポーネチーズは発祥地の北イタリア・ロンバルディア州産にたどり着きました。最高の口どけとミルク感を実現しています。ケーキを冷凍すると、解凍後に味が落ちるというう常識に挑戦し、3年の歳月をかけ、解凍後もなお最高の美味しさで食べることができる冷凍技術を開発しています。「ドゥーブル・フロマージュ」は、1998年のルタオ開店時から店舗販売のみの生ケーキとして販売を開始。「本州に持ち帰りたい」という消費者の声に応えるために、冷凍技術を開発した後、全国で開催されている北海道物産展での販売を機に、次第に知名度が高まり、2005年1月にテレビ番組『松紳』で紹介されたのを機に、一気に全国的な人気商品となりました。現在は通信販売などで、年間およそ300万個を販売する北海道を代表する大人気商品となっています。

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 今回の小樽訪問の大きな目的だった「ルタオ」を全部周ることができ、大満足でした。帰りの新千歳空港」のおみやげ店にも、ルタオ」の商品が並んでいました。私は「ロイヤルモンターニュ」(王家の山)という、なめらかな口どけのチョコレートをお土産にカゴに入れていました。カカオと花のようなダージリンティーの香りが絶妙にマッチした一品でした。

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on good terms with~の意味

 A is on good trms with B(AはBと仲がよい)という表現は、どの辞典にも、そしてどんな受験参考書・問題集にも取り上げられるくらい一般的なものです。高校生も上級になると、一度は目に触れる重要な熟語表現でしょう。しかし実は、その実際に意味するところはあまり分かっていないのです。生徒だけでなく、教員も、自分が高校時代に習ったことをそのまま何の疑問も抱かずに教えているケースがままあります。私はそのような表現を数多く取り上げて、各所で発表してきましたが、この熟語表現もそんな例の一つなんです。

 日本語から、この熟語の意味を”be friendly, close”というふうに思っている人が多いようです。ここで問題とすべきは、この”friendly”の質・中身・程度なんです。結論的に言うと、少なくともアメリカ英語では、決して”close”という意味ではないということです。この句は、単に「仲が悪いのではない」ということを表しているに過ぎないのであって、お互いに悪感情など持っていない、と言っているだけなのです。『ライトハウス英和辞典』(研究社)の編集委員として、私はもう20年近く前にそのことを確認しています。編集顧問のジョージア大学名誉教授アルジオ博士(John Algeo)によれば、”on good terms with former students”と言えば、今でも「連絡を取り合っている」ということだし、”on good terms with the neighbors”と言えば、会えばあいさつを交わす程度、ちょっとした助けをお願いできる、という感じだと言います。”be close with”といったような強くて、深い関係を述べる表現では決してない、ということです。そういう意味では”be cooperative and polite with”と記述しておくのが妥当かもしれません。英語も一筋縄ではいきませんね。

 辞典や参考書で、このことに踏み込んで記述したものはほとんどありませんが、尊敬する山岸勝榮先生が『スーパーアンカー英和辞典』において、次のように書いておられるのはさすがと思いました。用例も註記もこの句の実態を見事に捉えていますね。

I am on good [friendly] terms with all my neighbors. 私は近所づき合いは良好だ(▲友人や家族どうしには用いない) 

 最近、たまたま読んだ、キャサリン・A・クラフト『日本人の9割が間違える英語表現100』(ちくま新書、2017年)pp.198-199にも、そのことが出ていました。著者のクラフトさんは、日本に在住30年超のアメリカ人です。日本人の「勘違い英語」の実態や意味や解釈のズレを明らかにしている好著です。ぜひ先生方にはご一読をお薦めします。

   “on good terms”を、手もとにある英和辞典では「仲がよい」としています。たしかに「仲がよい」のですが、厳密に言うと、「互いに悪感情を持たずに、良好な関係を維持している」といったレベルの「仲がいい」のであって、「たいへん仲がいい」のではけっしてありません。
 私の頭に真っ先に浮かぶのは、次のような一文です。
◆They remained on good terms even after their divorce. (彼らは離婚したあともいい関係にある)
彼らは、別れたあとも、悪感情をもたず、良好な関係を維持している。でもだからといって、いっしょに暮らしたいかというとそうではない―といったレベルの仲なのです。
◆I’ll recommend you for the job. I’m on good terms with the owner
of the store.(その仕事がしたいのなら、推薦してあげるよ。店のオーナーとは顔見しりだから)

 先ほど、「少なくともアメリカ英語では」と言ったのは、同じく編集顧問のイギリス人イルソン博士(Robert F. Ison)は、このことに疑義を唱え、COBUILDの定義を引いて、やはり”friendly”だと言われたからです。もしかしたら、アメリカ英語とイギリス英語で、この句の表す意味の程度に差があるのかも、と思ったのですが、それ以来、この問題を詳しく追いかける時間が取れないで、放ったままになっています。♠♠♠

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ブーランジェリーミケ

◎週末はグルメ情報です!! 

 同僚から、出雲大社に美味しいパン屋さんがあって、すぐ売り切れるぐらい人気なんだそうですよ、と聞きました。「ブーランジェリーミケ」という、電鉄出雲大社駅のすぐそばにあるお店です。出雲大社の参道へ向かう神門通りには、小さな店が楽しげにちょこちょこと並んでいますね。こちらのパン屋さんは、一畑電車(通称バタ電)の出雲大社前駅からもすぐそば。大正時代の建物だったという、古い日本家屋をそのまま生かした造りで、鄙びた味わいがありますね。

dsc09946 店内にはパンがぎっしり並んでいますが、夕方前には売り切れてしまうことも多いそうです。私がお邪魔したときにも、お客さんが次々とひっきりなしに入ってきました。パンはだいたい80種くらいあり、ハード系からお惣菜系、菓子パンとさまざまです。小麦とお米由来の天然酵母を使用し、地元の食材をできるだけ多く使っています。雲南市で作られている木次乳業のパスチャライズ牛乳や、平飼いの有精卵、そしてお隣の鳥取県、大山で作られる大山バターなどなど。出雲では、斐川町で「出雲小麦」という国産小麦が作られており、ブーランジェリーミケ」では、7割のパンに契約栽培で育ったこの出雲小麦を使っているそうです。

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  店主の宇佐美高広さんは、学生時代からパンが大好きで、パン屋さんでアルバイトしていたこともあったとか。東京へ出て天然酵母パンの美味しさを知り、7年修行の後、地元へと戻ってきました。パンの香りを引き立て、旨味、甘味を存分に引き出せるよう、丁寧にじっくりと時間をかけて天然酵母を起こし、おいしいパン作りに奮闘しておられます。店内もオープンキッチンで、作っているところが良ーく見えるのも、この店のいいところ。宇佐美さんもお客さんと気軽に話をしながら、楽しく対応しておられます。パンも美味しくいただきました。評判になるのもよく分かります。❤❤❤

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Zebra Code Predicition

 アストロ・マジック最新作「Zebra Code Prediction」です。最近の2017ブラックプール・コンベンション」(Blackpool Convention)で、あっという間に完売した作品です。Astor(アストロ)さんの作るものは、手が込んでいて、それでいてすっきりしたものが多く、私は大好きでずっと集めているんです。

zebra-code-prediction 黒いゼブラ柄の透明ケースに、白い予言のカードが1枚入っています。観客の目の前で、このカードを入れたり出したりしますが、特に何も変わったところはありません。ただの縞縞模様です。白いカードをケースから引き出してテーブルの上に置き、観客にデックを半分当たりでカットしてもらいます。観客がたまたま半分にしたところの上下のカードを覚えてもらいます。「クラブの7」「ハートのJ」ですね。先ほどの白いカードをゼブラ柄の透明ケースに再び通します。すると、なんと観客が選んだカードのマークと数字(クラブの7)が、スーーッとケースに浮かび上がってくるのです。さらに、白いカードを裏返してケースに再び通すと、もう1枚のカードの数字とマーク(ハートのJ)も忽然と表れるのです。このように、ォースする枚数は1枚でも2枚でもどちらでも構いません。やり方次第で、まっすぐに表すことも、斜めに表すこともできるようになっています。非常にビジュアルで、大変簡単にできるカードの予言マジックです。益田克也さんの「WOW」ほどのインパクトはありませんでしたが、それでもかなり驚きです。さすがアストロさんの作品ですね。

 下のアストロさんご自身のデモ映像では、あまりにも見え見えのフォースを使っています。初心者向けにはこれで十分だませるでしょうが、上級者としてはもう少し工夫したいところですね。これ気に入っています。♠♣♥♦

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東京スカイツリーの秘密

 「東京スカイツリー」は、東京都墨田区業平押上地区に建った高さ634m(=むさし)の電波塔です。名称は公募によるもので、18,606件の応募の中から、6つの候補に絞り込み、全国投票を実施しました。この結果、110,419票の中で、最高得票数32,699票を獲得した「東京スカイツリー」に決定しました。次点は、「東京EDOタワー」の31,185票で、僅差の得票数でした。

 なぜこんなに高い塔が必要だったのか?都心部には200mを超える超高層ビルが林立しており、ビルの影ではテレビ電波の受信に障害が生じる場所が出てきます。電波の安定送信には、周辺の建物の2倍以上の高さから電波を送る必要があるのです。そこで影響を受けにくい高い場所からの電波送信が検討され、600m級のタワーが望まれた訳です。

 「東京スカイツリー」をじっくりと観察してみると、なんとなく傾いているようにも見えますね。しかも見る角度によってどことなく傾きの角度が変化していくような気もします。実は、これには2つの理由があります。まず一つ目。「東京スカイツリー」は上部に伸びるにつれて底面の正三角形から円形へと徐々に変化していきます。三角形の辺がだんだん丸みを帯びておむすびのような形になり、高さ300m付近でほぼ円形に変わります。そこで、見る方向によって、日本刀に見られる「そり」と、寺社仏閣や数寄屋など日本の伝統的建物の柱に見られる「むくり」の2種類のカーブが見られると言う訳です。二つ目。低層部の正三角形から円へと徐々に変化することで、見る方向により中心軸がずれて見えることです。見る角度によって、重心の位置が建物の中心に見えないことが原因です。タワー自身が傾いているわけではありませんからご安心を。

 さて、行列に並んで、ようやく出発ゲートからエレベーターに乗って「第1展望台」に上がります。上部にいくほどすぼまっていくタワーが、ここで逆方向に広がるすり鉢状のフォルムとなっていますね。ガラス面の傾斜は19度。足元の景色を見やすくしてくれています。夕方や夜の室内照明がガラス面に映り込みにくくなり、外の風景がよりクリアになるという副次効果もあります。床の一部には強化ガラスをはめこんだ、真下をのぞき込めるコーナーもありましたね。私は怖くて(高所恐怖症)下を見ることなどできません。さらにエレベータで第2展望台」に上がると、展望台の周りをスパイラル状に取り囲む「空中回廊」が待っています。到着ロビーから通路幅2.4m、約110mの距離を歩いて展望台の周りをめぐり、約5mほど高い「展望ロビー」に到着します。この「自分で歩いて登る」という演出が、デザインのミソとなっています。デザインを設計した吉野 繁さんが、 当初から「ぜひつくりたい!」と考えていたものです。 本人によると、こんなことを考えてのものだそうです。東京スカイツリーへおいでになる方は、きっと、家から電車や車でやって来て、施設内ではエレベータやエスカレータを利用します。でも、最後、いちばん高いところへ行くのは、自力で、自分の体を使って登ってもらうのが、ドラマチックかなと。」「施設内の床はどこもフラットなので、最上部の空中回廊に行くときに、体の動きに変化をつけることで、より体験として印象深くなると考えました。」 眺望を得る視覚や見た目のデザインのみならず、 体感の仕方を考慮したものでした。「第1展望台は、インテリアを深い色にして、景色がより映えるようにしていますので、そこからの眺望を楽しんでもらえると嬉しいです。」「第2展望台は、逆にインテリアを白っぽくし、外からの光や時間をより感じられるようにしており、空中を歩くかのような浮遊感や、空との一体感を楽しんでもらえると嬉しいです。」 なるほど!こういったスカイツリーのうんちくについては「東京スカイツリー うんちく50(⇒コチラです)に詳しく出ていますので、ぜひご覧になってください。

 地上から「第1展望台」を結ぶ最新鋭エレベータは、600m/分で約50秒で結んでいます(東芝エレベーター)。エレベーターのかごの中の四季のデザイン(春・夏・秋・冬)が印象的でした。第1展望台」「第2展望台」は、240m/分で所要時間約30秒で結んでいます(日立製作所)。

 実はこの「東京スカイツリー」は、島根県・吉賀町出身の澄川喜一(すみがわきいち)先生(1931年―、元東京芸術大学学長)が、安藤忠雄(あんどうただお)さんとデザイン監修されたものです。このことは島根県人でも知らない人がたくさんいて、松江北高の生徒もほとんど知りません。「東京スカイツリー」のたもとには、澄川先生の「TO THE SKY」という彫像が、天に向かってそびえ立っています(下写真)。この彫像の中に入ってスカイツリーを臨むのが一番の絶景だ、と澄川先生はおっしゃっておられます。ぜひ試してみてください。澄川先生は、とある取材で「私は、清く正しく生きている人には、天女が見えると言っているんですよ(笑)」と冗談を飛ばしておられました。一方、島根県・松江市の「島根県立美術館」の屋外にも、同美術館のオープンを記念して制作された澄川先生の「風門」という作品があります(下写真)。両者はよく似ているでしょう。空に向かってそびえ立っているとっても印象的な作品で、美術館がいっそう映えています。これは磨き上げた部分は、しめ縄につり下げられる四手(しで)であり、下半分は花崗岩を割った状態となっています。宍道湖の風を迎え入れる結界を意図されているそうですよ。澄川先生の石像の産地はほとんど山口県黒髪島の花崗岩だそうです。私はこのモニュメントが大好きで、田和山方面(今井書店センター店、ぶんぶん堂、森のくまさん、モントローネ、ウィーンの森)に出かける途中に、よく寄り道をしています。私のヒーリング・スポットですね。❤❤❤

▲澄川先生の「TO THE SKY」

▲澄川先生の「風門」

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小樽運河

dsc07173 北海道有数の観光地として人気の高い小樽、その象徴が「小樽運河」です。大正12年に完成、北海道の海運を支えた歴史ある風景を楽しむことができる、ぜひ訪れたい北海道観光のハイライトのひとつですね。異国情緒あふれる外観と、水路に沿ってレンガ造りの倉庫が立ち並ぶ景観は、まるで童話の世界にでも出てきそうな風景でとっても魅力的でした。特に夜景の美しさも際立っており、63基のガス灯の柔らかい光が街並みを照らしライトアップ、なんだか温かい気持ちになるような場所でしたね。小樽運河」は、内陸に水路を掘ったものではなく、沖合を埋め立て、陸との間にできた水路で、「埋め立て式運河」と言われています。北海道開拓の玄関口としても活用されて、多くの船が行き交い賑わっていたようです。やがて、終戦を迎え、埠頭が新たに作られるようになると、運河としての役目を終え、長い間放置されるようになります。運河は汚れ、ヘドロがたまり悪臭が発生するようになりました。昭和61年に一部埋め立てを行い、散策路や街園が整備された現在の姿へと生まれ変わりました。

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dsc07190 「小樽運河」は、JR小樽駅から緩い坂道を下って徒歩10分弱の場所にあるので、車などを利用しなくても、徒歩と公共の交通機関を使って比較的簡単に観光を楽しむことができます。JR小樽駅から緩い下り坂をまっすぐ歩いて約10分。 小樽運河の中心に位置する中央橋。クルーズ船「小樽運河クルーズ」の発着地。中央橋と隣の橋の「浅草橋」の間の運河沿いの「運河散策路」を歩いて、情緒を楽しむのが正しい歩き方です。中央橋から散策路を歩いて約4~5分。浅草橋から小樽運河をバックに写真を撮ると綺麗に撮ることができます。

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 私は昨年秋、さわやかな秋風吹く中を、「えびす屋」さんの人力車に乗って、北運河」の方へ行ってもらいました。大正時代からあるここは、幅がそれほど大きくないということもあり、作業船などの小さな船が繋がれている様子を見ることができます。風情があって、日本の古き良き風景を楽しむには、まさにうってつけの場所だと思いました。観光で訪れた方にはぜひ、埋め立てられていない北側部分(通称『北運河』)まで足を延ばしていただきたいですね」と小樽観光の達人。本来の40メートル幅の運河の姿を残す北運河には、今も現役の倉庫があり、小型船も通行しています。「南側に比べると地味な風景ですが、それがかえって港町らしい空気感を醸し出しているのです。雰囲気の良い小さなカフェが点在し、人混みを離れてのんびり散歩できるのも魅力。当たり前の風景だったかつての運河の雰囲気を感じることができます」と、達人は続けています。夜もイリュミネーションがきれいですよ、と案内をいただいたのでぜひ行ってみようと思ったんです。

 夜は食事後、「オーセントホテル小樽」から歩いて、夜の「小樽運河」を見に行ってきました。暗闇の中、幻想的な灯りの中で、ボーッと浮かんだ運河の景色は、なんとも言えない風情と趣がありましたよ。あー、札幌から足を伸ばして来てよかった。またゆっくりと来たいと思いました。❤❤❤

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高校入試問題から

 私は、今年1月22日のブログに、「極楽と地獄」と題して、仏教の教えから次のような内容を書きました。授業でもよく話す話題です。再録しておきます。

 「極楽と地獄はどう違うのですか?」という質問に対して、尊敬する京セラの名誉会長・稲盛和夫(いなもりかずお)さんが、仏教の教えを引用して各所で話しておられることを、引用することにしています。あの世には「極楽」「地獄」もありますが、見た目は両者は全く同じ世界です。違うのはそこに住んでいる人の心だけだと言います。

%e3%81%86%e3%81%a9%e3%82%93 厳しい修行に明け暮れる雲水(修行僧)にとっては、うどんは一番のごちそうです。部屋の真ん中に置いてある大きな釜に、美味しそうなうどんがぐつぐつと煮えたぎっていて、つけ汁も置いてあります。ただし食べ方のルールは決まっていて、一メートルぐらいの長い箸でその端を持って食べなければなりません。極楽も地獄もここまでは全く同じ。釜の大きさも、その釜を囲んでいる人数も一緒です。ところがそこにいる人の心だけが違っているのです。

 「地獄」では、一メートルの箸でうどんをつかむやいなや、自分のそばにあるつけ汁につけて少しでも早く食べようとするのです。ところが、箸があまりにも長すぎて自分の口には入りません。反対側からは、こいつに食われてたまるものかと、人の取ったうどんを箸で引っ張る。こうして大釜の周辺にはせっかくの美味しいうどんが飛び散って、誰もうどんを食べることはできず、うどんの取り合いという阿鼻叫喚の地獄絵図が展開するわけです。

 ところが、「極楽」には思いやりにあふれた人たちだけが住んでいます。そこでは「うどんができましたよ。みなさん、一緒に食べましょう。」―「それでは頂戴します。」と長い箸で釜の中のうどんを取ると、―「はい、あなたからどうぞ」と箸を伸ばし、つけ汁につけて向こう側の人に食べさせてあげるのです。この人は―「ああ、おいしゅうございました。今度は、あなたがどうぞ」と言ってその人にうどんを取って食べさせてあげる。うどんは少しもこぼれないし、誰もが穏やかに美味しく食べることができる。人々は手を合わせて、感謝しながら食べています。これが極楽絵図です。

 このように外見は「地獄」と何ら変わらない「極楽」ですが、「心の在り方」一つで同じことも全く違った結果をもたらすことを、このたとえ話は教えてくれています。私は今まで、こうした「利他の心」(私は”give & give”と呼んでいます)を忘れずに生きてきました。自分が幸せになりたいという気持ちはもちろんありますが、それ以上に、自分がやっていることで他の人が少しでも喜んでくれる、人のお役に立っている、感謝してもらっている、ということが実感できれば、これに勝る喜びはありません。毎日教えている生徒たちには、授業の合間に、そんな生き方もいいもんだよ、と話しています。退職するときに、たくさんの教え子たちからねぎらいや感謝の言葉をかけていただきましたが、その時に今までやってきたことが間違っていなかったことを実感しました。これからもそんな生き方をしたいと考えています。

 さて、昨日3月7日は、島根県公立高校の高校入試の日でした。私たち英語科の教員は夜遅くまで採点に明け暮れました。今年の英語の問題は、形式・題材・内容ともに随所に新しい試みが見られ、なかなか工夫されているなという印象(中学生にとっては大変だったでしょうが)でした。今日は、その中の第3問題の問3を取り上げます。

 次の英文を読んで、この話から得ることができる教訓として最も適当なものを、下のア~エの中から一つ選び、記号で答えなさい。

    Once there was a man. He went to heaven and hell. People in both places had a lot of delicious food on a big table. And they had the same rule : they had to use very long chopsticks to eat. In hell, people looked very hungry and angry. They could not get any food into their own mouth because the chopsticks were too long. Then he went to heaven. People there were enjoying delicious food. Do you know why? They were giving food to each other with their long chopsticks.

ア It’s important to learn about heaven and hell.
イ It’s important to use things you have for other people.
ウ It’s important to follow rules at any time.
エ It’s important to have meals with a lot of people. 

 まさに、上記の「極楽」と「地獄」を描いた問題です。話の概要をつかんでそこに述べられた教訓を選ぶ、というなかなか考えられた良い問題だと思いました。ただ英文中のmouthはmouthsと複数形に、最後のdelicious foodにはthe delicious foodと冠詞をつけなけれけばいけません(他の問題でも英語として?と思う箇所がありました)。英語科で話し合ったのは、正解選択肢イの内容の妥当性についてです。この話の教訓を語るのにふさわしいかどうかという点です。この話は「利他」の精神を説くものですから、お互いが助け合うことの大切さ」を読みとらなければいけません。はたして、正解のイ「自分の持っているものを他人のために使うことの大切さ」がそれにふさわしい表現かどうか、疑問が残るところです。「後置修飾」は生徒の苦手とするところですから、このような英文になったのだと想像しますが、やはり?がぬぐえません。いかがでしょうか?

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銀座「カフェーパウリスタ」

dsc01767dsc01766 東京・銀座「カフェーパウリスタ」が誕生したのは、明治44年12月のことでした。このお店は、その後の喫茶店の原型となったとも言われている有名なお店です。当時、お店の正面にはブラジルの国旗が翻り、夜ともなれば燦々と輝くイリュミネーションの店構えに、人々は胸をときめかせたものでした。店の中に入ると北欧風のマントルピースのある広間、大理石のテーブル、ロココ調の椅子。海軍の下士官風の白い制服を着た美少年の給仕が銀の盆に載せたコーヒーをうやうやしく運んでくる。価格は一杯5銭。当時としては超破格値だったために、カフェーパウリスタ」は開店と同時に誰もが気軽に入れる喫茶店として親しまれるようになりました。

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 当時、銀座の店の周辺には、新聞社や外国商館が建ち並び、水上瀧太郎、吉井勇、菊池寛、佐藤春夫、芥川龍之介、森 鴎外、谷崎潤一郎、与謝野晶子、正宗白鳥、徳田秋声、井上ひさしなど、多くの文化人が店の常連となっていました。なにせ、あのジョン・IMG_7139レノン・オノヨーコ夫妻も、来日時には、三日三晩も来店したそうですよ。座カフェーパウリスタ」ブラジルコーヒーを飲みに行く」ということから、「銀ブラ」という言葉が生まれたとも言われています。同店自身も、現在、訪れたお客さんに対して、「あなたは本日、銀ブラを楽しんだ事を証明します」という「銀ブラ証明書」(スタンプカード)を発行しているくらいです。私も同店を訪れた際に、もらってきました(写真右)。

 外国人のお客さんが多く、店内は非常ににぎわっていました。お店の雰囲気もよく、店員さんも親切で、落ち着いてコーヒーに浸ることができる素敵な空間でした。お店の玄関では、外国人の人達がしきりに記念撮影をしておられましたよ。マニアの人達にとっては有名なお店なんですね。カップやスプーンは昔のままを復元し、壁紙や鏡に昔の面影がとどめられています。今でも銀座の名店として知られ、変わらずコーヒーの香りで、人々の豊かな時間を演出しています。

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 ここで飲んだコーヒーがあまりにも美味しかったので、私は3年ほど前からずっと、このお店から毎月コーヒーを届けてもらっています。森のコーヒー」という銘柄で、①カップテイスターの味覚格付けで常にトップクラス、②農薬不使用の生産者グループの手により栽培、③ブラジル有機認証団体やドイツ有機認証団体の認定書付きのコーヒー原料豆を100%使用、④カフェーパウリスタが農園から直接買い付けた産直品、⑤完熟した豆のみを一粒一粒手作業で収穫し、未熟な豆は選別除去、⑥乾燥工程の70%が天日乾燥、最後の仕上げの30%のみを機械乾燥、⑦伝統の技法で自社焙煎、などの際立った特徴を持った、農薬不使用の完熟豆で作られたこだわりぬいた上質の美味しいブラジルコーヒーです。その都度最新コーヒー情報も届きます。

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ZARD CD&DVD COLLECTIONが届いた!

IMG_0446 (株)アシェットから日本初の「ZARD百科事典」となる、隔週刊『ZARD CD&DVD COLLECTION 〜永遠のスタンダード・ナンバー〜』No.1 & No.2の2冊が届きました。これは、ZARD永遠のスタンダード・ナンバーをCDとDVD、マガジンでコレクションするJ-POP界初の「パートワーク」となるものです。全52号を集めれば、ZARDをあらゆる方向から網羅した『ZARD大百科』が完成するというものです。⇒詳しい内容はコチラにレポートしました 「パートワーク」とは、1つのテーマを分冊で定期的に刊行し、大百科事典を完成させるスタイルです。本格的なコレクションがリーズナブルな値段で完成するのが特徴です。この「ZARDコレクション」は、J-POP界として我が国初のパートワークとなります。

 隔週刊に届けられるこの「マガジン」は、創刊号から第38号までにはCDを付属予定、第39号から第52号までにはDVDが付く予定です。永遠に輝き続ける坂井泉水さんの歌声と詞を、音と映像でコレクションしていきます。CDには、誰もが知る有名なシングル曲はもちろんのこと、カップリング曲、アルバム収録曲、カラオケバージョン、ピアノ・インストルメンタル、さらにライブ音源などが最新デジタルリマスタリングで届けられる予定です。DVDには、ミュージックビデオに加え、ライブ映像、オフショット、貴重な未公開映像など、現存するZARDの映像の数々を収録した完全保存版となります。創刊号には、CDに加え、ここでしか見られないZARDバイオグラフィムービーを収録した特別DVDが付いてきました。マガジン(オールカラdsc00016ー12ページ)では、「名曲アーカイブ」、「ギャラリー」、「ハイライト」、「ZARDミュージアム」、「私とZARD」、「素顔の坂井泉水」といった6つの章から構成され、CD収録曲1曲ごとの解説はもちろん、歌詞やそこに込められた思いが明かされています。このほか、坂井泉水さんのインタビューの再録や、テーマ別データ集、当時のグッズや販促品、貴重な資料なども詳しく紹介されることに加え、毎号、未公開写真、レアな写真を含む魅力的な写真がA3サイズで掲載されます。毎号集めて特製バインダーに綴じれば、ZARDのCDとDVDを満喫しながらアーティストとして、ひとりの人間としての坂井泉水に多面的に迫る「百科事典」の完成というわけですね。創刊号についてきたDVD「ZARD Biography Movie」を観たんですが、デビューからの彼女の曲を映像とともに流した伝記となっていました(写真)。懐かしさで涙が出そうでした。

 この「マガジン」は全部で6つの章で構成されています。
▼「ギャラリー」
毎号、坂井泉水の魅力的な写真を片観音(A3サイズ)でピンナップに。未公開写真やレアな写真も掲載されます。これも楽しみです。

▼「名曲アーカイブ」
CD収録曲を1曲ごとに解説します。歌詞やそこに込められた思いに加え、データや制作時のエピソードなど、各楽曲をより深く知ることができます。DVDが付属する号には、収録されるプロモーションビデオの解説や収録時のエピソードを中心に、ライブの様子や舞台裏などもレポートします。曲の背景や坂井さんの思いが語られるものと期待したいです。
▼「ハイライト」
ZARDの活動におけるハイライトを、毎号さまざまなテーマで取り上げます。DVDが付属する号には、デビューからのZARDの活動ヒストリーを時系列で追っていくコーナーを掲載しています。思い出に浸れそうですね。第2号ではあの伝説の「クルージング・ライブ」の舞台裏が語られました。
▼「ZARDミュージアム」
ZARDにまつわる貴重なアイテムの数々を公開します。当時のグッズや販促品、貴重な資料なども詳しく解説します。かなり私も見ていますけどね。
▼「私とZARD」
ZARDのスタッフや関係者が坂井泉水とのエピソード、秘話などを明かします。スタッフや関係者しか知らなかった事実が、今明かされます。私はこれに期待したいですね。彼女を一番よく知るプロデューサーの長戸大幸さんの秘話に期待です。
▼「素顔の坂井泉水」
ZARDの活動以外での、坂井泉水のプライベートな素顔に迫ります。坂井泉水が遺した詞や絵画など、彼女の趣味や秘蔵アイテムの数々を紹介します。追悼展でも見たことがありますが、これは初公開ですね。第2号では彼女の描いた油絵が公開されました。

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 さて創刊号は、セブンイレブンでも、2月8日には店頭に並んでいました。何でもセブンイレブン発売分には特製ピンナップが付くというので、私はこちらも買ってしまいました。創刊号は2冊持っていることになります(笑)。ファンというのは有り難いものですね。坂井さんが亡くなってからもう10年にもなるのに、こうして未だに思い出を風化させないで、心に抱き続ける人間がいるんですから。

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 アシェットからは、「一体何が届いたんだ?」とビックリするくらいの縦長の巨大な荷物が、佐川急便から配達されました。創刊号と第2号に加えて、特典の組み立て式CD収納ボックスDVD収納ボックスが入っていたのでした。次号には、「全シングルジャケット型ポストカードセット」(含未発表写真)が送られてくるそうなので楽しみです。❤❤❤

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Month Prediction

 12枚のチップから、観客に1枚だけ選ばれた<月名>は予言と完全に一致!予言は観客の手の中で神秘的に現れる!という2つのあり得ない現象が可能になるマジックが「Month Prediction」です。

month-prediction まず予言の紙を取出し検めます。表面は真っ白で「予言」とだけ書かれています。裏面も見せますが、真っ黒で何も書かれていません。この予言の紙を一人の観客に渡し、すり替えたりしないように、両手の間に挟んでしっかりと持っていてもらいます。次に巾着袋から12枚の黒いチップを取り出します。表面には<月名>が、白字で英語の頭文字3文字で書かれています(JAN, NOV, DEC)。これらのチップを観客に渡し、両手の中で良く振って混ぜてもらってから、テーブルにポーンと投げ出してもらいます。テーブル上で裏向きになったチップ(月名の無い)をすべて除いていきます。このことを何回か繰り返して、最後に1枚のチップだけが残るまで、混ぜては投げ出す動作を繰り返してもらいます。最後に1枚だけ表向きで残ったチップはそのままテーブルに置いておきます。<月名>が決まりました。例えば「MAY」5月)です。最初から観客に両手に持っていてもらっていた「予言」の紙を見てもらうと、先ほどは真っ黒だった紙に、そこには赤文字で「MAY 5月」と書かれているではありませんか!まったくランダムな偶然の選択が、あらかじめ予言されていたのです。使うチップは1月から12月の12枚のみです。途中で足したり、取り除いたり怪しげな動作は一切しません。チップに触れるのは観客のみです。演者は一切手を触れません。予言の紙は最初から観客が持っています。すり替えなどは一切行いません。予言の紙は最初は何も書かれていませんが、チップの選択が終わってから手を開いて見て見ると予言が現れています。黒い面に神秘的に赤い文字が現れています

 チップの予言予言の出現。この2つの現象を支えている原理は決して新しいものではなく、古くからあるものなんですが、それを2つ組み合わせることで、まったく新しいマジックに生まれ変わっています。これ、いっぺんに気に入りました。みなさんはどうやっているか考えてみてください。不思議でしょ?フェザータッチ・マジックで1458円で売っています。お買い得のマジックです。♠♣♥♦

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ミニョンのアップルパイ

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◎週末はグルメ情報です!!

 九州・博多駅の顔となっている、焼きたてミニクロワッサンの量り売りのお店「ミニョン」には、よく長い行列ができていますね。駅のコンコースの「みどりの窓口」の向かい側です。焼きたてクロワッサンを販売している右のコーナーと、アップルパイ、シフォンケーキ、めんたいクロワッサンなどを販売してる左側のコーナーに分かれています。いつも行列なのは、右のクロワッサン・コーナーです。お店付近にはほんのりとクロワッサンのいい香りがいつも漂っています。私は博多へ出る度に、ここのクロワッサンの横で販売されている「アップルパイ」(194円)を買っています。

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 シナモンの香りがやさしく感じられるアップルパイです。一番外側のパイがさっくさくで、中のりんごはちょうどいい甘さ。量も一口サイズでバランスいい〜!デザートというかパンって感じですが、すごく美味しいんです。しつこくないので、1個と言わずもうちょっと食べれそうですね。おうちで、少し温めなおしてもいけるんじゃないでしょうか。なんとも安いお値段(194円)で、めっちゃ美味しいアップルパイのご紹介でした。博多に出られた際はぜひお試しあれ!博多駅にはここと、隣接する阪急デパート地下のアンジェコココ」という、アップルパイの美味しいお店があります。❤❤❤

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松下幸之助ファン

 私は博多へ出かけると、必ず中州の「エクセル東急」に泊まります。博多のどこへ行くにもアクセスがいいので、私のお気に入りの定宿なんですが、もうずいぶん前のある時、タクシーでホテルに到着して部屋に入ったところ、ロンドンで買ったお気に入りのバーバリーのセカンド・バッグ(高かった!)をタクシーに置き忘れたことにはたと気が付きました。フロントに電話して事情を説明したら、30分もしないのに、部屋まで係の方が届けてくださいました。わざわざ連絡をとってタクシー会社まで取りに行ってくださったのでしょう。大感激しました。このことがあって以来、ホテル会員となって、私は博多では必ず「エクセル東急」に泊まる、と決めているんです。

 最近も、博多でこんなことがありました。天神の岩田屋に入っている「ブルックス・ブラザーズ」(Brooks Brothers)は、もう長年通っているお気に入りの洋服屋さんですが、気に入ったセーターがあって数枚試着して購入しました。博多駅まで戻ってきて気づいたことに、愛用のバーバリーのハンカチがどこにもないんです。ご存じの方も多いと思いますが、三陽商会バーバリーとの業務提携を打ち切ってから(経営がよくないと聞きました)、もうバーバリーのものはなかなか手に入らないんです。それにこのハンカチ、色とデザインが素敵でずっと愛用してお気に入りだったんです。「あ、そうだ、試着室に忘れたんだ!」と思い出し、お店に電話をかけました。担当の方が出られ、丁寧にちゃんと取ってありました。するとすぐ翌日に「先日はご来店のうえお買い物をしていただきまして誠にありがとうございました。今回は私の確認が不十分だった為、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。大切なお品とうかがいましたので、包装に注意を払っておりますが、至らない点などございましたらお許しくださいませ。また天神に出られる時にはぜひお立ち寄りになられてください。」と言葉を添えて届けてくださいました。謝らなければならないのは私の方です。感激でした。博多に出ると必ずお邪魔するお店です。こうしたさりげない店員さんの心のこもった対応で、心を動かされ末永いお付き合いが始まります。

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%e6%9d%be%e4%b8%8b%e5%b9%b8%e4%b9%8b%e5%8a%a9 私の自宅の家電製品は、すべてパナソニック製品です。お風呂もパナソニックの特注バスです。まだ若い頃に、創業者・松下幸之助(まつしたこうのすけ)さんの生き方に惚れ込んだことがきっかけでした。借金返済で苦しむさだまさしさんが、自費で始めた志イベント「夏・長崎から」(20年続きました)に、ポーンと寄付をして救いの手を差し伸べてくれたのもパナソニックでしたね。病気平癒の感謝の心から、東京・浅草浅草寺雷門大提灯を寄贈したのも松下さんでした。今日は私が忘れることのできない松下幸之助さんのエピソードを、2つばかりご紹介します。

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 東京で新幹線に乗ったところ、自分の席から通路をはさんで斜め前の席に松下幸之助さんが座っていることに気がついた会社社長さんがいました。なんとか声をかけたい、話をしたいと思いますが、面識も全くないのですから、声をかけるわけにもいきません。思案に暮れていると、隣に座っていた奥さんが名案を出します。「あんた、そんなに松下さんと話したいの?ひと声だけでいいの?それならミカンを買って松下さんに手渡したらどう?」それはいいということで、赤い網の袋に入ったミカンを買ってきて、松下さんに手渡しました。松下さんは「ありがとう」と言って、それを受け取ると皮をむいてミカンを食べました。その後のことです。自分は新大阪で降りる。松下さんは一つ手前の京都駅で降りる。そのとき、松下さんは京都駅が近づくと、わざわざ自分の席に来てお礼を言いました。それだけはなく、ホームに降りた松下さんが、自分の座っているところまで来て一礼してくれました。さらにそれだけではありません。新幹線が出発するまでそこに立ち、見送ってくれたのです。自分は新幹線の窓に顔を押しつけ、松下さんの姿を見続けます。すぐに松下さんの姿は見えなくなりましたが、自分は窓から顔を離すことができないくらいに感激しました。感激のあまり涙が出てきます。涙が止まらなかったそうです。この社長さん、家に帰ると、出入りの電気屋さんを呼んで、自宅も自分の会社もすべての電気製品(蛍光灯の一本に至るまで)を松下さんのところの製品に入れ替えたそうです。これからも電気製品は松下さんのところのもの以外は買わない、と述べました。

 会田雄次さんという高名な京都大学の先生がいました。先生はなかなか褒めるということはされない方で、正論をピシっと言われるので、多くの人たちから尊敬され、注目をされている先生でした。きわめて皮肉っぽい表現で評論をされる先生でもありました。松下さんとは旧知の仲でしたが、いっさい外交辞令的な話し方はせずに、自分の主張をまっすぐに貫く方でした。そういう会田先生を松下さんは大変気に入り、時たま会っては意見を求め、お話を聞いていました。ある時、松下さんが東京に向かうべく京都駅の新幹線ホームに立っていると、会田先生がやってこられました。二人とも「やあ、やあ」ということで挨拶を交わし、「先生はどちらまで?」「私は、講演を頼まれていますので、名古屋です」などと会話しているうちに、乗るはずの新幹線がやってきました。同じ新幹線ですが、車両が違う。「それでは、失礼」ということで別れ、会田先生は別の車両に乗り込まれました。名古屋駅に着いて、会田先生がホームに降り立ち、出口の階段に向かって歩き始めようとすると、ホームに松下さんが立っています。「うん?松下さんも名古屋でしたか?」と声をかけると、「いや、私は東京です。先生が名古屋で降りられるということでしたので、ご挨拶をと思い、ホームに出ておりました」 この松下さんの誠実さに、さすがの会田先生も「まいった!」と思い、改めて松下幸之助という人物の、人間としての真面目さ、誠実さに恐れ入った、と著書の中に書いておられました。

 どうです?私が松下幸之助という人物に惚れ込む訳が、少しは伝わったでしょうか?昭和30年頃、ある銀行の支店長が松下さんのところを訪ね、話が終わって部屋を辞そうとすると、松下さんはその支店長を見送るべく一緒に部屋を出ます。驚いた支店長は恐縮して松下さんをとどめましたが、松下さんはかまわず並んで玄関まで歩いていきます。そこで再び挨拶をして車に乗り込んだ支店長は感激して「自分がお願い事で来たのに、あの松下さんが…」と思いつつ、車が会社の門のところにさしかかったとき、ふと後ろを振り返ると、なお玄関で立ち続けて自分を見送ってくれている松下さんを見つけます。「私は感激のあまり、体が震えました」と支店長は話します。礼は人の道であるとともに、商い、経営もまた礼の道に即していなければならないという、松下さんの生き方に強い衝撃的感動を受けるのです。

 私は、松下さんの評伝が出ると、すぐに買い求めています。最近読んで面白かったのは、江口克彦『松下幸之助はなぜ成功したのか 人を活かす、経営を伸ばす』(東洋経済新報社、2017年)、本田 健『運命をひらく 生き方上手松下幸之助の教え』(PHP研究所、2016年)、佐久間昇二『イノベーションは「3+7の物語」で成功する 松下幸之助から学んだ経営のコツ』(PHP研究所、2016年)、中島孝志『松下幸之助その凄い!経営』(ゴマブックス、2015年)、ジェームズ・スキナー『心をひらく あなたの人生を変える松下幸之助』(PHP研究所、2015年)などです。いつも新しい発見があります。❤❤❤

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「セブンカフェ」の秘密

 セブン・イレブン」のコーヒーが美味しいことは、みなさんご存じですね。酸味、苦み、甘み、香り、カフェインの刺激と、どれをとってもいい感じです。⇒私の感想はコチラです  コーヒー市場を塗り替えるほどのメガヒットになった「セブンカフェ」の美味しさの秘密に、今日は徹底的に迫ってみたいと思います。引退された鈴木敏文会長「おいしいものしか店に置くな!」と、徹底しておられた精神がよく現れているヒット作品です。

dsc09853  セブンカフェ」のプロジェクトが立ち上がったのは2010年11月のことでした。本当に美味しいコーヒーをとことん追求すること」が、至上命題でした。当時の業界では、深く焙煎した豆を圧力を加えて濃く抽出するエスプレッソ方式が主流でしたが、この方法は味が染み出しにdsc09854くい硬水がメジャーなヨーロッパで生まれたものです。一方、日本の水は軟らかいのです。味や風味が染み出しやすく、だしの文化のある我々の舌には、一杯ずつその場で挽いた豆をドリップして、挽きたて淹れたてを飲んでもらうドリップ式のほうが美味しさをより感じられるのではないか、という結論に至りました。ところが一杯ずつ淹れられるコンパクトなマシンなどはこの世に存在しません。その技術を持った富士電機に協力を仰ぎ、マシンの開発に着手することになりました。豆を挽くグラインダー、エアを送り込んで挽いた豆を湯の中で撹拌するシステム、コーヒーを挽いた後の出がらしを入れるバケツの形状、不具合が起こったときの警報の音量、操作のし易さ、などを一つ一つ潰していって、現在セブンイレブンの店頭に置かれているおなじみのあのマシンが誕生するまでに、約1年かかっています。

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 コーヒー豆は香りとコクを同時に出すために、各国の最高のグレードのものを使用。寒暖差が激しい高地で栽培された最高品質の100%アラビカ種ダブル焙煎を採用して、それらをブレンドしました。生豆の精製方法も水で不純物をきれいに洗い流すウオッシュド方式を採用しています。水が貴重品である産地では、果肉を乾燥させることで不純物を取り除くナチュラル方式が主流ですが、焙煎時に残った果肉部分が焦げて雑味につながってしまうのを避けるために、わざわざ手間暇をかけて贅沢な方法を選んでいるのだそうです。焙煎方法は2種類あって、芳醇な香りを生み出す豆は浅めに、コクや深みのある味わいを出す豆は深めに煎り、ブレンドしています。ホットとアイスではブレンド比率を変えるという細かさです。ここに至るまでには、何度も何度もモニター調査を行い、徹底検証して今の味に行きつきました。豆だけで原価が46.8円もすると聞いたことがあります。鮮度を保つために10℃以下の温度で冷蔵輸送しているとも聞きました。これを100円で飲めるのですから、すごいことです。

 コーヒーの味が一級品であることはもちろん大切ですが、「セブンカフェ」がこだわったのは、ユーザーが手に触れるものすべて、コーヒーを飲むあらゆるシーンを想定して、売れっ子アート・ディレクターの佐藤可士和さんがトータルプロデュースしておられる点です。セブンカフェ」という名前を生んだのも佐藤さんです。「場所を提供するわけではないが、カフェで過ごすような上質な時間を提供したいという想い」で名付けられたそうです。マシンのインターフェイスも店内に置いたときの存在感がスタイリッシュになるように本体の色はシルバーをdsc09861採用して、操作のしやすさとデザイン性を両立させるために、ボタンは「ホット」「アイス」「レギュラー」「ラージ」の4つだけに絞り超シンプルです。形状や押し具合まで吟味したといいます。この他ロゴや、カップやふた、マドラー、ストロー、に至るまで、すべてのアメニティに関するプロデュースを手掛けておられます。確かに白・黒のモノトーンですっきりと統一されたアメニティは、色やデザイン性だけでなく、触りdsc09859心地や質感にもこだわりがあるようです。マシンの横には、サイズごとにふたや砂糖、マドラーなどがまとめて置いてあるのですが、シンプルな色合いで統一されているためか雑多感は感じません。「ふたをすると飲み口から中が見えないために熱いコーヒーを飲むのが怖い」といったお客さんの声に応えて飲み口をギリギリまで広げたり、老若男女が飲みやすいように、形状を徹底研究して、口をつけるラインの高さや角度にも数々の工夫がなされていると聞きました。ホットの紙コップ(間伐材使用)の表面には、特殊なエンボス加工が施されていて、持ったときに熱さを感じにくくなっています。手に収まりやすく手触りもいいんです。細かいでしょ?カップには、”SEVEN CAFE Delicious beverages and sweets are made fresh, with only the finest ingredients, to add satisfying moments to your day”と刷り込んであります。

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 ボタンを押してコーヒーが出来上がるまでの45秒間、マシンが働く作動音を聞いていると、実にたくさんの仕事をこなしていることが分かります。まず、マシン上部に設置されたキャニスターから1杯分のコーヒー豆4種類が落ちてきて、内蔵のグラインダーによって挽かれます。こうして挽かれた粉は次にシリンダーの中へと入っていきます。いよいよお湯が注入されると下方からエアが送られ、アツアツのお湯の中で挽きたての粉が撹拌される仕組みになっています。その後、ペーパードリップが始まって、ようやく抽出口からカップへ注がれるというわけです。透明カバーを右から開けてカップをセットするのですが、衛生面も考慮して動作中はロックされています。ドリップ中は、マシンの窓にモノクロのアニメーションが表示されています。できあがるまでの45秒間を長く感じさせない作業音の演出もにくいところです。シンプルな構造のマシンですが、随所に仕掛けが散りばめられている感じですね。

 このようにコーヒー豆の選定、輸入を担当する原料メーカー(三井物産/丸紅)、マシン開発の製造メーカー(富士電機)、豆の焙煎(AGF)、カップやふたを作る資材メーカー(東罐興業)、氷を納品するベンダー(小久保製氷)、アートディレクション担当の佐藤可士和さん、らが一つのチームとなり、妥協のない商品を作り上げたのです。ものづくりへのあくなき探求心から、理想とするコーヒーを作るために、必要な技術を持った企業を説得して歩き、業界の垣根を超えて知恵を出し合う最強のチームを組織した結果が、この「セブンカフェ」の美味しさの秘密なんです。鈴木会長は「質のいいものをどうリーズナブルな価格で売るかが大事。いい例がセブンイレブンのコーヒー。安いから売れるのではなく、他社の200円や300円のコーヒーよりもおいしいから売れる(『産経新聞』2015年8月18日)とおっしゃっておられました。

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オカシナ英語

 自転車で本屋さん帰りに、何気なく通り過ぎようとしたお店に、下のような大きな広告がペイントされているのが目に入りました。We Are Sale” なんとも奇妙な英語です。We Are Having A Sale”とか、ただ単に”SALE”なら分かるんですが、これはいただけません。なぜチェックもせずにこのような「怪しい英語」を掲げるんでしょうね?

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 『スーパーアンカー』の編者山岸勝榮(やまぎしかつえい)先生の「山岸勝榮の日英語サロン」コチラです)にも、このような間違ったオカシナ英語の例がいっぱい出てきます。このサイト、本当に英語の勉強になりますよ。ぜひのぞいてみてください。

 前期試験も終わり、明日は卒業式ですが、中期・後期の対策で一生懸命授業に励んでいます。ようやくゴールが見えてきました。終わったらのんびりしよう!❤❤❤ 

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錦織選手に苦言

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 上の写真は、錦織 圭(にしこりけい)選手が昨年オリンピックに出場した際に、松江市役所入り口に掲げられた横断幕です。わが松江出身のプロテニスプレーヤーで世界ランクも第5位。松江市民みんなが応援をしている選手です。

 しかし、昨年2月のメンフィス・オープンを制したのを最後に、決勝で6連敗と勝ちきれない展開が続いています。先日2月21日のリオ・オープンでは、世界76位の格下選手に初戦敗退を喫しました。この試合では、悔しさのあまり、赤土のコートにたたきつけたラケットがぐにゃりと曲がって折れてしまいました。彼の試合をずっと見ていますが、ラケットをコート上に投げつけたり、放ったり、叩きつけたりする場面が多く見られます。実にお行儀が悪い。自分に対する腹立たしさからやっているのでしょうが、これはいただけません。このラケットを作るのにどれだけたくさんの人が関わり、心が込められているか?考えたことがあるのでしょうか。見ている若者がこの姿をどう思うか?実に見苦しい。ラケットに当たるのではなく、もっと自分の「心のあり方」を見直すべきですね。教室でもよく話すんですが、道具を大切にしない人が上に行った試しはないんですね。私もソフトテニスの世界で長く監督をやっていましたが、ラケットを叩きつけるような選手で名選手はいませんでした。錦織選手の周りにいる指導者がなぜこんな簡単なことを教えてやれないんでしょうね。このことをきちんと理解しないうちは、世界の壁を越えられず、彼はこのまま終わってしまいかねません。「心の在り方」が問われているのです。勉強の世界でも「点さえ取ればいい」という人がいますが、勉強に向き合うそのプロセスが大切なんですけどね。私の経験でも、伸びる生徒はここが違います。

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 さて、あなたは自分の「仕事道具」を大切に扱っていますか?将棋界で大活躍された故・大山康晴十五世名人が心に残る言葉、「道具を大切にする人は将棋も上達する」を残しておられます。大山先生がまだ内弟子時代の話ですが、将棋の駒や盤を磨くことが日課でした。これが修行の第一歩だったのです。これが「道具を大切にする人は将棋も上達する」という言葉を残すきっかけでした。その後の大活躍はもう言うまでもありません。

 「道具を大事にする気持は野球がうまくなりたい気持ちに通じる」と、あの大リーグのイチロー選手も言っています。丹念にグラブを磨くことで、一つひとつの自分のプレーにかける思いは強まり、道具作りにかかわった人たちへ感謝の念が湧くというのです。「手入れしたグラブで練習したことは、体に、かならず残ります。記憶が体に残ってゆきます。」とも言っていますね。実は、そのイチロー選手自身もかつて、1996年7月6日、近鉄戦で左腕小池秀郎に三振を喫して、思わずバットを叩きつけたことが一度だけありました。「あれだけのバットを作ってもらって打てなかったら自分の責任ですよ」と、イチロー選手は反省し、その後、我に返ってバットを作っていただいた名工・久保田五十一さん(⇒私の紹介記事はコチラです)に謝罪のメッセージを送っています。「何人かの選手から、自分の手掛けたバットについてお礼を言われたことは過去にもありました。でも、バットへの行為そのものを謝罪されたのはあの一度だけですね」と、伝説的なバット職人・久保田さんは語りました。道具に対する意識の高さはイチロー流準備の特徴です。フリー打撃を終えた選手たちがそれぞれのバットを芝生の上に平気で放り投げる中、イチロー選手だけがバットをグラブでそっと包み、まるで眠った赤ん坊をベットに横たえるように置いていました。彼は特製のジュラルミンケースに入れてバットを持ち歩いています。ケース内には乾燥剤を入れるポケットがあり、湿気による重量増を防いでいるのです。それぐらいに道具への愛着があるんですね 

 「道具を大切にできない人は、いつかその道具に裏切られる」とは、プロゴルファーの青木 功さんが週刊誌に連載したコラムに書いた言葉です。錦織選手にも、この点をしっかりと肝に銘じてもらいたいものです。そしてさらなる高みを目指して欲しいものです。♠♠♠

 世間は誰ひとりとして、きみの成功を邪魔したりせんよ。出来ないというのは、外部の事情というよりも、自分自身に原因があるものなんや。外部のせいではない、理由は自分にあるんだということを、常に心しておく必要があるな。 (松下幸之助)

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箆津杏奈さん

 昨年の3月25日に、松江北高卒業生の箆津杏奈(のつあんな)さんが学校を訪ねてくれました。鳥取大学の大学院を修了して、鹿島建設に就職が決まったという報告に来てくれたんです。東京駅・丸の内の工事現場の現場監督の仕事が待っている、と抱負を語ってくれました。現役生のときに、受験に失敗して補習科に行くことになった際に、私に「この試練を乗り越えろ。お前なら絶対にできる!」と言われたことが心に残っていて、その言葉をずっと胸に頑張ってきたと言ってくれました。少しでも励みにしてくれたのなら、こんな嬉しいことはありません。教師をやっていて、一番嬉しい瞬間です。

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 その箆津さんから、今日連絡が来て、『日本経済新聞』に取り上げられたとのことです。私も毎日『日経』は読んでいるのですが、全くスルーして気がつきませんでした。取り出してよーく見てみると、なんと一面に大きな写真入りで載っているではないですか!「働く力再考 成長の条件(上)」という特集です。

組織に寄りかからない一人のプロとして腕を磨く(日経提言)

鹿島の1年目、箆津(のつ)杏奈(25)は現場監督としての経験を積む。工事は想定通り進まないこともあるが、「崖っぷちはチャンス。乗り越えたらプロとして成長できたということ」。箆津は2011年夏、豪雨被害を受けた奈良県十津川村で山肌が崩れ落ちた「深層崩壊」の現場を目の当たりにした。「自然災害から命を守る土木の仕事を窮める」と決めた。成長が社会貢献につながる今、「学生時代より楽しい」と話す。   ―『日本経済新聞』2017年2月25日付

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 大学を卒業して就職後、3人に1人が3年以内に辞めてしまう日本。そんな中で、松江北高の卒業生がこうやって頑張っている姿は、後輩たちにも大きな励みになります。「まだまだ未熟で悔しい思いをする毎日ですので、日々の経験を大事にして、記事に負けない実力をつけます!」箆津さん。ますます仕事に打ち込んで欲しいですね。嬉しい報告でした。❤❤❤ 

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イワン・コロフ死去

 %e3%82%a4%e3%83%af%e3%83%b3%e3%82%b3%e3%83%ad%e3%83%95米国WWEは18日(日本時間19日)、元WWWF世界ヘビー級王者イワン・コロフ(本名オレアル・ぺラス)さんが肝臓疾患で死去したと発表しました。74歳でした。コロフさんはカナダ出身でしたが、ロシアン・ベア(熊)」のニックネームで悪党レスラーとして活躍し、1970年代には、現WWEの前身のWWWFでライバルの「人間発電所」ブルーノ・サンマルチノと死闘を繰り広げました。日本マットにも定期的に参戦し、日本プロレス、国際プロレス、新日本プロレス、全日本プロレスの主要団体に登場。日プロでは故ジャイアント馬場さんが保持したインターナショナルヘビー級王座、新日プロではアントニオ猪木のNWFヘビー級王座に挑戦しており、日本マット界の2大巨頭とも激闘を繰り広げました。1994年に引退しています。

 元々はカナダ出身なんですが、アイルランド人を名乗りデビューを果たすと、3年後の1968年には、髪を剃り上げ、コサック帽にブーツにアイパッチといういでたちでロシア人を名乗り大暴れ。すると、これが大当たりしたんです。冷戦時代の当時のアメリカにおいて、最大のライバル国はソビエト連邦でしたから、憎悪の対象となり、大当たりしたんです。怪力殺法を売りにニューヨークに行くや、同じく怪力自慢のブルーノ・サンマルチノとの争いで人気も高く、ついには1971年1月18日に、マジソン・スクエア・ガーデンで、8年間第2代WWWF世界チャンピオンのベルトを保持していたブルーノ・サンマルチノを、コーナー最上段から喉へジャンピング・ニーを打ち込んで破り、第3代世界王者を手に入れました(1ヶ月後にペドロ・モラレスに破れ王座転落)。必殺技は、カナディアン・バックブリーカーやベア・ハッグといった力技。日本プロレス、新日本、全日本、国際プロレスと、日本のメジャー団体全てに来日したレスラーでもあります。1973年当時、AWAと提携を結んでいた国際プロレスに来日。マッド・ドッグ・バションとのコンビで、ストロング小林・グレート草津からIWA世界タッグを奪取しています。

 私がイワン・コロフで忘れられない試合は、メキシコのエル・カネック藤波辰巳との選手権試合を前に、敵前逃亡を図った日のことです。⇒詳しいいきさつを「エル・カネック敵前逃亡事件」として以前にレポートしておきました  試合に穴を空けられない新日本プロレスサイドは、もう1週間分のギャラを上乗せして、この日すでに試合を終えていたイワン・コロフにもう1試合してくれるようにダブルヘッダーの依頼をしたのです。快くこの試合を引き受けたコロフに、試合開始前から、上田馬之助が乱入。コロフの足を鉄柱攻撃で痛めつけます。急遽、試合となったコロフ、この日2戦め。藤波は、コロフよりも、カネックの敵前逃亡の報告と「おわび」を場内に説明すること、さらには、乱入してきた上田に気が向いています。観客が、ざわついた雰囲気の中でも、ゴングがなれば、試合をしなければなりません。藤波は、上田の鉄柱攻撃によって痛められたコロフの足を狙ってゆく。逆片エビ固め。これをロープ・ブレークではずされると、フルネルソンにとらえ、電光石火の「飛龍原爆固め」(ドラゴンスープレックス)!レフェリーは、危険と察するやカウントをせず、すぐにゴングを要請。藤波の勝利。その瞬間、リングに飛び込もうとエプロンにあがった上田にも、ドロップキック。場外に蹴散らします。速攻勝負の、あざやかな試合でした。やんやの歓声で、試合放棄で暴動が起こっても不思議のない中で、見事な収束でした。

 なんといっても、挑戦が決まっていながら、しかも、試合当日、会場まで来ておりながら、「敵前逃亡」したエル・カネックについて語らなければなりません。カネックは、メキシコ遠征時代になんども手合わせした選手。いわば、藤波が推薦して連れてきた選手です。この前代未聞の敵前逃亡の理由については、カネックが藤波の実力に恐怖を抱き、ドラゴンスープレックスを恐れたためとマスコミ報道されましたが、本当のところはカネックが負け試合を受け入れなかったからです。藤波が勝ってカネックが負けるストーリーになったいた(当時はそんなことを夢にも思わず応援していました)のですが「俺はメキシコのスーパースターだ。藤波に負けるわけにはいかない」と最後まで突っ張り、そのまま試合会場から姿を消してしまった、というのが真相です(ミスター高橋『マッチメイカー』)。「なにしろ、相手がいないんだから、俺もびっくりしたけど、まわりの関係者があわわてていたよ」(藤波談)。このシリーズの前半からカネックと藤波は、テレビマッチで抗争して、対決ムードをあおってきました。そして、ついに今日、決着をつける、マスクと髪の毛を賭ける、という試合になりました。当日の観客は、この対戦だけがお目当てという人も少なくありませんんでした。それが、突然の、試合中止の発表。「なんだよー」「金返せっ!」という怒号が会場に渦巻きました。リング上で藤波がマイクを握ります。さあ何を言うかと、固唾を呑む。藤波から、出てきたことばは、「どうも。」これには、会場が怒り、あきれ、失笑も漏れました。が、この会場のこの雰囲気を一変させたのは、次の、藤波のひとことだった。「みなさん申し訳ありません。タイトルを返上します」これに驚いたのは、こんどは、観客よりも関係者。「何言ってるんだ!返上なんかする必要ない」と新間さん。しかし、この関係者もあわてさせる藤波のひとことが、観客を沈めたのです。「藤波、お前が悪いんじゃない。返上なんか、しなくていいぞ~!」こうして挨拶(おわび)をしているところへ、上田馬之助が登場。ゆっくりとリングにあがり、藤波に丁寧に握手を求める。藤波が手を出そうとしたところで、平手打ち。場外におりて、今度は、いきなり、コロフを攻撃。このハプニングで、観客の目を自分にひきつけ、なしくずし的に、藤波とコロフの試合に持ってゆき、結果として、すっかりカネックのことを忘れさせたのでありました。上田は、有無をいわせず、試合を大混乱させ、観客の不満を見事に解消させた名優でした。なお、この試合にダブルヘッダーで急遽かり出されたコロフは、藤波の「飛龍原爆固め」の受け身がとれず失神状態。かなり長い時間マット上に伸びたままで、ようやく首をおさえて、若手に担がれるようにして花道を引き揚げていきました。その後、しばらく首を曲げたまま歩いていたといいます。そのイワン・コロフの逝去。合掌。

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大宰府のスタバ

 ラーンズ・営業推進課白川 彩(しらかわあや)さんと、一昨年、講演会後の食事会で話をしているときに、「先生、大宰府のスタバはすごいですよ…」という感想を伺っていましたので、気になっていました。今日は太宰府天満宮にお参りをする前に(私は3年生を担当するときは必ずお参りを欠かしません。お札を頂戴して御祈祷してもらい、教室に飾り、そのご利益もお墨付き!)「スターバックス大宰府天満宮参道店」に立ち寄りました。日本各地に14店舗存在するスターバックスコーヒー「コンセプトストア」の一つです。通常のストアとは異なるコンセプトが存在し、こだわった外観や内装がとてもオシャレです。『いつものお店とは違った側面からスターバックス エクスペリエンスを提供するお店』とされており、それぞれのお店が、特徴あるデザイン、テーマを持っています。

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 年間約700万人の参拝者が訪れる太宰府天満宮にあるこの大宰府店は、あの高名な建築家 隈   研吾(くまけんご)氏により「自然素材による伝統と現代の融合」というコンセプトをもとに個性的で大胆なデザイン設計されたお店だそうです。今や大宰府の観光名所となっています。いくつもの角材を重ねて作られたアーティスティックな内装。隈さんは東京大学の教授としても有名な、日本の建築家です。初めの頃はポストモダンな建築を中心に発表しておられたのですが、現在は自然素材を活かしたものや格子を多く使ったデザインを手がけておられ、最近では海外にまで活躍の場を広げていらっしゃいます。店内まで続く木材の網。よく見ると少しずつ組み方が違うのが分かりますか?自然素材による伝統と現代の融合がコンセプトなのだとか。なんだか別世界に飛んでしまったかのような気持ちになりますよね。歴史ある太宰府の街並みと見事に調和しており、連日、多くの観光客が店の前で足をとめ、記念撮影を行っています。

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dsc04455 店舗の入口から店内にかけて、伝統的な木組み構造を用いた特徴あるデザインに圧倒されます。店頭から木材に覆われている作りに驚かされますが、店舗内に入るともっとスゴい。なんと店舗のいたるところに木材が組まれているではないですか。入口から店内へ、木組み構造の天井と壁が続きます。店舗の奥庭には、太宰府天満宮のシンボルでもある梅の木が植えられていますね。店内もコンクリートの壁、天井に木組みが張り巡らされ、圧巻の景色です。無機質なコンクリートに木が合わさるだけでこれほどの温もりを感じられるから不思議。圧迫感がなく広々とした印象を受けます。木のぬくもりが迎えてくれている雰囲気、そしてカフェの心地いい香りがリラックスさせてくれる作りとなっていますね。2000本ものスギの木材を使用しているのですが、一切釘を打っていないそうです。というのも太宰府天満宮の歴史ある雰囲気を壊さないためだとのこと。木材ひとつひとつが丁寧に組まれており、美しいインテリアを表現。伝統と歴史を融合した作りには感動を覚えてしまいます。そして机、椅子もすべてがオリジナルで、まさに日本にひとつしかない「スタバ」でした。木のぬくもりとコーヒーの香りに包まれた贅沢な時間を楽しむことができます。お店は、太宰府天満宮の表参道に面した、鳥居のすぐそばにあります。

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 これで全国に14あるコンセプトストアのうち、出雲大社」大宰府」の2つを訪問したことになります。残り12店か?ぼちぼちと訪問していきたいと思っています。新しい目標ができました。あわせて、全国の特急列車の制覇水族館の制覇、も実現したい目標なんです。さて、いつのことになりますやら(笑)。❤❤❤

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弁護士高林鮎子シリ-ズと津村秀介

 スカパーの「ホームドラマチャンネル」(661ch)で、先月から「弁護士  高林鮎子」のシリーズを第1回放映分から再放送をやっています。私は以前からこのシリーズ番組の大ファンだったこともあって、今回は録画をしながらもう一度じっくり見返しています。どうやら第34回まで全部放映してくれそうな雰囲気なので、嬉しく思っています。全部一度は見ているはずなのですが、今は前より目が肥えてきていますから(笑)、当時は気づかなかったような細かいところに目が行きます。第1作からは「女弁護士 高林鮎子」となっていたものが、第24作以降はただ単に「弁護士 高林鮎子」とタイトルが変更になっています。男女雇用機会均等法による影響と思われます。

%e9%ab%98%e6%9e%97%e9%ae%8e%e5%ad%90 草鹿法律事務所に所属する美人弁護士・高林鮎子(たかばやしあゆこ)が、数十年にわたって司法試験に落ち続けている万年見習いの竹森慎平とともに、主に依頼人の被疑者の無実の証明のために弁護を受けることをきっかけとして、最終的に真実を明らかにして、事件を解決するまでを描く作品です。ほぼ毎回、鉄道・列車を利用する事件を解決し、そのカギは時刻表の中に隠されています。高林鮎子、竹森慎平、草鹿達之介の3人の絶妙な掛け合いと、真犯人によって何重にも張り巡らされた鉄壁のアリバイ崩しが、お茶の間で高い人気を得ることとなりました。この高林鮎子竹森慎平などの役は、原作には全く登場しない、ドラマオリジナルのものです。このドラマの原作は、津村秀介さんの「浦上伸介シリーズ」です。今日はシリーズの第6弾船岡発普通列車 ~無縁坂の女」を見ました。原作は津村さんの『異域の死者』です。山陰本線の「船岡駅」東北本線の「船岡駅」を巧みに使った鉄壁のアリバイ工作の完全犯罪を、高林・竹森コンビで解明していきます。実に面白かった。最後のエンド・ロールで流れてくる、主題歌の竹内まりや「シングル・アゲイン」も懐かしい曲ですね。

 私の大好きな推理小説作家に、津村秀介(つむらしゅうすけ)さんという方がおられます(私は高校時代はエラリー・クイーンに、大学時代はアガサ・クリスティに、教員になってからは西村京太郎と、熱狂的ミステリー・ファンです)。事件記者%e6%b4%a5%e6%9d%91%e7%a7%80%e4%bb%8b浦上伸介(うらがみしんすけ)という将棋のめっぽう強い私立探偵が活躍するアリバイ崩し、中でも特に時刻表のアリバイ・トリックを駆使した作品の得意な作家です。作風は堅実そのもので、難解で複雑なアリバイ崩しに加えて、犯行の動機や社会的背景も重視して描くという、「本格派」と「社会派」のテーマの融合が図られた作風が特徴です。浦上伸介シリーズは「事件記者 浦上伸介」として、高嶋政伸の主演で、2001年からテレビ東京の「女と愛とミステリー」及びそれに続く「水曜ミステリー9」でシリーズ化され放送されています。津村作品の原点については、彼はこんなふうに語っています。

 本格的な旅の出発点となったのは、17歳の時。どうしても寝台列車に乗ってみたくて、東京を夜中に出発して、沼津ですれ違う寝台特急に乗り、朝方、東京に帰ってくるというものだった。とても旅行とはいえない程度の距離だったが、時刻表で列車時間を調べ、ひとりで出かけて行くのは、胸の高なる魅力的な体験だったように覚えている。それ以来、私は一冊の『時刻表』と『旅』のとりこになった。(昭和62年 津村秀介談)

 さて、今日お話ししたいのは、先ほど紹介した1986年から2005年にかけての間、眞野あずさ主演で非常に人気のあった日本テレビ系の火曜サスペンス劇場「弁護士・高林鮎子」シリーズです。草鹿法律事務所に勤める美人弁護士・高林鮎子が、長年にわたり司法試験に落ち続けている竹森慎平とともに、被疑者の無実を証明するために弁護を受け、最終的に真実を明らかにして事件を解決するまでを描く作品です。ほぼ毎回、真犯人が鉄道を利用しての鉄壁のアリバイを主張し、それを崩すことで真実が明らかになり、事件解決へとつながっていくというパターンがあります。キャラクターはテレビドラマ・オリジナルのものですが、初回作品を除いて(宮脇俊三作品)、第2作から第34作までの「時刻表トリック」は、上の津村秀介作品を原作とするものであり、テレビ画面上のクレジットでは「原作 津村秀介」と表示されていました。素朴な疑問?原作は浦上伸介を主人公にしているのに、このテレビでは、小説にまったく顔も見せない高林鮎子弁護士がヒロインとは…?? 事情をご存じない人は、非常に奇異に思われることでしょう。教員になってから、津村作品をことごとく読んでいる私も、どうしても不思議さ・違和感がぬぐえませんでした。なぜこのようなキャラクターの改変がなされたのでしょうか?

 当時の番組テレビプロデューサーが、こう回想しておられます。「原作者の分身ともいえるシリーズキャラクター(=浦上伸介)を、私たちの設定した人物(=高林鮎子)に移すことを了解してもらえるだろうか。…しかし私たちの心配は杞憂に終わった。津村さんは快諾してくれたのだ。」

 津村さんは、自分の作ったシリーズ・キャラクターの浦上伸介が、縁もゆかりもない高林鮎子なる人物に置き換えられることに、抵抗はなかったのでしょうか?ミステリー評論家の新保博久氏の推測によれば、津村さんが心を動かされたのは、ヒロインのキャラクターの鮎子という名前が、彼の尊敬する推理作家鮎川哲也(あゆかわてつや)氏を想起させたからではないか、とのことです。傑作『黒いトランク』で有名な鮎川さんが(やはり彼もアリバイ崩しの名手でした)、自分の後継者と指名したのが津村さんだったのです。自分が敬愛する鮎川哲也氏の子供を思わせる鮎子というファーストネームに、親近感を抱いたのではないか、というわけですね。なるほど。それならわかる!

 その津村秀介さんは、2000年にお亡くなりになり、もう新作を読むことはできません。時々無性に、津村さんの時刻表の「アリバイ崩し」を読みたくなることがあって、古い作品を書庫から引っ張り出したりしては読んでいます。今どきこんなコテコテのアリバイ崩し、それも鉄道の時刻表のアリバイ・トリックばかりを描く作家は皆無ですものね。本のページの中に時刻表が出てくると、もうそれだけで、俄然ファイトが湧いて目がそちらに釘付けになる八幡でした(笑)。❤❤❤

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泣き歌の貴公子

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◎変わらぬ志、全身全霊で歌う!

 会えない人への思いを透明感あふれる声で切々と唱う、林部智史(はやしべさとし)さんの昨年2月に発売になった「あいたい」は、発売から1年近くたった今も、オリコン30位以内に約半年間ランクインを続け、12万枚を突破するロングセラーとなりました。⇒私の詳細な林部レポートはコチラです この「あいたい」の詞は完成に9ヶ月かかっています。人前で歌い反応を見ながら書き換えもしています。亡くなった人、ペット、思い出の風景など、聴く人にゆだね、普遍的な感情を表現しました。オリコンランキングで46週連続ランクイン(200位以内)を継続中です。私は教室で生徒たちに聴かせましたが、好評でした。

 昨年のレコード大賞の新人賞も受賞しています。山形県に生まれ、高校浪人と看護学校退学を経験し、うつ病を患う。出奔した先で歌手になる夢をふくらませ、新聞配達をしながら学費を稼ぎ、音楽専門学校に通う。首席で卒業するも、オーディションに落ち続ける日々。一度は音楽を諦めます。「今はそれでいい。たとえ自分から身を引いても音楽は林部を離さない。いつか音楽に呼ばれた時全身全霊で行きなさい」と音楽学校の先生。カラオケ番組で優勝し、デビューの道が開けます。

 2月20日デビュー1周年記念ライブが、東京・初台の東京オペラシティ(私も仕事で何回か足を運んでいます)で開催され、1500人を感涙させました。駆け抜けた1年を振り返り、「お客さんが少しずつ増えてきて、幅広い年代層にひろがってきたなと感じています。「あいたい」のイントロが流れると拍手が起こったり、うれしいですね」と。5月28日から13都市をめぐる全国ツアーも決定しました。そうそう、私の定宿である「広島リーガロイヤルホテル」でディナー・ショーも決まっています。「今の決意としては、あえて目標は設定せず、1つ1つのステージと死ぬ気で向き合って、全国に名前を知ってもらえるように、自己紹介がてら回っていきたいと思います」と、謙虚に意気込みを語っています。

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 放送中のテレビ朝日系連続ドラマ「就活家族~きっと、うまくいく~」(木曜・午後9時)の主題歌に起用されている新曲「晴れた日に、空を見上げて」も、2月15日に発売になりました。相変わらずの歌唱力で切々と歌い上げます。私はイオン・スタジオワンダーで初回限定盤を買ったんですが、同曲のミュージックビデオDVDがついてきて、オリジナルポストカードももらいました。郵便局で販売している『Kiite!』(きいて)の2・3月号でもスペシャル・インタビューが組まれました。「目標はいつも次のステージでしっかりと気持ちを込めて歌うこと」 そのために、寝室の加湿器2台はフル稼働し、喉の調子を整え、心の安定を保つ。全身全霊を傾けて歌う。泣き歌の貴公子」は、聴く者の胸を打ち心を震わせる。ガンバレ!❤❤❤

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堀川遊覧船屋外アート展

  松江城の天守を囲む堀川を周遊する、人気の「堀川遊覧船」の遊覧船コース沿いに、松江市観光振興公社が、オブジェなどを並べた冬のイベント屋外アート展「文豪たちが愛した松江堀川」が1月21日に始まりました。小泉八雲芥川龍之介らの随筆などからイメージしたモニュメントを堀川に並べるほか、多彩な仕掛けや景色も「作品」に見立て、文豪の世界観を楽しむ内容。客足が遠のく冬場の集客に生かそうとする企画で、3月12日まで行われています。

 多くの文豪が愛した「松江」(まつえ)という町を、堀川遊覧船の水面から眺めます。水都・松江の景色・歴史・文化を伝えようと、松江を訪れた文豪たちの文筆から、「インスタレーションアート」(体験・体感・空間の芸術)という新しい手法を用いたアート展です。オブジェは松江を訪れた文豪5人(小泉八雲・芥川龍之介・島崎藤村・志賀直哉・与謝野晶子)の作品からイメージしたもので、遊覧船を運航する市観光振興公社が企画し、デザインは同市の地域おこし協力隊員が担当。空間全体を作品として捉え、乗船者が作品に囲まれる印象を与える「インスタレーションアート」という手法を用い、16種類の「作品」を設けています。堀川沿いや橋の下などでは、モニュメントやライトを設置しています。

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 カラコロ広場乗船場」付近では、小泉八雲が下駄の音について記したことに絡め、遊覧船が通ると下駄の音が流れるような仕掛けがされています。北惣門橋付近には特定の場所からしか読めませんが、さまざまな角度から楽しめる「水郷」の文字のアート作品を配置しました。「トラエル」という作品名で、高さ約2.5メートル。芥川龍之介の「松江印象記」などからイメージしたといい、松江を多くの歴史や文化と共存すると評したのにちなみ、一つの視点からは計り知れない水郷・松江の魅力を表現したとのこと。ある特定の角度から眺める「水郷」という文字が現れます。島崎藤村が「山陰土産」で、青白い光を放つ夜の空と記したことに絡め、米子橋の下では暗闇を光で照らし、反響する水音とともに雰囲気を演出します。このほか、船頭の歌声や時計台の鐘の音、堀川周辺の日常の風景などもアート作品として再確認できるようにしました。乙部明宏専務理事は「文豪が感動した堀川の良さを発見してほしい」と乗船を呼び掛けました。遊覧船に揺られながら、文豪たちが愛した松江の冬景色を楽しんでもらいたいものです。

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 都会の生活に疲れた志賀直哉は、「虫と鳥と魚と水と草と空と、それから最後に人間との交渉ある暮らしだった」と、この堀川の自然環境や、都会にはない人との結びつきを「豊かである」と表現しました。これを題材に、自然にまぎれるように存在する4羽の青い鳥が遊覧船の航路上にいました。木々の一つひとつを丁寧に見ながら、青い鳥を探します。このような屋外アート展の詳しい「公式ガイドブック」を乗船場でもらうことができます。堀川遊覧でしか行けない屋外美術館のご紹介でした。❤❤❤

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竹林の道

dsc00335    京都・嵯峨野に広がる「竹林の道」(ちくりんのみち)。それは大切な人と一緒にゆっくり歩いてみたい名所の1つです。青竹に囲まれた狭い道は、風はひんやりと涼しく、訪れる人々を静かに迎えてくれます。嵐山の北東に広がる嵯峨野は、平安時代から貴族の別荘や庵が開かれた土地です。かつて貴族が愛したこの場所は、1000年を経た今も、多くの人々に愛され続けています。時代が変わっても変わらない、そんな普遍的な美しさを持った場所なのかもしれませんね。嵯峨野の竹林の中で最も有名なのが、野宮神社」から「大河内山荘」へと至る200メートルほどの道です。いつもよりゆっくりと歩く事で、風が運ぶ竹の香り、隙間から注ぐ日差しが感じられます。時間の経つのを忘れ、ただ目の前を歩く。澄んだ空気と情緒ある景色を満喫して、それだけで自然に溶け込む心地よさが味わえます。

dsc00326 平安時代、平清盛に寵愛された祗王(ぎおう)という白拍子の女性は、新たな女性の登場とともに寵愛を失い、世の無情を嘆き、尼となり嵯峨野に住んだそうです。この時、祗王はわずか21歳。一生を仏門に捧げ、嵯峨野で静かに生涯を終えたと言います。嵯峨野、竹林の道」は休日期間中になると多くの観光の人々が訪れます。平日にゆっくりと巡るのがおすすめですが、休日の場合は早い時間帯が良いでしょうね。秋に開催される京都花灯路では、美しくライトアップされた竹林の中を歩く事もできます。

 私は、今回の京都訪問では、天龍寺と天龍寺庭園の見学 → 北門から竹林の小径へ → 大河内山荘庭園方面へ → 竹林の小径を引き返す → 野宮神社 といった行程で観光しました。緩い上り坂になっているところもあります。竹林がどんどん深くなっていき、道がくねくねし出しました。竹が天に向かって真っすぐに伸びています。いったいどこまで伸びていくんだろうか?と思いました。無数の竹の中を歩くと、空気は澄みきっており、見方によっては、非常に力強さすら感じることでした。竹林に感謝しながら大きな道に戻りました。❤❤❤

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スターバックス出雲大社店

◎週末はグルメ情報です!!

 日本各地に全部で14店舗存在するスターバックスコーヒー「コンセプトストア通常のお店とは異なるコンセプトがそれぞれに存在し、こだわった外観や内装がとてもオシャレです。スターバックスコーヒーの公式サイトでは、いつものお店とすこし違うスターバックス体験”ができるお店として紹介されています。

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 出雲大社に来たついでに、今日はそんなコンセプトストアの一つ、「スターバックス出雲大社店」をのぞいてみました。出雲大社の大鳥居の目の前にある店舗ですね。長屋のようなデザインが印象的な外装ですね。外観は純和風造り。長屋風の建物の2階には格子戸が設けられており、瓦屋根の軒の上に「STARBUCKS COFFEE」と看板が掲げられている。アルファベットが印象的で、何となくモダンな雰囲気の漂う店舗です。中に入ると一転、オシャレな店内が広がっています。1階部分には、商品を提供するカウンターがあり、2階はイートインスペースとなっています。2階部分の中央には、勾玉(まがたま)をイメージした巨大なテーブル。そして窓際にはカウンター席があり、そこから大社の鳥居を臨むことができるのです。ちなみにこのカウンター席は、掘りごたつのように一段低くなっており、テーブル越しに見る鳥居は、なかなか味わいがあります。

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 場所は、出雲大社 参道入口の「勢溜(せいだまり)の大鳥居」の目の前に位置しています。1階入口脇には、気軽にドリンクをお楽しみいただけるよう縁側風ベンチシートを設け、2階は出雲大社の素晴らしい眺望を存分に楽しめるように客席をレイアウトしています。縁結びの神様として知られる出雲大社 (=和) と、スターバックス(=洋) との“縁結び” をテーマにデザインし、出雲大社にヒントを得た要素も取り入れています。和と洋を融合させた店内空間dsc09962には、切妻屋根をイメージした天井、縦格子の仕切などの店内装飾を配しています。客席中央に下がる照明は、出雲大社の注連縄の垂れをイメージしておりオリジナルの制作です。出雲勾玉をイメージした大きなコミュニティテーブルは、「ご縁」 が生まれるような席配置を目指してデザインしています。このように、店舗には所々に出雲大社のテイストが見られます。例えばこのテーブルは、勾玉(まがたま)をモチーフにした形になっているのです!勾玉の穴の部分には、地元で生産・加工されている天然石が埋め込まれているではありませんか。出雲大社には、縁結びの神様がいることで有名ですよね。そのことから、出雲大社(和)とスターバックス(洋)の“縁結び”が、店内デザインのテーマとなっています。そう思いながら店内を改めてじっくり見渡してみると、なるほど確かに、木目調のイスやテーブルは大理石の床に置かれているなど、和洋折衷な雰囲気が漂っているのを感じますね。出雲大社を訪れた際には、ぜひ立ち寄りたい店舗です。

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 スタバのコンセプト・ストア。これで、大宰府」大社」の2つを訪問したことになります。あと残り12店舗か。ぼちぼちと訪問を続けたいと思っています。 ❤❤❤

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国際教養大学合格!

 秋田県の国際教養大学は、私がどうしても生徒を送りたかった「入りにくく出にくい」日本では珍しい大学です。故・中嶋嶺雄学長が、東京外国語大学学長時代にできなかったことを、遠く秋田の地において、初代学長として、一つ一つ実を結んでいかれました(平成16年開学)。立地は秋田市街からは遠く離れた山の中、周囲にはコンビニ一つありません。この大学の敷地と建物は、元はミネソタ州立大学機構秋田校のものでした。松江北高からも、今まで多くの生徒が挑戦してきましたが、残念ながら合格することはできませんでした(ものすごい倍率です)。今年は、先日、松江北高から初めての合格者が出ました。ALTのエドワード先生と二人でマン・ツー・マンでエッセイの特訓を続けてきました。どうしてもこの大学へ行きたい生徒で、A、B、C日程全部受けるつもりでいたんですが、最初のA日程で合格しました。おめでとう!おめでとう!

▲合格した中西葉奈さんとエドワード先生

▲合格した中西葉奈さんとエドワード先生

 世界を見据えたグローバルな教育方針で、多様な人材を全国、全世界から集め、少人数教育、多文化共生キャンパス、海外留学、地域との交流を通して、世界で活躍できるタフで幅広い視野を持った人材を育むという特徴があります。具体的には、①授業はすべて英語で少人数教育(教員は全員模擬授業をしてもらい学長が面接して採用し、外国人教員の割合は54%、1クラスは18人)②全学生は在学中に1年間の海外留学が義務付け(47か国・地域183大学と提携し、授業料は相互免除、卒業単位に認定し、事前にTOEFL550点以上を義務化)③多文化共生のキャンパスライフ(5人に1人は留学生で全寮制で留学生と共同生活、図書館は24時間365日開館)、④多彩な可能性を広げる進路選択支援(今年も就職率100%、半分は有名企業)、⑤多様な人材を発掘する入試制度(全16種類の入試を用意し、最大6回の受験が可能、他の国公立大学との併願も可)、といった他大学にはない特徴を持っています。4年間で卒業できる学生は半分もいないと聞いています。いかにもアメリカらしい大学ですね。生前、中島学長はこんなことを語っておられました。

 僕がいつも言うのは、大学は就職のためにあるのではないということです。就職率100%を目指して、やってきたわけではありません。国際教養大学がすべての授業を英語でやり、一年生は全寮制で外国人留学生とルームシェアをし、一年間の留学の義務がある。これらはすべて、名前の通り、国際教養を身につけるためです。特に、留学は学生を鍛えます。学生たちは、その器を大きくして帰ってきます。それが就職につながったと考えています。  (中嶋嶺雄談)

 最近では、鈴木典比古学長のインタビューが参考になります。⇒前編」&「後編」 また鈴木学長の『なぜ国際教養大学はすごいのか』(PHP新書、2016年、初代学長の故・中島嶺雄『なぜ、国際教養大学で人材は育つのか』(祥伝社黄金文庫、2010年)をぜひお読み下さい。naze51nxe68x-l__sx347_bo1204203200_

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「旧手宮線」

dsc07258 小樽市内で、小樽運河を見学したついでに、運河と平行するように走っている、列車の来ない線路を見てきました。これは、今は廃線となった旧国鉄手宮線」(てみやせん)南小樽駅から手宮小樽市博物館の位置までの2.8キロメートルを結んでいたこの線路、実は明治13年(1880)に北海道で初めて、日本で3番目に開通した鉄道の一部なのです。小樽(手宮)~札幌間が官営幌内dsc07262鉄道の一部です。幌内炭鉱(三笠市)で産出した石炭は、この鉄道で小樽の港まで運び、全国に輸送されていました。旧国鉄手宮線」は、北海道開拓を支える重要な鉄道だったと言えます。

 しかし、函館方面への線路が南小樽から分岐されたことや、室蘭・苫小牧の両港が発展したことなどから、輸送量が減り、手宮線の旅客輸送は昭和37年(1962)に、貨物輸送は昭和60年(1985)に廃止され、105年の歴史に幕を下ろしました。その直後から、市民が中心となり跡地利用について話し合われ、その結果、ほとんどの区間のレールを残して散策路として活用することになり、今では散策路として整備されています。全長1313mほどあり、敷地内には旧色内駅を模した休養施設やベンチも設けられ、観光時の一休みにも嬉しい、歴史ある線路跡となっています。

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dsc07545 小樽を訪れたなら、ぜひ線路跡の上を歩いてみましょう。私は、昼間は「人力車」でこの線路沿いに走り、夕方は宿泊地の「オーセントホテル小樽」から歩いてこの線路を歩いてみました。北海道開拓のために汽車が走り抜けた時代に、想いを馳せることができましたよ。❤❤❤

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夢しだれ

 私の大好きなさだまさしさんが、『二百三高地』という日露戦争をテーマにした東映映画の主題歌を頼まれて、「防人の詩」(さきもりのうた)という名曲を書き下しました。私の非常に好きな曲でもあるんですが、当時、多くの評論家たちからは「戦争を賛美している」「好戦的」「右翼」などと書かれて、ひどいバッシングを受け、ずいぶんいろいろな雑誌で叩かれたものです。この歌のどこが「戦争を賛美」なんでしょうかね??さださん自身は「いまの緊迫した世界情勢の中で、日本という国を愛するたった一人の”人間”として『自分の中の万葉集』『自分の中の防人の歌』というつもりでつくりました」と述べています。「いさなとり 海や死にする 山や死にする 死ぬれこそ 海は潮干て 山は枯れすれ」(万葉集)という歌に触発されて作ったとさださんは言います。そのようなバッシングの中、それでも評論家・俳人の山本健吉さんは、「君、あれは挽歌だよ。日本の詩歌の基本は挽歌だ」と讃え、励まして下さって、さださんの大きな心の支えとなりました。山本健吉先生はさださんを息子のように可愛がって下さったといいます。その山本先生に捧げた曲が、「夢しだれ」です。

%e5%a4%a2%e3%81%97%e3%81%a0%e3%82%8c      夢しだれ

吉野の里の桜には まだ早過ぎると君が
僕の指をとり誘う先は春に霞む斑鳩の
古(いにしえ)の夢殿にひとめぐりめぐり会えば
ふり仰ぐ満開の桜 誰が名付けたのか夢しだれ
思えば長い道程を 歩き続けているようで
愛と呼ぶには遠すぎて 恋というには近過ぎて
迷え この道は薮知らず
来し方知らず 行方知らず
君のかわりに 僕の頬を
花びらが打つ 風 風

 法隆寺東院境内の夢殿のしだれ桜を、「夢枝垂」(ゆめしだれ)と呼んだのは、この山本健吉先生でした。観桜会で俳句仲間同士が、この樹の下で酒を酌み交わすうちに、ふと角川春樹さんが、「この花に名はありますか」と問いかけ、ぼつりとそう応えられたのだそうです。山本先生らしいロマンです。その年に、花を追うように逝去された先生に、「いつか必ず」と、約束した歌を、健吉先生と奥様とお嬢様に捧げた歌が、この「夢しだれ」でした。レーズンの『あの頃について』というアルバムに収められています。さださんらしい、古典を下敷きにした難解な詞です。そうそう、上の映像の2分50秒過ぎの宅間さんの華麗なマリンバ演奏が素敵です。❤❤❤

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JR旧大社駅

  「センター試験」後、何かと忙しくしていましたが、珍しく休みが取れたので、重要文化財に指定されているJRの旧大社駅を、バタデンに乗って見に行ってきました。たまたま見ていたテレビ東京系の「美の巨人たち」で、この駅を取り上げて詳しく解説していたのです。⇒内容はコチラです  地元の出雲地方に住んでいながら(出雲大社は何度も来ているのですが)、知らないことだらけだったので、旺盛な好奇心を刺激され、自分の目でぜひ確かめておこうと思ったわけです。しんじ湖温泉からバタデンで大社駅に降り立ち(約1時間)、左方向へテクテクと歩くこと10分ほど。ありました!

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 島根県・出雲市JR大社駅舎は、明治45年(1912)に国鉄大社駅の開通により開業され、大正13年(1924)2月に初代の倍の規模で新たに改築されました。出雲大社の門前町にふさわしい、純日本風の木造平屋建てで、和風趣向の際立つ大正ロマンを彷彿させる建物です。お城を思わせる黒い瓦屋根が特徴の重厚な和風建築です。「縁結び」で知られる出雲大社の参拝客らに親しまれてきましたが、乗客の急激な減少によりJR大社線が廃止された1990年3月31日に、鉄道の駅としての役割を終えました。その後、旧大社駅舎は平成16年(2004)、国の重要文化財に指定されました。現在、日本で重要文化財に指定されている駅舎は、東京駅門司港駅、そしてこの旧大社駅の3つだけだそうです(残る2つは私も見学しています)。1982年には「日本の建築200選」に選ばれている他、2009年には近代化産業遺産にも指定されました。

  第2代目となる現在の駅舎は1924年(大正13年)に改築されたもので、441平方メートルの木造平屋建て。大社線廃止後、駅舎を調査した際 に発見された上棟式の棟札から、設計したのは当時の神戸鉄道管 理局の技手であった丹羽三雄氏であることが分かりました。木造建築の駅舎は全国でも珍しく、黒い屋根瓦に漆喰の白壁という純和風のデザイン。1990年の大社線の廃止により駅舎も惜 しまれつつその役割を終えましたが、豪壮な外観とその存在感は今なお健在です。左右対称で社殿風な造りは、明らかに出雲大社を意識していますね。建築にあたっては当時の建築界の先駆者であり、同時期に出雲大社神苑の整備設計に携わっていた伊東忠太が助言をしたのではないかと言われています。

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 高く設計された天井からは、大正風の灯篭型の和風シャンデリアが玄関を含めて30個備え付けてあります。待合室は正面向かって右手が二等待合室、中央の大きな一般待合室と二つあり、昭和初期までは分けて使用されていました。駅舎の威風を誇る屋根にもいろいろdsc09886と特徴があります。中央には千鳥破風が取り付けられ、また、中央屋根部分の両端には鴟尾(しび)が乗り(大棟の両端につけられる飾りの一種)、屋根の合掌部分には懸魚(げぎょ)が付けられています(屋根に取り付けた妻飾り)。瓦はいずれも特製で、一般の物より大dsc09928きく玄関中央の懸魚の上の瓦は、鉄道の駅らしさを感じる国鉄マークである動輪マーク入りの鬼瓦があります。さらに、瓦の上には亀の彫物が6個載っていますが、各々少しずつ形が違っていますね。芸が細かい。威風凛然とした外観の中にも、ちょっとした遊び心を感じます。望遠レンズでのぞいてみると、その魅力が伝わってきます。

 

 

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dsc09918 この駅の往時を偲ぶことのできる場所が、駅舎の外にも随所に残っていました。木製の改札口、忙しく動いていたであろう信号機、それは多くの人が並んでいたであろう大きな長いホーム、珍しい石製の団体用改札口。最盛期には年間300本近い臨時列車がここを往来していたという二面三線の長いホームを持つ大社駅には、今も線路が残されており、三本目の線路にはSLの通称「デゴイチ」と呼ばれるD51774号機が保存展示され、当時の光景を彷彿とさせてくれます。中の運転席にも乗り込んで見学することもできます。運転手になった気分です。

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 廃線後は、所有者が出雲市に移り、構内で3年前から毎月1回、地域の音楽愛好家らによるコンサートが開かれています。他にも、地酒イベントや映画鑑賞、新婚カップルの記念撮影など、様々な目的で利用され、現役の駅に負けない活躍を見せています。「百聞は一見にしかず」という言葉の意味を、しみじみと噛みしめながら駅を後にしました。来てよかった!❤❤❤

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i’m lovin’ it

dsc07964 好き嫌いや有・覚に関する状態動詞は進行形にならない(しょちすき」と覚えておくとよい)、ということは英文法でうるさく言われてきており、私も一年生の指導では必ず触れるポイントです。なのに「どうしてマクドナルドのテレビCMではI’m lovin’ itと進行形になっているのですか?」という質問を生徒から受けました。

i’m lovin’ it(アイムラヴィニット)は、マクドナルドにて2003年9月から導入された全世界統一の宣伝文句。直訳すると「私はそれが好き」。この場合の意味は「私のお気に入り」という意味。  ―ウィキペディア

とありますが、まったく正確ではありません。このように「ウィキペディア」に書かれている情報には注意が必要です(ウソも結構ありますから)。確かにこの表現を誤りとするネイティブスピーカーもいるんです。「好き」は進行形にはなりませんものね。今日はこの問題を深く掘り下げてみましょう。

     2003年9月からマクドナルドが使い始めた表記のキャッチコピー”i’m lovin’ it”、この英語は間違いであると断ずるネイティブ・スピーカーもずいぶんいます。以下をご覧ください。

(1)Well, ‘I’m loving it’ is more unusual, but if we said it, we would say it while doing the thing which we are loving. ‘I love it’ though, can be used for any time and situation.

(2)I’m loving it, is kind of a slang term….McDonald’s is famous for it…I love it, sounds better.

(3)It is grammatically correct, strictly speaking, but no one in their right mind would use it.  McDonald does, which proves my point.

(4)It is like the difference between “I am swimming” and “I swim”. Using the present participle (-ing) indicates that you are doing the action right now. So ‘I am loving it’ is grammatically correct and stresses that you are ‘loving it’ right now as we speak. However, it is not a common way to use the word love and is sort of slang. If you said to someone “I am loving you” it would indicate that right at the moment you are really enjoying that person’s company but it is far from the same meaning as “I love you” which is more permanent.

 本校前ALTのチェルシー先生のお考えは、こうでした。これは”more casual”な表現で、意味するところは、今も好きだがおそらく将来も好きだろう、というニュアンスだ。

 i‘m lovin’ it. は、「私はマクドナルドが好き」(I love it.)という永続的な気持ちを意味するのではなく、単に「これは美味しい」(It tastes good.)という味を表現するものでもありません。「ああ、美味しい」という話し手の気持ちが、食べるたびに美味しいと思う気持ちが重なり、「マクドナルドを食べるたびに美味しいと思う」「何度食べても美味しい」という、動的で臨場感のある意味合いとなっています。「~するたびに/何度~しても好きな気持ちになる」という繰り返しの経験を意味しているのです。つまり「美味しい」と思う気持ちが断続的に繰り返され、連続体をなしているので、進行形となっているのです。「状態の断続的連続体」と言ってもいいかもしれませんね。この表現の意味の詳細については、久野 明・高見健一『謎解きの英文法 時の表現』(くろしお出版、2013年)に詳しく出ていますのでご覧ください。あるプロの翻訳家はこれを「よだれが出ちゃう」と訳したそうです。

 これはもともと、ドイツのMcDonald’sの社員(英語が全くというほど出来ない人)が、”Ich liebe es” というドイツ語を、ウェブ上の翻訳サイトで翻訳したのがそもそもの始まりだ、という話を聞いたことがあります。“I’m loving it” という訳をアメリカの本社に提示したところ、そこに居並ぶアメリカ人たちは、この「一見間違っているように見えるからこそ『えっ?』と思わせて心に残る」キャッチフレーズをすっかり気に入ってしまい、間違いと思われることを承知の上で、全世界で使ってしまおう、と考えたらしいです。真偽のほとは分かりませんが、もっともらしい話ですね。キャッチフレーズとしてはまことに秀逸な言葉です。 ❤❤❤

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蜃気楼ダイヤ

 私が初めてこの「蜃気楼(しんきろう)ダイヤ」を知ったのは、西村京太郎先生の推理小説『五能線の女』(2006年)を読んだときでした。この小説は後に、テレビ朝日系でドラマ化されて「五能線の女・秋田~能代~五所川原~弘前連続美女殺人ルート!突然列車が消えた・・・謎の蜃気楼ダイヤトリック」というタイトルで、2006年に放送されました。五能線の「リゾートしらかみ」という列車は、深浦駅で1時間半ほど停車して、周辺スポットをゆっくり観光してもらおうというダイヤになっているこの列車、実はその空白の1時間半の間にも、時刻表にはない運行をしていて、周辺を走り回っているのです!それを「蜃気楼ダイヤ」と呼んでいて、それを知っていた犯人がこのダイヤを利用して殺人を犯していた、というトリックでした。

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 一度走り去った列車が、折り返して元に戻ってくるならごく当たり前のことですね。しかし、同じ方向から2度も同じ列車が現れるなんて不思議な話だと思いませんか?そんな列車が1999年から2005年まで実在しました。五能線経由の臨時快速「リゾートしらかみ3号」です。現在は、秋田~弘前・青森間を走っています。「リゾートしらかみ3号」はおもに観光シーズンに運転されている全席指定の快速列車で、窓が大きく、運転席の後ろに展望ロビーを備えた%e3%83%aa%e3%82%be%e3%83%bc%e3%83%88%e3%81%97%e3%82%89%e3%81%8b%e3%81%bfリゾートトレインです。途中の景勝スポットで徐行運転してくれたり、車内で津軽三味線の演奏が行われたりと、観光客向けのおもてなしサービスが行われています。1999年から2005年までの「リゾートしらかみ3号」は、秋田駅を出発して奥羽本線を走り、東能代駅から五能線に入って海沿いを進みます。あきた白神駅、十二湖駅、ウェスパ椿山駅、深浦駅に停車するところまでは現在も同じ。ところが当時、深浦駅に到着した「リゾートしらかみ3号」は、こっそり逆方向に走って岩館駅まで戻り、その後は再び十二湖駅、ウェスパ椿山駅、深浦駅に停車していたのです。ただし、当時の時刻表では、深浦駅に長時間停車するように表示されていて、逆方向へ往復する部分は一切省略されていました。但し書きには、「あきた白神駅、十二湖駅、ウェスパ椿山駅に下車観光後、同じ列車に乗車できます」と書いてあるのみでした。時刻表には表示されない列車が走る不思議さから、「蜃気楼ダイヤ」と呼ばれたのです。

▲リゾートしらかみの運行図。時刻表には太い線の部分しか表記されていなかった

 なぜこのような奇妙な運行をしていたかというと、お客さんたちに「途中下車して観光してもらうため」でした。リゾートトレインに乗った人々が、その快適な乗り心地を好み、車窓から景色を眺めるだけでは、沿線の観光地にはなんらメリットがありません。利用者の側でも、せっかく訪れたからには、地元のもっと景色の良い場所を観光したいのが人情ですね。そこで十二湖駅、ウェスパ椿山駅、深浦駅などで下車した利用者が観光して戻ってきた頃に、「列車の方がお迎えに行く」というスタイルになったわけです。それぞれの駅では、蜃気楼ダイヤ」に合わせた時間の観光ツアーが用意されていたといいます。今はもうなくなったのですが、その「蜃気楼ダイヤ」が終了した理由は、「リゾートしらかみ5号」が新設されたからです。「リゾートしらかみ」は好評で、専用車両を増やして1往復増発されました。リゾートしらかみ3号」で迎えに行かなくても、後続の「リゾートしらかみ5号」に乗り継げるようになったのです。この列車にもぜひ乗ってみたいと思っています。❤❤❤

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一畑電車新型車両

dsc00153dsc00169 一畑電車としては、なんと86年ぶりとなる新造車両「デハ7000系」です。現在運行している一畑電車は、全て関東や関西の私鉄から譲り受けた中古車両です。更新にあたり、1両編成で運行できる形式を全国で探しましたが適当な車両がなく、新造することにしました。JRグループで、鉄道車両の修理・改造を手掛ける後藤工業が設計、製作を担当しました。事業費は1両当たり、2億1千万円とのことです。車両は長さ20.8メートル、幅2.8メートル、高さ3.9メートル-で、定員は従来よりも7人多い129人です。私は今日、しんじ湖温泉駅出雲大社駅の両方の駅で、この新型車両を初めて目撃しました。ラッキー!

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    JR四国の7000系をベースに、電気機器はJR西日本225系を流用することでコスト削減が図られています。一畑電車の保有車両としては最大長の車体は、ステンレス鋼体を採用し、一般公募により、白を基調とした車体に「出雲の風景」をデザインテーマとしたフルラッピングが施されました。座席配置は2人掛けボックス席とロングシートをセミクロス配置とすることで、地元客・観光客どちらでも対応でき、扉への点字シール、中間部への車椅子スペースの設置、さらに英語dsc00163表記対応などを取り入れ利便性を高めています。その他VVVFインバーター制御、回生ブレーキ、LED照明などが採用になり、使用電力の削減を図ることで環境負荷の軽減を図っています。ブレーキ時のエネルギーを電気に替えるなど、電気の使用量を従来の半分に抑えた省電力設計となっています。

 親しまれる車両とするため、外装は公募によるフルラッピングを施すこととし、9月から10月にかけて「出雲の風景」をテーマにしたデザインを募集しました。期間中に寄せられた応募作品は195点にものぼり、松江・出雲両市の市長や一畑電車の会長・社長らによる審査で、最優秀作品1点と優秀賞5点を選びました。実際の電車に採用された最優秀作品は、大きく弧を描いたストライプを車両全面と側面に大胆に配したデザインです。今年度中に導入される4両に対応するよう、各車両ごとに異なるカラーを用いています(下のイラスト参照)。❤❤❤

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岸田牧場「牛乳便り」

◎週末はグルメ情報です!!

 昨年末のある夜、日頃お世話になっている米子西高校の福田理尋先生(ご自身も一流の料理人です)が、八幡の自宅にふぐ鍋の材料を届けてくださったんですが、それと一緒に、岸田牧場「牛乳便り」というミルクが入っていました。「自分は料理にもこの牛乳を使う。絶対に美味しいから飲んでみて。普通のスーパーには置いていませんが…。」とのことでした。お帰りになってから一口飲んでみました。濃い~!ちょうど先日、北海道で飲んだ「四つ葉牛乳」とおんなじくらい濃くて美味しい牛乳でした。めちゃくちゃ濃くて、それでいてすっきりとした後味、独特の乳臭さがほとんど無いとても上品でおいしい牛乳でした。飲んだ時は、口の中に幸せな味が広がり・・・ゴク、ゴク、ゴク・・・はぁー、おいしいなぁ・・・実感でした。以来、私の大好物となっています。
 中国地方の名峰「大山」山麓のふもとに岸田牧場はあります(琴浦町)。牛を飼い、乳を搾ることの意味と意義を自らに問い続けながら、今日まで酪農に従事してきた証がこの牛乳です。こだわりは、ごくごく自然なことです。

・健康な牛から搾られる生乳であること。
・人と牛にとって心地よい環境であること。
・先進技術と衛生管理を追求し続けること。

 当たり前のことを貫き通すことが本当に難しい今日、気持ちの伝わる牛乳を届けようという想いの結実がこの牛乳となりました。牛をつなぎとめることなく、放し飼いで、自由に動き、えさを食べることのできる牛舎で、選び抜いた飼料で育てられた牛から搾られる生乳だからこそ味わえる風味ですね。

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 味をしめた私は、早速翌日、松江中のスーパーをくまなく「捜索」して、この牛乳を探しましたが、どこにも置いてありません。探し疲れて、田和山の「今井書店」に本を探しに立ち寄ったところ、なんと、入口のカフェの冷蔵庫に1本だけこの牛乳が置いてあるのを発見しました!おい、おい、牛乳を「今井書店」で発見だぞ!お店の人に尋ねてみると、人気なので定期的に入荷するとのこと。以来、年が明けても、田和山に出るたびに、今井書店からこの牛乳を買って帰っていた八幡でした。「この牛乳ほんとに美味しい。市内のどこにも置いてありませんよね~」と、店員さんと話していたところ、「ラパンにはありますよ」との情報。帰りに、私の自宅のすぐ近くの「ラパン」に寄ったところ、大量にあるではありませんか!!あれだけ市内中のスーパーを探し回ったのに…。「灯台下暗し」とはまさにこのことでした。自宅のすぐそばに売れていたなんて!これで、学校帰りに買って帰れるようになりました。ただ人気のようで、棚に置いてないことも幾度となくあります。美味しい!!!普通の牛乳よりもややお値段は高いんですが、投資する価値は十分にありますよ。❤❤❤

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研究会のチラシ

 今日2月9日は、平松一郎さん(ラーンズ営業開発課エリアマネージャー)が学校にお見えになり、こんなチラシをいただきました。昨年開催された「「生徒の英語運用力を磨く」研究会―センター試験で高得点を取るために」の要点をまとめたチラシです。記事全文の詳細は、Webサイトでお読みいただけます。⇒コチラです

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 私はいつも「英語は絶対に裏切らない!」と題して、そこらじゅうでお話させていただいているんですが、今年のセンター試験結果は、そんな私の期待に生徒は見事に応えてくれるものでした(過去最高平均点)。平松さんにも申し上げたんですが、やったことと言えば、私の「センター対策本」(第13版、自費出版)を随時参照しながら、ラーンズ『重要問題演習(筆記)』&『重要問題演習(リスニング)』を用いて、大問ごとに「解き方」の基本方針を示し、問題演習をしました。今年特徴的だったことは、重要』計画的に一回仕上げた後に、もう一回間違えた箇所を徹底的に潰していったことでしょうか。最後は毎週、過去問の本試・追試を新しい年度から古い年度に向けてさかのぼって解いて行きました。たったコレだけです。ぜひ、先生方もやってみてください。❤❤❤

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▲年末のセンター追い込みの光景です

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お風呂の枕

 疲れて家に帰った時の風呂の時間は、誰にとっても至福の時だと思うのですが、その幸せな時間をさらに快適にする、お風呂の枕「バスピロー ミニハートピロウ」を買ってみました!半身浴用のマスト・アイテムで、ハート型のキュートなバスピローです。ウレタン素材を使用しており、ふわふわクッションが入浴中もやさしく頭を支えて包み込んでくれます。ポップでカラフルな色、ハートの形が可愛く毎日のお風呂の時間が楽しみになりますね。このピローにもたれかかりながら、アロマを楽しんだり、音楽など聴きながら、バスタブでゆっくりとくつろげる癒し系アイテムでなので、半身浴が大好きな方にオススメです。私は大阪駅の「フランフラン」で購入しました。

箱から取り出すとこんな外観です。可愛いでしょ?

 このピローの裏面には角度がついていて、そこにバスタブの角を引っ掛けて固定する感じになっています。身をゆだねてみると、クッションはとっても柔らかくて、お風呂で首を預けても、いい感じで気持ち良く包み込んでくれました!この感触が堪りませんね。お風呂に入ってゆったりと湯船に浸かりたい時、とてもリラックスして入っていられます。私はお風呂の暖房に、ヒーリング・ライトをつけて、ジャグジーのスイッチを入れて泡ぶろにつかりながら、小田和正ZARDの音楽を流して癒されています。寒い冬場はもう最高の楽しみですね。お値段も千円以下とお手頃で、快適なバスタイムを演出してくれる素敵なアイテム。コレから湯船に浸かる時は、コレでゆったりとくつろげそうです!良い買い物ができました!ランフラン」には、ピンクしか置いてありませんでしたが、カラーバリエーションは豊富に揃っているみたいですよ。❤❤❤

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「足立美術館」14年連続日本一に!

◎日本庭園 14年連続V!

 島根県安来市にある「足立美術館」(あだちびじゅつかん)が、アメリカの日本庭園専門誌『数奇屋リビング ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング』11・12月号の日本庭園ランキング2016年版において、第1位に選出されました。この日本庭園専門誌は、アメリカ在住のダグラス・ロス氏が日本庭園を世界中に紹介するために1998年に創刊した隔月刊誌で、英語圏を中心とする世界37ヵ国の人々に定期購読されています。京都の桂離宮などを押さえて、本ランキング第1回以来、14年連続で第1位に選出されています。14年間ずっと1位です!2015年にはフランスの旅行ガイド「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」と「ブルーガイド・ジャポン」で共に最高評価の三つ星を獲得するなど、海外からも高い評価を受けています。

 私は小さい頃、この近くに住んでいたこともあって(安来市広瀬町)、よく出かけていましたね。その当時はこれほどの注目を浴びることもなく、ひっそりと地元の小さな美術館といった感じだったんですが、今では桁はずれに大きなものになりましたね。昔から横山大観の絵の所蔵では定評のある所ではあったんですが。今は疲れた時や、アイデアに行き詰まったときに、出かけては、椅子に座ってボーッと庭園を眺めて癒やされています。心が空っぽになっていくのを実感できて、元気が出てくるんです。下の写真をご覧ください。確かに美しいですね。この景色をボーっと見ていたら心が安らぎますよね。JR安来駅からは、無料の送迎バスが出ています。

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 選定基準は、歴史的価値、規模、知名度ではなくて、庭園の質、庭園と建物の調和、利用者へのおもてなしなどで、「今現在鑑賞できる日本の庭園としていかに優れているか」を重視しています。全国900カ所以上を対象に、世界の造園専門家ら30人でつくる委員会が選んでいます。選ばれた理由の一つに、オープン以来46年間にわたって1日も休まずに開館し続けてきた管理水準の高さがあるとのことです。足立美術館の庭園は、借景にしている近くの山も含めて約16万5千平方メートルもあります。毎朝、開館前に職員が清掃したり、樹木の手入れをしたりします。日頃のたゆみない努力の結実が今回を含め14年間の受賞というわけです。全国そこらじゅうからの観光客でにぎわっています。

 ランキングを受けて、足立隆則館長がコメントを発表しています。「庭の木々や草花、コケは放置していては周囲の景観にそぐわなくなる。大きくなりすぎた木の植え替えの手間ひまを惜しんでいては、庭の魅力は失われてしまう。15年、20年と引き続いて1位に選ばれるよう、館員一丸となって定演の維持管理に努めていきたい」。 島根県からは、次の7つが50位以内にノミネートされました。島根県にお越しの際は、ぜひ足を運んでみて下さいね。❤❤❤

2016年日本庭園ランキング(島根県)

 1位 足立美術館(美術館)
  8位 佳翠苑皆美(旅館ホテル)
11位 皆美館(料亭旅館)
19位 湯の助の宿 長楽園(旅館)
32位 平田本陣記念館(歴史記念館)
42位 康国寺(寺院)
44位 由志園(観光庭園)

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「結び目固め」

 滋賀県警長浜署の市内懇親会で、男性署員が余興の一環に、スカートをはいた20代の女性署員にプロレス技「吊り天井固め」(ロメロスペシャル)を掛けて、参加者の一部がその場面を携帯電話で撮影して、複数の署員と共有した、というニュースが大きく報じられました。女性署員はスカートの下に短パンをはいていて、下着は見えていなかったとのことです。

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「素人が力の加減を分からずに掛けるのは、非常に危険です。掛けられる側が肩を脱臼したり、足首をケガしたりする恐れがあります。相手は女性であれば、なおさらです。スカートであれば、”モロ見え”になってしまいますし、手も固められて隠すことができず、完全にセクハラでしょう。くれぐれも、面白半分で掛けないでください」

 話題が横道にそれてしまいました。今日はメキシコの「結び目固め」のことを書こうと思っていたところに、ちょうどこんな破廉恥なニュースが飛び込んできたものですから。

 プロレスには様々な決め技・必殺技がありますね。メキシコのルチャリブレにおいても種々の関節技が見られます。私がその中でも一番印象深いのが、「エル・ヌド」(結び目固め)と呼ばれる関節拷問技です。仰向けに倒れた相手の両足をそれぞれ逆の手でつかみ、相手の両足を交差させ、その上に自分の片足を乗せて、下にある相手の足を自分のももにフックさせる。さらに両足の隙間から腕を差し込んで相手の腕をつかみ、その腕を引っ張りあげてからもう片方の腕をつかんで相手を抱え上げ、足、背中など複合的にダメージを与える。見ただけでも実に複雑な関節技です。見た目がまるで「結び目」のように見えることからこの名前がついています。メキシコのルチャで開発された複雑なジャベ(関節技)で、これを日本人で使う選手はほぼいません。

 この技の代表的使い手として有名なのがエル・サタニコです。次の映像の22分頃をご覧いただくと(ピラタ・モルガン相手のフィニッシュ・シーンです)、この技がよくお分かりいただけようかと思います。私はプロレスの熱狂的ファンとして、以前メキシコのルチャリブレを放映していたテレビ番組で、時々目にしては感心していた複雑な必殺技で、相手のピラタ・モルガンがしばらくは我慢していたものの、悲鳴を上げてギブアップをしていることからもこの技の説得力が伺えます。

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トワイライトエクスプレス「瑞風」

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 JR西日本が、新たな豪華寝台特急「トワイライトエクスプレス瑞風(みずかぜ)」を、2017年6月17日から運行を開始し、島根県もその運行停車駅になっているということで、期待で大いに賑わっています。緑色の外装に金色のエンブレムと線をあしらった車両は10両編成で、定員は34人です。大阪駅か京都駅と下関駅を結び、山陰か山陽を通る1泊2日と、周遊する2泊3日のコースがあります。途中で下車して、瑞風仕様の専用観光バスで現地の観光地なども巡ります。料金は1泊2日で1人27万円から、最も高い1両全体を使った「ザ・スイート」75万円からに設定しています。話題となって大成功を収めた、JR九州「ななつ星」の二匹目のどじょうを狙った豪華寝台列車です。

 

 

 

 

 

 

 

 沿線の中国地方各地では、ガイド養成や施設の整備など、受け入れ準備が本格化していることを、松江駅のお隣の宍道駅を例に取って、『日本経済新聞』1月26日が詳しく伝えていました。

 さて、この車内で提供するディナー料理の開発・献立の監修に当たる食の匠5人の一人に、松江市・中原町のフレンチ・レストラン「HARA」(ル・レストラン ハラ・オ ナチュレール)のご主人原 博和(はらひろかず)さんが選ばれたことは、すでにこのブログでもお伝えしました。⇒コチラです  このお店は私の大好きなフレンチで、よく通っています。当時、米子東高校におられた数学の福田理壽先生(米子西高校)は、ご自分も一流の料理人の方ですが、この福田先生の教え子さんが原さんということで、ご紹介していただき、以来ずっと味の虜になり、通い詰めているお店です。リーズナブルなお値段で、地元の食材をきれいな見栄えで美味しくアレンジした料理をいつもごちそうになります。そうそう、二年前に私が退職するときに、同僚と記念の食事をしたときには、フルコースの最後に、こんなサプライズを用意・演出してくださいました。お心遣いに感激でした!

img_7357 以来、何かのお祝いごととか、遠方のお客さんをもてなす時には、八幡おススメのフレンチ・レストランです。ただ、この「瑞風」の匠に選出されてから、大人気で予約がますます取れなくなりました。松江北高の先生方も予約が満杯でよく断られていますね。❤❤❤

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▲オーナーシェフの原さんと

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「サンライズ出雲」

dsc09734 「サンライズ出雲」は、東京駅~出雲市駅間を運行する285系寝台特急列車です。1998年(平成10年)7月に、客車寝台特急だった東京~高松間の「瀬戸」と、東京~出雲間の「出雲1・4号」をそれぞれ置き換え、「サンライズ瀬戸・出雲」としてデビューしました。東京~岡山間は「サンライズ瀬戸」「サンライズ出雲」の併結で走り、岡山駅で切り離されます。東京~出雲間は12時間かけて走り、1日1往復しています。各地で新幹線網の整備や飛行機の普及、車両の老朽化で、次々と廃止になった寝台特急ですが、「サンライズ出雲」は、現在JR線で唯一残る定期寝台特急列車です。週末には乗車率99%になることも珍しくないそうです。またもう1つの特徴として、女性客が70%ほどになることも多いという女性に人気の列車なんです。出雲大社の「縁結び祈願」旅行が若い女性に受けていますからね。正面から見ると2階建てで、車体の高さが目立ちますね。私はかつて一度だけこの寝台列車に乗って東京へ出かけましたが、残念ながら夜一睡もできなかったので、以来利用していません。今はもっぱら新幹線です。

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 寝台列車で旅行をするってこと自体が少なくなったと思っていたのですが、今でも多くの人が利用しているんですね。しかも今の寝台列車は居心地がよく寝ている間に目的地に着くので人気があります。リーズナブルなのも利用者が多い理由の一つでしょうか「サンライズ出雲・瀬戸」は、下り列車が東京22時00分発→出雲市9時58分着・高松7時27分着。上りが出雲市18時55分発・高松21時26分発→東京7時08分着。下り列車で見てみれば、岡山には翌朝6時27分、倉敷には6時46分、米子には9時03分、松江には9時30分に到着します。

dsc09733 羽田からの飛行機の最終便のずっと後に東京駅を出発して、翌朝の新幹線や飛行機の初便到着の前には岡山や高松に着くことができるのです。米子や出雲へは翌日の飛行機でちょっとだけ先に着くこともできますが、なにより早朝の6~7時台に羽田空港へ行くのは大変ですし、さらには搭乗前後の余裕時間も必要です。実は「サンライズ出雲・瀬戸」は観光にもビジネスにも時間を有効に使うことdsc09731ができる、とても便利な列車なのです。深夜でも町の灯りが絶えない東海道沿線を走り抜け、目覚めれば「サンライズ出雲」は中国山地の山あいを抜けて、宍道湖畔の美しい風景が車窓を彩ります。「サンライズ瀬戸」はなんといっても瀬戸大橋を渡る雄大な風景が圧巻です。フリースペースのミニロビー(3・10号車)から車窓を楽しむのもいいですね。

 この列車は基本設計をインテリアデザイナーの剣持 勇(けんもちいさむ)さんが行い、個室の設計には住宅メーカー大手のミサワホームが参画して誕生した居住性の高い車内設備を誇ります。内装はまるでホテルの室内のようです。飛行機の最終便の後に出発するダイヤが組まれ、上質な車内空間にこだわった点が高く評価された寝台列車です。色も、寝台列車の定番であった夜をイメージした従来のブルーではなく、一変、朝をイメージした明るいベージュと赤で塗色されている点も見逃せません。新時代の寝台列車のあり方を提示しています。写真は、西出雲駅で撮影しました。❤❤❤

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マックの新コーヒー

◎週末はグルメ情報です!!

 日本マクドナルドは2017年1月16日より、リニューアルした「プレミアムローストコーヒー(ホット)」の販売を全店でスタートしました。同社が2017年に掲げる、「おいしさ向上宣言」の第一弾として登場したそうです。

 「マック史上最高リッチな味と香り」を目指して、アラビカ豆100%、コーヒー鑑定士が厳選したブラジル、コロンビア、エチオピア産の豆を使用。これまで使用してきたブラジル、コロンビア、グァテマラ産の3種類のコーヒー豆に、フルーティーな香りとやわらかな酸味が特長のdsc09835厳選されたエチオピア産モカを新たに加えてブレンドしました。個々の豆の特性にあわせて最適に焙煎し、絶妙なバランスでブレンドするなどのこだわりも。奥行きのある味わいと華やかな香りが自慢の一杯、と同社は唱っています。抽出には「蒸らし」の工程を導入し、温度・時間まで徹底的にこだわったコーヒーマシンを使用しています。コーヒーの持ち味をしっかり出して、全体のコクが増すようにした。まるでハンドドリップのような丁寧な入れ方で、豆本来の美味しさがこの一杯に凝縮されています。同社は、2017年の商品戦略として、「おいしさ向上宣言」を掲げており、その第一弾として、「プレミアムローストコーヒー(ホット)」のリニューアルが決定されたわけです。また、今回のリニューアルにあわせて、カップデザインも白色をベースにしたデザインに新しく生まれ変わりました(写真下)。

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 コーヒーには目のない私は、早速飲みに行ってきました。なるほど、確かに奥行きのある、香り豊かなフレーバーでした。そこらの変な喫茶店よりよほど美味しいじゃないか!これがワンコイン(Sサイズ 100円)で飲めるのです。私はMサイズ(150円)を注文しました。それにしても、セブンイレブンのコーヒーといい、どうしてこんなに安く提供できるんでしょうね?私は以前読んだ、川島良彰『コンビニコーヒーは、なぜ高級ホテルより美味いのか』(ポプラ新書、2015年)を思い出しました。❤❤❤

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加藤一二三先生

%e5%8a%a0%e8%97%a4%e4%b8%80%e4%ba%8c%e4%b8%89%ef%bc%92 最近、年末から年始にかけて新聞・雑誌やテレビで将棋棋士・加藤一二三(かとうひふみ)先生の名前が何度も登場し賑わっています。1954年に史上最年少棋士・史上初の中学生棋士となり、順位戦で4年連続昇級して18歳でA級八段となるという偉業を成し遂げ、「神武以来の天才」と呼ばれました。タイトル歴は名人1期、十段3期(現在の竜王)、王位1期、棋王2期、王将1期の、通算計8期獲得したすごい先生です。 通算勝利数は歴代3位の1323勝(大山・羽生に続く)です。昭和の大棋士と言われた故・大山康晴15世名人中原 誠16世名人との死闘は、多くのファンを魅了しました。将棋好きの私は、若い頃から加藤先生が大好きで、先生の得意の「棒銀」や「矢倉」の本を読みふけったものです。

 加藤先生は福岡県出身、1954年、当時の最年少記録となる14歳と7か月でプロ入りして、史上初めて中学生で四段に昇段、プロ棋士となりました。順位戦最上位のA級には最年少の18歳で昇級して、「神武以来の天才」と呼ばれたのです。この記録は昨年10月に、藤井聡太四段が14歳と2か月でプロ棋士になったことで破られたという報道が相次ぎました。

 そしてその藤井聡太四段の初棋戦の相手がこの加藤先生という皮肉な運命の巡り合わせでした。62歳差対決で藤井聡太四段に敗れて、「素晴らしい才能の持ち主」と賞賛しました。

 ところが、1月19日、加藤九段が在籍する第75期「名人戦」C級2組順位戦(1勝7敗)の対局では、競争相手の竹内雄悟四段が勝利し、同組(51人)の下位10人に入ることが確定し、加藤九段の同組からの陥落が確定。定年規定により、63年間の棋士生活に終止符を打つことになりました。

 翌日の1月20日、77歳と11日の加藤先生が、飯島栄治七段に公式戦で98手の意地の勝利をして、故・丸田祐三九段の76歳11か月を抜き、現役最高齢記録を更新しました。引退決定後初の対局での勝利でした。歴代3位の通算勝利数もこれで1324勝(歴代3位)1173敗(歴代1位)となりました。勝ち数もすごいですが、負けた数もすごいですね。「対局が続いている限りは引退ではない。最年長勝利は素直に嬉しい。残る対局を、全力で頑張りたい」と加藤先生。

 加藤先生は名人への挑戦権を争う順位戦の最上位クラス「A級」に通算36期在籍しました。還暦後もA級棋士だったが、2002年に「B級」へ陥落して以降、近年は成績が振るわず、2014年からは最下位の「C級2組」となっていました。今季のC級2組は51人の棋士が10局を戦って成績を競います。うち下位10人に「降級点」がつけられ、降級点が3回つくと降級となる規定です。加藤九段はすでに降級点が2回ついていました。直近では12日の対局に敗れて1勝7敗となったが、この日は競争相手も敗れたため「引退決定」は免れていました。C級2組から陥落すると、通常は順位戦に参加しない「フリークラス」となります。その場合、10年以内に規定の成績を上げて順位戦に昇級しなければ引退となるのです。またフリークラスには定年規定があって、C級2組から降級した場合は60歳、自らフリークラスになると宣言した場合は65歳となっています。加藤先生は現在77歳。降級が確定した時点で現役引退が決まります。ただ、引退が決まった棋士でも、他の棋戦(の予選・本選)で勝ち残れば現役扱いとなります。「棋聖戦」予選、棋王戦、竜王戦、王将戦、NHK杯戦など、加藤先生にはまだ対局が残っており、順位戦も3月まで対局がある。予定される全ての対局が終わった時点で引退となります。「最高齢勝利記録は素直にうれしい。これからも対局は続いていく。正式に引退した時に、あらためてお話をしたい」と、最後の一手まで勝負師であり続ける姿勢を見せました。

 77歳の今も食欲旺盛。対局中の食事は、天ぷら定食とうな重を同時に注文することが多いと聞きます(驚!)。「無人島に一つだけ持っていくとすれば、何を選びますか?」という将棋年鑑のアンケートに対して、加藤先生は「羽生さん。羽生善治三冠(王位・王座・棋聖)を連れていく」と回答したのには思わず笑ってしまいました。無人島で羽生さんと将棋三昧の日々を送るつもりなんでしょうね。そんな羽生さんへの思いは、羽生善治論―「天才」とは何か』(角川書店)にしっかりと読み取ることができます。加藤先生は文才もあり、お書きになるものはみんな面白いんです。私は著作をみんな読んでいます。バラエティ番組などでもひふみん」の愛称で親しまれた加藤先生ですが、奇人としても知られています。さまざまな珍エピソードが語られていますね。

%e5%8a%a0%e8%97%a4%e4%b8%80%e4%ba%8c%e4%b8%89(エピソード1) 加藤先生といえばネクタイが超長い。対局中に立ち上がるとベルトより20センチも長いことも。若い頃にたまたまネクタイを長く結んで、対局に臨んだところ、澄んだ心で集中でき快勝したことから、対局は長いネクタイでということになったそうです。ご本人は「戦いという修羅の場で、くつろぎ・余裕を相手に見せたいから」「ルックス上、よく見えるから」とおっしゃっておられたとか。

 (エピソード2)対局中の口癖は「あと何分?」です。秒読みに入っても「あと何分?」「あと何分?」「1分です」「あと何分?」「1分です」「あと何分?」「1分です」「あと何分?」ついにキレた記録係。「1分だよ!」 、記録係「20秒、1、2、3」「あと何分?」「もうありません」大爆笑でした。もう一つ「から咳」も有名でした。これが出たら加藤先生、勝利を確信した瞬間と米長先生が解説しておられましたね。

(エピソード3) 加藤先生が対局室の空調に強いこだわりを持つことは有名です。ソフト不正問題で話題の渦中にあった三浦弘行さん(当時四段)は、極度の寒がりです。加藤先生との間でクーラーのスイッチの‘争奪戦’を繰り広げたことがありました。切っては入れ、切っては入れ。これも滑稽な光景。

(エピソード4) 東京・三鷹の集合住宅に住んでいる加藤先生が、自宅の玄関前や庭で野良猫に餌を与え始め、やがて周辺に現れた猫は多い頃で18匹まで増えました。その結果、同じ敷地内の住民たちは、猫の糞尿の始末や悪臭に悩まされたり、車に引っかき傷をつけられたことを問題視して、猫への餌やりを中止するように何度も求めましたが、加藤先生は断固として拒み続けました。そしてついに全10戸の集合住宅のうち9戸の住民たちが加藤に対して、猫への餌やりの中止と慰謝料請求で東京地裁に提訴したのです。加藤先生は裁判で、「猫は迷惑を及ぼす恐れのある動物ではない。動物愛護の精神で猫に餌を与えていて、猫の数を減らすために不妊去勢手術をした」と主張しました。結局は、原告の住民たちの主張が全面的に認められ敗訴した加藤先生は、「猫は私の友達みたいなもの。静かで危害も加えません。命あるものを大切にする私の信念は変わらず、今後も餌やりは敷地外で続けます」と語りました。民事裁判とはいえ、名人にもなった棋士が被告席に座る事態は前代未聞でした。

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英作文の心構え

 センター試験」も終わり、いよいよ「二次試験」への取り組みが熱を帯びてきました。松江北高では、1限から5限までは、クラスごとの「特別授業」です(合併授業も)。6・7限は志望校別に「特別講座」を開講しています。(1)東京・京都、(2)難関大、(3)広島・岡山、(4)島根・鳥取、の4つの講座が用意されていて、自分の志望校に応じて参加します。私は(1)の東京・京都を担当しています。授業の中でも英作文は取り上げてやるのですが、さらに密度を高めるために、松江北高では志望校別に担当者を決めて、毎日マン・ツーマンで添削をしていきます。北高英語科総動員でこの指導にあたります。

 ある生徒が、赤本の模範解答を見て、「先生、こんな解答、私にはとても書けないのですが、こういう英語が書けないといけないのでしょうか?」と、質問にやってきました。ナンセンス!!あれは、英語を何十年と教えているプロが頭を絞って書いた解答例であって、生徒は真似する必要は全くありません。そもそもあんなきれいな英語が書ける訳がないと思うべきでしょう。私が英作文の心構えとして、最初に生徒に提示するのは次のような原則です。

(1)和文和訳  与えられた日本文をそのまま英語に直すのではなく、もう一度自分の書きやすい日本語に直してから英語に直すといいよ、というものです。特に難関大ほどそうです。

(2)分割OK  特に難関大の英作文は日本語が長いことが多く、5行6行にもわたることがあります。特別の指示でもない限り(見たことはありませんが)、2文、3文に分けて書いても構いません。一文で書こうとするあまり、むちゃくちゃに詰め込んで文法的に説明できない英語になりがちです。区切りのいいところで、分割して分かりやすく書くのもいい手ですよ。

(3)KISSの法則  これは以前に、このブログでも書いたことがあります。⇒コチラです 「Keep It Short and Simple」の頭文字を取ったもので、「短く」、「簡単に」書くということです。この原則は常に頭に刻みましょう。

(4)人を主語にして書く  物を主語にして書くと動詞の選択が難しくなります。一方、人を主語にして書くと平易な動詞が使えます。できるだけ主語は「人」にするほうが無難です。無生物主語は難しいんです。

 授業と並行して、英作文の添削では、毎日たくさんの生徒を相手に赤ペンを入れて、説明・コメントをしてやらねばならないので、この1か月間は松江北高の英語教員は一番ハードな時期になります。幸い私の部屋には、アメリカ人ネイティブ・スピーカーのエドワード先生が常駐しており、分からないことはすぐに質問できるので有り難いですね。重要なポイントは、難しいことをいかに簡単に書くか」をしっかりと練習することです。これが英語の本当の力です。泥臭い英語で構いません。以前教えた生徒で、この4原則を毎回きっちりと守って、本当に惚れ惚れするような簡単な英語を書いてきた生徒がいました。この生徒は、東大・理科三類に合格しました。時の経つのは早いもので、この生徒が立派になって、今度松江に戻ってきて講演を行います。WOW!❤❤❤

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ZARD CD&DVD COLLECTION創刊!

 1月26日付の『日刊スポーツ』を読んでいたら、(株)アシェットから「ZARD百科事典」となる、隔週刊『ZARD CD&DVD COLLECTION 〜永遠のスタンダード・ナンバー〜』が、2017年2月8日に創刊されることが記事に出ていました。これは、ZARD永遠のスタンダード・ナンバーをCDとDVD、マガジンでコレクションするJ-POP界初の「パートワーク」となるものです。全52号(予定)を集めれば、ZARDをあらゆる方向から網羅した『ZARD大百科』が完成するというものです。ZARDの熱狂的ファンである私は、早速定期購読を申し込みました。

 1990年代の音楽界を席巻し、今もなお根強い人気を維持し続けるZARD。現在までに45枚のシングル、21枚のアルバムを発表し、シングル売り上げ1775.5万枚、アルバム売り上げ1999万枚を誇り、シングルトップテン入り通算43作品(女性ボーカルグループ歴代4位)、アルバム連続ミリオン獲得数9作連続(歴代1位)、アルバム1位獲得作品数11作(女性ボーカルグループ歴代2位)と、輝かしい記録を誇る永遠に愛されるシンガーです。

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 「パートワーク」とは、1つのテーマを分冊で定期的に刊行し、大百科事典を完成させるスタイルです。本格的なコレクションがリーズナブルな値段で完成するのが特徴であり、これまでディズニーやチャップリン、007シリーズ、フェラーリや懐中時計コレクション等、永く愛されるスタンダードな作品や人物、アイテムが選ばれてきました。この「ZARDコレクション」は、J-POP界として初のパートワークとなります。私は小田和正さだまさしのパートワークをリクエストしておきました。

 隔週刊に届けられるこのマガジンは、創刊号から第38号までにはCDを付属予定、第39号から第52号までにはDVDが付く予定です。永遠に輝き続ける坂井泉水さんの歌声と詞を音と映像でコレクションしていきます。CDには、誰もが知る有名なシングル曲はもちろん、カップリング曲、アルバム収録曲、カラオケバージョン、さらにライブ音源などが最新デジタルリマスタリングで届けられる予定です。DVDには、ミュージックビデオに加え、ライブ映像、オフショット、貴重な未公開映像など、現存するZARDの映像の数々を収録した完全保存版となります。創刊号には、CDに加え、ここでしか見られないZARDバイオグラフィムービーを収録した特別DVDが付属するとのこと。マガジン(オールカラー12ページ)では、「名曲アーカイブ」、「ギャラリー」、「ハイライト」、「ZARDミュージアム」、「私とZARD」、「素顔の坂井泉水」といった6つの章から構成され、CD収録曲1曲ごとの解説はもちろん、歌詞やそこに込められた思いが明かされるそうです。このほか、坂井泉水さんのインタビューの再録や、テーマ別データ集、当時のグッズや販促品、貴重な資料なども詳しく紹介されることに加え、毎号、未公開写真、レアな写真を含む魅力的な写真がA3サイズで掲載されるとのこと。毎号集めてバインダーに綴じれば、ZARDのCDとDVDを満喫しながらアーティストとして、ひとりの人間としての坂井泉水に多面的に迫る「百科事典」の完成というわけですね。

 このマガジンは全部で6つの章で構成されています。
▼名曲アーカイブ
CD収録曲を1曲ごとに解説します。歌詞やそこに込められた思いに加え、データや制作時のエピソードなど、各楽曲をより深く知ることができます。DVDが付属する号には、収録されるプロモーションビデオの解説や収録時のエピソードを中心に、ライブの様子や舞台裏などもレポートします。曲の背景や坂井さんの思いが語られるものと期待したいです。
▼ギャラリー
毎号、坂井泉水の魅力的な写真を片観音(A3サイズ)でピンナップに。未公開写真やレアな写真も掲載します。これも楽しみ。
▼ハイライト
ZARDの活動におけるハイライトを、毎号さまざまなテーマで取り上げます。DVDが付属する号には、デビューからのZARDの活動ヒストリーを時系列で追っていくコーナーを掲載します。思い出に浸れそうです。
▼ZARDミュージアム
ZARDにまつわる貴重なアイテムの数々を公開します。当時のグッズや販促品、貴重な資料なども詳しく解説します。かなり私も見ていますけどね。
▼私とZARD
ZARDのスタッフや関係者が坂井泉水とのエピソード、秘話などを明かします。スタッフや関係者しか知らなかった事実が、今明かされます。私はこれに期待したいですね。
▼素顔の坂井泉水
ZARDの活動以外での、坂井泉水のプライベートな素顔に迫ります。坂井泉水が遺した詞や絵画など、彼女の趣味や秘蔵アイテムの数々を紹介します。追悼展で見たことがありますが、これは初公開ですね。

  昨年、坂井泉水さんの生き方と「負けないで」という歌の紹介が、三省堂の高校英語教科書に載りました。しかし、人生の応援歌」というこの曲の位置づけは完全に間違っています。⇒私の批判記事はコチラです  そこら辺の真実がこのマガジンで明かされることを期待しています。亡くなって10年にもなるのに、いまだにファンクラブの会員数が増え続けている(!)というZARDの魅力がたっぷりと詰まったマガジンになることを信じています。逝去後も彼女の作品に励まされたという感謝の声と、惜しみない賞賛の声が止むことなく寄せられる歌い手です。数年前、東京・鳥居坂で開催されていた追悼展」に出かけ、坂井さん愛用の品々をまじまじと見て、涙にくれた日を思い出しました。❤❤❤

▲2012年8月東京追悼展にて

▲2012年8月東京追悼展にて

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